たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

ユーラシア の検索結果:

中央アジアの地形と地名がなぜか伊勢湾周辺にあったりしたら

…ア。 この移動経路をユーラシア大陸に当てはめると、ぴったりと歴史的な国家・民族名、そして国家の形までもがあてはまるという仕組みでした。 これを基礎として踏まえてたわけでした。過去記事参照。 あらためて 日本の伊勢湾のあたりを考えてみることにした。2016年は伊勢サミットが行われることだし。 伊勢というのは言わずと知れて、伊勢神宮と呼ばれる日本人が昔から信仰してきた天照大神を祀る内宮、豊受大神を祀る外宮のある聖なる土地。 伊勢神宮の内宮は崇神天皇のころに移設場所の調査が行われは…

当ブログの人気記事ランキングの調査

…F0、G0 (7) ユーラシア大陸東部の粛慎(挹婁)は縄文人と同じ民族だった? 2015-01-19 HS9、HB0、F0、G0 (11) 史記の三神山(蓬莱山、方丈山、瀛洲山)は日本にあるのか。富士山の名の由来は方丈山だった? 2015-05-15 HS8、HB0、F1、G0 (11) 前方後円墳矢印説は完成している・第2回「仲姫命陵」 2014-11-10 HS8、HB0、F29、G0 (11) 「騎馬民族の影響を完全否定するのはトンデモ(1)」 匈奴は来た 2015-0…

神武東征は紀元前666年に出発し紀元前660年に完了したことになってるのは何故か

…に「塩土翁(塩椎神)=シオの土地の爺さん」がいて、「日本列島はユーラシアの雛形」になってることや、古代の日向国と大和国の地形からも見えてくるわけなのですが。 倭人の土器の線刻画から解ける日ユ同祖論 つまり想像すると、神武天皇の日本列島東征=大陸東征だったと。 神武天皇は畿内まで向かったが、関東までは達していないんです。このことは、 神武天皇は古代イスラエルから中央アジアまで向かったが、東アジアまでは到達してないことを意味してるのですよ。 過去記事を参照。 人気ブログランキング

天照大神は古代オリエントの太陽神の習合だったってことで

…ようになってました。ユーラシアに広まった太陽神の名前を比較してみると、 ミトラ M I T R A ミスラ M I S R A マイトレーヤ M I T R E ya ミトラス M I T R AS 天照大神 aM a Te R Asu 日本の天照大神は、もとはミトラだったことがわかる。 「あまてらす」は「アミトラス」だった。んでは。すると古代ローマの「ミトラス」は完全に一致。 ミスラ - Wikipedia ミトラは「太陽の神であり契約の神」って言われます。「日本書紀」で天…

日本の北に渦が3つ 何かの示唆?

…=渦が写ってるだけ。ユーラシア大陸には渦はないんですね。 この渦はユーラシア大陸から、北太平洋まで動いていったと。それが3つの渦だと、そう考えますよね。 でも実は、tenki.jpでみると、 この低気圧の渦は、南から北へ、北上してたんです。 左側の低気圧は、ヤフーやtenki.jpの気象衛星画像を見ても、渦を作ってない。 つまり本来は右側の渦だけのはずなのに、「3つの渦をねつ造してる」んですよ・・・ 世界中の企業は、広告など写真や文章で「何かを示唆する」傾向があるので、これも…

中国史書を見る限り倭国の中枢はユーラシア各地からの帰化人だらけ

…上層部の指導者層にはユーラシア諸民族が多く、要するに倭人自体が単一民族ではなかったと思うんですが。そのへんは「日本書紀」を読んでもなんとなくわかってきますが。 一般に日本は「東アジアのちょっとだけ影響受けただけ」なんて言うのですが、実際はぜんぜん違ったんではないかと。 雅楽、猿楽、仏教、機織り、呉服、納豆、醤油、数々の野菜。いまでは日本的なものの代名詞になってる物、あらゆるものが古代のユーラシア奥地からきてるわけで。 物だけが海を超えて来たわけ、ないので・・・。 20世紀以降…

日本の境界線は適当に引かれたんじゃなかった4 境界線が語る日ユ同祖論と神武東征の真相 

…られてる」。 これがユーラシア大陸の雛形として機能してるんですね~。ユーラシア大陸における神武天皇と大和民族の移動経路みたいな。 これをあらわすために、倭人は日本列島に世界地図を当てはめた、と。 でも1つオカシイことがあり・・・ 「本当の日本雛形論」だと、イスラエルが日向国。 日本は関東の千葉県の総国(ふさ)と、安房(あわ)。 扶桑は日本の別名なので、日本列島の総(fusa)=アジアで言うところの扶桑(fuso) 安房(awa)=大和(owa)。 関東は東アジア 近畿は中央ア…

日本の境界線は適当に引かれたんじゃなかった3 境界線で日ユ同祖論が事実だと証明できるかも

…天皇と大和民族というのはアチラのほうにいた集団が、ユーラシア大陸を横断してコチラに渡ってきていると。 神武東征の出発地点は、明らかに古代イスラエルが当てはめられているでせう。 そして従来は日本古来の倭人だとか言われてきた人々、とくに記紀の記録中で、「神武東征に付き従ってきた人」は、アチラ関係かもです。 ということで日ユ同祖論が進展してきました。 ちなみに神武天皇出発地にあたる日向国も、古代イスラエル・ユダ連合王国の形をしています。次回はこのへんについて。 人気ブログランキング

日本の境界線は適当に引かれたんじゃなかった。その1

…令制時代の境界線は、ユーラシア大陸の古代国家や民族分布に合わせて引いてあるという「気がしていた」わけなのです。それで 関東地方が東アジア、近畿地方が中央アジア、に対応する土地の証明。新日本雛形論 みたいなことが関係してると思うのですが・・・。 不思議なのは飛騨と甲斐の関係 世界中に上空から見て分かる「地上絵」があるらしいです。 これは古代から「ナスカの地上絵」だとか、ブラジルの「アクレの地上絵」だとか。最近みた動画によると、南アフリカに「フェルヌークパンの地上絵」とかあるらし…

中国の奥地にもあった邪馬台

…にもあるのか。すでにユーラシア大陸全土の地名検索は行っていて、「やまと」の名に近い地名はいくつか見つけています。その点は電子書籍にも書いてましたが。 この四川省のあたりは、古代にどんな国や民族がいたかというと、羌族、南夷と呼ばれた氐、滇、夜郎、靡莫。のちに、蜀、チベットなど。 ちなみに氐、滇、夜郎、靡莫は、「漢書」によると「これらはみな頭髪を椎(つち)型に結いっていた」とか。両側に結ったならば、日本の「みずら」と似た感じでした。 槌 - Wikipedia 滇は倭と同じく蛇型…

台・堆・俀・タイ・帯から分かる倭の起源の一端

…元々黄海の沿岸に居住してたのですよね。韓国の西部を見ると、帯方郡の近くに泰安半島(てあんはんとう)があって、阿勒泰の「泰」すね。 それで「魏志倭人伝」で、倭人が帯方郡へ必死こいて往来してた理由もわかりますが。倭人の同族の居住地が帯方郡だったのであると。そこを通して、ユーラシアの内陸部の情勢を仕入れてたんですかね。 こうして見ると、邪馬台、俀国の「たい」から、東南アジアのタイ、縄文人、帯方郡などの「タイ」との、見えなかった繋がりが見えてくるんでは。おわり。 人気ブログランキング

中央アジアの烏孫の昆莫は「イワレビコ」の名前を持ってた」かもしれない件について

…鐵勒、突騎施。これらユーラシア中央~東部の古代国家は「テュルク」の音写なのですね。テュルクが突厥、東湖、鐵勒、突騎施になってるんです。 で、手研耳に戻ると、これはTa-Gi-Si。突騎施はTur-Gi-Sh。なので完全一致ですよね。要するに手研耳命は中央アジアにいて、テュルクの名を持っていたから、手研耳なのだと。これはまず覚えておいてください。 そしてつぎに大禄がダルクなのも、すぐわかりますけど、ダルクとはテュルクであると。 つまり 神武の息子 手研 タギシ 突騎施 トゥルギ…

グーグルアースで謎のライン

…の様子が映ります。 ユーラシア大陸に白い点線が入った。 ユーラシア大陸からインド洋にかけての範囲。 なんだか。 過去にはこんなことがあったとか。 http://www.news.com.au/lifestyle/real-life/bueau-of-mereology-cant-explain-mysterious-patters-on-radar-system/story-e6frflri-1225848774377 単なるバグか、それとも電波ゆんゆんといった感じですかね。…

関東地方が東アジア、近畿地方が中央アジア、に対応する土地の証明。新日本雛形論

…本雛形論では、本州にユーラシア大陸、九州にアフリカ大陸、北海道にアメリカ大陸などと、似た形を合わせていたと思うのですが、このブログでは古地名同士の結びつきを優先して考えています。 調査を進めるにあたっては、漢字表記で対応させてみること、そしてローマ字表記にすると見えてくるものがあります。また、最も大きな自治体の単位である、国・郡や、国造(くにのみやつこ)県主(あがたぬし)といった単位を優先して見ていく必要があります。 作成した対応図です。図上には分かりやすいところを表示したの…

中央アジアにあった、素戔嗚命と八岐大蛇退治の神話

…の出来事・神話」と「ユーラシア大陸などの出来事・神話」が合わさっているのが正体なわけで。 「など」には欧州、エジプト、環太平洋」も含まれますが。 ○いつも助かっております では中央アジアの素戔嗚命の伝承をちょっと 素戔嗚命といえば「八岐大蛇」退治の神話が一番知られたもの。 天照大神に悪さをして、地に落ちた素戔嗚命が地上で英雄となった話。いわゆる堕天使として見れば、西洋ではルシファーのことですが。 これは実は、ウイグル族の中でも似たものが伝承されてました。ウイグルといえば新疆ウ…

酒船石は「サカ匈奴石」な証拠

…役 つまりこれは、「ユーラシア大陸の地図」なんだろうということで。 いつの間にか匈奴を「きょうど」としか読まなくなってしまった日本人は、すっかり酒船石の意味がわかんなくなっていたと言えます。 いつ頃の地図かというのは、サカフナと言ってサカと匈奴を主役にしている以上は、サカと匈奴の全盛期のころじゃないと、おかしいということになり。 つまり紀元前から西暦2世紀頃までの地図なんじゃないかと・・・。 これはひとつの案です。国名は、違ってるかもしれません。 サカの部分がメソポタミアのテ…

日本列島からメソポタミアへ縄文人の移住はあったかを確かめる方法

…縄文時代~弥生時代にユーラシアの各地から持ち込まれたことは分かっていて、これは持ち込んだ人がいる、移住してきた人がいるという証拠なんですよね。遺伝子的にも、男系のY染色体のD・E yapというのが中東由来なことは証明されてるんですよね。 じゃあ、もし仮に「メソポタミアの地域に縄文人が大勢移住した」なら、メソポタミア地域で縄文時代の日本列島の植物が見つかるんですよ。 ・・・まだ見つかってませんけど。 古代の土器や言葉の違いやDNAだのではよくわからないことが、植物の移動経路と年…

中国史書の「日本の神と天皇」を見分ける方法 からわかる烏孫の神武天皇

…鐵勒、突騎施。これらユーラシア中央~東部の古代国家は「テュルク」の音写なのですね。テュルクが突厥、東湖、鐵勒、突騎施になってるんです。 で、手研耳に戻ると、これはTa-Gi-Si。突騎施はTur-Gi-Sh。なので完全一致ですよね。要するに手研耳命は中央アジアにいて、テュルクの名を持っていたから、手研耳なのだと。これはまず覚えておいてください。 そしてつぎに大禄がダルクなのも、すぐわかりますけど、ダルクとはテュルクであると。 つまり 神武の息子 手研 タギシ 突騎施 トゥルギ…

古代天皇家は「西から東」へ移動して来ている 2

…。 黄色いしるしは、ユーラシア大陸の東西に横断するヤマトという地名です。今後さらに具体的に明らかにします。 孝霊天皇が匈奴・扶余に移動しつつ滞在したことの証明 孝元天皇の父である孝霊天皇は匈奴・扶余を移動しつつ滞在したと述べてきました。これの証明。 ・黒田の廬戸宮(いほと)孝霊天皇の宮殿 ・孝元天皇(大日本根子彦国牽)孝霊天皇の御子 ・春日の千々速真若比売(かすがのちぢはやまわかひめ)孝霊天皇の妃 ・千々速比売命(ちぢはやひめのみこと)孝霊天皇の御子 ・蝿伊呂杼(はへいろど)…

古代天皇家は「西から東」へ移動して来ている 1

古代天皇家はユーラシア大陸を、西から東へ移動したという話をします。 ○いつも助かっております 諡号は地名 日本史の定説だと「天皇家は昔から日本を統治した、縄文・弥生の豪族の出身」ということらしいので、「またバカがなんか言ってるぞ」と嘲笑されるだけなんだと思います。 ワタスの電子書籍をこっそり見た!という人はレアですが、下巻ではこんなことを書いていました。 「歴代天皇の諡号は地名」であると。これは江上波夫さんも指摘したことなのですよ。ここでまた「江上波夫って騎馬民族が来たとか妄…

日本の別名からもわかる「日本の前衛国家は烏孫」

…しても卑弥呼の一族はユーラシアの真ん中へんから来ているという仮説でした。 拙著では崇神天皇が卑弥呼と同一と捉え天皇家は中央アジアから来ていると考えるので、一致する所がありまs。 そして2000年台の栗本慎一郎氏の著作物「シルクロードの経済人類学」(2007年)があります。烏孫の建築物の「聖方位」が日本に来ていることなどを理由としていました。 それから明治時代の研究者の佐伯好郎博士という人が、古墳時代に渡来した弓月君は、中央アジアの弓月国からきた説を唱えていました。もっとも佐伯…

むかしむかしあるところに大国主命が3人以上いました~烏孫と出雲に居た大国主命~

…根底からぶっ壊すことになってしまいますが、仮にほんとのことなら、遅かれ早かれいずれ表面に現れて然るべきだと思いますし・・・。 いまはこの「日本烏孫起源説」を単なる妄想と思っているひとも、このブログを読んでいると、いずれもっと具体的に、日本の本来の正体が烏孫であることが、分かってきますので。では。 参考 天皇と大和民族の烏孫起源論のあらまし3 まとめ ウズベク語と日本語は似てるというド素人研究 美豆良(みずら)の正体はユーラシア大陸の奥地に見つかる など。 人気ブログランキング

聖徳太子は中央アジアから来た・・・西突厥の王族だった?

…ら。そして日本列島がユーラシア大陸の雛形であるとの情報まで、西突厥に伝わっていたからとしたら。 と、妄想してみました。 以下ご参考に。 天皇と大和民族の烏孫起源論のあらまし3 まとめ 王号 倭の王号は大王(オオキミ・オホキミ・キミ) 烏孫は昆弥(発音はクンミで短縮すればキミに近い) 動物に助けられる王 ・烏孫の昆莫は子供の頃、鳥と狼に助けられた(これは騎馬民族の神話)。 ・神武天皇は鳥(八咫烏・金鵄)に助けられた。神武伝説に狼は登場しないが、天照大神に助けられており、大神(お…

浅間山は阿蘇の名を移植したのか。日本語の噴火を表す言葉はローマ神話のvulcanusを語源としたかも

… ashオ語 灰 asse 浅間 asa-ma阿蘇 aso 日本語の火山の古語としての「asama,aso)」に通じる、英語のash。 「灰色」について調べる ギリシャ語 灰色 パイオン 日本語 灰色 ハイ パイがハイになってるだけという・・・。 日本語=弥生時代に中東欧州言語にユーラシア各地の言語が合わさった複合言語。ということで。 低学歴の妄想でしたが、先生方でもたまにいるでしょうし、こういう考えは。もっと大和民族の正体を見極めたいと思います・・・。 人気ブログランキング

2022年改訂版 日本語の数詞「ひい、ふう、みい、よ、いつ、む、なな、や、ここの、とお・・・」得体の知れない何か

…神にあると思った件 ユーラシア大陸東部の粛慎(挹婁)は縄文人と同じ民族だった? 倭の銅鏡から導き出した古代エジプト風味 美豆良(みずら)の正体はユーラシア大陸の奥地に見つかる 天皇家は確かに騎馬民族系だった・・・下巻の内容 日本語は夫余語か 日本古来の神宝は、煙と雲と奇跡を起こす 倭国の本拠地の変遷(推定) 正座は日本固有文化じゃなかった 日本武尊の時代の東日本の蝦夷は匈奴だった 天皇と大和民族の烏孫起源論のあらまし3 まとめ 最近の記事を並べてみましたが、こうしたユーラシア…

「騎馬民族の影響を完全否定するのはトンデモ(2)」 日本史の中の月氏 2022年改訂版

…)紀元前3世紀から、ユーラシア大陸の匈奴の南~南西に、月氏がありました。 月氏は現在の中国の敦煌のあたりに拠点を構え、当初は匈奴を圧迫する力を持っていました。 月氏はイラン系コーカソイド(白人種)が起源であると言われていますが、アジアに来たので、民族的にはモンゴロイドと入り混じっていました。 つまり月氏は、中東→タリム盆地→敦煌と、西から東へはるばる移ってきていたのでした。 (2)匈奴の圧迫を受けて、月氏のうち大月氏の勢力がキルギスへと移住すると、隣にいた烏孫は月氏の後をおい…

「騎馬民族の影響を完全否定するのはトンデモ(1)」 匈奴は来た

…狼を始祖とする民族はユーラシア大陸全体に広く分布する」 3「犬戎(中国西北の異民族)は黄帝の子孫の雌雄の白犬で、赤髭、白い肌、 黄金の目だという。犬戎の身体的特徴は白人系だった」 4「狗奴国はその国名からして明らかに犬祖伝説を背負っていた」 5「倭国には国の名に奴のつく国が奴国、狗奴国以外に、弥奴国、姐奴国、蘇奴国、華奴蘇奴国、鬼奴国、烏奴国と六ヶ国もある。この奴は私は匈奴の奴からきていると思う」 まぁこんなところ。 小林氏の言うように、「奴(な・ぬ)」が匈奴系地名だったとす…

ウズベク語と日本語は似てるというド素人研究

…トロネシア語族より、ユーラシア遠方の言語のほうが日本語に近いと思いますが。 以前にまとめた記事 ・日本語は夫余語か ・日本語のまじない(majinai)と、英語のmagicの語源は同じ? ・トルコ語と日本語は似てるとか 日本の歴史は日本人が思い込んでいるような、「大陸民族の影響は微々たる程度」では無いと感じるのは、気のせいではないです。 もっと根源的、主要なところが、紀元前~飛鳥・奈良時代にかけて、ユーラシア大陸奥地から、日本列島に渡って来ているはずです。 人気ブログランキン…

ユーラシア大陸東部の粛慎(挹婁)は縄文人と同じ民族だった?

… 粛慎があったのは、ユーラシア大陸の日本海に面した土地。 現在はロシアのプリモルスキー(沿海州)、中国の黒竜江省の付近。ウスリー川とアムール川が流れ、ハンカ湖のある平野部と、その周囲の森林に覆われた山岳地帯を本拠としたようです。 紀元前1世紀頃の粛慎の位置(ウィキペディアより) 初登場は、中国最古の王朝「夏」(実在か未確定)より以前の、三皇五帝の舜の時代のことだそう。 これは黄河文明だとか長江文明の時代で、紀元前14,000年~紀元前2,000年ころのことだという。本当ならば…

埼玉県東部=ちょっと凄目のパワースポット説

…北アメリカプレートとユーラシアプレートの境界に位置する大地溝帯。新潟、長野、群馬、埼玉、東京、山梨、静岡の付近の地下深くにあります。日本人はあまり意識しませんが、このフォッサマグナに沿って、白根山、浅間山、富士山、箱根山といった大火山が南北に列を成し、越後山地と関東山地が隆起しているのです。 一方で中央構造線は九州から関東まで、日本列島を東西に貫く大断層で、一部は活断層だそうな。この中央構造線に沿って、四国の吉野川、和歌山の吉野川、長野の天竜川、関東の利根川など大きな川が流れ…