たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

時の巫女、倭迹迹日百襲姫命はトート・ヘルメスの名を冠した

一応あけおめでございます。本年もできるだけがんばろうかと。

 

倭迹迹日百襲姫命(やまととひももそひめのみこと)は、時を司る巫女ではないかと想像します。今回はそのへんについて。

 

 

名前から湧き出る時間の要素

 

日時計 - Wikipedia

 

倭迹迹日百襲姫命崇神天皇の時代に登場していました。神懸かりの巫女としての役割があり、大物主神を祀るべしと神託をもたらし、大物主神との婚姻を果たしたり、自分自身の死や墓所の造営についてが記されていました。倭迹迹日百襲姫命卑弥呼と同一人物という説は、むかしからまことしやかに語られていることです。

それじゃぁ倭迹迹日百襲姫命は、何故に「時の巫女」といえるのか?

それは名前や事績を見ると分かったりするのです。まず名前を分解してみると、以下のようになっていました。

 

「迹」は物事の後のことで、時間的な意味をもつみたいです。「日」は1日とか日数なので時間のことでした。

「百」は数字で数が多いことで、数字である時間を含むことになります。百は「もも」ですがこれは漢字だと桃で、兆偏が含まれてるんですよ。「兆」は前兆や兆しのことで「起きるタイミング」なので時間の要素です。

「襲」は「おそ」なので、遅い、つまり時間の進み具合を表してました。

「倭」は国名であり「姫」は女性、「命」は尊称であるわけなので、それを除く「迹迹日百襲」のすべてが時間的概念に関わる。

これは例えて言うなら真ん中に5個激辛まんじゅうが並び、外側3個がノーマルまんじゅうだったみたいなことなのです。完全に狙ってないと出来ないと思います。

 

つぎに倭迹迹日百襲姫命の別名と思われる、「倭迹速神浅茅原目妙姫(やまととはやかむあさじはらまくわしひめ」を見てみます。

これも「迹」は物事の後の時間、「速」は速度で時間のはやい進み具合。「目」は目ん玉ですが、「ま」とすれば「間」で時間のことでした。

「妙」は優れているとか不思議の意味があるのですが、「若い」の意味もあるみたいです。若いは年齢、年齢とは年月であり時間なわけでした。

「神浅茅原」は地名です。というわけで別名の方でも、時間にこだわった命名になってるのですよねこれがまたー。

そうすると神浅茅原というところは、時間に関係する儀式をした場所なのかと推測するわけなのですが。兎にも角にも倭迹迹日百襲姫命が時間を司る巫女である。このことは分かったと思います。

 

 

事績から湧き出す時間の要素

 

箸墓古墳 - Wikipedia

 

さらに記紀の伝承を見てみますと、倭迹迹日百襲姫命が時の巫女であることが随所で示されてました。

母親は「意富夜麻登玖邇阿礼比売命(おほやまとくにあれひめのみこと)だそうです。ぶっちゃけてとても変な名前ですが、分解すると分かることがあります。

名前の中に「夜」があり、「麻(あさ)」があるので、時間に関わる巫女的な人物だったようです。しかも「登玖」は「時」なのかもしれんですね。

倭迹迹日百襲姫命は夢占いで神主に太田田根子(おおたたねこ)を選んだのですが、「田田(たた)」なので倭迹迹日百襲姫命の「迹迹」と一致しているのも気になるところ。

 

そして倭の疫病と混乱の最中、倭迹迹日百襲姫命が神懸かりして、大物主神を祭神とすれば国が静まると言って告げてました。

大物主神は「昼は現れず夜に現れた」ということでした。完全に夜勤を好んでたみたいですが、またしても昼と夜という時間があらわれてます。

大物主神については個人的には、古代中国や日本で祀られた崑崙の仙女、西王母が元になってるんではないかと勝手に思ってるわけなのですが。

じゃー西王母は時間の神だったか?

西王母は不老不死をもたらす仙桃を栽培していたとかで、不老不死とは「永遠の時間」なわけなので、やっぱり時間に関係するんではないかと。

あと西王母に対し東王父が存在したので、日の出と日没が表されていまして、これも時間に関係してるところです。

 

倭迹迹日百襲姫命の死後につくられたのが、奈良の箸墓古墳だと伝わります。この箸墓、「昼は人が作り、夜は神が作った」と語り継がれていたそうです。やはりここでも昼と夜が登場しており、時間が関わってることがわかるのです。

魏志倭人伝」によると、卑弥呼が直径百歩の墓を作り「百人殉死した」との話があるのですが。倭迹迹日百襲姫命の名前「百人を襲った姫」と整合してることは無視できないところです。ずっと以前にも記事にしてましたが。

卑弥呼倭迹迹日百襲姫命であり、名前が違って記録されたんだと思いますね。まぁ卑弥呼とは「中国向け」に作った名前だったのかもしれんですよね。

まぁ卑弥呼倭迹迹日百襲姫命であり、男装をして崇神天皇になってるという考えは、依然として自分の中の根幹にあるのですが。

 

セイコークロック(Seiko Clock)

 

 

時間の神トート・ヘルメスと倭迹迹日百襲姫命

 

時の巫女である倭迹迹日百襲姫命は、当然ながら何処かの時間の神さまを崇めていたんではないかと思うわけなのです。

日本神話で時間の神といえば「時量師神(ときはかしのかみ)」がいますが。こちらじゃない気がします。

古代エジプトではトート神が知られていますね。このトートは古代ギリシアではヘルメスと呼ばれました。こちらが倭迹迹日百襲姫命が崇めた神さまでした。

トート - Wikipediaの画像使用

 

実は倭迹迹日百襲姫命が、古代エジプトの叡智の神トートを引き継いでる存在だというのは、以前から考えていたことです。

それは名前が迹迹(トート)日百襲(ヘルメス)姫だから。

迹迹 トート

日百襲 ヘルメス(日=ひる 百=も 襲=そ)

 

トートは創造神で、時間の神、知恵の神、冥界の神でもあり、魔法使い、書記、死者の裁判に関わる神なのですね。これはまさに倭迹迹日百襲姫命の存在と重なるではないですか。

時間の神トートという神格を取り込んで、倭迹迹日百襲姫命の「迹迹」に反映させている気がします。調べたところ、トートは月から時の支配権を得たそうです。それによって夜の守護者になったとか。大物主神は夜にしか現れなかったというのも、なんか関係してる気がしました。

トートは鳥の朱鷺(トキ)の姿、あるいはヒヒの姿の神だったそうなんです。「ヒヒは日々」なので、やっぱり時間を表す名前という感じです。まぁヒヒが日本に知られてたのはいつだったかは不明ですが。

日本語の「時はトキで朱鷺と同じ」だったり、トキの古語は「ツキ」だったりなのも、トート神が絡んでいそうな感じがします。

そういえば天照大神は夕日の神であるという仮説を立てたのとも、整合してる感じがしました。天照大神はその名を見ても分かる通り、ミトラ神、ミトラス神的な神格が含まれてるでしょうが、トートも入ってるのかもしれないです。

すると太田田根子の「田田」もトートなのかもしれんですね、なにしろこの人物は倭迹迹日百襲姫命に選ばれた禰宜なのだし。根子が猫なのかどうかも気になるのですが。

トート神と日本語の一致点

・トート・・・トキやヒヒの姿。ツキから時間の支配をもらった、時間の神

・トキ・・・朱鷺

・トキ・・・時

・トキの古語・・・ツキ

・ヒヒ・・・日々(時間)

 

こうして日本語の中にトート神の影響が見られるのも、倭迹迹日百襲姫命が残した結果なのかもしれんですね。そうすると現代人はまだトート神と倭迹迹日百襲姫命の影響を受け続けてるわけで。そう考えるとなんか不思議ですね。

そういえば、倭迹迹日百襲姫命の儀式の中には、トキ(トート)の姿で舞うものがあったりしたんですかね。たしか弥生時代に、鳥装の人の絵が刻まれた土器があったと思うのですが、あれが倭迹迹日百襲姫命みたいな巫女かもしれんです。

なんで倭迹迹日百襲姫命古代エジプトの叡智をもってたか?それは天皇家にはあちらからの流れがあったんだと、言う感じだと思いますけども。

まぁその隠されてきた証拠も、そのうち出る気がしますね。昨今の「全暴露」の流れからすると。

 

ぽちでたすかりまs

 

 

 

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