たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

ユーラシア の検索結果:

トート・ヘルメスを意図したらしき倭迹迹日百襲姫命

…倭の間には、似た要素が他にも色々見つかることは知られた話。トートと卑弥呼(倭迹迹日百襲姫命)の間で似た要素が見つかることについても、偶然とは言えそうにないです。 いま世界が終わりそうな感じになってますけども。 とても尊いトート神が現れて、世界を再生するんですかね。まぁ、totoはすでに現れているけれども。 関連記事 ・フィリポと卑弥呼をつなぐもの ・中国史書を見る限り倭国の中枢はユーラシア各地からの帰化人だらけ 人気ブログランキング にほんブログ村 ↑ クリックお願いします。

天津甕星は戦いの神マールスと同源だったか

…んだ。弥生人と言われるが、実態は西洋系もいたに違いないので。 古代中国の漢には、古代ローマ人が作った街もあったし、チベットの月氏はイラン系、新疆の烏孫はおそらく古代イスラエル系+ギリシャ系だった。倭人も同様だったのではないかと。 ユーラシアを東漸する過程の長い年月で、ほとんど人種が入れ替わってしまい、古代欧州の神話や風習や伝承だけが、倭人に伝えられてきているというのは、天津甕星の伝承に限った話ではないようです。 人気ブログランキング にほんブログ村 ↑ クリックお願いします。

総国と安房国が日本列島に対応していることの証明

…した。 しかし日本をユーラシア大陸の雛形として最初に考えたのは、卑弥呼あたりだったかと考えます。 ちなみに俺の人生は、ガタ形でございます。最近は光とか闇とかの話に引っ張られましたが、嫌な空気を受けたので距離を置いて眺めることにしました。 律令制の諸国はもちろん、それ以前の弥生時代の「後漢書」「魏書」の倭人伝にでてくる諸国名があるんですが。 実は個人的に、それら古代の地名は、日本列島雛形論に関連すると考えてました。 つまり日本の律令時代以前の国郡郷名は、大陸諸国や部族の名をもと…

【出雲御免】 出雲大社の八雲の図と国引き神話から見えてくる穢貊の影

…れた。 関連記事 ・ユーラシア大陸東部の粛慎(挹婁)は縄文人と同じ民族だった? ・欠史八代の孝元天皇「大日本根子彦国牽」が牽牛と高句麗の名を持ってた ・神功皇后と父親が夫祖(沃沮)から来たならば欠史八代大陸説に信憑性でます ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ こっそり寄付のお願い というわけで、歴史研究を進めるための寄付をお願いします。 最近もお金が稼げず、カード不正利用されたり、意地悪色々されて生きていくのがやっとです。コロ中でますます厳しいこの頃。 寄付先はこちらの…

邪馬台・大和の名は烏孫を改造したものが起源だった説

…の時代に、日本列島がユーラシア大陸に見立てられ、烏孫は宇陀、サカは大阪(ウサカ)、トハリ(トカラ)は巴利国(播磨)、匈奴は信濃、扶桑は総(ふさ)国みたいに、地名が当てはめられて、名付けられてたからですよ。想像ですけど。あとは弥生時代に魏が編纂しれた「魏志」では、国名が列挙されてる中で、倭だけタイトルが「倭人」なのも気になるところ。これは烏孫がズーズー弁みたいに濁ってウズンと呼ばれたものと、倭人を掛けているからなのではないか?と思ったりしました。ちなみに10世紀頃、烏孫があった…

大嘘鳥が証明する、古代ギリシア~烏孫~日本の繋がり

…ク大冒険な出来事は、ユーラシア大陸を舞台にして、古代イスラエルを出発、烏孫を建国するまでの数百年、数世代の出来事が神武東征に反映されたと発想して、話をすすめていました。 そんな八咫烏ですが、前漢の武帝の頃(紀元前2世紀)の頃の記録にも登場してました。。中国では三足烏はかなり昔から存在したとか。 『淮南子』に「昔、広々とした東海のほとりに扶桑の神樹があり、10羽の三足烏が住んでいた……」と見える。この10羽の3本足の烏が順番に空に上がり、口から火を吐き出すと太陽になるという。『…

武漢と武蔵・・・過去からの出来事と今が繋がる不思議

…る別名がありました。ユーラシア大陸東端の扶桑です。 一方で日本列島には、関東の東部に総国、安房(あわ国がありました。 総、房、どちらも「ふさ」で、総国はのちに上総(かずさ)、下総(しもうさ)に別れたのでした。 総国は扶桑=日本に対応する土地だったことは、以前にまとめてました。 そういえば総国と安房国は、どうも本州と九州の関係のように見えます。 ・総(ふさ)国・・・・・千葉県付近 ・上総(かずさ)国・・・千葉南部(房総半島) ・下総(しもうさ)国・・千葉北部付近 ・安房(あわ)…

親魏倭王と崇神天皇の瑞籬宮の関係

…見る限り倭国の中枢はユーラシア各地からの帰化人だらけ この烏孫とタシュクルガンは中国の新疆ウイグル自治区にありました。中央アジアのパミール高原に近いあたり。 タシュクルガン・タジク自治県 - Wikipedia 「魏志倭人伝」によれば、倭国には、なぜか中央アジアの塞(サカ族)の担当官であるはずの、塞曹掾史(さいそうえんし)張政が派遣されていたりします。 たぶんサカ言語のほうが、烏孫系がいた倭の中枢部では、深い話ができたということなのかと。 魏の皇帝のあたりは、西の大月氏にも金…

東突厥が栃木になったならば宇都宮はウテュの宮な予感

…た。 ・「うそーん」ユーラシア大陸に連続していたヤマト系地名 ・古代天皇と大和民族のユーラシア大陸移動経路のまとめ 例えば、 上古東アジアと関東の諸国郡名 ・扶桑(日本)は総国 (扶桑→fuso→fusa→総) ・漢は神奈川 (漢→kan→神→神奈川) ・扶余は武蔵国 (扶余→buyo→bujo→buzo→武蔵) ・百済は相模国の久良伎郡 (百済→久多良伎→久良伎) ・新羅は武蔵の新羅郡 (新羅→新座) ・高句麗は武蔵の高麗郡 (高句麗→高麗) みたいな感じで。 で、この突厥…

イライラの語源はイラ、アバヨの語源はアベオだった。古代日本語に古典ラテン語が含まれている件

…ときです。 日本語はユーラシア語のごった煮が正解なのだと、低学歴的な直感で考えるのですが。以前にも色々と記事にしてました。 古ラテン語を学んだことはないですが、どうやらイタリア語やフランス語など、南欧言語の古い形態だとか。古ラテン語は、英語の元になってる古ゲルマン語にも近く、印欧語の祖語に最も近いというレベルの、とにかく古いやつです。 「古典ラテン語」の範囲で言えば、紀元前1世紀から数世紀に限定的になってくる。 その古典ラテン語、じーっと見ていると、どうも日本語とのいろんな一…

アテネのアクロポリスの要素が吉野ヶ里遺跡の設計図に含まれていたか

…のアクロポリスとして、佐賀に再現されてたとして、決しておかしくない気もしてしまいます。 倭の卑弥呼の周辺には、古代ギリシアの情報もかなりあったかもしれんです。先祖伝来の記憶や大陸から収集した情報によって。 関連記事 ・鳥取県の梶山古墳の「イクトゥスの壁画」が表す、天皇家がユーラシア大陸を横断した記録 ・福岡県の珍敷塚古墳はエジプトからの民族移動を示す大陸地図だった件 ・中央アジア の検索結果 - たっちゃんの古代史とか にほんブログ村 ↑ クリックお願いしますm(_ _)m。

天武天皇の八色の姓にはイエス・キリスト信仰と大和民族大陸起源に繋がる思想が隠されていたかもしれない件

…見る限り倭国の中枢はユーラシア各地からの帰化人だらけ 八色の姓と 西域をつなぐ景教 で、ここに八色(ヤシュ・・・Jesus)が関わってきます。それは彼ら西域人や西域出身倭人が、5世紀のネストリウス派(景教)か、それ以前の原始キリスト教を信仰に入れていたからではないかと。 3世紀以前、歴史的に倭国にはキリスト教は入ってないとされますが。 しかし「魏志倭人伝」では「持衰(じさい)」という人柱の風習で、吉凶を占ったとかいう話がありました。これがどうもジーザスではないかと、そんな解釈…

緯度・経度から導かれる数秘術と運命的つながり

…すが。 「うそーん」ユーラシア大陸に連続していたヤマト系地名 - たっちゃんの古代史とか 烏孫起源説も、数秘術で分かってくることがありました。 烏孫の場所は北緯43度、東経81度なので、経緯度的には日本と何ら接点はないようですが。しかし数秘術で紐解くと、 奈良 東経135度(1+3+5=9) 烏孫 東経81度(8+1=9) と、同じ数字が導かれますね。 烏孫 の検索結果 - たっちゃんの古代史とか こんな誰も知らない諸々の情報を元にして、過去・未来の出来事というのは、もしかす…

「うそーん」ユーラシア大陸に連続していたヤマト系地名

…頃の天皇家ルートが、ユーラシアのヤマト地名ではないかと。そういうことをブログでずっとまとめてきていますが。 なんで烏孫なんだ、2世紀なんだと言えるのかといえば、それは烏孫の昆莫の後継の王族が、おそらく東へ移動を開始したのが2世紀前半頃と見積もれて、邪馬台国の卑弥呼=崇神天皇(自説)が九州に上陸したのもこの頃だからです。 詳しくは過去記事で。 妄想ですけど。 関連記事 ・聖徳太子は東トルキスタン地域の亀茲から来たことの証明 ・(前回の続き)神武天皇ご一家はキルギスで記録されてい…

欠史八代の孝元天皇「大日本根子彦国牽」が牽牛と高句麗の名を持ってた

…天皇の大陸起源説で、ユーラシア大陸を超えてきたという発想を理解できる立人なら、納得できる話かと思います。 第7代~第10代が東夷諸国を移動した これが本に記した解釈だったのですが。こんなふうに、それぞれの天皇は東夷諸国を移動して、日本列島に入ってきてるのです。 それが、長い間「日本列島の天皇だ」と決めつけられて隠蔽されていた、記紀の欠史八代天皇の秘密だったんではないかと。 例えば孝元天皇を例に取る このなかにいる、第8代孝元天皇ですが。 「大日本根子彦国牽(大倭根子日子国玖琉…

むかしの烏孫人は倭人と似た衣服を身につけていた

…良(みずら)の正体はユーラシア大陸の奥地に見つかる (アルファーフープ)α-HOOP メンズファッション 裏起毛 スウェット ジャージ と フード付き 裸体の烏孫人もいて倭人に似ている 中国の清の時代の書物に「古今図書集成」ってのがあるんですが。 古今図書集成 - Wikipedia この書物は、中国の古代から中世に至るまでの情報を網羅してる百科事典みたいなもの。 ここに、変な絵があるのを見つけたんです。これは日本のサイトには無くて、中国の方にありました。 File:Impe…

大陸のタングートと日本の丹後国が関係ある件

…に地名を名付けた頃、ユーラシア大陸各地の国・民族の名称を、日本列島に名付けていっています。 古代倭人がすでに考案していたんですね。数の大小の差はあれど、ユーラシアの各地から日本に吹き溜まってきて、日本というひとつの言語と文化に馴れ合ったのが倭人ですので。 つまり、 よくある日本列島雛形論・・・日本の大きな島の全てが世界の大陸に対応 個人的な日本列島雛形論・・・日本に対応する土地はユーラシア大陸が基礎 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ こうして丹後が日本列島雛形論を証明…

(前回の続き)神武天皇ご一家はキルギスで記録されていたとの調査結果

…1)神武東征とは元々ユーラシア大陸を舞台にして起きた。古代イスラエル・ユダから中央アジアへ向かった人々の話。 (2)キルギスではビシケクとして記録され、漢では烏孫の昆莫として記録し、扶余や高句麗では朱蒙として記録した。 (3)神武天皇の子孫は烏孫、扶余、三韓、朝鮮半島の倭を経由して、日本列島へ向かった。 (4)ハツクニシラススメラミコトが神武・崇神の2人いるのは、神武天皇が大陸の初めての天皇、崇神天皇が日本列島の最初の天皇という意味 (5)弥生時代以降、日本列島にその出来事を…

卑弥呼・壱与は徐福の血筋だと漢字で表されてるらしい

…ゃもじの女王卑弥呼 ・崇神天皇に封印された卑弥呼のアナグラム ・<前回の続き> 崇神天皇の諡号はそのまんま卑弥呼だった件(崇神天皇=卑弥呼説) 同じようにして解いている、このへんの仮説も、あんまり無視できないと思いますが。 ちなみに、以上は「天皇家と大和民族の大陸起源説」というかんじで、ぶっ飛んだ仮説に含まれたごく一部という感じはしています。 ・古代天皇と大和民族のユーラシア大陸移動経路のまとめ このへんに詳しいです。 にほんブログ村 ↑ クリックお願いしますm(_ _)m。

そういや日本の「犬」という言葉の起源を調べたらエジプトのアヌビス神とセト神が出てきて

…動物でしたので、人間の死、霊魂、冥界に関係するのは明らかでした。 あとは「日本書紀」で日本武尊が白犬(狼)に導かれる話もありましたが、あれも霊魂を導く話であるようですね。あのあと日本武尊は死へ向かって行く展開だったわけなので。 こうしてエジプト→ユーラシア→日本の犬は、全て死者・霊魂・冥界に繋がることがわかるのでした。犬はかわいいだけじゃなかったのです。 戌年とは、「アヌビス年」と言い換えてもおかしくない感じがします。 にほんブログ村 ↑ クリックお願いしますm(_ _)m。

「地球空洞説・地球内天体説」と一致する日本書紀の「地球から太陽神が生まれた」神話

…日本人はエジプトからユーラシア大陸にかけての民族・文化・信仰を融合したから、神様も同じようにして習合して、こうなってるわけなのですが。 前置きが長くなりましたが、ここからが本題になっちゃったりするわけです。 日本の太陽神は地球内部から宇宙空間に露出した 凄く変なことが書いてあるもんだと、10年前は思ってたのですが。近年盛り上がってる(?)地球空洞説や地球内天体の話と完全に整合してしまってると分かって、こりゃ無視できないと思いました。 「日本書紀」の太陽神、大日孁貴(おおひるめ…

神武天皇が派遣した天富命、始皇帝の下から旅立った徐福は奇妙な一致を見せる

…どの伝統芸能で昔の演目を繰り返すこと、天皇の即位の儀である大嘗祭では古代の儀式を再現すること、そうしたものに近いのではないかと。 もう一つ加えるなら、個人的には、ユーラシア大陸と日本列島の雛形論が、天富命の話にも入り込んでいるのではないかと考えてしまいます。 関連記事 ・関東地方が東アジア、近畿地方が中央アジア、に対応する土地の証明。新日本雛形論 ・神功皇后と父親が夫祖(沃沮)から来たならば欠史八代大陸説に信憑性でます にほんブログ村 ↑ クリックお願いしますm(_ _)m。

倭と邪馬台国はキリストと12使徒の名が伝わった最果ての国だったのか

…トの使徒、マタイ、フィリポ、トマス、シモンまでは、偶然ではなく、事実として含まれる気がしました。倭にはあらゆる宗教と思想と文化が混ぜ込まれていることを考えると、あっておかしくなさそう。 関連記事 ・南九州に旧約聖書的な記録が見つかるのは何故か ・鳥取県の梶山古墳の「イクトゥスの壁画」が表す、天皇家がユーラシア大陸を横断した記録 ・旧約聖書の登場人物をあらわす漢字と日本語 ・(日ユ同祖論)倭と伊蘇国に秘められた日ユ同祖論 にほんブログ村 ↑ クリックお願いしますm(_ _)m。

福岡県の珍敷塚古墳はエジプトからの民族移動を示す大陸地図だった件

…途中の靫(ゆき)は、ユーラシア大陸の途中の中継地点、国を起こしたのか、とどまったのかということです。弓矢や点々が、国に満ちた人の数を表しているでしょうね。 全ての人や動物が、右方向を向いているということは、左のエジプトが「西」であり、右の船着き場の到着地が「東」で、船着き場は倭の筑紫(福岡)の珍敷塚古墳のあたりなことを、意味していると読み取れますね。 前回は 鳥取県の梶山古墳の「イクトゥスの壁画」が表す、天皇家がユーラシア大陸を横断した記録 で、壁画のイクトゥスから古代天皇家…

鳥取県の梶山古墳の「イクトゥスの壁画」が表す、天皇家がユーラシア大陸を横断した記録

…の豪族集団が、広大なユーラシア大陸を、西の端から東の端へ渡って移住してきたのであるというこの仮説は、このブログで当初からのテーマのひとつになってきました。 梶山古墳の壁画によっても、この仮設は証明されることです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ では壁画に何が書いてあるか、意味を解きたい欲求がスゴイですが、この梶山古墳の彩色壁画の解釈は、すでに5年前くらいに出していました。 △について ・卑弥呼を象徴する数字と三角形から導かれる「女王卑弥呼は天皇だった」 この記事で…

かつて奈良盆地にあった大和湖の本来の名はイシク湖だったりして

ユーラシア大陸諸民族が想像以上に、大きく倭へ影響を与えていると言っても、なかなか俄には信じられなかったりしますね。日本人は子供の頃から日本文化は日本固有で日本独自で唯一無二だと思い込まされてきましたし。 でも中央アジア、とくに中央アジアの烏孫の存在を匂わすヒントは、たしかに奈良盆地に残されていのですよ。 そして今回は、奈良盆地に「イシク湖」があった件について。 大和湖(奈良湖) その昔、弥生時代の後期末期の頃まで、奈良盆地には巨大な湖がありました。 それは歴史的には「大和湖」…

侏儒(土蜘蛛)国から分かる卑弥呼の邪馬台国の場所

…の舞台は、個人的にはユーラシア大陸での天皇家の祖先の出来事と、日本列島での卑弥呼軍の東征をあわせているんだろうな、と考えますけど。それはさておき。 ここから重要なのは、この2つの書物の侏儒を結びつけたり、いろんな想起できるものを全部呼び出してみるということ。 ・神武天皇の出発地は九州の日向である ・卑弥呼(ひみこ)の名は日向(ひむか)ににている hi-m-k ・日向とは九州全域を指す名だった(肥前・肥後の元の名は健日向豊久士比泥別) ・女王国の本拠地は邪馬台国である ・神武天…

バベルの塔の建設者ニムロドが日本神話に居るのでは ぱーと2

…を出すことで、舞台がユーラシア大陸の西方だったことを印象づけているようです。 具 ①そなわる・そなえる おぜんだてがそろう。⑤ともに バベルの塔は、「崩壊のお膳立てがそろった場所」なのですね。とするとバベルの塔の崩壊は、最初から決まってたんですね。 土 ①つち ⑦五行の一つ。方角では中央、色では黄色、時では夏の土用、味では甘、内臓では肝に当てる。⑧星の名、土星。⑩土盛りをして土地の神をまつったもの。⑪はかる[解字]土を盛った姿を描いた象形文字。 バベルの塔は中央に位置し、黄色…

神功皇后と父親が夫祖(沃沮)から来たならば欠史八代大陸説に信憑性でます

…が弥生時代後期の頃、ユーラシア大陸東部のあたりにあった国。 沃沮 - Wikipedia 住人は扶余の別種だったとか。つまり言語も風習も扶余だったんですね。 沃沮は「肥沃を邪魔する」という意味になっていたり、なんか日本語の汚い意味の言葉が入っていたりしますが。 ちなみに扶余語と倭語が似てる件はこちら。 日本語は夫余語か 沃沮は元々は、「夫祖」といって、日本の異名である「扶桑」とそっくりだったんですよ。2つの理由があって、日本と扶余・沃沮は、無関係ではないですね。 これはともか…

古代天皇と大和民族のユーラシア大陸移動経路のまとめ

…日本列島というのは、ユーラシア大陸の雛形であることを念頭に置きたいところです。 これは中央アジアまでの地図ですが、九州が中東に対応していました。 関東地方が東アジア、近畿地方が中央アジア、に対応する土地の証明。新日本雛形論 A・中東での始まり シュメール→カナン(イスラエル)→エジプト→カナン→イスラエル王国→ユダ王国(アッシリア) 概ね、天皇家はこういう変遷を辿っているとかんがえられます。ちょうど旧約聖書のアブラハム~ヨセフ~モーセ~ダビデ~歴代ユダ王の経路に当てはまってい…