たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

「龍・竜・辰」の出来事の氾濫は偶然じゃないかもしれない証明

 

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辰鼓楼 - Wikipedia

 

最近なんか「龍」で気がつくこと、ないですか。

実は、龍・竜・辰、西洋でいうDragonが、けっこう世界で幅を利かせてるようなのです。

2017年の夏頃から、関係するニュースがかなり多いことに気づいたのですが、今まで放置プレイしてました。今回はそのへんを追求することにしました。 

 

1・2017年8月7日

海水浴事故:小6女児が重体 長崎・壱岐 - 毎日新聞

 7日午前11時20分ごろ、長崎県壱岐市勝本町の辰ノ島海水浴場の沖合で、福岡市中央区の小6女児(11)が沈んでいるのが見つかった。女児は福岡市の病院に搬送されたが、意識不明の重体。

辰ノ島・・・

 

2・2017年8月12日

水難事故 東京・板橋の高1死亡、新潟で川遊び中

11日午後1時10分ごろ、新潟県湯沢町土樽の魚野(うおの)川で東京都板橋区中台1、高校1年、古川竜宇(りゅう)さん(16)が流されたと119番があった。古川さんは病院に搬送されたが、死亡が確認された。

竜・・・

 

3・2017年8月18日

岐阜の中央道に土砂、4台巻き込まれる 6人重軽傷:朝日新聞デジタル

 岐阜県瑞浪みずなみ)市釜戸町の中央道で18日午後9時半ごろ、道路脇の斜面の土砂が崩れ、高さ約1・5メートル、幅約60メートルにわたって道路内に流れ込んだ。

Google マップ

この事故、龍は関係ないようでしたが、ちょっくら地図を見てみると、

 

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やはり竜・・・

 

 

4・2017年8月22日

40年前から産廃投棄 中央道土砂崩れ − 岐阜新聞 Web

 岐阜県瑞浪市釜戸町の中央自動車道で18日夜に起きた土砂崩れで、産業廃棄物を敷地から流出させた窯業原料製造会社「丸釜釜戸陶料」(同町)の水野辰英会長が、同社では40年前から産廃を無許可で投棄していたと説明していることが22日、県への取材で分かった。

ということで、やはり辰でした・・・

 

5・2017年8月22日

逃走車がトラックと正面衝突、2人死傷 パトカー追跡中:朝日新聞デジタル

 群馬県伊勢崎市の県道で21日午後11時55分ごろ、同市の高坂辰史さん(29)運転の乗用車と同県みどり市の橋場俊明さん(58)運転の中型トラックが正面衝突した。この事故で高坂さんが死亡し、橋場さんが重傷を負った。

辰・・・

 

6・2017年8月26日

初入港の清龍丸、油回収を実演 御前崎で船内公開|静岡新聞アットエス

 国土交通省名古屋港湾事務所に所属するしゅんせつ兼油回収船「清龍丸」が25日、御前崎港へ初入港した。多くの来場者を前に、油回収訓練を実演した。

清龍丸・・・

そう言えば東シナ海でのタンカー事故は2018年1月6日・・・

 

7・2017年8月31日

夫婦は龍のように清廉に、受験生は力強く学業に邁進-北野天満宮に巨大絵馬「平成乃雲龍」奉納 - 産経WEST

 学問の神様・菅原道真をまつる北野天満宮京都市上京区)に、2匹の龍をあしらった巨大な絵馬「平成乃雲龍(へいせいのうんりゅう)」が奉納された。

龍を奉納・・・

 

8・2017年9月10日

日本に龍の形をした川 ネットで人気【写真】 - Sputnik 日本

龍の尾と胴体を奇妙に曲がりくねった吉野川、頭部を早明浦湖がそれぞれ表している。この驚くべき写真は多くのネットユーザーの人気を集め、我々もまた無関心にスルーできなかったため、ここに紹介させていただいた。

龍の川・・・ 

 

9・2017年9月14日

根室沖衝突:タコかご漁船の1人不明、1人救助 - 毎日新聞

ちはる丸が転覆し、甲板員の神奈川県南足柄市、鍵和田基龍(かぎわだ・きりゅう)さん(45)が行方不明になり、釧路海上保安部の巡視船などが捜索している。

龍・・・ 

 

10・2017年10月15日

4人乗り小型機が九頭竜川に不時着 福井空港への途中、全員けがなし | 社会 | 福井のニュース | 福井新聞ONLINE

15日午後3時40分ごろ、福井市小尉町(こじょうちょう)の九頭竜川の水面に、小型機が不時着した。

九頭竜川・・・

 

11・2017年10月18日

竜と思われる白骨死体を中国で発見 ネットではさまざまな意見が飛び交う - ライブドアニュース

角のついた長い頭骨に小さな腕の骨、そしておよそ18メートルの長さの身体を持つ竜の白骨死体が発見されたという。

竜の白骨死体・・・ 

 

12・2017年10月19日

「竜の血」に治癒効果 コモドドラゴンの血液成分から強い抗菌作用発見 新薬開発へ期待 - 産経ニュース
 ドラゴンの血が傷を癒やす-。伝説のような研究成果が4月、発表された。

コモドドラゴン・・・

 

13・2017年10月24日

神戸新聞NEXT|但馬|辰鼓楼の90年ぶり大修理完了 住民らにお披露目

 約90年ぶりの大修理が続いていた、兵庫県豊岡市出石町の時計台「辰鼓楼」の工事がこのほど終わり、24日、同町内町の市役所出石庁舎前の広場でお披露目会が開かれた。

 

90年ぶりの辰鼓楼・・・

 

14・2017年11月6日

神戸新聞NEXT|総合|潜水艦「しょうりゅう」進水式 川重神戸工場で

 川崎重工業神戸工場(神戸市中央区)で6日、防衛省向け潜水艦「しょうりゅう」(2950トン)の命名・進水式があった。最新鋭潜水艦「そうりゅう」型の10隻目で、同工場建造の潜水艦は戦後計28隻となった。

 全長84メートル、幅9・1メートル、高さ10・3メートル。水中速力は20ノットで約65人が乗り込める。建造費は約520億円。

新しい潜水艦は、蒼龍型の昇竜・・・

 

15・2017年11月13日

交差点ではねられ3人負傷 トラックの男逮捕、金沢 - 産経WEST

金沢西署は、自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、トラックの石川県能美市辰口町、会社員、船本竜容疑者(33)を現行犯逮捕した。

辰口で竜・・・

 

16・2017年11月14日

神戸・組員射殺事件 新たに指名手配写真を公開

 神戸市長田区の路上で9月、暴力団「任侠山口組」の男性組員が射殺された事件で、兵庫県警長田署捜査本部は14日、殺人容疑で指名手配している指定暴力団神戸山口組系組員、菱川龍己容疑者(41)の写真2枚を新たに公開した。

龍・・・ 

 

17・2017年11月27日

国道沈下、土呑み込む? 京都「呑龍トンネル」工事で漏水 : 京都新聞

 京都府流域下水道事務所は27日、貯水施設「いろは呑龍(どんりゅう)トンネル」工事現場の南幹線と北幹線の接続箇所(向日市鶏冠井町)で、管内への漏水と土砂流出が起きたと発表した。

呑龍トンネル・・・ 

 

18・2017年12月9日

陸自:トラックが道から転落、隊員死傷 荷台の小銃弾散乱 - 毎日新聞

 7日午後6時50分ごろ、熊本県阿蘇市車帰の県道で、陸上自衛隊北熊本駐屯地(熊本市北区八景水谷)の第8後方支援連隊所属の大型トラック(10トン)が道路脇の約10メートル下に転落し、運転していた3等陸曹、松本竜樹さん(23)が全身を強く打って約3時間半後に死亡した。

竜・・・ 

 

19・2017年12月11日

韓国でクレーン事故相次ぐ 今年16人死亡、点検直後も - 読んで見フォト - 産経フォト

9日、韓国・竜仁でタワークレーンが破損し7人が死傷

竜仁・・・ 

 

 

DRAGO ドラゴン(字幕版)Amazonビデオ

 

20・2017年12月12日

 四川の九龍寺で火災800平方メートルが焼失、16層の木造塔も 写真7枚  国際ニュース:AFPBB News

【12月12日 CNS】中国・四川省(Sichuan)綿竹市(Mianzhu)人民政府報道弁公室の公式ウェイボー(微博、Weibo)によると、10日午後0時39分、綿竹市九龍(Jiulong)鎮九龍寺(Jiulong Temple)の大雄宝殿で火災が発生した。

 世界最大の九龍寺の木造塔が・・・

 

21・2017年12月15日

金家来神社社殿に天井絵「昇龍図」が奉納 | 宇部日報社 このまちメディアWeb

宇部市維新山の宇部護国神社(野村好史宮司)に新しく勧請された金家来(かなやご)神社の社殿に22日、天井絵「昇龍図」が奉納された。

龍を奉納・・・ 

 

22・2017年12月15日 

警視庁巡査長が死亡事故 時速100キロ以上で走行か 中国籍男性はねる - 産経ニュース
事故は10日午前7時過ぎに発生。足立区東和の環状7号線の交差点で、同署交通課の尾添輝大(おぞえ・てるまさ)巡査長(29)=江戸川区北小岩=の運転する乗用車が、歩行中だった中国籍日本語学校生、●(=龍の下に共、以下同じ)凡仁(キョウ・ハンニン)さん(22)をはねた。●さんは病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認された。

 龍・・・

 

 23・2017年12月15日

長野自動車道でトラック同士追突、1人死亡 山梨の会社員逮捕 - 産経ニュース

 長野県警高速隊は、自動車運転処罰法違反(過失運転致傷)の疑いで、トラックを運転していた山梨県笛吹市、会社員、和田上貴龍容疑者(25)を現行犯逮捕し、容疑を過失運転致死に切り替えて調べている。

龍・・・ 

 

24・2017年12月16日

化石:ドイツで最古の首長竜 2億500万年前の地層

 海に生息した大型爬虫(はちゅう)類「首長竜」の化石が初めて三畳紀(2億5200万~2億100万年前)の地層で見つかったと、ドイツ・ボン大などの研究チームが米科学誌サイエンスアドバンシズに発表した。これまではより新しいジュラ紀から白亜紀(2億100万~6600万年前)の地層でしか発見されておらず、最古の首長竜となる。

首長竜が世界初の・・・ 

 

25・2018年12月28日

死亡の男性は元専売店所長と判明 日経新聞本社ビル火災 - 産経ニュース

日本経済新聞社東京本社ビル(東京都千代田区大手町)で今月、2階の男子トイレから出火し男性1人が死亡した火災で、警視庁丸の内署は28日、死亡したのは西東京市芝久保町、無職、水野辰亮(よしあき)さん(56)と判明したと発表した。

辰だった・・・

 

26・2018年1月8日

米軍ヘリ、また不時着 沖縄・読谷村   普天間所属AH1攻撃ヘリ | 沖縄タイムス+プラスュース |縄タイムス+プラス

  沖縄県警などに8日午後入った情報によると、午後4時50分ごろ、読谷村儀間の海岸近くに米軍ヘリコプターが不時着した。普天間飛行場所属のAH1攻撃ヘリとみられる。2人が乗っていたが、けが人や機体の炎上などの情報は入っていない。

米軍ヘリの機体に竜・・・

 

27・2018年1月14日

SpaceXの宇宙船ドラゴン、ISSから2度目の帰還 | TechCrunch Japan

SpaceXのDragonカプセルが、約一カ月間ドッキングしていた国際宇宙ステーションから予定通り帰ってきた。このDragon宇宙船は、以前ISS再補給ミッションで飛んだことがあり、これで2度目の往復飛行に成功したことになる。

ドラゴンカプセル2度目の帰還・・・

 

28・2018年1月15日

みずほFG社長に坂井辰史氏 佐藤氏は会長、改革実行へ|全国のニュース|佐賀新聞LiVE

みずほフィナンシャルグループ(FG)は15日、佐藤康博社長(65)が代表権のない会長に退き、後任に坂井辰史みずほ証券社長(58)を充てる人事を発表した。

辰が就任・・・

 

 29・2018年1月18日

九州上空に竜のあと?(FNN)

 母親から「竜が通ったような雲がある!」と、突然起こされた投稿者。

www.youtube.com 

 竜のあと・・・

 

30・2018年1月19日

管長に大本山総持寺の江川辰三貫首

曹洞宗宗務庁は19日、大本山総持寺横浜市鶴見区)の江川辰三貫首(89)が22日付で管長に就任すると発表した。

辰が就任・・・

 

31・2018年1月20日

遺体は蓮ちゃん、DNA鑑定で断定 福井県警坂井西署が発表 | 事件・事故 | 福井のニュース | 福井新聞ONLINE

  福井県警坂井西署は20日、同県坂井市三国町新保の九頭竜川の左岸河川敷で19日に見つかった男児の遺体が、昨年12月9日から行方が分からなくなっている同県越前市の会社員田中了士さん(30)の長男蓮ちゃん(3)だった、と発表した。DNA鑑定で断定した。

 九頭竜川・・・

 

 32・2018年1月20日

文化審答申  重要無形民俗文化財 「秩父の龍勢」など6件

 国の文化審議会は19日、石川県輪島市で継承されている「輪島の海女漁の技術」や、豊作を祈って手作りのロケットを打ち上げる埼玉県秩父市の伝統行事「秩父吉田の龍勢」など6件を、重要無形民俗文化財に指定するよう林芳正文部科学相に答申した。

 秩父龍勢・・・

 

33・2018年1月23日

ドラゴン関係者3人逮捕 留学生殴り、55万強奪容疑 - 産経ニュース
 中国人留学生から現金を奪ったとして、警視庁組織犯罪対策2課は23日までに、強盗の疑いで、東京都豊島区池袋本町、準暴力団「チャイニーズドラゴン」関係者の韓云容疑者(27)=強盗傷害罪などで起訴=ら中国籍の男3人を逮捕した。

チャイニーズドラゴン・・・

 

34・ 2018年2月16日

<八幡平>初夏の神秘、青く輝く「ドラゴンアイ」開眼の仕組み解明 | 河北新報オンラインニュース

 岩手、秋田両県にまたがる八幡平(1613メートル)の鏡沼に初夏の一時期だけ出現する「ドラゴンアイ(竜の目)」形成の仕組みを、岩手県立博物館の主任専門学芸調査員山岸千人(ちひと)さん(49)が解き明かした。

 ドラゴンアイの仕組み解明・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2017年8月以降はこんな感じですけど。おそらくこれで全てじゃないです。

 

さて、単に「龍・竜・辰・ドラゴン」に関係する出来事は、よくある話だと言うこともできるんですが。ちょっと気づいたことを幾つか取り上げると、

 

・水の出来事・・・

1・辰ノ島海水浴場で少女溺死、

2・魚野川で高校生溺死、

3・瑞浪市の中央道土砂崩れ(地名がみず)、

4・〃

6・しゅんせつ兼油回収船「清龍丸」、

8・日本に龍の形をした川、

9・ちはる丸が転覆、

10・九頭竜川水面に小型機不時着、

14・防衛省向け潜水艦「しょうりゅう」の命名・進水式

15・石川県金沢市でトラック事故3人負傷

16・神戸組員射殺事件指名手配写真公開(犯人の名前に川)

17・京都呑龍トンネル工事で漏水、

20・四川の九龍寺世界最大の木造塔で火災

22・江戸川区で警視庁巡査長が死亡事故

24・ドイツで最古の首長竜(海に生息した) 

25・日経新聞本社ビル火災(トイレ)

26・読谷村磯間の海岸に米軍ヘリ不時着

28・みずほFGの社長就任(みず)

30・曹洞宗、管長に大本山総持寺の江川さん

31・遺体は蓮ちゃん、九頭竜川河口遺体のDNA検査

32・文化審答申  重要無形民俗文化財に石川県の輪島の海女漁

34・八幡平の鏡沼のドラゴンアイ仕組み解明

 

という風に、龍関係の出来事で取り上げた合計34記事のうち、22記事までが水に関係していたんですね。22÷34で計算すると、64.7%までが水関係。なんででしょうね。

 

・世界初とか世界最大や長期間みたいなスケール感・・・

12・ドラゴンの血が傷を癒やす

13・辰鼓楼の90年ぶり大修理

20・四川の九龍寺世界最大の木造塔で火災

24・ドイツで最古の首長竜

 

ほかには

 ・新たな奉納や就任など

6・しゅんせつ兼油回収船「清龍丸」進水式

7・北野天満宮に平成乃雲龍奉納、

14・防衛省向け潜水艦「しょうりゅう」の命名・進水式

21・金家来神社の社殿に天井絵「昇龍図」奉納

28・みずほFGの社長就任

30・曹洞宗、管長に大本山総持寺の江川さん

32・文化審答申  重要無形民俗文化財 「秩父龍勢

 

・数字の9

これも多いようでした。

九頭竜川、九龍寺、のほか、日付や年齢もCtrl+Fで検索バー出して検索してみてください。

 

こんなふうな感じで、なにか偶然というには出来過ぎ君な感じがしますね。どの出来事も相乗的というかリンクしているような、印象が持たれてしまったのですね。

「この世界は呪術で動かされている」、というとバカみたいですが、ちょっと考えてしまいます。俺自信の波及もあることだし。

龍神といえば、国常立命のことも無視できません。多くの龍の出来事には、ある種の神道的・宗教的な呪術、集ストなど陰謀が関係しているかもしれないわけです。

 

関連記事

日本で唯一国常立尊を国名に刻む常陸国が、「国常立尊の龍神の顔」を証明するカモ

 

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天照大神は純粋に卑弥呼じゃない 複数の時代の神と人を重ねた存在な理由

 

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天照大神について。

 

俺が幼稚園のときに大人気だったらしく、お茶の間の良い子数百万人がテレビにかじりつき、そのまま微動だにせず時が流れたという伝説のサンバルカン

太陽戦隊でなぜかイーグル・シャーク・パンサー。

両作ともにヘドリアン女王が出てくるので、続きという設定らしいですね。

それにしても何で太陽で赤青黄の三色なのかって調べると、陸海空だからみたいな答えがでてきた。スーパー戦隊シリーズって、自衛隊っぽいのだろうか。それとも新興宗教関係だろうか。

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天照大神のいた神世はいつの時代か

 

人によれば、天照大神の正体や、実在の年代は異なります。

 

太陽神・天照大神縄文時代の人であるとか。

縄文時代はおおむね1万5千年前~2300年頃)

 

天照大神はキリストだとか

(キリストの時代は紀元前4年~紀元後30年頃)

 

天照大神は、弥生時代後期の女王、卑弥呼と同一人物だとか。

卑弥呼の時代は2世紀末~248年)

 

いずれもそう主張して、他の仮説を跳ね飛ばしている傾向があるとか。 

 

しかし神世の天照大神についての記述には、なんかおかしい「別々の時代の混成」みたいな感じで書いてあるんですよ。そこを読まないと、天照大神の全貌には近づけませんでした。

 

 天照大神は養蚕の神

 

日本書紀」のほう、読むとこうありました。

月夜見尊保食神(うけもちのかみ)を殺し、天照大神が激怒した後)

保食神は本当に死んでいた。ところがその頭に牛馬が生まれ、額の上に粟が生まれ、眉の上に蚕が生まれ・・・」

日本書紀(上)全現代語訳p32

 

天照大神は口の中に蚕の繭を含んで糸を抽(ひ)くことができた。これからはじめて養蚕ができるようになった」

日本書紀(上)全現代語訳p34

天照大神が日本に養蚕をもたらしたと言う話。

 

 養蚕の起源は弥生時代後期の徐福の民にある

中国における養蚕

歴史

養蚕の起源は中国大陸にあり、浙江省の遺跡から紀元前2750年頃(推定)の平絹片、絹帯、絹縄などが出土している[2]。殷時代や周時代の遺跡からも絹製品は発見されていることから継続的に養蚕が行われていたものと考えられている[2]。

中国では養蚕技術の国外への持ち出しは固く禁じられており[2]、特に秦による中国統一(紀元前221年)以後は統制が強くなったと考えられている[3]。また、2週間足らずで孵化してしまう種(卵)の運搬や餌となる桑の調達などの問題もあり、長い間、養蚕技術は中国大陸の外へ出ることはなかった[2]。朝鮮半島楽浪郡)へ伝播したのは前漢の頃(紀元前108年頃)とされ、同じ中国でも南部の雲南省には後漢の頃に伝わった[2]。中国からヨーロッパへの伝来は紀元後の6世紀頃とされる[2]。

分布

浙江省江蘇省山東省などが主要な養蚕地となっている。

日本における養蚕

歴史

日本へは弥生時代に中国大陸から伝わったとされる[4]。秦による中国統一(紀元前221年)によって統制が厳しくなったことから、蚕種はそれ以前の時代に船で運ばれたと考えられており、日本が桑の生育に適していたこともあってかなり早い時期に伝来した[3]。養蚕の伝播経路については諸説ある。朝鮮半島への養蚕技術の伝播との比較などから、中国大陸(江南地方)から日本列島(北部九州)へ直接伝わったとする説[5]などがある。

福岡県の有田遺跡(紀元前200年頃)からは平絹が出土しているが、当時の中国の絹織物とは織り方が異なることから日本列島特有の絹織物が既にあったと考えられている[2]。記紀には仲哀天皇の4年に養蚕の記録がある[2]。

195年には百済から蚕種が、283年には秦氏が養蚕と絹織物の技術を伝えるなど、暫時、養蚕技術の導入が行われた。奈良時代には全国的(東北地方や北海道など、大和朝廷の支配領域外の地域を除く)に養蚕が行われるようになり、租庸調の税制の庸や調として、絹製品が税として集められた。

養蚕業 - Wikipedia

縄文時代からは、蚕の絹は見つかってないのですね。せいぜい弥生時代中期あたりで出土例があるくらい。しかも中国は養蚕技術を外に持ち出してないという。

 

日本へは弥生時代に中国大陸から伝わったとされる[4]。秦による中国統一(紀元前221年)によって統制が厳しくなったことから、蚕種はそれ以前の時代に船で運ばれたと考えられており、日本が桑の生育に適していたこともあってかなり早い時期に伝来した

 弥生時代に入ってきた養蚕技術は、徐福の民がもたらしたような感じですね。

つまり以下の

天照大神は口の中に蚕の繭を含んで糸を抽(ひ)くことができた。これからはじめて養蚕ができるようになった」

日本書紀(上)全現代語訳p34

この天照大神をあらわす特徴のなかに、徐福が倭人に養蚕をもたらした出来事が、入り込んでいるんですね。天照大神が養蚕を始めたとある記述、ここは紀元前3世紀あたりのことではないかと。

保食神から蚕が生まれたとの下りは、養蚕が中国で誕生した場面を書いてるようです。

 

だから純粋に、天照大神縄文時代の神さまだとか、キリストだとか、卑弥呼だと言えない、理由わかりますね。

 

 

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卑弥呼の「呼」が「ヨフ」で徐福(ヨフ)なことの説明がつく

 

以前にこんな記事書いてました。

卑弥呼・壱与は徐福の血筋だと漢字で表されてるらしい

 卑弥呼は、自分の特徴を後世に残すため、自分で卑弥呼という名前を選んでいるのです。

「卑」でしゃもじの形にして、しゃもじ=前方後円墳を取り入れたのが自分であるとアピっていました。

「弥」は「彌」で「璽」なので公用印をあらわし、金印の授与者なことを示していました。

「呼」は謎でしたが、どうや邪馬台国の時代から天照大神の化身的な存在だったのかこの人でした。

そうならば、徐福が倭人にもたらした養蚕と、天照大神がもたらした養蚕という情報、両方を兼ね備える必要があったので、「呼」の一字によって徐福(ヨフ)を現していておかしくなかったです。

 

他にも時代を特定する要素は幾つか。

 

天照大神の時代に馬の登場

 

月夜見尊保食神を殺し、天照大神が激怒した後)

保食神は本当に死んでいた。ところがその頭に牛馬が生まれ、額の上に粟が生まれ、眉の上に蚕が生まれ・・・」

日本書紀(上)全現代語訳p32

 

(天の岩戸神話の直前)

素盞鳴尊が斑駒(馬)を生剥ぎにして、部屋の中に投げ入れた」

日本書紀(上)全現代語訳p34

日本列島で馬の登場は、考古学的には4世紀の古墳時代からだとか。

つまり天照大神縄文時代という話はここでも整合できないし、卑弥呼の3世紀前半の時代でも怪しくなる。

もし馬の話のところは「大陸」の出来事だとすれば、馬が出てきてもおかしくないですが。

 

 天照大神とミトラが似てるのは紀元前18世紀のインド神話の影響

 

インドにミトラと言う太陽神がいました。イランではミスラ、アフラマズダとも同一視され、仏教のマイトレーヤ弥勒菩薩と同じ神でもあります。

ミスラ - Wikipedia

 

以前こんな記事書いてました。

天照大神は古代オリエントの太陽神の習合だったってことで

 

リグ・ヴェーダ

リグ・ヴェーダ』(梵: ऋग्वेद ṛgveda, 英: Rigveda)は、古代インドの聖典であるヴェーダの1つ。サンスクリットの古形にあたるヴェーダ語(英語: Vedic Sanskrit)で書かれている。全10巻で、1028篇の讃歌(うち11篇は補遺)からなる。

呼称

「リグ」は「讃歌」、「ヴェーダ」は「知識」を意味している[1]。

中国語の密教経典の翻訳では「梨倶吠陀」と表記され、日本語文献でも用いられた事がある。[2]

歴史

古代以来長らく口承され、のち文字の発達と共に編纂・文書化された数多くあるヴェーダ聖典群のうちのひとつで、最も古いといわれている。伝統的なヒンドゥー教の立場ではリシ(聖者・聖仙)たちによって感得されたものとされる。中央アジア遊牧民であったインド・アーリア人がインドに侵入した紀元前18世紀ころにまで遡る歌詠を含む。

紀元前12世紀ころ、現在の形に編纂された[3]。

リグ・ヴェーダ - Wikipedia

 

ミトラ  太陽神 契約の神  - mi - tra

 

 天照大神 太陽神 契約の神 a - ma - tera - su

こんな風に特徴も名前も一致してるのは、偶然じゃなかったです。

 

しかしミトラが本来男神なのに、天照大神は女神。これは自身を天照大神の生まれ変わりとした可能性のある卑弥呼が、本来の性別を入れ替えている可能性があります。

天照大神素盞鳴尊との契約を結んだ場面が、大きく記述されているのは、ミトラの存在を反映してのことでした。そうするとインド神話のヴァルナがスサノオに対応しているようです。

ミトラは紀元前18世紀にはすでに地球上に存在した、ということは卑弥呼とは大きくかけ離れていますね。

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記紀の「神世」というのは、太古の大陸の出来事、日本列島の出来事、両方のいろいろな時代を重ね合わせて1つに見せている。とにかく複雑なものに仕上がっています。

 

 

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むかしの烏孫人は倭人と似た衣服を身につけていた

高床式な家のせいか、なんか異常に寒い。布団に入るだけじゃなく、寝袋に入って寝てます。

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烏孫の衣服は日本の古墳時代に似てるものがあったようで

 

中国人が復元した烏孫人の衣服は、なにか中国風というか、インディアン風な印象もあったのですが。

下の画像のように、本来に近い復元がされている場合もあるようでした。衣に、袴といったスタイル。

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https://kknews.cc/history/ombpqkm.html

烏孫に隣接したソグディアナ、サマルカンドなどの壁画を見ると、中央アジアは概ね、こんな格好だったとか。

サマルカンド 壁画 - Google 検索

 

この衣服って、昔の日本の衣と袴みたいではないですか。

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ヤマトタケル - Wikipedia

古墳時代以前の日本は、埴輪を見ればいろんな形態の衣服がありました。それこそ1つの民族と言えないほどに。

一方で倭の貴族の衣服は、ヤマトタケル像みたいに、こんな衣と袴だったんですよ。これ、着物とは全然違って不思議に思ってませんでしたか。東アジアでも特異な衣服だとは思っていましたが。

じつは古墳時代の衣・袴のセットは、中央アジアに似てたのですよ。そりゃあっちから貴族階級が流入してるのだったら当然なことですが。

美豆良(みずら)の正体はユーラシア大陸の奥地に見つかる

 

 

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裸体の烏孫人もいて倭人に似ている

 

中国の清の時代の書物に「古今図書集成」ってのがあるんですが。

古今図書集成 - Wikipedia

この書物は、中国の古代から中世に至るまでの情報を網羅してる百科事典みたいなもの。 ここに、変な絵があるのを見つけたんです。これは日本のサイトには無くて、中国の方にありました。  

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File:Imperial Encyclopaedia - Borders - pic038 - 烏孫國.svg - Wikimedia Commons

 このなんか野暮ったい妖怪みたいなのが、烏孫人なのだとか。

明らかにネガティブな思考を元にして描いていますよね。江戸時代の日本人が西洋人を描くと、こんなふうになったみたいな。

裸足、半裸、手足の指が3本、毛深い、鉢巻。これってなんか、日本人にいてもおかしくない、特徴な気がしました。

 

むかしの倭人は裸的な姿も好んだらしい

 

ちょっと倭人の絵を調べてみると、中国に「職貢図」というものがあったりするのです。

職貢図 - Wikipedia

 倭人といっても色んな種類がいて、衣服も様々にあったことは、古墳時代の埴輪を見ることで分かってきますが。

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File:Dam yeom rip bon wang hee do, from Gugong Bowuguan China, 6th century.jpg - Wikimedia Commons

この画像の左端が倭人で、中央が新羅、右が百済だそう。

倭人の使者は、裸足で棟をあらわにして、上着を上半身に巻きつけた感じで、普段は上半身裸で過ごしてるんじゃないかって感じありあり。

朝鮮半島の人は全身の体毛は薄毛の傾向があるそうですが、日本人の場合は東アジアでも毛深いという特徴がありますね。このへんでも烏孫と共通したとか。

毛むくじゃら、下履きの形状、上半身が裸、そうすると上にある、烏孫絵的な印象を受け取れます。あとこの方が色黒なのは、どうも日本人意外の人種との混血なようにも見えますね。サカ、インド系のほうが入っているような。

海で暮らす海人、海女系の倭人というのは、裸足に半裸が基本であったと考えられますね。今でも日本では裸祭、相撲などでは、伝統的に裸の姿をする習慣があったりします。

裸祭り - Wikipedia

 

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裸祭 - Google 検索

これって、縄文人の風習なのか、それとも古代エジプト的な風習なんですかね?

 

地中海周辺の民族は半裸を好んだらしい

 

古代ローマ古代エジプト古代ギリシャ古代イスラエル・ユダ系・・・アッチの方の人というのも、昔は倭人みたいに、割りとラフな格好を好んでいたんです。

たとえば、古代ローマの場合はこんな感じ。

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Ancient Rome - Wikipedia

この画像はなんか罪人の首を取ってきたモチーフみたい。

画像検索すると裸のレリーフなど山ほど出て来る。

 

烏孫でも裸体を好む人がいたのは、地中海地方から移り住んだ人々が烏孫に多かったから当然なのですが。

倭人というのは明らかに地中海地方、烏孫と関わりがあると見ているので、すると衣服のほうも、つながっているんじゃないかと。 

ということで、倭人烏孫人は衣服も似ている。これは日本と天皇家烏孫起源をどんどん調べている自分としては、納得できる話でした。

 

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神世七代の埿土煑尊(ういじに)と沙土煑尊(すいじに)からスフィンクスが出てきてコンニチハ。

 

何故か常にメチャクチャな状況に陥りながら生きてる俺ですが、また思いつきました。

スフィンクスが日本神話にいたかも」、という話。

奇想天外で自己満足な話ですが。これにはもう、そのへんの貞子の井戸よりずっと深い訳がありました。

 

 狛犬という「大陸の動物」を守護にしてる日本古来の神社

 

日本の神社はほとんどが、狛犬を守護としているではありませんか。

通説で、最初期の頃の狛犬というのは、どうやら唐の時代にはあったというから、それは飛鳥時代奈良時代のころだったとか。

そういえば「古事記」「日本書紀」に、狛犬がどこにもでてこないのはおかしいとは思ってました。

現存する日本最古の狛犬というのは9世紀につくられた、教王護国寺の木造狛犬だそうです。石製の場合、東大寺南大門の石獅子が知られ、これが1196年だとか。

狛犬史における重要な狛犬たち

獅子というのは、ライオンのこと。日本はライオンが暮らしていた痕跡はどこにもないので、獅子が外来文化だったことは明らかです。

 

 日本人は昔から、高句麗のことを高麗(こま)と言ってました。

高句麗の前身だったのは濊貊(わいはく)ですが、「貊」の字は狛犬の「狛」と同じだという話。つまり高麗から入ってきたから「高麗犬、高句麗犬」というのが、本来なのかもです。

高句麗の言語は扶余と一緒で、そして倭語とも非常に似通っていたと、言葉を比較するとそのあたりも分かってくるのですが、昔から日本と高麗の関係は深かったようです。

日本語は夫余語か - たっちゃんの古代史とか

しかし高麗犬とは言えども、獅子(ライオン)は、高句麗にも存在してなかったんですよね。つまり高句麗は、狛犬の中継地点なんです。

 

しかも、狛犬というのは獅子(ライオン)に限らなかったんですね。先程登場した教王護国寺狛犬は、片方が獅子でもう片方が一角獣=ユニコーンでした。

狛犬は2匹で一対ですが、「獅子と獅子」の取り合わせな場合と、「獅子と一角獣」という取り合わせもかなり見られるんですね。

これが日ユ同祖論の、有名な1つの証拠としても取り上げられてます。

この一角獣についても、日本の神話には登場することがないし、高句麗にもともと居たという形跡もないです。

すると、獅子も一角獣も、狛犬とは中東・地中海方面の架空の動物の伝説が、極東へと流入してるのは明らかなこと、ここまではわかるかと。 

 

狛犬ってスフィンクスだったのだろうか

 

狛犬は突き詰めていくと元々スフィンクスだったのではないか、そんな仮説があります。

スフィンクスはライオンの体をしていて、四足で座って、ピラミッドを守護している存在だと言われてますね。これがそのまんま狛犬の姿になって、神社の守護となったと。

要するに同じ存在の場合、神社とピラミッドの役割が重なってる。ということは、ギザの三大ピラミッドは、お墓なんかじゃなくて神殿なわけなのですが。

狛犬 →守る →神社(神殿)

スフィンクス →守る →三大ピラミッド(神殿)

 てことになって、ピラミッドとは本来は神殿なのが確かです。

 

するとスフィンクスに、一つの疑問が沸いてきてしまいます。それは、狛犬が一対で2匹がワンセットなのだから、スフィンクスも一対で2匹並んでいたんでは?という仮説。それは考古学的な調査で分かるかもしれないですが。

実はもう一つ、狛犬スフィンクスを結びつける存在を、記紀神話から見つけました。

 

沙土煑尊がスフィンクスっぽいことの話

 

スフィンクスが、実は日本の神話に登場していたとすると、ちょっと話は変わってくるようではないですか?以前こんな記事書いてました。

原初の想像神である国常立尊は、葦牙であり三角形であり、宇宙空間に浮かび上がるピラミッド、地下構造を持つピラミッドのようなものを、示しているのだと言う話。

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国常立・国狭槌・豊斟渟の三神が記録したピラミッド構造

 

原初の神「国常立・国狭槌」の正体がピラミッド+地下構造なことは豊斟渟(クヌム神)が証明する

 調べてみると、記紀とも国常立尊の近くに、スフィンクスっぽいな、そう思わせる神さまがいました。それが 沙土煑尊(すいじに)と埿土煑尊(ういじに)。

 

誰でも気づくことですが、この神2柱は、「煮」を含みますね。

以下、「学研漢和大字典」の字解を引用してまいります。

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これは本来は「煑」と書くんですね。「者+火=煮る」というのは、昔の字体を知らなくなった現代人には想像しにくいです。 

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この煮るですが、「焚(たく)」「炙(あぶる)」と同じ系統でした。

で、「者」というのは、字解によれば焚き木のことだったんです。者も火に関係するとは知らなかったです。

ここから埿土煑尊と沙土煑尊が、スフィンクスになっていくのですが。

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「煑」を分解すると、土、老(老頭)、日、火が出てきますね。

スフィンクスとは、土(石)で出来た老人であり、太陽(日・火)の神ホルスの化身なんですよ。つまり煑の一字で、スフィンクスの特徴が現されていました。ここは序の口です。次。

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埿土煑尊と沙土煑尊っていうのは、こんなふうに泥土、土、土、砂、土、土でできているんですよ。つまり大地の要素は、スフィンクスの材質ですね、ここで現されているのが。次。

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日本書紀」のほうでは、砂土煮

古事記」のほうでは、須比智邇

と書くのですが、これ、ローマ字で書くと、スフィンクスの「スヒン」が現れてくることに気づいてしまったのですよ。偶然じゃないっぽいですよねこれ。

 

スフィンクスの異名と埿土煑尊と沙土煑尊との一致点

 

スフィンクスは、正式な名称のほか、異名もあったんですね。

一般には単に「スフィンクス」と呼ばれることも多い。現代アラビア語では「أبو الهول(Abu al-Haul)」で、「畏怖の父」の意味。発音は標準アラビア語でアブ・ル・ハウル(Abul-Haul)、エジプト方言ではアブル・ホール(Abul-Hool)となる。

ギザの大スフィンクス - Wikipedia

 

古典ギリシア語ではスピンクス(Σφίγξ, Sphinx)といい、スフィンクスとはこの英語読みである。

古代エジプトにおける本来の名は不明だが、ギリシア語名は古代エジプト語シェセプ・アンク(szp 3nh, シェセプ=姿・形 アンク=再生・復活の神 「アンク神の像」の意)に由来するのではないかとする説がある。ただしこの語は神あるいは王の像に対してのみ使われており、合成獣に使われた証拠はない。

スピンクスは女性名詞であり、中国語では「獅身人面像」または「獅身女面像」と訳される。

スフィンクス - Wikipedia

 ウィキペディアによれば、スフィンクスは、アブ・ル・ハウル、アブル・ホール、シェセプ・アンク説もあるとか。

これを見て、ハハア、と思いました。

埿土煑尊と沙土煑尊 の、「煑」と同系の漢字に「炙」があると書きましたが。

これ「炙=あぶる」だから。炙・ハウル、炙ホールって、言い換えて良いわけじゃないですか。

まぁココまで来ると、全部偶然じゃないと思いますが。まだあります。

 

 

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  国常立尊との位置関係で分かる埿土煑尊と沙土煑尊=スフィンクス

 

ピラミッドに対応するのが、葦牙=三角形の形をしていたと「日本書紀」書かれる国常立尊でした。

ならば、国常立尊の横にいる神さまが、スフィンクスってことですよ。だから国常立の隣りにいる、埿土煑尊と沙土煑尊とに白羽の矢が立ったわけですが。

日本書紀神世七代の順番

1 国常立尊(くにのとこたちのみこと)
2 国狭槌尊(くにのさつちのみこと)
3 豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)
4 泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)

 

 古事記神世七代の順番

1 国之常立神(くにのとこたちのかみ)
2 豊雲野神(とよぐもぬのかみ)
3 宇比邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)

 こんなふうに。

いずれも国常立尊国狭槌尊豊斟渟尊という三柱セットのすぐ後に、沙土煑尊と埿土煑尊が登場するんです。

これは、古代エジプトには、ピラミッドのすぐ横にスフィンクスがいたことを示すためなのではないかと。

 図にすると、こうなる。 

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 こんなふうに、

日本    エジプト

国常立尊 ピラミッド

国狭槌尊 ピラミッド地下

豊斟渟尊 ピラミッドの所有者(クヌム神及び、クフ・クヌム王)

埿土煑尊 スフィンクス

沙土煑尊 スフィンクス(どちらかが消失)

というふうな対応になっているという想像ですが。

 

気になったところまとめ

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 他にもあったのですが、面倒なので画像でまとめてみました。

蛇形記章 - Wikipedia

 

日本人の原初に古代エジプトがある。

だからこそ、ここまで日本の原初の神のなかに、古代エジプトの要素で満たしていると思うのですが・・・。

ここまで見て、「全部偶然でした」って言ってしまうのが、保守的な歴史観な日本人だと思いますが、どうだったでしょうか。まぁいつもの暇つぶしの妄想ですので、悪しからず。

 

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大陸のタングートと日本の丹後国が関係ある件

近ごろ爆音が終わらないと共に、ものすごい強迫観念が押し寄せてきて、汚いセリフが起きてる間じゅう定期的に何度も繰り返して精神を疲弊中。

文章を書く量が多くなってるのも、音楽を聴き始めているのも、エンドレスの強迫観念を消したいがためなんですが、なかなか消えないでキツすぎるんですが、はよ止めて。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

関西の日本海側、今の京都府北部のあたりにあった丹後国のことで、以前から気になってた話。

 

丹後とは

 

まずは丹後ってなんなのかという話から。

丹後

奈良時代平安時代

和銅6年(713年)4月3日に丹波国の北部、加佐郡与謝郡丹波郡、竹野郡熊野郡の5郡を割いて、「丹後国」として設置された。『続日本紀』には「丹波国の五郡を割きて始めて丹後国を置く」と記され[3]、『和名類聚抄』には35郷が記されている[2]。大浦半島の付け根に位置する志楽谷(現在の舞鶴市志楽)は、遅くとも分国前の和銅2年(709年)には丹波国に属していたが、北東部の田結(同・田井)など半島の大部分は奈良時代(710年 - 794年)前期まで若狭国に属していたことが分かっている[3]。

分国以前から、丹波国では丹波直(たんばのあたい)一族が国造や郡司など支配的地位を有していた。『先代旧事本紀天孫本紀によれば、丹波直は天火明命を祖としている。分国後の丹後国では延暦2年(783年)に丹波直真養が丹波郡国造に、貞観8年(866年)に丹波直副茂が近衛府の下級将官に任じられた[3]。

分国の背景

丹波国府が置かれていたと推定される現在の南丹市亀岡市から遠方にあることが分国の背景にあったと考えられている[3]。南部の桑田郡には国分寺国分尼寺が建立されており、奈良時代には丹波国の中心地となっていたことが知られる。

また、分国後の丹波国丹後国に対して「丹前国」[4]とされなかったのは、分国当時(和銅6年)の分国の原則が、それ以前の同等な国の分割(吉備国備前、備中、備後とするような分割)[5]とは異なり、母国から一部を割いて、分割された側に別の新国名を付ける形(備前から美作が分国するような形)がとられていた為であると考えられる。そして分割された側でありながら、丹後(二字で「タニハノミチノシリ」と訓じられた)とされて新たな国名が与えられなかったのは、ここが元々の丹波の地であるので、タニハノミチノシリとして「タニハ」の名を残した為とみられる[6][7]。

なお分国後の国名については、『大日本古文書』で丹波国を「丹波前国」、『日本霊異記』で丹後国を「丹波後国」と記した例があり、前者は「タニハノミチノクチ」、後者は「タニハノミチノシリ」(和名類聚抄)に対応したものと考えられる(いずれも「ミチ(道)」が省略されている)[3]。

丹後 - Wikipedia

 f:id:kl117cr233:20180129215224j:plain

丹後の成立は他の諸国から遅れて、和銅6年(713年)4月3日なんですね。

丹波国から別れて、丹後国が成立したと。

丹波国国府から遠かったから、丹後国但馬国を分割したんじゃないかという単純な仮説が有力視されているとか。

 

それが、なんで大陸のタングートに関係すると考えているのか・・・。 

 

 

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中国のタングート

 

 中国四川省青海省のあたりに、タングートという民族がいました。この国は、7世紀頃にチベット系の羌族から分離して成立したんですね。

 

タングート(Tangut)は、7世紀~13世紀ごろに中国西南部四川省北部・青海省などに存在したチベット系民族である。

11世紀初めに西夏を建てた。中国語表記では党項。日本語ではタンガットという記法も散見される。同じくタングート族、タングート人とも。また。タングートの前身は羌である。

同時に、中国語表記で唐兀とも表記され、モンゴル化したテュルク民族とする説もある[1]。

歴史

党項の名前は正史の中で一番古いところでは『隋書』に伝があり、三苗(ミャオ族の前身と言われる)の後裔という。なお、チベットビルマ系とされるタングートと、ミャオ・ヤオ系とされる三苗との間では言語的に隔たりがある。

 
現在チャン族として知られている四川省北部の少数民族の言語は、西夏文字によって残されているタングート語と比較的近いとされている。

チベット語アムド方言を話す遊牧民のことをタングートと呼ぶ場合もあり、実際、古代のタングートの居住地域と、現在のチベット語アムド方言の話者が住む地域はほぼ重なっている。そのため、この地域のチベット族の中には、モンゴル化したテュルク民族がチベット人に同化しチベット語を話すようになったタングート人の末裔が恐らく多数含まれており[1]、古代の言語的な特徴を比較的よく残している人びとが、チャン族をはじめとする四川省北部のチベットビルマ少数民族を形成していると考えられる。

タングート - Wikipedia

 羌から出たタングートですが、実際のところはモンゴル化したテュルク人だとも、三苗族(ミャオ族)だとも言われていて、定説がないとか。

ミャオ族・・・猫?

f:id:kl117cr233:20180105002411j:plainえ?

 

それで、このタングートと、丹後が何の関係があるのか、、もうわかりましたか。以下で答え合わせします。

 

丹後とタングートの比較

 

丹後とタングートは、凄く似ているのです。キンピラとチンピラくらい似てます。

 

(1)成立年代

まず、成立年代が似ていました。

タングートが7世紀に成立すると、それをぴったり追うようにして丹後が和銅6年(713年)に成立してますので、数十年程度しか誤差がないです。

(2)分離独立

まず大陸ではタングート分離し、その後数十年して日本列島では丹後が分離下という感じ。分離したという派生理由も同じですね。

(3)名前

それに名前も似てますね。タングート、丹後。ローマ字にすれば、Tangut、Tango。なんで似てるのかと。

どこから分離したか、ですが、タングートは羌からです。羌はチベット系で、同じ系統で吐蕃という国がありました。

一方で丹後のほうは、丹波から別れていました。

これもローマ字にしてみると、吐蕃がTuban、丹波がTanba。なんかしっくりとくるものがありますよね。 

(4)別名

タングートは漢字だと党項と書くのですが、吐蕃人(チベット人)はタングートのことを「彌薬(ミニャク、ミヤク)」と呼んでたそうです。

それで丹後のほうを見れば、丹後の中心都市だった宮津城の地が、彌薬の「ミヤ」に対応するのがわかりますね。

あとは「党」という漢字は、訓読みで「なかま」なのですが、丹後に中(なか)郡があるのはそういうことなのではないかと。

タングートの居た土地は月氏の土地だったので、丹後には加佐郡月氏=加佐)があるのではないかと。

 

もうわかったと思いますが。両者を見比べるとこうなります。

地域  中国大陸  日本列島

名称  タングート 丹後国

    Tan-gut   Tan-go

成立  7世紀    和銅6年(713年)

関係国 吐蕃    丹波

    Tu-ban   Tan-ba 

別名  彌薬(ミヤク) 宮津

    党項    党(なかま)→中群(なか郡)

関連  月氏    加佐群

タングートと丹後、吐蕃丹波。もう日本国内の方言より違ってないです。「こんばんわ」と「おばんでがんす」より、ずっと一致率が高いです。

ここまで似通ってて「こんなの嘘だ、デタラメだ」なんて言えますか?

言うらしいですね・・・。

 

ということは、「丹波国国府から遠かったから、丹後を分割したんじゃないか」という仮説は、間違ってるように見えてきませんか。

ほんとは、

 

大陸で、吐蕃と同系統の羌から、タングートが出た。

その情報を耳にした日本の朝廷は、

日本列島の吐蕃(tubut/チベット)として位置づけていた丹波国から、

丹後(タングート)国を分離させた。

 

これが丹後国のほんとうの成立の経緯なのではないですかね。つまり日本列島雛形論的な思想が、ここには明らかに見て取れるんですよね。まぁ個人的な想像ですので。

 

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そういえば・・・

 

日ユ同祖論によく出てくるのが丹後国の籠神社(このじんじゃ)です。

この籠神社も、おそらく羌や吐蕃やタングートに関係していると思われます。上記のタングートの先祖の話に戻って欲しいのですが。

三苗、ミャオ族がタングートの祖先とか言う話がありますね。ミャオ族もそういえば、日ユ同祖論でよく出てくる名前なんですよね。

タングートはミャオ族、

丹後は籠神社

いずれも日ユ同祖論的にも繋がりがみえてくるでないですか。

 

日本列島雛形論との関係

 

日本列島雛形論の代表格って、北海道を北米、四国を豪州、九州をアフリカ、淡路島を南米にするみたいな感じですよね。

しかし個人的な日本列島雛形論ではですね、日本列島に対応するのは、東アジアから中東・ヨーロッパまでの古代文明圏に限定して考えるのです。これは別に自分が最初に考えたわけじゃないです。おそらく弥生時代に日本各地に地名を名付けた頃、ユーラシア大陸各地の国・民族の名称を、日本列島に名付けていっています。

古代倭人がすでに考案していたんですね。数の大小の差はあれど、ユーラシアの各地から日本に吹き溜まってきて、日本というひとつの言語と文化に馴れ合ったのが倭人ですので。

 

つまり、

よくある日本列島雛形論・・・日本の大きな島の全てが世界の大陸に対応

個人的な日本列島雛形論・・・日本に対応する土地はユーラシア大陸が基礎

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうして丹後が日本列島雛形論を証明する鍵だったわけ、なんとなくわかりましたね、独りよがりで。

 

関連記事

古代チベット・吐蕃の起源は古代トルコのタバルか

関東地方が東アジア、近畿地方が中央アジア、に対応する土地の証明。新日本雛形論

  

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富士山頂で撮影されたストリートビューに謎の光る物体が

なんか人生もう疲れたなーと思って、グーグルマップ見てたんですね。

富士山を見てたんですね。航空写真であるとか、ストリートビューで。

 

ブルドーザーとか重機の専用の道が、頂上まであるみたいなんですね。富士山てのは。

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ブル専用とか。

この辺の空は、普通ですね。太陽も。

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富士山頂に向かう登山道、これは富士宮ルートですね。

ここは、富士山9合5勺の位置にある胸突山荘というところで、もう、富士山の頂上の富士山本宮浅間大社までも、すぐ近くです。行ったことないですが。

 

そしたら、グーグルのストリートビューで、ぽつんと1枚だけ、独立して360°撮影しているポイントがあったんですね。胸突山荘に。

富士山・胸突山荘のストリートビュー

https://goo.gl/maps/MfvudMNFeuP2

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石垣の壁で出来た家とか、すごいなと思って、ぐるぐる回し始めたんです。

 

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こんな風に、富士山と空と雲、すごいですね。

 

そしたら・・・

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ん?

 

 

 田島硝子 富士山 ロックグラス TG15-015-R

 

・・・なんか、 アレか。レンズフレア

 

レンズフレア (lens flare) は、カメラによって写真・映像を撮影する際に、極めて明るい光源がレンズに向けて当てられている時や、画角内に極めて明るい光源が存在する場合に生じる、暗部への光の漏れである。

実写の映像で起きる現象をハレーションと呼ぶ事もあるが、ハレーションはフィルムのベース面で反射した光線が再び乳剤を感光させる現象であり、レンズフレアとは区別すべきである。

レンズ内面での再反射によっておこるフレアは、反射面の曲率や形状によりさまざまな形態のものが生じうる。特に凹面で強い光が再反射すると、光源から画面中心を基準に対称の位置に比較的はっきりとした像が現れる。このような形態のフレアを、ゴースト(ゴーストイメージ)という[1]。

レンズフレア - Wikipedia

 

よくあります、レンズフレア

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 しかし、これって拡大すると、 

 

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丸くない。

レンズフレアというのは、普通は丸い光の玉なんですよね。

でもこれは、

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目みたいに、輪郭が、こんなにはっきり出るのですかね。

反転すると、

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こんなの、普通は出ますか。

周囲にいる人は、気づいてないみたいな感じなので、肉眼じゃ見えないとか、一瞬だけ現れて消えたのかもです。

ちまたで話題の、ニビルなのか、UFOなのか、超常現象なのか何なのか。

富士山9合5勺・胸突山荘のストリートビュー

https://goo.gl/maps/MfvudMNFeuP2

 

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日本の神話と邪馬台国からにじみ出てくる北欧の世界樹・ユグドラシル

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ユグドラシル - Wikipedia

 

自宅の周辺を取り囲むのは、杉かと思いきや檜の木でした。高さは、おそらく8~15メートル・・・。

それは人によればいい環境じゃないか、ということですが、手入れしなくなって十数年が経過した家でしたので、檜の枝が屋根に覆いかぶさり、檜ぼっくりが屋根に落ちてくる、枯れ葉が延々屋根につもる、屋根が痛む、巨木は手入れが難しい、日当たりが悪いなどいろいろ大変でした。

「枝打ち一発」という長さ6.5メートルのノコギリも買ってみたけど、上まで全然届かなかったです。高さのある樹木の枝打ちや切り倒しは、1本あたり2万円以上だと言う話なので無理そう。まぁ枝の絶対数を減らし、日当たりを拡大、落ち葉を防ぐくらいは出来ると思って、時々は枝打ちをしてます。

 

ところが1月22日の午後から大雪が降り、これまた災難を味わいました。

屋根に覆いかぶさる檜の枝に雪が積もり、深夜から翌日昼にかけて積もった雪が、屋根にドン、ドン、ドンと落ち始めたのです。

1・爆音がドンドンと際限なく飛んでくる

2・それを俺のせいにされてドンドン叩かれる

3・檜ぼっくりや落ち葉がどんどん屋根に落ちてくる

4・それに加えて雪がドンドン降り注いできた

引越した時、こんなことにドンドンなるとは、思ってなかったです・・・。

 

そんな不条理を味わいつつ、日本神話のユグドラシルの記事を書き始めたのも、1月22日のことでした。

 そういえば、1月23日の午前11時、草津白根山が噴火して、隕石が天からドンドン降り注いだとか。

youtu.be

先日こんな記事書いてたのですが。

「天からの落下物による災厄と壊滅」の予言は当たるか

 まさに天からの落下物の災厄なのかと。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ユグドラシルの世界観

 

北欧のユグドラシルは世界最大の樹木の世界。 

ユグドラシル

 

ユグドラシル(古ノルド語: Yggdrasill, [ˈyɡːˌdrasilː][1])は、北欧神話に登場する1本の架空の木。

世界を体現する巨大な木であり、アースガルズ、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ヘルヘイムなどの九つの世界を内包する存在とされる。そのような本質を捉えて英語では "World tree"、日本語では、世界樹(せかいじゅ)[2]、宇宙樹(うちゅうじゅ)と呼ばれる。


原義

Yggdrasill という名前の由来には諸説あるが、最も有力な説ではその原義を "Ygg's horse" (恐るべき者の馬)とする。"Yggr" および "Ygg" は主神オーディンの数ある異名の一つで (cf. en)、その名はオーディンの馬を意味していると解釈されている。 

 

ユグドラシル - Wikipedia

 

ユグドラシル


ユグドラシルとは、北欧神話に出てくる幾つもの世界を支える大樹である。次元を超越して世界を繋ぐ文字通りの『世界樹』であり、北欧神話においてすべての世界はこの大樹の枝葉の上に存在するとされている。


概要

 混沌の時代からすべての世界を支える、北欧神話の土台というべきトネリコの大樹。
  そのあまりの巨大さとスケールの大きさから世界樹の異称を持つ。

  そしてその名に違わず、混沌の氷原・ニブルヘイムから最上界たる神界・アースガルドを貫き、その枝葉で世界の土台を支えているという、世界の神話でも類を見ない壮大なスケールを持つ樹でもある。

 

ユグドラシルが支える世界
アースガルド ―― オーディンたちなどのアース神族の棲む世界。
ヴァナヘイム ―― アース神族と対を成す巨神の一族・ヴァナ(ヴァン)神族の世界。
ミッドガルド ―― いわゆる『人間界』。
アルフヘイム ―― 妖精族の棲む世界。
シュヴァルツアルフヘイム ―― 土精など、地に棲む精霊の世界。
*ニダヴェリール ―― 鍛冶を得意とする小人たちが棲む世界
ヨツムヘイム ―― かつて世界を割拠した『霧の巨人』たちの末裔が棲む世界。
ムスペルヘイム ―― 炎に覆われた世界。火の巨人・ムスペルとその族長たるスルトが棲んでいる。
ニブルヘイム ―― 永久凍土に覆われた世界の最下層。かつて巨人ユミルが生誕し、今は冥府の女王ヘルがその管理者となっている。

ユグドラシル (ゆぐどらしる)とは【ピクシブ百科事典】

このユグドラシルが、実は、日本神話のなかに習合されてるんではないかと。

そう思ったのです。まさか入ってるわけないだろ?という、単調な発想では済まされないほど、日本神話からはユグドラ汁が煮込まれていました。 

 

日本神話の構造はユグドラシルに似る

 

まず気になったのは、実は日本神話の構造にもにている気がしたということ。というのも、以下のような構造を見るとわかりやすい。

天の世界 高天原

地上世界 葦原の中つ国

地底世界 黄泉

日本神話はこんな横割り三層構造があるのが明らか。 

素盞嗚命(すさのお)という神がいまして、このかたはイザナギが黄泉から帰還したときに鼻を洗って生まれたのですね。で、当初は海原とか夜食国(よるのおすくに)=夜の世界を治めよと言われていました。

スサノオは母のいる根の堅州国へ行きたいと言いました。ここでいう母とは黄泉大神となっているイザナミのことです。

スサノオは天界の天照大神のところで暴れに暴れたのをきっかけとして、天照大神が岩戸に引きこもった、いわゆる天の岩戸神話が起こります。

スサノオはその後高天原を追放されて、出雲でヤマタノオロチを退治した後、根の堅州国に永住するわけです。スサノオの6代子孫が大国主命ということになっていました。

 

 根の国って、そういえば草津白根山の根でした。地中なので、根っこの国は明らかに地下世界なわけで。 そうすると黄泉と根の国の関係があるということがわかります。もっとも、スサノオは「黄泉に行く」と言わずに「根の堅州国に行く」とか言っているので、黄泉と根の国(根の堅州国)は厳密に言えば微妙に違うかもですが。

そういえばユグドラシルでも、地下世界には複数の階層があったので、それに似てるのかと。

天の世界 高天原(神の居住地)+葦原+幽界(最上位の神が隠れる場所)

地上世界 葦原(現世)+海原(海域)+常世(夜の食国・幽界)

地底世界 黄泉大神の統治する黄泉(根の国・根の堅州国)

 

 ユグドラシルの構造といえば、

天の世界 樹木の上部のアースガルド、巨神が住まうヴァナヘイム、

中腹のミッドガルド(人間界)、精霊や小人の住む世界、

木の根っこの下にあるという、地底の霜の巨人がいるヨツムヘイム、

もっとも下層の、ユミルが生まれ、冥府の女王ヘラが統治するニブルヘイム

似てますね。日本の世界観を樹木に例えてしまえば、ぴったり重なるような。

 

 

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 日本の地底はユグドラシルの根の国なのか

 

日本神話で、どうして地底世界を黄泉とか根の国、根の堅州国と呼ぶのかは、わかりませんね。ただ昔から黄泉だの、根の国だのと言われてきただけで。

しかしユグドラシルと比較してみると、分かってくることがありました。こんなふうに。

 

地下世界

日本神話 根の国

ユグドラシル 根の下の階層

こうやって、同じように、樹木の根っこで現してるじゃないですか。

もうひとつ。

最下層の冥界の女王がいる死者の国

黄泉  yomi

ユミル yumir

名称も役割も一致、してるじゃないですか。

しかも

冥界の女王

黄泉の支配者 冥界の女王イザナミ(黄泉大神)が統治する

ユグドラシル 冥界の女王ヘラが統治する

最下層の統治者も、同じ女王じゃないですか。

こうした一致は、偶然だとか自然発生的には、起こらないことなのでは。

 

イザナギイザナミは巨人だったか

 

じゃあユミル巨人とか、霜の巨人みたいな巨人は、日本神話にいるの?という話ですが。いました。

イザナギイザナミ自身が、巨人だった。

 

巨人から生命が生まれる神話、これは「世界巨人型神話」と呼ばれるものだそうです。たとえば中国の盤古という巨神は天地をわかち、死後に体から神や万物を生み出したといいます。

巨人盤古の左目から太陽が、右目から月が、息から風が生まれたとあります。人間はもともと盤古に寄生していた昆虫だったというのが、この盤古の神話の怖いところです。

一方日本のイザナギの神話に、「黄泉から帰還後、アワキハラでの禊の時に、左目を洗って天照大神(太陽)が、右目を洗って月読(月)が、鼻を洗って素盞嗚命(嵐)」の誕生が描かれていますね。これは盤古の神話と全く似通っています。日本神話は世界じゅうの神話を組み合わせているところが見られるのです。

すると盤古が巨人なのだから、イザナギイザナミも巨人であっておかしくないことになってきます。

盤古 - Wikipedia

 

また、イザナミの別名が「黄泉大神」で、素直に巨大な神であることを現しているんではないかと。地下に行ったイザナミを大きな神と言い換えているのは、まさに巨人の存在を絡めたかったのではないかと。

 

スサノオについても、完全に巨人だったんじゃないかとわかる記述が「古事記」にあります。

まず、八岐の大蛇(やまたのおろち)というのはその巨体が8つの丘、8つの谷に伸びるほどの巨体だと記されています。

素戔嗚尊は十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて、そんな巨大過ぎる八岐の大蛇をずたずたに斬り殺したのです。これはどうもスサノオが巨人で、八岐の大蛇と対峙できたような記述です。まさにウルトラマンと怪獣の戦闘シーンみたいなもんじゃないかと。

ユグドラシルは蛇のニーズヘッグが根っこをかじってるのですが、もしかすると八岐の大蛇が根っこ状のカタチをしているのも、八岐の大蛇のなかにニーズヘッグが習合されているから、そう捉えることもできます。

 

人間界の名前も不思議と似ている

 

これだけじゃないんですね、ユグドラシルと日本神話の関係は。

ユグドラシルの世界観では、人間が住むところは「ミズガルズ」と言っているのですが、日本神話に詳しい人ならもう気づいていてもおかしくないですね。

人間の住むところ

ミズガルズ(中央の囲い)

豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)

葦原の中つ国

日本神話で人間の住むところ、ここが「瑞穂の国」だったんですね。

何で瑞穂なのか、稲の穂がみずみずしいからだと説明されてきたのですが、どうも「ミズガルズ」のミズを瑞穂の名で保存してきたような感じがしました。

豊葦原瑞穂国は、別名を「葦原の中つ国」といってますが。葦原の真ん中の国だという話なのですが、ミズガルズの意味を知れば「中央」って言っていて全く似通っているわけなのです。

ここまで似通っていると、やはり偶然の成せる技じゃない、ずっとユグドラシルが見えないところで受け継がれてきたって見ることができますね。

 

 邪馬台国との関係

 

もう一つ、ユグドラシル邪馬台国が関係する可能性がある気がしました。

邪馬台国(邪馬臺国)あるいは邪馬壱国(邪馬壹国)とは、邪な馬と書いて、邪悪な馬かなんかのように思えるのですが、馬がいなかったはずの2世紀にどうして馬の字を用いるのかは不明でした。ここにユグドラシルが関係するかもしれないと気づいたのですが。

ユグドラシルの語源が、

"Ygg's horse" (恐るべき者の馬)

"Yggr" および "Ygg" は主神オーディンの数ある異名の一つ

となっていますよね。だから

 

Ygg(オーディン) 邪(Ya)

horse(馬)    馬

ここでも、どうしてか似てきてしまうのですね。日本神話にユグドラシルが含まれるのは、邪馬台国が関係している、そんな風にも思えますた。

 

 古代の倭人には欧州のユグドラシルの神話を持つ人々が入り込んでた 、その中心が邪馬台国だったような感じがします。日本神話は欧州神話を習合していると言って、過言じゃない感じです。

 

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(前回の続き)神武天皇ご一家はキルギスで記録されていたとの調査結果

 

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謎の猫さん「え~っ?」

 

前回

神武天皇ご一家のお名前が~何故かそのまんま中央アジアのキルギスで記録されてた件

これの続き。

 

前回はキルギスの王族のお子様、神武天皇一家のお子様の解説をこころみました。

今回は残りの父ちゃん母ちゃん。つまり神武天皇と皇后について解説をしたいと思います。 

最近はグーグル翻訳で、世界じゅうの言語の翻訳ができちゃうのです。それで日本語をキリル文字に翻訳するのも簡単。以前はキリル文字だけが表示され、読むことが難しかったのですが、いまは発音は英語表記されるようになってるから、グーグル翻訳は研究にもってこいです。

 

キルギスの王様ビシケク

 

古代イスラエルからの流れを汲むらしきビシケクは、紀元前のキルギスの伝説的な王様であり、今回神武天皇と比較対象になっている主役です。キルギスではいわば昔話の桃太郎的な国家的英雄かもしれません。

ビシケクって、一体何の意味があるんだろう。そう思って検索してみました。すると以下のような結果が。

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なんと、ビシケクのbishを英語翻訳すると、「saver」。

これは簡単に言えば救世主のこと。

ではkekはなんだろうと翻訳してみると、「revenge」。これは原義は「復讐」のことで、なんかよっぽど腹に据えかねて復讐して、民に喜ばれることがあったのかと想像。

ようするにbishkekとは、「救世主の復讐」もしくは「復讐の救世主」という意味深な言葉が出てきたわけなのです。これは意外なことでした。

昔は復讐のことですが、近ごろのリベンジは仕返しとか雪辱を晴らす意味で使われたりする。 

そしてビシケク氏の奥方の名前はわかりませんでしたが、地名はヒントになると思って解釈を進めてみました。以下の通りになりました。 

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妃はタラス谷の娘という情報が出てきました。なんとか情報量を増やすために、valleyという言葉に関係するキルギス語も調べています。 

 

神武天皇の調査結果

 

次にビシケクと対応していると見られる、神武天皇についても詮索を進めてみました。この神武天皇は別名やら称号やら色々あるのですが、関係しそうなものを取り上げると以下の通りです。

伊波礼(磐余)については以前に書いた記事で「エフライム」の短縮だと解釈したので、それを使用します。なにしろビシケクキルギスは、古代イスラエルの民族の到達地であると判明しているので。

神武天皇の皇后については、ふたりいるうち、媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめ)のほうを取り上げることにしました。

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 神武天皇の称号については「ハツクニシラススメラミコト(始駆天下天皇」がよく知られてますが、「日本書紀」の原文を読むと気になる文字が含まれていたのです。それも加味してみました。

すると想像以上にビシケク夫妻と一致する点が見えてきたのでびっくりしました。そのあたりを最初の謎の猫さんの表情に込めています。

 

ビシケク神武天皇の比較

 

ではひとつひとつ、一致点を見てみます。

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 (1)救世主と神

ビシケクは復讐の救世主でした。おそらく古代イスラエル人としてバビロニアに捕えられ、バクトリアのあたりで囚人となった彼らが、東方へと旅立って自らの国を建国しました。だからそのあたりで復讐、リベンジの建国者ビシケクは「救世主」という存在になったのかもしれないと考えました。

一方で神武天皇ですが、こちらは「神」を頭文字にしてます。救世主キリストは、ビシケクよりも後の時代に登場すると思われますが、救世主とは神そのものと言われることがあります。

 

 

(2)shikの一致

 

ビシケクの名前にはshikがあるのですが、神武天皇にもshikがありました。それは称号である「始駆天下天皇」から導き出すことができます。

 始駆を音読みすれば、「シク」ですからね。シックといえば病気のことなので、なんか病んだ状況から復讐したみたいな連想もしてしまいます。

始駆はshikuであるので、ビシケクのshikと一致していました。

「始駆天下」とは、普通に読んでも「ハツクニシラス」なんて読めませんね。これにはそれなりに意味があるんだろうと考えたのですが、どうやら舎人親王が、ビシケクという名前に対応させるため、音読みで「始駆(シク)」という漢字を選んだとしか思えませんね。

記紀編者の舎人親王太安万侶あたりは、この神武天皇の真相をしってたようですが。

 

(3)イシク湖の名前が含まれている

日本書紀」の原文を読むと、始駆天下天皇の前に、「而」の一字があるんですね。コの字は江戸時代ころまでは「而して(しかして)」とか使われましたが、今はとんと使われない死語です。「しかして、しかるに、すなわち」なんていう意味があります。

原文では、この「而」が頭について、「而始駆天下天皇」という文章になっているのでした。この文字は音読みをすると「二」とか「ジ」とか読むんですね。

ビシケクの方は「ishik」という言葉が含まれます。キルギスとは、イシク湖という大きな湖が象徴的な国ですから、これが名前に入っているのがわかります。

一方で神武天皇のほうも、而始駆で「nishiku」となってイシクの発音がにじみ出てくるかんじなのです。しかも奈良盆地には、磯城という土地がありますので、これがイシク湖に対応しています。

かつて奈良盆地にあった大和湖の本来の名はイシク湖だったりして

 

(4)タラス谷が含まれた媛蹈鞴五十鈴媛命

まさか神武天皇の奥様から、「タラス谷」が出てくるとは驚きました。「日本書紀」のなまえ媛蹈鞴五十鈴媛の「鞴五十鈴」が「taraisu」を含んでいて、これが「taras」に似てます。

また、「古事記」の名「比売多多良伊須気余理比売」のほうでも、「多良伊須」に「taraisu」とあり、tarasによく似た名称が含まれてたんです。

あとは「谷」についても含まれました。キルギス語で谷は合致しませんでしたが、谷によく似た「沢」を調べると、「saz」という言葉が出てくるんですね。媛蹈鞴五十鈴媛命のほうは、「鈴(suzu)」を含んでいるではないですか。

 

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「tarais suzu」が、taras saz(タラス谷)なんですね。

 

神世鈴というのは天照大神が天の岩戸開きで外に出るときに、神が用いたという神器ですね。おそらくタラス谷の娘と媛蹈鞴五十鈴媛命は、どちらも巫女的性格だったんですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 というふうに、ざっと一致点を検証してみました。

あとは烏孫の昆莫一家ビシケク神武天皇の3者の名前比較ですね。このへんもやっとこうかと。

 

 

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ニギハヤヒに対応するのがクルマンベック・ハン

 

ビシケクの物語をみると、最初のキルギスの王様として、クルマンベック・ハンなる人物が登場しています。最初の王様ですが、いつの間にかビシケクのほうに王位が移っているのですね。

いっぽう神武天皇の前には、大和にニギハヤヒという人がいました。こちらも最初ニギハヤヒが大和の王様だったのですが、同族出身の神武天皇のほうに、大和の権利を譲ってしまったのですね。

全く同じことが起きていたのです。

で、Курманбек(クルマンベック)の名前はなんなのだろと思って翻訳してみると、

Курманбе(Sacrifice)、つまり「犠牲」という意味が出てくるのです。このかたはキルギスの素地を作って、神の犠牲となった人だったんです。

Курмаだけでみると、「日付」とでてきます。

一方で鞍馬天狗の「クラマ」にも似てるのは偶然じゃないようです。サナート・クマラ信仰のあったヒンドゥー教の本拠地インドから、キルギスは目と鼻の先なので。

そういえばインドで空飛ぶ乗り物ヴィマナといいますけど、ニギハヤヒも天鳥船により天から飛来だったと伝わるので、そうするとニギハヤヒが乗ってた天鳥船とは、ヴィマーナなのかと納得ですが。

あ、クルマンベックの「クルマ」ですけどね、インドではヴィマナのことを「神の車」と呼んでいたのです。だから完全にこれ日本語と一致する言葉です、「車ンベック・ハン」とか書いて良いくらい。

というように、もしかするとクルマンベックハンとは、ヒンドゥー教の人であり、ニギハヤヒも同じ人物かもしれませんよ。

ヴィマナ - Wikipedia

 

神武天皇は西から東へ向かったとある

 

だから、この答えは、簡単に言えばこうです。f:id:kl117cr233:20180120233002j:plain

(1)神武東征とは元々ユーラシア大陸を舞台にして起きた。古代イスラエル・ユダから中央アジアへ向かった人々の話。

(2)キルギスではビシケクとして記録され、漢では烏孫の昆莫として記録し、扶余や高句麗では朱蒙として記録した。

(3)神武天皇の子孫は烏孫、扶余、三韓朝鮮半島の倭を経由して、日本列島へ向かった。

(4)ハツクニシラススメラミコトが神武・崇神の2人いるのは、神武天皇が大陸の初めての天皇崇神天皇が日本列島の最初の天皇という意味

(5)弥生時代以降、日本列島にその出来事をあてはめて、あたかも日本列島で起きたように見せかけた。それが大陸の王者である天皇家が、日本の支配者としての地位を固めるために必要だった

(6)そのために日本列島に、大陸の古代国家の名もあてはめることにした

 フェニキアの土地には肥国(ヒノクニ)、アナトリア(トルコ)の土地には穴門(アナト)、トハリスタンの場所には播磨(ハリマ)、サカの土地には大阪(大サカ)、匈奴(ションヌ)は信濃(シンノ)、漢は神奈川、扶桑(倭)は総国(ふさ)など。

(7)古代の段階で、ユーラシアの神武天皇の出来事の真相は、封印されてしまった。

 

 

 ということだった、のかもしれません。

まぁ日ユ同祖論的には、役立つかも。しかし日本の歴史学会みたいなとこの偉い人に取り上げられるとは、思ってませんので。

 

関連記事

日本の神武朝は「中央アジアの烏孫の昆莫王朝」と同一視できることのまとめ

第2代綏靖天皇と、烏孫の軍須靡の名が似すぎている件

古代天皇と大和民族のユーラシア大陸移動経路のまとめ

 

 

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神武天皇ご一家のお名前が~何故かそのまんま中央アジアのキルギスで記録されてた件

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なんか「さっさと日ユ同祖論の記事かいて」みたいに、頭の中にリクエストが入った気がしたので、日ユ同祖論に関係ある話、書くことにします。

これは電子書籍化する予定に含まれてたのですが、まぁ発表しちゃいます。もう今から7年くらい前にはすでに研究がほぼ完成してたのですが、日々罵声を浴び続けるうち、発表の機会を逸していました。

 

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ちりとり持って踊ってる謎の猫さん。

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神武天皇一家中央アジアで記録されているだって?」

 

まぁこれは、ちょっと日本の歴史について保守的なかたには、耐えられないかもしれません。日ユ同祖論みたいな証拠もはっきりしない話は。

しかし俺の場合は、別に日本に対する愛国心も希薄な感じだし、しがらみも何もないので自由に発想しております。

天皇家古代イスラエルにいたのであれば、当然ながら、日本に到達する時には必ず「中継地点」が大陸各地に存在してるわけなのですよ。駅伝競争みたいに。

それがどうやら、中央アジアキルギス民族が中継地点として実在し、日ユ同祖論の真相に迫る情報を、ずっと保存記録しているのではないかと。

しかもその証拠は、思ったよりはっきりしたものだったんではないかと。これを7年以上前に見つけたわけなのです。

 

それを見せる前に、キルギス古代イスラエルの関係についてちょっとおさらいします。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

中央アジアキルギスイスラエルの失われた支族である

 

「日本の中のユダヤ文化」(久保有政)という本があるんですね。この本、もう10年も前にamazonで入手しました。

 

日本の中のユダヤ文化―聖書に隠された神道のルーツと極東イスラエルの真相

 

キルギスには昔から「マナス叙事詩」という伝承があったとか。日本で言う記紀神話みたいなものですね。それが近代になってから、書いてある内容が古代イスラエルの「旧約聖書」にある「マナセ族」についての内容とそっくりで、登場人物のマナスとヤコブも同一人物なのだと、判明したそうなのです。で、キルギスでは習慣も古代イスラエルと同じものが残ってたり、明らかにキルギス人は聖書的なのだそうです。

それに加えて不思議なことに、キルギス人の言葉は日本語に似てるものが多いとか。

 

こんな話も。

キルギスの方々の間では「大昔、キルギス人と日本人が兄弟で、肉が好きな者はキルギス人となり、魚を好きな者は東に渡って日本人となった。」と言われていると伺っており、またキルギス人と日本人は顔がそっくりであるともよく聞いています。
出典 在京キルギス大使館の開館


キルギスの伝説
キルギス人と日本人が兄弟で、肉が好きな者はキルギス人となり、魚が好きな者は東に渡って日本人となった。」


日本神話山幸彦と海幸彦
「弟の山幸彦(猟師)は獣をとり、兄の海幸彦(漁師)は魚をとっていた。」
兄弟は争いをするが、兄が弟に服従する事で仲直りする。

出典キルギス人と日本人 みんなのM君

日本人に瓜ふたつ!?「キルギス人」とは - NAVER まとめ

というふうに、古代イスラエルキルギス、日本は、繋がってるらしい。

ではコレを踏まえて本題に入ります。ここから天皇皇后両陛下も大注目の耳寄り情報です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

キルギスで記録されたった神武天皇一家

 

まず、以下の伝説的な高貴な一家の名前。これを見て欲しい。これが、神武天皇一家の名前によく似ているのです。

Бишкек

Баймурат

Манаккозу

Манапбай

Ырыскул

この方々は、紀元前にキルギスを支配して居た王家だとのことです。

あちらでずっと伝承されてきたとか。

 

キリル文字だとのことですが、普通の日本人は読めません。 

だからこれに、ローマ字とカタカナ付けます。

Бишкек Bishkek ビシケク

Баймурат Baimurat バイムラット

Манаккозу Manakozu マナッコズ

Манапбай Manapbai マナプバイ

Ырыскул Iryskul ウィリスクル

 

これが天皇家の名前?

なんのこっちゃと、これだけじゃ、わけわかりませんね。

 

次に、上記の謎のファミリーと、別のファミリーをローマ字で比較した表を見て欲しい。ここには父親と母親の名前というか関係する名称も入れてみました。

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 ( ゚д゚)ポカーン・・・

これもまぁ、良くわかりませんね。一見してなんの一致点も無いで寿司。

 

じゃあ、まずこの謎のファミリーの、子どもの名前の意味を解き明かしてみる。名前のひとつひとつの意味を調べると、分かってくることがありました。

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するとこうなった。グーグルのキルギス語の翻訳を使ったり、調べるとこんな感じになるのです。

ここで注目なのは、神さま、人体(目・耳・手)、ギリシャ神話の神の名前が登場すること。

あと、謎の言葉「bai」。

manaについて補足

manaというのは、神さまに関係しているのが明らかなのです。

旧約聖書」で、空から降ってきた神さまの食べ物をマナと言って、それをマナの壷に納めたという話があるんですね。

ハワイのほうでは「神秘的な力」のことをマナと言うらしい。

日本で「真名板」と言えば食べ物を調理する板なので、不思議と「旧約聖書」のマナに通じているんですね。一説に真名とは出雲の「建御名方神(たけみなかた)」の「御名」だとか。

要するにmanaとは、世界ではどう見ても神や神秘に関係しているような言葉なんですよね。

まぁこのへん、特に囲みや太字を記憶しておいてください。

 

では次に、日本のとある一家、というか神武天皇一家についても、意味を解読してみたのがこれ。f:id:kl117cr233:20180118211027j:plain

比較しやすいようにローマ字表記にしました。

まずは神武天皇一家のお子様のほうを、こうやって解き明かしたのです。

 

すると、やはりこちらでも神さま、人体(耳)が目立っていますね。あとはyai(八井)という謎の言葉が気になるところ。

それにしても、キルギスの高貴な一家神武天皇一家は、似た意味の名前が、使われてることがわかるじゃないですか。 

 

これってもしかして、キルギス一家と、神武天皇一家は、全く同じなんじゃないか?

そんな風に考えて研究を続けました。

そして同じ特徴同士で比較した表が以下のもの。

 

f:id:kl117cr233:20180118215452j:plain

この表についての解説。

( 1)baiと八井

日子八井のや神八井耳の「八井」は、「yai」と読ませている。だけれど、日本語の別の読み方をすれば「bai(八井)」ですよね。ここでbaiが一致しました。

 

(2)神さま系

manaは神さま関係、もう一方は神で、そのまんま神さま。どっちも神さまの意味が入っていました。

 

(3)人体のパーツ

不思議なことに、神武天皇一家は「耳」を多用するのです。コレの意味は不明でした。しかしキルギス一家のほうも、人体パーツを含めているようです。耳っぽい名前も入っていたことで、神武天皇一家が耳を多用する理由が分かるかと。

 

(4)それぞれの対応が判明

manapbaiが神八井耳ではないか、だとすれば、残りの日子八井がbaimratに当てはまるみたいだ、そしてmanakozuは神沼河耳ではないか、すると残りの多芸志美美がIryskulに対応している・・・こんな風にして考えていったわけです。

 

(5)他の特徴も似てた件

IryskulのIryは、キルギス語で「歌」なのですね。

一方で多芸志美美の「芸」というのは、修練して身につけた技能、学問、技みたいなものなんですよ。

あと、「日本書紀」では「研」をつかってますが、この字は研ぎ汁の「togi」じゃないですか。トギといえば、「お伽噺」の「伽(とぎ)」だな、お話だな、とふと思ったんですね。

「 歌、伽(話)、芸」・・・これって、全部芸能のことを言ってる、ということはIryskulと多芸志美美の共通点が、更に補強されたようでした。

 

(6)さらに名前もそのまんまな可能性

manakozuと神沼河耳ですが、この方々、名前もほとんど一致しているのです。

分解したとき、

ma-na-ko manakozu

nu-na-ka 神沼河耳kamu nunakawa mimi

 こうしてそっくりだったのですね。そういえば「manako」って、日本語で目(まなこ)のことだし。キルギス語でkozが目だと言うのですが、manakozuさんで繋がってたようです。

 

「遠く離れた古代の王家と神武天皇一家の、名前の意味を調べると非常に似通っていた」、これって不思議じゃないですか。 

あ、これ、元々同一人物だったのが、大陸を縦断して年月を経て、内容が変化してるんだろうなと。それにしても原型をよくとどめてるなと。

限られた人数と文字数で、よくここまで一致するなと関心するわけです。

 

そんな感じしませんか。

 

参考文献 ビシケクの伝説

МИФЫ И ЛЕГЕНДЫ КЫРГЫЗСТАНА

 

Легенда о городе Бишкек

3Как говорят старые люди, в давние времена между реками Аламедин и Ала-Арча в прекрасной долине разбил свою ставку Курманбек-хан. Однажды, возвращаясь с охоты в сопровождении джигитов, хан услышал шум и крики женщины: «Бишкек! Куда же ты подевался, Бишкек?!».
(А «бишкек» у кыргызов — мешалка для взбивания кумыса — вкусного и целебного напитка, получаемого из кобыльего молока). В это время из ближайшей юрты раздался плач новорожденного.
Склонясь с седла, Курманбек-хан спросил: «Чего ты шумишь, женщина? Зачем искать то, что само отзывается? Слышишь, Бишкек тебе голос подает!». У юрты, одинокой и небогатой, возле кумысного сабаа (кожаная посуда, где постоянно находилась кумысомешалка-бишкек — самое чистое, всеми почитаемое, крепкое арчовое приспособление, с помощью которого доводят кумыс до кондиции) сидел и слушал их, улыбаясь, счастливый отец новорожденного.

— Прими подарок, — сказал Курманбек-хан родителю и бросил ему свою камчу. Не зная, как отблагодарить хана, счастливый отец произнес:
— Да будет имя моего сына Бишкек и пусть Ваша камча принесет ему удачу!
Так, с легкой руки Курманбек-хана, мальчик был наречен Бишкеком.

С малых лет Бишкек отличался богатырским здоровьем, был первым в единоборствах и в вооруженных набегах. Враги не знали, откуда ждать Бишкека, потому что тактика у него все время менялась. Рос Бишкек баатыр, как говорится, не по дням, а по часам. Вместе с ним росла его слава. Враги уже боялись его и, поэтому, со временем оставили род Бишкека и его крепость в покое. Однако, поссорившись с местной знатью, Бишкек баатыр покидает родной аил Майчоку и перемещается сначала в урочище Чункурчак, в верховьях реки Аламедин, а затем переезжает на возвышенность в среднем течении этой реки, где незаметно проходила заросшая тропа, ставшая потом знаменитым Шелковым Путем. Дальновидный Бишкек, с целью объединения разноплеменных кыргызов, последовал народной мудрости «Бери не жену, а родню» и женился на дочери знатного человека из далекой Таласской долины. У него родились дети, один краше другого: Баймурат, Манаккозу, Манапбай, Ырыскул. Кстати, потомки Бишкек баатыра ныне проживают в селе Тюз Сокулукского района и насчитывают 40 семей (более 300 человек). Китайские источники свидетельствуют, что в 60-х годах 18-го века в Чуйской долине кыргызы имели свое укрепление Бишкек, противостоявшее различным завоевателям. Много позже кокандцы, завоевав Семиречье, основали на этом месте свое укрепление, которое также назвали Бишкек… Впоследствии оно появилось в искаженном написании как Пишпек, хотя в восточных сочинениях известно как Бишкек.
В 1926 году город получил название Фрунзе в честь известного полководца времен Гражданской войны, который родился и жил в Бишкеке, и только в условиях суверенитета, в 1992 году столица Кыргызской Республики вернула свое первоначальное название.

 

 ビシケクの伝説

9昔から語り継がれているように、昔々、アラメジン川とアラアルチャ川の間にあるすばらしい谷に、クルマンベック・ハンは自分の陣営を構えた。
ある日、家来とともに狩りから戻ったハンの耳に、クムィスを作っている女性が騒々しく叫ぶのが聞こえてきた。「ビシケク(*1)よ、いったいどこへいってしまったの?」
ちょうどそのとき、近くのユルタから生まれたばかりの子どもの泣き声が、それに応答するかのように響いた。クルマンベック・ハンは馬から降り、尋ねた。「何を騒いでいるのだ。なぜ応答しているのに探しているのだ?聞いているのか、ビシケクは君に答えているではないか。」
クムィス・サバア(*2)の近くにひっそり立っている、裕福ではなさそうなユルタで、幸せそうな新生児の父親が微笑みながらそれを聞いていた。

「祝いの品を受け取りたまえ」クルマンベック・ハンはそう言い、彼に自分の絹の織物を放り投げた。ハンにどうお礼を言っていいのかわからず、幸せそうな父親はこう言った。
「息子の名前はビシケクにします。頂いた絹の織物が息子に幸運をもたらしますように。」
こうしてクルマンベック・ハンの一言で、男児ビシケクと名づけられることになった。

ビシケクは小さいころから抜きんでて力強く健康で、戦いや武装襲撃で負けることはなかった。敵はどこからビシケクを向かい討てばいいのかわからなかった。毎回戦術が変わるからだ。ビシケクはみるみるうちに大きくなった。ビシケクが大きくなるとともに彼の評判も上がっていった。みな彼のことを恐れるようになり、時とともにビシケクの一族と彼のいる要塞を攻めるものはいなくなった。ところが、その土地の族長と口争いをしたビシケクは、故郷であるマイチョク村を去り、アラメジン川の上流にあるチュンクルチャクへ行き、その後この川の中流にある、草の生い茂った小道がひっそりとある高地へ移った。この小道こそが後に有名なシルクロードになるのである。
先見の明あるビシケクは、多種族に分かれていたキルギス人を統一しようと、「妻ではなく、血統を取れ」という民衆の英知に従い、遠くタラス谷の族長の娘と結婚した。子どもたちは誰よりも凛々しく、バイムラット、マナッコズ、マナプバイ、ウィリスクルと名づけられた。ちなみにビシケクの子孫は現在、ソクルク州テュズ村に住み、40家族(300人以上)にもなっている。中国の歴史家によると、1760年代に様々な侵略者に対抗するビシケクというキルギス人砦がチュイ谷にあったと言われている。その後何年か経ってから、セミレチエを侵略したコーカンド人は、ここに自分たちの砦を築いた。この砦もビシケクと名づけられた。これが後に見つけられる書簡にピシュペクとして出てくるのである。東洋の作品にはよくビシケクという名が見られるのだが。
1926年、ビシケクはフルンゼに改名された。ビシケクに生まれ育ち、市民戦争で軍の司令官を務めたフルンゼに敬意を表してつけられた名前である。そして独立後の1992年、やっとキルギス共和国の首都は最初の名前を取り戻すことができたのだ。
(*1)キルギス人にとって「ビシケク」とは、馬乳から作られた、おいしくて体によい飲み物であるクムィスを作るときに使う、泡立てるための棒のことである。
(*2)皮からできた容器。いつもクムィスを混ぜる棒であるビシケクが置かれており、清く皆から崇拝され、杜松から作られた丈夫な器具で、これによってクムィスを作ることができる。

 

キルギス共和国日本センター

 

次回明らかになること 

 

 で、これだけじゃまだ終わらないのです。

神武天皇と奥様の特徴も、キルギスの高貴な一家と似てることもわかりました。

それに、「日本書紀」の神武天皇についての伝承、これもこのキルギスの伝承の中に入っているんではないか?これも判明しています。

それにしても、どうして遠くはなれているキルギスに、神武天皇一家と似た意味を持つ人名の記録が存在するのか?という疑問があります。

以下の3つの説が考えられました。

(1)ものすごい偶然で、キルギス一家神武天皇一家の、名前の意味が似てしまった

(2)キルギス神武天皇一家がいたから、両国に同じ意味を持つ一家の名前が残った

(3)日本の神武天皇を先祖とするキルギス人が、キルギス神武天皇情報を持ち込んだ

この辺は知りたいところです。

実はそこには、烏孫が深く関係していました。そしてこのキルギスの高貴な一家を記録していたのは、キルギス人だけじゃなく、漢人も記録してたみたいなのです。

このへんの答えは次回に。

 

 関連記事

ちなみに古代イスラエル・ユダの神武天皇の名前については、こちらの記事。

(日ユ同祖論)ユダ王朝の系譜がウガヤフキアエズと神武天皇に封印されてた

キルギスの関連記事はこちら

キルギス の検索結果 - たっちゃんの古代史とか

 

 

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「天からの落下物による災厄と壊滅」の予言は当たるか

 

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映画、アニメ、漫画、小説などは、必ず何か裏の極秘情報が込められていたりする。

偉い人のトップシークレットが、人を経て、また人を経て、また人を経て、最終的に作家などクリエイティブ業界に舞い降り、作家は伝えられたネタの通りに極秘情報を込めた作品を作る、というクリエイティブ業界によくあるらしき伝統的な仕組み。

そんな術には、特定の人を中傷する悪意の目的があったり、または災厄から僅かでも人を活かすという善意も含まれたりという感じもする。

 

2つあった「君の名は」

 

2016年から、「天から落下する災厄」を描いている「君の名は。」というアニメ映画が大ヒットだったとか。見てませんが。

実は今から66年前に、同じ名前のラジオドラマが存在して、大人気だったとか。テーマ的にも似通ったところがあるようなので、比べてみました。

君の名は(1952年・ラジオドラマ)あらすじ

第二次大戦、東京大空襲[5]の夜。焼夷弾が降り注ぐ中、たまたま一緒になった見知らぬ男女、氏家真知子と後宮春樹は助け合って戦火の中を逃げ惑ううちに、命からがら銀座の数寄屋橋までたどり着く。一夜が明けて、二人はここでようやくお互いの無事を確認する。

お互いに生きていたら、半年後の11月24日、それがだめならまた半年後に、この橋で会おうと約束し、お互いの名も知らぬまま別れた。やがて、2人は戦後の渦に巻き込まれ、お互いに数寄屋橋で相手を待つも再会が叶わず、1年半後の3度目にやっと会えた時は真知子は、既に明日嫁に行くという身であった。しかし、夫との生活に悩む真知子、そんな彼女を気にかける春樹、2人をめぐるさまざまな人々の間で、運命はさらなる展開を迎えていく。

君の名は - Wikipedia

真知子巻きって、なんか聞いたことありましたが、これだったんですね。

作中で「半年後の11月24日」と言っているので、6ヶ月逆算すると、このドラマの東京大空襲は、1945年の5月24日か25日ですね。

東京大空襲 - Wikipedia

 

 一方の最近のほうは。

君の名は。(2016年)

 

 東京の四ツ谷[注 2]に暮らす男子高校生・立花瀧は、ある朝、目を覚ますと岐阜県飛騨[23]地方の山奥にある糸守町[注 3]に住む女子高生・宮水三葉になっており、逆に三葉は瀧になっていた。2人とも「奇妙な夢」だと思いながら、知らない誰かの一日を過ごす。

翌朝、無事に元の身体に戻った2人は入れ替わったことをほとんど忘れていたが、その後も週に2~3回の頻度でたびたび「入れ替わり」が起きた事と周囲の反応から、それがただの夢ではなく実在の誰かと入れ替わっていることに気づく。性別も暮らす環境もまったく異なる瀧と三葉の入れ替わりには困難もあったが、お互い束の間の入れ替わりを楽しみつつ次第に打ち解けていく。

しかし、その入れ替わりは突然途絶え、記憶を頼りに描き起こした糸守の風景スケッチだけを頼りに瀧は飛騨に向かう。瀧の様子を不審に思い心配していた友人・藤井司とバイト先の先輩・奥寺ミキもそれに同行する。しかし、ようやく辿り着いた糸守町は、3年前に隕石(ティアマト彗星の破片)が直撃したことで消滅しており、三葉やその家族、友人も含め住民500人以上が死亡していたことが判明する。

瀧は、以前三葉と入れ替わっている時に口噛み酒を奉納した記憶を思い出し、山上にある宮水神社の御神体へと一人で向かう。そしてその御神体が実在していたことで「入れ替わり」が自分の妄想ではなく、2人の入れ替わりには3年間の時間のズレがあったことを確信する。瀧は、もう一度入れ替わりが起きることを願いながら、3年前に奉納された三葉の口噛み酒を飲む。

目覚めると隕石落下の日の朝の三葉の身体に入っていた瀧は、三葉の友人である勅使河原克彦名取早耶香の2人とともに、住民を避難させるために変電所を爆破し町一帯を停電させ、町内放送を電波ジャックして避難を呼びかけるという作戦を画策する。しかし、その計画の要である三葉の父・俊樹を説得しようとするが、妄言だと一蹴される。

避難計画が順調に進まず、瀧(身体は三葉)は、三葉(身体は瀧)に会うため御神体がある山を登る。生きている世界には3年の時間差がある2人だったが、時間を超えて聞こえる声を頼りに互いの姿を探すも、声だけで姿は見えなかった。しかし黄昏が訪れると互いの姿が見え、入れ替わりが元に戻り、初めて2人は時を超え直接会話することができた。

三葉は、瀧から住民を助ける計画を引き継ぎ下山する。計画通りに町を停電させ、避難指示の放送を流すが、その電波ジャックも町役場にバレて阻止され、避難は進まない。三葉は改めて父(町長)を説得するため町役場に向かう。

瀧が「入れ替わり」という不思議な出来事に遭ってから5年後、「偶然にも住民が避難訓練をしており奇跡的に死者が一人も出なかった」糸守町への隕石衝突から8年後へと舞台は移る。瀧は就活の毎日、三葉たちは東京で暮らしていた。たまに町中でお互いの気配を感じることがあったが、もはや入れ替わりのことは忘れており、ただ「漠然と『誰か』を探している」切実な思いだけがあった。

さらに月日が流れたある春の日、たまたま並走する別々の電車の車窓からお互いを見つけた2人は、それぞれ次の駅で降り[注 4]、お互いの下車駅に向かって走り出す。ようやく住宅地の神社の階段で再会した三葉と瀧は、涙を流しながら互いに名前を尋ねる。

君の名は。 - Wikipedia

名前だけじゃなく内容も似た所があるようす。

ついでに書きますが、「君の名は(2016)」で、最初に気になるキッカケだったのは、なんか俺の名前をもじったような主人公がいたから。

立花瀧・・・なんか、こういうのは無性にローマ字表記がしたい。

 

 2つの作品大雑把な比較

 

作品名  君の名は     君の名は。

放送年  1952年      2016年

種別   NHKラジオドラマ アニメ映画

テーマ  東京大空襲    ティアマト彗星衝突

     夫婦入れ替わり  男女入れ替わり

舞台   東京       東京・岐阜

「君の名は1952」のテーマとなった「東京大空襲」は現実に10万人以上が死亡。

「君の名は2016」の「ティアマト彗星衝突」では500人以上死亡とされる。

ではここから気になったこと。

 

人工物の落下が気になる・・・

 

「君の名は(2016)」で気になってるのは、その元ネタが、第二次世界大戦の後に放送された1952年のラジオドラマ「君の名は(1952)」を元にしてることで下。明らかにタイトルも設定も似ていることがわかりま下。

話の重要な骨子になってるのが「天空からの飛来物による大勢の死」だと思われま下。

「君の名は(2016)」のほうで、ティアマト彗星という天からの彗星が落ちてくるのです。しかし実はコレ、「人工物」だとの話が、原作でもほのめかされているらしいのですね。

ティアマト彗星は人工の攻撃衛星だった・・・

つまり1945年の東京大空襲が人為的に焼夷弾を落としたのと同様に、ティアマト人工彗星も人為的に計画的に落とされ、大虐殺が行われたのだと。

ティアマト彗星 人工 - Google 検索

 

気になる天宮1号との一致

 

それで気になるのが、天宮1号のこと。

天宮1号

(てんぐう1ごう、中: 天宫一号、英: Tiangong 1)は中国の軌道上実験モジュール[3]。2011年9月29日に打ち上げられ[4]、中国初(世界で5番目)の無人ドッキング、および中国初(世界で3番目)の有人ドッキングを成功させた。2013年に全てのミッションを終了し、2018年3月までに大気圏に突入する予定[5]。


制御不能と地球への落下の可能性

訪れる宇宙船がなくなった後も、天宮1号は軌道上に留まり続けたが、科学者が宇宙船の制御不能を指摘、2016年9月に中国政府より、機械的または技術的な理由から、制御不能と発表された。制御不能になった天宮1号は、軌道上に留まれず、大気上の空気抵抗により、次第に高度を下げ、2017年後半から2018年頃地球に落下すると推測される。

この大気圏再突入で「機体の大部分は燃え尽きる」と、中国政府は主張しているものの、かなりの大きさの塊(ある推計によると最大約100kg)が地上に到達する可能性がある。北緯43度から南緯43度にかけての広範囲が、機体の落下予測地点となっており、地球上の何時に何処へ落ちるかが、全く分からない状態になっているが、ただ、天宮1号の一部が落ちてきて人の体に危害が及ぶ可能性は低く、1兆分の1とというレベルである[19][20][21]。

天宮1号 - Wikipedia

質量 8,506 kg 8.5トン

全長 10.4 m

直径 3.35 m

これはけっこうでかいやつです。中に鉄が詰まった大型バス1台落ちてくるみたいな感じ。

 

もしかして、これが「君の名は(2016)」が言いたいことなのか?と思ったりしたのですが。何故かと言えば、こんなことになってるから。

天宮1号   tien gong tie 天  宮

ティアマト tia mat  tia アマ 宮水

なんか共通した名前だし・・・偶然というか、アイデアの一部に天宮1号があったのかと。

 

「君の名は(2016)」の内容も含め、合わせて時系列で言うと、

2011年9月29日 天宮1号打ち上げ

2013年     天宮1号、全てのミッション終了

2013年     君の名は。でティアマト彗星落下(人工物)

2014年     君の名は。の原案が作られ始める

2016年3月   天宮1号、制御不能に陥る

2016年8月26日 君の名は。公開

2018年3月   天宮1号、3月までに地上に落下

2つの時期は、重なっていました。偶然というか、狙ってなのか。

そうすると気になるのは、天宮1号の落下地点が、日本の岐阜なのか?ということ・・・。それとも「入れ替わり」だから東京なのかと。

中国の「天宮1号」が来年1〜3月に大気圏再突入 日本に落下の可能性も:最新予測 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

しかし上記にある通り、

 天宮1号の一部が落ちてきて人の体に危害が及ぶ可能性は低く、1兆分の1とというレベルである

ウィキペディア 天宮1号

ということなので、ティアマト彗星や東京大空襲と、天宮1号の被害規模は雲泥の差が出るようです。しかし重さ100キロの物体が高速で落下するので、恐らく人に当たれば死んでしまいますね。

 

AKIRAと天宮1号と君の名は2016

 

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それで、天宮1号を知って、もう一つ気になったのが、漫画「AKIRA」との一致ですね。

AKIRAの出来事を時系列でみていくと、現実とリンクしてるんですよね。これ、陰謀だとかいって話題になってたりしますが。

作中では、鉄男が地球軌道上の人工衛星フロイド(高エネルギー兵器)を操って、東京湾に落下させ、米軍の原子力空母に衝突させていたんですよ。

AKIRAの東京では、巨大な看板が落ちてきたり、巨大な高層ビル群がタイムスリップしてそのまんま天から落ちてきたり、レーザー光線が落ちてきたり、衛星兵器が落ちてきたりアキラの冷凍カプセルが落ちてきたり、色々巨大なものが空から落ちてくるのですが。いずれも2019年という設定でした。

そう言えば最近、航空機から何か落ちてきてますよね、いろいろと。 

 

時系列で並べていくと。青が天宮1号、緑が君の名は(2016)、水色がAKIRA

2011年9月29日 天宮1号打ち上げ

2013年     天宮1号、全てのミッション終了

2013年     君の名は。でティアマト彗星落下(人工物)

2014年     君の名は。の原案が作られ始める

2016年3月   天宮1号、制御不能に陥る

2016年8月26日 君の名は。公開

2017年    北朝鮮のミサイル火星が飛び交う←

2018年3月   天宮1号、3月までに地上に落下←アタリ

2019年 アキラ復活後の東京壊滅

2019年 衛星兵器SOLとフロイドによるレーザー攻撃←

2019年 鉄男が人工衛星フロイドを落下←アタリ

2019年 アキラと鉄男の衝突による東京壊滅

2019年 東京・・・?

2020年 東京オリンピック予定(AKIRA)←アタリ

2020年 東京オリンピック予定(現実)←アタリ

というふうに重なっているような感じ。

 

AKIRAでアタリだったのは、

(1)

2017年    北朝鮮のミサイル火星が飛び交う(現実)

 

2019年 衛星兵器SOLとフロイドによるレーザー攻撃(AKIRA

(2)

2018年3月 天宮1号、3月までに地上に落下(現実)

2019年  鉄男が人工衛星フロイドを落下(AKIRA

(3)

2020年 東京オリンピック予定(AKIRA

2020年 東京オリンピック予定(現実)

1は微妙で、のこり2つは、当たってたので気になりますね・・・。ほかにもあるようです。

じゃあAKIRAの「東京壊滅」は、これからアタリなのか、どうなのか。

それは北朝鮮のミサイルなのか、ちまたでウワサの第三次世界大戦なのか。これから数年で判明しそう。

 

 

 

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