2~3三世紀の女王2人はいまだ謎が多い存在ですが、名前から新しい発見がありました。
卑弥呼と壱与の名前の共通点

今城塚古墳の埴輪
日本語の掛け声って、意味不明なものが多い。ワッショイ、エッホ、ドッコラショ、ヨッコイショーイチとか。
そんな中に「いよっ」という掛け声あります。これは歌舞伎で役者が登場する時に「いよっ、まってました」みたいに使われるもので。
起源は江戸時代にあるらしく、「祝おう」がなまって「いよっ」になったとか、「いよいよ(とうとう、ついに)」の意味などの説があります。
それにしても、なんか「いよっ」だから、邪馬台国の女王壱与(壹與/いよ)の名前を想起してしまうところ。壱与は台与(臺與/とよ)と呼ばれることもあります。
そういえば卑弥呼(卑彌呼)の名前見ると「弥(彌)」が入ってるじゃないですか。
「弥」を調べてみると「わたる、あまねく、ますます」の意味ですが、「弥=いよいよ」の意味もあるみたいです。
つまり、卑弥呼の名前に弥=「いよいよ」があるから、継承者の壱与も「いよ」で合わせてる感じがするわけです。
すると壱与はいよいよの意味であり、台与(とよ)じゃなく壱与(いよ)が正解である感じがしますね。「いよいよ」とは言っても、「とよとよ」とは言わないし。
あと卑弥呼の「卑」は、日本古来の数詞「ひふみよいつむななやここのとお」の「ひ=1」です。
一方で壱与も「壱=1」だから、どちらも数字の1になってる。
さらに呼(よ)=与(よ)で、「よ」音を合わせてる。まとめると、

こんな感じになってるんではないかと。
二世代の女王の名に、同じ意味が込められてるのは不思議なかんじがする。たぶん卑弥呼の名を元にして、壱与という漢字を選び出してるんじゃないかと思います。
卑弥呼と壱与に込められた他の意味・・・以前までの記事のまとめ

しかも卑弥呼と壱与に込められた意味は、これだけじゃないです。以前に調べた結果まとめると、以下のようになった。
・「日子印」を入れ替えると「日印子」で「卑(日)彌(印)呼(子)」に対応する
・崇神天皇の「印」は公用印(はんこ)のこと
・卑彌呼の「弥(彌)」の「爾」は、公用印(はんこ)の象形文字
卑弥呼と壱与の中にある徐福要素
・徐福の「畐」は酒器、とっくりのこと
・卑弥呼の「卑」は取っ手つきの酒器のこと
・壱与(壹與)の「壱(壹)」は=酒の入った容器(壺)のこと
・卑弥呼の「呼ぶ」=徐福(よふ)
卑弥呼の中にあるキリスト要素
・卑弥呼の「卑」は、いやし(iyashi)=イエス
卑弥呼の中にあるトートヘルメス
・迹迹=トート、日百襲=ヘルメス
こんな感じでした。
まぁ多分、女王卑弥呼と壱与は、名前や土地に先祖の記憶や、大陸からの情報を名前に取り入れたんだと思いますね。
個人的に卑弥呼は崇神天皇と同一と考えてまして、崇神天皇と卑弥呼の名前に、同じ意味の漢字が入ってるのはそのためでした。
徐福の率いた民が倭へ入ったことは「後漢書」などに書いてありますし。偉大な先駆者の名を、卑弥呼や壱与の名に取り入れてておかしくなかったです。
キリスト要素については、持衰(じさい)という生け贄の風習があり、これがなんか「ジーザス(イエス)」に音がにてる。その上に船に固定されるのが十字架の磔(はりつけ)みたいであるなど、関連してる感じがするし。
ぽちされたすかり
関連記事
・<前回の続き> 崇神天皇の諡号はそのまんま卑弥呼だった件(崇神天皇=卑弥呼説)
・癒(いやし)の語源と邪馬壱国(病国)から気づいた「卑弥呼のキリスト信仰らしきもの」と言霊の仕掛け
