たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

聖徳太子は東トルキスタン地域の亀茲から来たことの証明

聖徳太子のことで、重大なことに気づいた感じなので、このたびこの機会に少し。

 

聖徳太子といえば、最近蓄膿症が酷くなったので、鼻うがいで消毒しまくったら、かなり良くなっています。消毒しすぎて消毒太子と言われるほどになりました。

お医者さんというのは人生で幾度となく通ったのですが、ところが症状が酷くなってから、今まで蓄膿症だと診察してくれた耳鼻科も歯科もなかったのです。

それで過去に蓄膿症の悪臭が酷くなったりして、それは責められ迷惑人扱いされた経験もありました。

常にそうした出来事は世の中的には自己責任で片付けられて、猟奇的な感じで大規模かつ執拗に責め立てられたり嫌味を言われたりするのは、俺自身でした。

でも何十件・何十回と通ったはずの医者が、ちゃんと俺の症状の診察と治療をしてくれなかったではないか、という苛立つ気持ちがあるわけなのですが。

逆に言えばどうして医者は、何度通ってもちゃんと診察してくれなかったのか、治してくれなかったのかと。そこにどんな理不尽で陰謀的な理由があるとしても。

結果的に、俺が責め立てられる状況を招いたではないかと。そういう考えは決して間違ってないと考えるのですが。

そういうわけで、消毒太子になった今、聖徳太子のことが気になって仕方なくなりました。

  

 

先日書いた記事

石の宝殿は出雲と聖徳太子の矢印だった - たっちゃんの古代史とか

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

f:id:kl117cr233:20180430201048j:plain

 

○いつも助かっております

 

 

 

聖徳太子の名前

 

聖(ひじり)とは宗教的にも道徳的にも崇敬された人のこと、あるいは日(太陽)を知るが如く物事を極めた存在。

「聖であり徳のある人」だから聖徳太子なのだと。普通はそう考えます。

しかし実は名前の由来が違いました。 聖徳太子は、色んな意味から、「遠くの海外からはるばる来た人」なのではないかと考えていました。

その海外から来たという出自を偽って、天皇家の中に養子的な感じで入り込んだのが聖徳太子こと厩戸さんなんだと。そこでこんな妄想をしてみました。

 

亀茲からきた聖徳太子

  

紀元前から西域と呼ばれていた、いまの中国新疆ウイグル自治区

ここは別名を東トルキスタンといって、古来よりタリム盆地とか、タクラマカン砂漠の名前もあったようです。しかしここ、実は元々紀元前4世紀の頃から、月氏の土地でした。

それで月氏の本体が、紀元前にタリム盆地から東の祁連山脈の周辺(アムド)に移動した頃。西域にはシルクロードに沿って、小国が林立したのです。ここはテュルク系諸民族が多く移住してきたので、東トルキスタンと呼ばれました。

亀茲も西域諸国の1つでした。別名に、丘茲、屈茲などがあったとか。

亀茲 - Wikipedia

亀茲とは、おそらく月氏の名前を変化させたものだと見ているのですが。月氏(ガッシ)→亀茲(キジ)と、音に共通性があるので。

いま中国人が月氏を「ユエジ」とか言ってるのは、本来とかけ離れている音で。本来の月氏は「ガッジ」「ゲッシ」みたいな感じで、日本人が古代の音をそのまんま保存しています。どうでもいいですけど。

亀茲は烏孫から妻を娶ったので、当初は烏孫と親しく、漢とも友好的でした。

 

西暦6世紀の頃、もしタリム盆地の亀茲人が、消毒しながら東へ行けば、数ヶ月~1年で倭まで到達していたんではないかと。

13世紀のマルコポーロは、イタリアのヴェネチアを出発して、わずか3年半でモンゴル帝国の夏の首都である上都(張家口市、北京の隣)まで達していました。6世紀と13世紀のシルクロードの交通手段が、そんな大きく変わるものだと思えません。

聖徳太子は、そんな亀茲から出発して、6世紀の日本に入ってきました。そういえば聖徳太子が起こした斑鳩寺(法隆寺) では、ペルシアのパフラヴィー文字と、イランのソグド文字が入った遺物があるとか。これも聖徳太子が持ってきたのかと、小一時間考えてみました。

 

聖徳太子が亀茲から来た証明

 

じゃここから、聖徳太子が亀茲から倭に入ってきたことの証拠の幾つか挙げて、日本の歴史を破壊して行こうと思います。

 

(1)・聖徳王と承徳王

 

f:id:kl117cr233:20180430201835j:plain

聖徳太子 - Wikipedia

聖徳太子は、実は消毒王・・・じゃなくて、「聖徳王」とも呼ばれてました。実はこの「しょうとく王」は、聖徳太子が最初じゃなかったです。

亀茲の紀元前1世紀に、承徳王という人物がいました。「しょうとく王」。この承徳王から名を取って、1字を変えて聖徳王と呼ばれていると考えられました。

これにより聖徳太子は、先祖が亀茲王であり、亀茲王族の子孫であることを、死後に表しました。

 

(2)・聖徳と亀茲

 

f:id:kl117cr233:20180430210551j:plain

亀茲 - Wikipedia

聖徳太子の「聖」を分解すると、「耳口の王」ってなるでないですか。これは、聖徳太子が同時に10人の言葉を聞き分けたっていう、伝説的な話にも通じているのは、偶然じゃないですね。

次に徳なのですが、「学研漢和大字典」の解字を見ると、原字は「目と心」を表してるのですね。

つまり聖徳の2字で、「耳・口・目・心」という、頭部の主要な機能を全部集約的に表してたんです。

しかも、聖徳太子の別名「厩戸豊聡耳皇子(うまやどのとよとみみのみこ)」の「聡耳」を見れば、「耳心耳」が含まれてるので、聖徳と同一人物だとわかるようになってるんですよ。

 

これと亀茲に何の関係があるかって話ですが。亀茲という2文字を訓読みすれば、何になるかを考えてみればわかります。

亀茲とは「亀=かめ」、「茲=心=ここ」を合わせたもの。

亀茲を訓読みすると「かめここ」。

聖徳の意味「口(か)目(め)・心(ここ)」と一致します。

聖徳太子は、聖徳の2字に、亀茲との関係を込めていました。

 

ちなみに、亀茲は別名をクチャとも言って、口(クチ)に通じます。日本人が物を食べる音をクチャクチャと言ってるのは、知らず知らずに聖徳太子と亀茲(クチャ)を表していたとか。

 

(3)・亀は未来を占う 未来記の存在に一致する

 

以前に書いた記事で、亀は未来を占う動物だという話がでました。それに関係するのかどうなのか、西域の亀茲という国は、国名に亀を用いていますね。

亀というのは、古来より甲羅が占卜(せんぼく)に使われた動物でした。

それで、じつは「未来を予知する動物」と、紀元前の中国で言われてたのです。

袈裟襷文銅鐸の暗号解読すると出てくる神仙思想と易経の叡智

 

「亀茲が未来を占う」、そうした呪術的な能力に長けていた人たちだったとすると、亀は未来を占うという漢字に込められた本来の意味も、知ってたはずですね。

東の大国だった前漢とは仲良しな関係も築いていたし、対漢関係を重視して通訳や漢字の専門家を雇っていれば、当然漢字の字義みたいなものも知ってるはずなので。

 

それで、聖徳太子がなぜか、未来にやたら固執したというのも、頷ける話でした。

聖徳太子について、「日本書紀」にはこう書いてあります

 生而能言、有聖智。及壯、一聞十人訴以勿失能辨、兼知未然。且習內教於高麗僧慧慈、學外典於博士覺哿、並悉達矣。父天皇愛之令居宮南上殿、故稱其名謂上宮廐戸豐聰耳太子。

日本書紀 巻第二十二 推古天皇紀

これを適当に訳してみると、

「生まれてよりすぐ言葉を話し、聖人の知識を有していた。十人の訴えを1度に聞き分け、まだ起きていない未来の事々を知っていた。高麗僧の慧慈に仏教を学び、儒教覺哿に学び、全てを極めて博識だった。父の天皇はかわいがり、南の上殿に住むように命じた。ゆえにその名を讃え、上宮厩戸豊聡耳太子(かみつみやのうまやどのとよとみみのひつぎのみこ)と云う」

こんな感じです。

 

それで、ここで注目したいのが「兼知未然」。

聖徳太子は「未来記」という、謎の書物を残したとされるのですが、それは中世の武将、楠木正成が読んだという記録もあるとか。

しかも「日本書紀」で「兼知未然」と言ってるので、「未来記」があることを仄めかしてるんじゃないかと。そういった想像ができます。

 

兼知未然」・・・兼ねて未だ然らざるを知ろしめす

・兼=2つ以上のいろんなこと

・知=知ってる

・未然=まだ起きてないこと

 

兼知未然とは、「まだ起きてない色んなことを知ってた」「未来を知ってた」

 聖徳太子はこういう書物を書いてたというのです。

未来を見通す動物と言えば、「亀」、未来を見通すのは「亀の心」なんですよ。ここでも、聖徳太子は亀茲(亀心)に繋がってますね。 

 

 

シュライヒ ワイルドライフ ゾウガメ フィギュア14601                                                                                                                                                                                                                          

 

(4)・厩戸

 

厩戸(うまやど)は音読みしてみればキュウト。中央アジアから東アジアまで席巻した匈奴と似てます。馬とはそもそも紀元前の中央アジア原産の動物でしたので。これもアッチから来たことを表すのかも。

 

(5)・耳

 

「馬の耳に念仏」というのは「念仏唱えたって何の効果もない」ことの比喩的ことわざでした。しかし実はこれ、聖徳太子を示唆することわざだということに気づくのですが。

「馬の耳」というのが「厩舎で生まれた豊聡耳」こと聖徳太子を表していました。

念仏というのは聖徳太子も学んだ仏教のことで、「仏法を知り尽くした聖徳太子に、誰かが仏教を聞かせても何の意味もない」っていう意味が込められてるかもしれないと思ったのですが。

ほかに思いつくことがありました。

豊聡耳の「耳」はトルコ語とかキルギス語では、kulakと言って、クラが入ってます。

実は中央アジア東トルキスタン新疆ウイグル自治区)のあたりは、古代にはカラ・クリ・クルと呼ばれる土地でした。

そもそもタクラマカン(クラ)地方として今も名前が知られてます。古代からはクルジャ(弓月)、カシュガル、カルルク、コラズム、トカラ。カラコルム、中世にはウイグルなどありました。これら全部カラ・クリ・クル系の地名なんですね。

それはなんでかというと、元々月氏がクル、つまり古代イスラエルからの流れを汲んでいて、その子孫の反映した土地が東トルキスタンタクラマカンだったからとも考えられるのです。

中央アジアは紀元前から仏教が発展した土地で、「馬の耳に念仏」というのは厩戸皇子が仏教の故郷、中央アジアから来たことも表すようです。

耳を備えた聖徳太子は、耳によって出自を表しているというわけです。

 

(6)・慧慈

 

聖徳太子の師匠に慧慈(えじ)という人がいました。このかた高句麗の仏僧だとのことでしたが、どうもこの人は聖徳太子と一緒に、亀茲から来た人だった気がします。

そもそも慧慈という字、聖徳太子と同じような意味合いを持ってるのです。

慧慈

・慧・・・聡い(さとい)

・慈・・・いつくしむ、めぐみ、(こころ)

聖徳

・聖・・・聡い

・徳・・・のぞましい(こころ)

豊聡耳

・豊・・・めぐみ

・聡・・・さとい

 で、慧慈って別の読み方すれば、亀茲と母音も子音も合ってますね。

慧慈 kei-ji

亀茲 ki-ji

 やはり慧慈は、高句麗経由で入ってきた亀茲人だったのではないかと。

 

(7)蘇因高

 

この名前を見て、あぁあの人ねと言える人はかなり歴史を学んでますが、蘇因高とは、「日本書紀」の推古天皇の十六年のところにでてくる、小野妹子の別名なのですが。

小野妹子は6~7世紀に実在した、聖徳太子に仕える、仲良しの弟分みたいな感じでした。小野妹子は当時の日本の外交のトップを任されていて、「「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無き(つつがなき)や」という文言を、東アジア世界の支配者だった隋の皇帝に言い放ったことで知られます。

ところで蘇因高が隋へ向かったのは6世紀のころでした。

このころ、亀茲のほうに目を移すと、興味深い事実が見えてくるのです。

 

6~7世紀の亀茲王

蘇尼咥(白蘇尼咥) 581年

蘇伐勃駃(白蘇伐勃駃) 615年

蘇伐畳(白蘇伐畳) 618年

亀茲王の姓は白氏で、このころは「蘇」の字を歴代の名前に使っている時代でした。。

蘇因高の蘇とおんなじでsu。しかも蘇因高と同じ時代の王、「蘇尼姪」は、男なのに尼で姪じゃないですか。

小野妹子(蘇妹子)が、男なのに妹だったのとにていますね。

そうすると、聖徳太子の仲良しな小野妹子もまた、亀茲の王族であり、当時の蘇尼姪とは兄妹か親子の関係だったのではないかと。

小野妹子が蘇因高とわざわざ名乗ったのは、亀茲の王族が隋の歴史書を後で読めば、蘇尼咥の親類である自分が、日本国にいることがわかるようにしたのかもしれないなと。

また、同じ時代の蘇我馬子の名前も気になってしまいますが、「蘇馬子」なので「蘇因高」にそっくりだし、もしかしたら、そーなのかもしれません。

 

(8)・歴史書

 

日本で古典三書と呼ばれている書物は、「古事記」、「日本書紀」、「古語拾遺」の3つです。

しかしコレ以前に「旧辞」、「帝紀」、「先代旧事本紀」、「未来記」みたいな書物がいろいろとあって、それらはドコかに隠されたり、焚書されてしまったり、散逸して一部が「日本書紀」に「一書に曰く」として残されているのみなのです。

 

で、これら記紀など古典三書以前の書物は、明らかに聖徳太子ら亀茲人のまとめた書物を元にしている、というのは、実は書物の名称からも見て取れたのです。

旧辞先代旧事本紀古事記日本書紀古語拾遺という名前を見ていると、どうも亀茲が浮かび上がってくるではないですか。

旧辞・・・亀茲(丘茲)

先代旧辞本記・・・先代亀茲本記

古事記・・・亀茲記 

なんで日本の最重要な歴史書は、亀茲の名を意図して含むのかと。これは不思議だと思いますが。

これがほんとなら、大陸の西域の亀茲人が、なんで日本の天皇大和民族の記録を残しているのか?と。

以前から神武天皇(昆莫)と大和民族が、中央アジア烏孫にいた」という記事をいろいろ書いてきました。

亀茲はお隣の烏孫と、兄弟国の関係でした。遊牧民で文字をもたない烏孫と違い、漢字やトカラ文字や文字など使いこなす文人が多かった亀茲は、歴史を記録したというわけです。

想像ですが。

そうすると記紀編纂の時代の天皇家も、太安万侶舎人親王も、日本の歴史が西域の亀茲で伝えられた歴史書の本文を元にしたことを、ご存知だったことになりますが。もし「日本書紀」に出てくる「一書」が見つかるなら、それはトカラ語やソグド語で書かれた、亀茲国の文書かもしれないです。

 

関連亀茲

 ・(前回の続き)神武天皇ご一家はキルギスで記録されていたとの調査結果  

 

人気ブログランキング

 

日本は運命的に6が並んでアレなのか

日本は、世界と比べても、確かに変な国だなーというのは、誰でも思っていると思いますが。実はそれは、運命的に決まっていたんですよね。

たぶん聖徳太子とかいう変な人が登場し、日本の国号を「日本」に取り替えた飛鳥時代頃、いや、もっと前。紀元前の弥生時代から。

 

数秘術 - Wikipedia

数字根 - Wikipedia

例のゲマトリア的な手法で占えば、日本が運命的に変な理由がわかっちゃう可能性が見えてきました。。

 

○いつも助かっております

 

 

 

日本がなぜニッポン・ニホンなのか

 

倭、日本、大和、ニッポン、ニホン、ジッポン、ヒノモト、ジパング、ジャパン、ハポン、ヤパン、リーベン等と呼ばれてきた日本。

紀元前に、誰が倭と名付けたのか?それは今となっては不明としか言いようがないです。

なんで7世紀に、倭国が日本になったのか?それについては「倭を憎んで改名した」とか「日出処の天子の住まう場所」だから日本なのだという回答が、「旧唐書」からは読み取れました。

 

ところで、

この世界には偶然なんかないのだとか、運命は変えられるなんていう人いますよね。でも、どう足掻いたって、変わらぬ運命があるとしたら?俺なんかどう自分を変えたって何したって、何もしなくたってなんにも変わらないのですが。

 

世界に偶然は存在しない - Google 検索

 

 西洋で666や616っていうと、悪魔の数字だとか、獣の数字だとか、不吉だとか言って忌避する傾向あります。

まぁそもそもキリスト教ユダヤ教じゃない日本には、全然関係ないはずの数字だったんです。

その古代に、日本に666や616を持ち込んだ連中がいました。要するに「ヨハネの黙示録」獣の数字を、日本の根幹部に持ち込んだ連中がいたんですね。

おそらく聖徳太子秦河勝小野妹子あたりの、中東かぶれの人々も含まれますが。

 

日本人は、なぜか日本をニッポンと呼んだり、ニホンと呼んだり、使い分けてるっていうか、どうでもいい感じで使ってませんか。

一般的には、ニホンだろうが、ニッポンだろうが、どっちでもいいじゃん的な用法で。

しかし実は、どうも内部に秘められた意味を使い分けるため、ニホンとニッポンがあるんではないかと。思うのですが。この辺を証明できるのか、どうなのか。

 

 

まず紀元前からあった、「倭」。

実は誰も調べてないけれど、この時点から、もう6なんです。

倭をアルファベットにすると

w a

23 1

これが倭の数秘術ゲマトリア的な数字ですが。これを全部足して数字根を探すんですね。すると、

2+3+1=6

紀元前からが、全ての始まりでした。

 

ニホン

 

次に登場したのが日本。ニホンを数字に置き換えると

n i h o n

14 9 8 15 14

1+4+9+8+1+5+1+4=33

3+3=6

なんでか、6になっちゃいます。まぁ6一個だから、ニホンは別に良いかも知れないですが。

 

ジャパン

 

ついでにジャパンも見てみると

j a p a n

10 1 16 1 14

1+0+1+1+6+1+1+4=15

1+5=6

やっぱり6。

まあこじつければ、6の右側の(1+1+4=6)で、合わせて66になるし、

最後の数字は6になるし、どうも6に魅入られた国なんじゃないか、このへんが気になるのですが。

 

ジパング

 

世界で最初にjapanが使われたのは16世紀頃だったとか。それ以前はzipangが知られてました。

z i p a n g 

26 9 16 1 14 7

2+6+9+1+1+4+7=30 3+0=3

6,16が入ってる。

 

ニッポン

 

ではもう一つのニッポンという呼び名の場合。これを数字に置き換えると、

 n i p p o n

14 9  16 16 15 14

ここに、もう出ています。616

1+4+9+1+6+1+6+1+5+1+4=39

 3+9=12

1+2=3

 39は3の倍数、12は3と6の倍数、そして最後の3と。

 

まとめると

ここまで分かりましたね。

・倭は6

・日本(ニホン)は6

・Japanは6、66が入ってる

zipangは6、16が入ってる

・日本(ニッポン)は、616

が、それぞれ出てくるんですよ。

ここまで揃えてるともう「大いなる存在による計画」的な感じがしますね。

 

 

 スマホの入力すると何故か日本は666

 

 お手元の、スマホとかケータイの、入力画面を見てほしいのですが。

ガラケーの場合は入力画面が見やすいですが、スマホはブラウザを起動しないと、入力画面が出てきませんね。

スマホは普通、ひらがな入力になっているのですよ。

f:id:kl117cr233:20180419214535j:plain

それで、合計12ますの中に、「あかさたなはまやらわ」が配置され、同じますにアラビア数字も配置されてるじゃないですか。

あ 1

か 2

さ 3

た 4

な 5

は 6

ま 7

や 8

ら 9

わ 0

 こんな感じで、自然に1~0までが、「あかさたなはまやらわ」に当てはまってるのです。不自然さなど、微塵もないすっきりした配置。

これは、日本のスマホガラケーが始めじゃなくて、1950年代にアメリカで登場した、押しボタン式(DTMF/Dual tone multi frequency)の電話機の配列を元にしてるんですよね。

f:id:kl117cr233:20180419231452j:plain

DTMF - Wikipedia

 

むかしの押しボタン式電話と、最近のスマホの入力システムの数字の配列は、おんなじなんですよ。

で、押しボタン式の電話の数字の配列って、1~0まで自然な感じでまとまってるのですが、これが不思議なことに、、、

タテ・ヨコ・ナナメ、どっから足しても、数字根が6になる列が多いのです。

横列

1+2+3=6

4+5+6=15 1+5=6

7+8+9=24 2+4=6

横列は6、6、6になる。

 

縦列

1+4+7=12 1+2=3

2+5+8=15 1+5=6

3+6+9=18 1+8=9

ここは369(ミロク)になってます。

 

斜め列

1+5+9=15 1+5=6

 3+5+7=15 1+5=6

6、6になる。

電話って、こわいですね。

 

 

NTT 601-A2 ダイヤル式電話機 (黒電話)

 

話が寄り道しましたが、もとに戻ります。

このスマホの日本語入力を使って、「ニホン」と入れます。そこで変換を押すと、奇妙な数字があることに気が付きます。

5566666000

これが、日本を表す数字です。 

これはボタンを押して文字を変換していく時に、数字をカウントしてるから出てくる数字なのです。

「に」は5を2回押すので55

「ほ」は6を5回押すので66666

「ん」は0を3回押すので000

にほん=5566666000

 

別に、日本人が6を意図的に選んだわけじゃないのですが、やっぱり日本は6が並ぶ国だったと。

ちなみに

・にほん=5566666000

・あめりか=17777992

ふらんす=6669000333

・いきりす=112299333

・ろしあ=99999331

・といつ=4444411444

 

・・・そういえば、この位置が何を示すか。知ってますか。

北緯38度06.2分、東経142度51.6分

この謎の数字がありますが、これ、最後のほう、わかるかと思いますが。

42、51、6

これをそれぞれ足していくと 、666なんですが。何の位置か、調べてみていただきたい。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

紀元前の日本や、7世紀当時の日本人は。

20世紀以降に日本国が、ローマ字やアルファベットを使うだなんて、分かってないはず。

それなのに、倭・日本という国の数字は6、ばっかりつきまとうようになってる。

これは、偶然こうなったと言いたいと思いますが、こんな6が幾つも重なる偶然のほうが無理なのではないかと。

ところで日本がなんで666とか616に関係するのかって答えは、もう出てるかもしれないのですが。

これ見ると、運命や宿命は存在するし、運命というのは最初から決まっているんじゃないか、動かせない事象も存在するんじゃないか。って思うことも必然でした。

 

 

人気ブログランキング

袈裟襷文銅鐸の暗号解読すると出てくる神仙思想と易経の叡智

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

ビリビリビリ(袈裟が破れる音)

 

国宝で、香川県から出土した、袈裟襷文銅鐸というのがあるのです。

紀元前2世紀か、紀元前1世紀の頃のものだとか。

 

香川県の袈裟襷文銅鐸、絵が自由に使えればと思ったのですが、そんな絵がないようだったので。いつもの通り、ネットで見つけたものを模写しました。

弥生文化ってなぁ〜に?(14)男の仕事と女の仕事〜その1 ( 人類学と考古学 ) - 原始人の見聞 - Yahoo!ブログ

模写すれば一応、無断使用ってことにならないので。

f:id:kl117cr233:20180415004202j:plain

 これが香川県の袈裟襷文銅鐸の線刻を、自分で模写した絵。

兵庫県のほうの袈裟襷文銅鐸の絵とは、絵柄がちょっと似ているのです。だから当時は伝統的に技法を受け継いで、各地の絵師に繋がりがあったのかと。

 

袈裟襷文銅鐸 けさだすきもんどうたく

世界大百科事典内の袈裟襷文銅鐸の言及

…古段階を経て中段階にいたると部分部分によって飾る文様がかなり定まっている。身を飾る文様は銅鐸の文様を代表するものとしてとらえられ,身を横帯2帯以上によって区画したものを横帯文銅鐸(最古・古・新段階),横帯と縦帯とを交差させて田字形の4区(最古~中段階),用字形の6区(中~新段階)に身を分けたものを袈裟襷文(けさだすきもん)銅鐸,流水文を満たしたものを流水文銅鐸(古~新段階前半)と呼んでいる。なお,ほとんどすべての銅鐸の身の文様は,鋸歯文と3線以上の直線文とから成る下辺横帯によって下限を画されている。…

袈裟襷文銅鐸(けさだすきもんどうたく)とは - コトバンク

 

国宝、袈裟襷文銅鐸。

弥生時代の農耕社会や生活環境を知るうえで貴重な資料であるが、その解釈についてはさまざまな説があって、銅鐸の用途、埋納の理由とともに現在なお謎が多い。

袈裟襷文銅鐸 - e国宝

 

これについて、ずっと以前に気づいたこと。

今回はこれの左半分について。

 

○いつも助かっております

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

千鶴万亀

 

昔の人は目出度いことの象徴として、なぜかやたらと鶴と亀を使いたがった。

かごめかごめの「籠目歌」の中でも「鶴と亀がすべった(統べったか滑った)」と書いてる。

千鶴万亀(せんかくばんき)なんて書いたりしました。長寿を祝う時の、目出度い象徴だったりしますが。

実はこれ、古代の紀元前の中国から、すでに使われていたんですよ。それが、弥生時代中期の倭で用いられているんですよ。

 

f:id:kl117cr233:20180415005408j:plain

まずこの中央の青枠のところ。右側はサギじゃないかという説もあったのですが、どうも鶴みたいでした。サギとかいう詐欺でした。

なぜなら左側に亀がいるということは、相対するのは鶴しかないってことなので。首が長い鳥なので、鶴でもおかしくないです。

f:id:kl117cr233:20180415005936j:plain

右の鳥がどうしても鶴だというのは、この枠だけ2つの同じ動物が描かれていて、どうやらこれは「夫婦鶴」なようだから。

昔から鶴は、夫婦で一生を添い遂げると知られた鳥で、「夫婦鶴」も縁起物とされました。

あとこれも忘れてならないところですが、古代の中国では神仙の思想がありました。仙人が移動する時の動物として、鶴と亀が使われてたりしたそうなのです。

千鶴万亀とは、元々は「鶴歳千歳亀歳三千歳」と言ったのに、長いし面倒だからと簡略化したもの。

要するに真ん中は、全体としてお目出度い枠だったのです。

 

 

易経八卦

 

次ですが、日本に占いや風水に使われる易や八卦が入ったのは、飛鳥時代奈良時代だと思ったりしませんか。しかしどうも違っていたようです。

f:id:kl117cr233:20180415010642j:plain

この左下ですが、ここは2枡合わせて、倭の占いについて記してあるようです。

 

亀というのは、古来より甲羅が占卜(せんぼく)に使われた動物でした。

それで、じつは「未来を予知する動物」と、紀元前の中国で言われてたのです。

f:id:kl117cr233:20180415010903j:plain

あと左下のトカゲです。これも実は占いに関係してました。というのも、トカゲを漢字で書けば蜥蜴で、「蜴」は虫偏に「易」。易は古代の易経で占いのことだから、まさに亀と蜥蜴がセットなのは占いコーナーだったというわけです。

 

 

 易経八卦

 

次に一番下について。

 f:id:kl117cr233:20180415011116j:plain

左側が易、占いコーナーだったので、右側もなんか関係してるのは明らかでした。

右の構図は、普通に見れば「犬を駆使して、いのしし猟をしてる場面」なようです。しかしこれはあくまでも普通の見方なんです。

 

絵に意味を持たせて漢字に関連付けている傾向は、これもおんなじでした。

犬と猪という組み合わせは、別の漢字で書けば「戌と亥」、「戌亥」。

戌亥は、八卦では北西の方角にあたり、日本では漢字一字で乾とも書いていました。

f:id:kl117cr233:20180415210716j:plain

左側が易・占いで、右側が戌亥=北西の方位

ということは、まさに古代の中国人がやってた易・八卦の要素を並べてるってことなんですよね。

ちなみに、方位はここだけなので、銅鐸をつくった集団が、北西方向からやってきた という意味合いが込められているかもです。讃岐(香川)の北西といえば大陸の、半島か東北平原あたりですね。

 

古代の中国人がもたらしている思想

 

弥生時代の紀元前2世紀~紀元前1世紀の時代です。

銅鐸に「千鶴万亀」「仙人」「夫婦鶴」「易」「八卦」が含まれていることの意味は、もうわかりましたね。

古代の中国人の思想が、明らかに袈裟襷文銅鐸を生み出した叡智に関与していること。

あと、袈裟襷文銅鐸は、明らかに漢字を元に絵文字化していますね。これを描いた人、または描かせた人は、漢字をよく理解してる人です。

というのも、例えば「狩り」の絵を見てみると、5匹の犬が猪を取り囲んで、右側に弓矢を持った人が立ってますね。

実は「狩」という文字の意味を「学研漢和大字典」で引くと、

「まわりを囲んで逃げないようにし、動物をつかまえる。▽火で囲むこともあり、人や犬で囲むこともある。」

と、あるじゃないですか。

解字を見ると、

「守は宀(やね)+寸(手)の会意文字で、枠の中に囲んで逃げられないようにすること。狩は「犬+音符守」の会意兼形声文字で、わくの中へ動物を追い込んで逃げられないようにすること」

とあって、まさに犬で獲物を囲うことが「狩」であるから、袈裟襷文銅鐸の狩りの絵がその漢字の意味や解字をそのまま書いてるのが明らかなんですよね。

 あとは蜥蜴の「易」で占いを現し、同じ枠に占いの意味がある亀を配置していたりしますね。もう袈裟襷文銅鐸の全体で、おそらく漢字の意味を元にした、絵文字を描いてるわけなんですね。

そういうことがなぜ起こるのかといえば、むかし倭人が漢字を知らなかった頃、秦やら漢の漢字を携えて倭へ入ってきて、帰化した人々が、倭の言葉をひとつひとつ、漢字に置き換える作業をしていったんですね。それで絵文字を漢字の代わりにしてるというわけなんですよ。

袈裟襷文銅鐸に関与した人には、明らかに漢字に詳しい人、バイリンガルだったんですね。

 

 

 コポー 湯のみカエル

 

帰る

 

 最後にちょっと不思議なところ。一番上にある枠について。

f:id:kl117cr233:20180415211049j:plain

 

 一番上は、なぜか昆虫枠だったのです。

左からとんぼ、かまきり、あめんぼ。

ちなみに、○があるのは、銅鐸に開けられてる穴。鋳造の時にできる穴なのか、音を変えるための穴なのかと。

 

昔の日本にもこんな虫がいたんだな、へー。それで普通の人はおしまい。しかしここまで、なぜか中国の「千鶴万亀」「仙人」「易」「八卦」が入ってたので、これら昆虫もなんか意味があるはずなのです。

虫は元々は蛇、まむしを表す漢字で、それがいろんな動物を指す漢字になったとか。虫はちゅうだから、「虫国人」とでも言うのだろうかと思ったのですが、違いました。

 

これは昆虫の古語が、ヒントを与えてくれました。f:id:kl117cr233:20180415214755j:plain

むかしの倭人は、1つの昆虫にいろんな名前を付けてました。おそらく縄文時代からの呼び方や、大陸人からもたらされた呼び方が元になってますが。

ここに共通点を見いだしました。

 

かまきりの古訓が「カへタムシ」というのは意味が不明ですが、これは「帰った虫」ということらしく、ますます意味がわかりません。

右側のあめんぼですが、これ別名を水蜘蛛というのですが、実際はカメムシの仲間だっていうから、昔の人も適当でした。それで、あめんぼは漢字で「水黽」と書くのです。

「黽」はかえる、あまがえるの意味なので、やっぱり昔の人は適当なんだなと思ったのですが、しかしこれに意味があることに気が付きました。

 

「かえるが鳴くから帰る」とは、おそらく古代の倭人も言ってた言葉です。f:id:kl117cr233:20180415214936j:plain

見てみれば、真ん中のかまきりが「帰った虫」で、右側のあめんぼが「帰る」なんですよね。じゃあ左側のとんぼも、帰るに関係するに違いないと思ったら、「かげろう」がなまって「帰ろう」なのではないかと。これで「帰三兄弟」の帰宅系が揃いました。

 

かげろう「帰ろう」

かまきり「帰った」

あめんぼ「帰る」

帰るの五段活用

帰らない、帰ります、帰る、帰れば、帰れ

 

一番上の枠で「帰る」を現しているのは、何の意味なのだろうと思って辞書を引くと、

 

1・回って戻る

2・あるべきところに落ち着く

解字

女性が嫁いで箒(ほうき)を持ち、家事に従事するのは、あるべきポストに落ち着いたこと(中略)あちこち回ったすえ、定位置にもどって落ち着くのを広く「キ」という。

古訓・・オモムク(赴く)、トツク(嫁ぐ)

学研漢和大字典より

 袈裟襷文銅鐸を作った神仙思想や易経の知識を持った人、人々は、大陸から嫁いできて、倭に落ち着きました。

そのことを、どうやら袈裟襷文銅鐸の絵に含めたようです。いわゆる「帰化」ですが、新天地に向かうことを「帰る」というのは一見矛盾しているようで、正しい用法でした。

とすると、絵文字の全体的に、中国の思想で溢れ返ってていることと、完全に整合しているではないですか。

 

従来から袈裟襷文銅鐸は倭人が、倭の生活や身近なものを描いてる」とか言われてましたが、違いましたね。

正確には「大陸から倭へやってきた人々が、倭での出来事や、出身地(中国)や、自分たちの神仙や易経についての叡智を示し、このたび倭へ帰化できてお目出度いことだ」と描き残している。

 

たとえば兵庫県の袈裟襷文銅鐸の線刻画みたいな、倭人の線刻画は全国にいっぱいありますが、他の絵も、これと似たような意味が入ってるかと。 

あと、ここに書いたのは表の意味だけであって、籠目歌的な「裏の意味」にも気づいているのですが。袈裟襷文銅鐸の裏側(右半分)の暗号解読発表もまだですが、そのへんは、生きてればまたいつか。

 

関連記事

昆虫界の上位捕食者カマキリは欧州では予言者や修道士と呼ばれるご時世

謎の超能力者ってマジで言ってるんだろうかと考える泡沫の日々

 

 

人気ブログランキング

欠史八代の孝元天皇「大日本根子彦国牽」が牽牛と高句麗の名を持ってた

2014年に、電子書籍の「日本の地名の真の由来と神武東征のカラクリ仕掛け(上・下)」を出してました。

しかし思うところあって、内容変更することにしました。それでアマゾンの販売ページから消えています。

上下巻だったのを、完全に分離したものにします。完了は1年後か、2年後か、10年後か、あるいは未完ということで。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

孝元天皇は大日本だし、そもそも天皇は日本出身、縄文系の王統で決まってるでゲソ。」

これが純粋な従来の日本仁的な論調です。でもなんか、自分としてはしっくり来ませんでした。

 

○いつも助かっております

 

 

 

天皇大和民族の東夷起源

 

この幻の本では、欠史八代中央アジア烏孫の昆莫王から出た後、1~2世紀頃に東アジアの東夷(扶余・高句麗・半島)の土地を通って、倭に移ってきたことを書いてました。

同時に崇神天皇卑弥呼と同一人物であり、朝鮮半島の倭から九州に渡ってきたということも書いていました。

いわゆるトンデモ本で良いわけなのですが。近頃はなんか、トンデモのほうが真実だったと、明らかになってきてるらしいですね。

これは日ユ同祖論とか、天皇の大陸起源説で、ユーラシア大陸を超えてきたという発想を理解できる立人なら、納得できる話かと思います。

  

第7代~第10代が東夷諸国を移動した

 

f:id:kl117cr233:20180317080623j:plain

これが本に記した解釈だったのですが。こんなふうに、それぞれの天皇は東夷諸国を移動して、日本列島に入ってきてるのです。

それが、長い間「日本列島の天皇だ」と決めつけられて隠蔽されていた、記紀欠史八代天皇の秘密だったんではないかと。

 

例えば孝元天皇を例に取る

  

このなかにいる、第8代孝元天皇ですが。

「大日本根子彦国牽(大倭根子日子国玖琉)」という、キラキラネーム的な和風諡号があるのですね。これを解説すると。

国牽(くにくる)

国玖琉(くにくる)

こんなちょっと変な諡号を持ってたのです。

 

で、昔の天皇や皇族というのは、自分の名前に出身地、あるいは縁のある土地の名を加えるみたいな習わしも、取り入れられている傾向にあります。

だから、これも出身地か縁のある土地を表すのだとすれば、地名でした。

自分なりに、ちょっと解析してみたのです。

 

国はコクだとして考えられました。あと日本語の特徴として、同じ音が続いたり発音する過程で促音化する(ちっちゃい「っ」が入る)みたいなことがあるようなので、そこも検討すると、

国牽(こくくる)

国玖琉(こくくる)

koku kuru

kokkuru(こっくる)

高句麗(こうくり、kokuru、kokuri)

 牽・玖琉の「くる」というのは、古来より高句麗の「句麗」と同じで、古い国名でした。高句麗って、もともと句麗だったとか。

だから孝元天皇の「国牽、国玖琉」は高句麗のことなのではないかと。だから諡号の中に、こうした高句麗情報を入れているのではないかと。考えてみたわけです。

 

 

 純米吟醸 醉心稲穂 1800ml [広島県]                                                               

 

古代中国の牽牛が七夕の彦星となった

 

ところで話は空に跳びますが、わし座のアルタイルは牽牛星というのです。七夕は古代の中国から日本に輸入されて、定着した行事。

牽牛という人は、日本に入ってくると彦星という名前になりました。

アルタイル - Wikipedia

 

それで、「中国大陸の牽牛」という情報が、実は孝元天皇からもでてきてしまうんですね。

大日本根子「彦国牽」

牽牛は彦星、

孝元天皇は、彦・牽・・・

ここで「日本書紀」編者の舎人親王は、どうも孝元天皇の「ひこくにくる」の音にあえて「彦・牽」の漢字を用いていることが明らかに見えました。

これによって、孝元天皇こと彦国牽が、彦星牽牛と同様に、大陸にいたのだと、それを暗号として残したのかもしれないんですね。

 

孝元天皇の家族の名を見てみれば

 

倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)迹迹・・・とと、タタル

大彦命(オオビコノミコト)帯(おび)→帯方郡

・少彦男心命(スクナヒコオココロノミコト)心(こころ)→高句麗

・倭迹迹姫命(ヤマトトトヒメノミコト)迹迹(とと)→タタル

伊香色謎命(イカガシコメノミコト)伊香色(いかし)→いくし、沃沮

・埴安媛(ハニヤスヒメ)埴(はに)→はな、匈奴(フナ)

武埴安彦命(タケハニヤスヒコノミコト)埴(はに)→はな、匈奴(フナ)

妄想ですが、彼らみんな、烏孫から東夷諸国を移動する時に誕生した人物です。

だから烏孫から東夷までの名前を付けてるのです。

 

だから孝元天皇の都の名前が軽の境原宮とあるのは、「軽=句麗」ということです。

 

孝元天皇高句麗滞在したのはbc1-ad2の間

 

歴史上で高句麗の出現は、紀元前1世紀(紀元前37年)以降なので、孝元天皇高句麗に滞在したと記録するならば、その年代は紀元前37年から、卑弥呼以前の紀元2世紀までの間ではないかと。推測しました。 

孝元天皇だけじゃなく、その後の第十第崇神天皇、第十一代垂仁天皇のほうまで、「大陸出身天皇家」という発想なのですが。

 

もちろん妄想で。

 

かつて「騎馬民族征服王朝説」を出した江上波夫さんが、ここに気づいていたら、なんか違ったかなと思うのですが。

まぁ筆者は別に大陸出身ではない、一応純粋な日本国籍人です。でもぶっちゃけ日本的な価値観、感性、歴史観が嫌いになるところまで追い込まれましたが。

誰にも縛られませんので、どうしても自然と、従来の歴史観とは遠ざかって解釈してしまいます・・・。 

 

関連記事

古代天皇と大和民族のユーラシア大陸移動経路のまとめ

 

 

   人気ブログランキング

小説リングと貞子ちゃんの謎

f:id:kl117cr233:20180404003203j:plain

The Ring (2002 film) - Wikipedia

 

「このビデオ見たら1週間後に死にますよ・・・」

 

1991年発表、鈴木光司原作の、気持ち悪かったけどちょっと面白かった気がする小説「リング」。そういえば俺はリングの呪いのビデオを何十回と見ているのですが、未だに死んでません。

ちょっと貞子について、以前から気になってたことをまとめてみました。ホラーな内容なので、読まないほうが良いですよ。

リング (鈴木光司の小説) - Wikipedia

 

○いつも助かっております

 

 

 

山村志津子と御船千鶴子

 

山村貞子の母親、千里眼を持つと言われるも、迫害されて自殺したっていう設定の、山村志津子なんです。

作中では、娘の貞子も井戸に落とされて、ジワジワと年月をかけて殺されています。親子揃って悲惨な死を遂げているので、山村親子が世間を呪う気持ちも分かります。

で、志津子のモデルになった実在の人物が、いたんです。明治生まれで、明治の時代に千里眼を持つと評判になった御船千鶴子っていう人。

御船千鶴子 - Wikipedia

これはよく知られた話しですが、リアルの御船千鶴子のほうも、実際精神的に追い込まれて自殺しちゃってるということでした。「日本人て、気に入らない奴は、死ぬまでとことんみんなで追い込む習性があるんだな」と、日本の黒い部分は昔からなのだと気付かされるのですが。

 

山村とサンソン

 

で、なんで作者は名字を山村にしたのかなーと小一時間考えたのです。

それでど、うも音読みしてみたら気づきました。山村は音読みすると「さんそん」だったので。

日本語だと、せいぜい思いつくのは、のどかな山村(さんそん)とかくらいです。しかし海外に目を向けると、世間を呪って井戸の中で死に絶えた、山村貞子の役にぴったりな 人たちがいました。

サンソン家。

サンソン家 - Wikipedia

 フランスで、17世紀のシャルル・サンソンド・ロンヴァルから200年以上も続いた、死刑執行人一家だとか。「イノサン」(罪なき者)という漫画になってるとか。

死刑執行人こと、山村貞子こと、サンソン貞子というわけです。鼻うがいして蓄膿の症状がすっきり消えるくらいすっきりしました。しかし、気づいたことは、まだあります。

 

貞子の生まれ故郷・差木地の謎

 

山村貞子の生まれ故郷は、小説の中では伊豆大島の差木地となっていました。ここは大島の南端に当たる場所なのです。

それで小説だと貞子の父親っていうのが、伊熊平八郎という人物になってますが、この伊熊博士のモデルは、リアルの御船千鶴子の念写を研究した、福来友吉博士なのです。

ところで映画リングの中だと、実際の父親というのがどうも「海の化け物」みたいな描写があったと記憶してるのですが。

 なんで伊熊平八郎を海の化け物に入れ替えたのだろう?というのは、なにかきっかけがあると思われました。

伊豆大島の差木地の地名を見ていると、気づくものがありました。

龍王崎・・・伊豆大島の南東の端っこの岬

・トウシキの鼻・・・伊豆大島最南端の岬

・クダッチ・・・南東の波浮港付近の土地

・神の根・・・伊豆大島南端の地形

 

 龍王、神、で化け物はなんなのか分かります。トウシキ・・・透視器。だからここを選んだのかと。クダッチ。よくわかりませんが。

そういえば主役の一人の名前が、高山竜司という学者らしき人で、この人は小説「リング」では死ぬのですが、その後のリングシリーズで何度も蘇っては貞子に敵対してるんです。

貞子の出身地伊豆大島に龍、タツ。貞子の敵対者も竜司で竜、なんですね。こういう情報が読み取れると、いつも感じる違和感というか・・・。

 

三原山の火口

 

貞子の母が自殺をしたのは、三原山の火口でした。

古くは御腹山(みはらやま)といって、噴火を女性の出産に例えたらしいです。リングは誕生と死をテーマにしてるようなので、まぁ選ばれたのは必然かと思いました。

ちなみに火山の盛り上がった火口のことを、「タフリング」と言うらしい。

 

伊豆大島三原山の噴火といえば、1950~1951年、1986年が最近だとか。

ところで1986年の噴火の2年前、1984年の映画「ゴジラ」のラストシーン で、ゴジラ三原山火口に落とされて、消息不明になって物語が終わってるんですね。

なんか、

三原山の火口に1984年にゴジラが落ちたから→1986年に三原山噴火した

みたいな、架空とリアルが結びつく事象が意味深。人工噴火というのもアリなのかと。

 

 南箱根パシフィックランド

 

小説「リングに登場する、貞子が落とされた呪いの井戸というのは、南箱根パシフィックランドという別荘地なのです。

「南箱根パシフィックランド ビラ・ロックキャビンB-4号棟」

これ実在の別荘地がモデルという話は知られていますが、なんで伊豆なのだろうという疑問がありました。しかしそのへんも、物語を追っていくに連れて、分かってくることがありました。

要するに、ここまで貞子の出身地、母親の自殺地、貞子の井戸、という3地点を重ねてみると、こんな地図がでてくるのです。

 

f:id:kl117cr233:20180404003536j:plain

なぜか3地点が、直線で結ばれるのです。これは多分偶然じゃなく、鈴木さんが意図的にやってますね。で、これで全部かと思ってたのですが、違ってました。

 

なぜか富士山

 

youtu.be

見たくない人は見ないで良いですが。

リングの映画版の呪いのビデオって、ぜんぶ貞子が井戸の中から、井戸の上の別荘のビデオテープに念写した映像なんです。

 

映像の中に、変な男がたってますよね。三角形のチーズ味のポリンキーみたいな格好の人。後にこれが死後の高山竜司だと分かるのですが。何でも解明しちゃう主役の高山竜司が、死後も指さして今後の進路を教えるのですよ。

あと火山でのたうち回る人々、地獄の光景だと思われましたが。貞子って、千里眼なんですよね。だからリアルに近い三原山噴火にかけあわせた光景なのかと。

 

それで、なんかなぜか、気づいてしまったのですが。この「リング」というのは、変な情報が入っていますね。

 

こんな情報。 

f:id:kl117cr233:20180404005716j:plain

 

山村貞子の生誕地。山村志津子の自殺地点三原山の火口。山村貞子の死亡した井戸。

だけじゃなく、富士山の火口までも含まれているという。

寸分の狂いもなく、富士山の火口と三原山の火口を結びつけてるとか、不自然すぎますね。

まるで、呪いのビデオの高山竜司を富士山に見立てて、指を指す先がこのラインで、貞子の人生を全部1つのジェスチャーで現している印象も受けますが。

すると貞子の中では未来と過去がごっちゃになっているわけで。千里眼は時空を超えるんですね。

 

なんで、貞子は無意識的に富士山を目指してるのだろう。というのは、答えは書きません。しかし個人的には理解したような。

  

 

人気ブログランキング

弥生式土器のメノラーの実り(日ユ同祖論)

さて、日ユ同祖論で調べてるのですが、もう10年以上前から気になってた土器について、ちょっと一考。

 

 

鳥取でみつかった弥生時代の土器

 

俺が3歳だった1980年。鳥取県米子市の稲吉角田遺跡で、貴重な線刻の入った弥生土器が見つかったとか。これは弥生時代中期(紀元前1世紀頃)のものだという土器。

当時は俺の人生の難易度が、こんなに高いとは、知る由も無かった・・・・・。

 

それはともかく、これは、模写したんですが。

f:id:kl117cr233:20180329194504j:plain

f:id:kl117cr233:20180328235702j:plain

図1B 稲吉角田遺跡出土の弥生式土器に描かれた線刻絵画(出土原図)(設楽2006)弥生絵画

を模写した。 

 

・中心棒から左右に9つの枝分かれがあり、一番上も含め10本の枝のように見える

・一番下の枝に、木の実のような何かが2つぶら下がっている

・いっしょに高層神殿(出雲大社)、高床式住宅、船、太陽のようなものが描かれてる

(※ちなみに上古の出雲大社本殿は図eみたいな形状で、高さ96メートルとされる)

 

ここでは、

cは植物を表現したものであり、おそらくは樹木で柿の実のようなものをつけているとされる

弥生絵画

と説明してありました。

植物。確かにcは樹木で、実がなってるようではあるけれど。

なんか、何かを避けて通っていませんか。

「祭祀の道具」っていう発想はアリだと思うのですが。何で触れなかったのだろうか。保守的な日本史研究者が避けて通りたい理由があったとは・・・。


○いつも助かっております

 

 

 

寿と実

 

この形、なんか「寿」に見えてしまった。それでなんか関係あるのかと思って、辞書引いてみました。

 寿

こと ぶき [2] 【寿】
① めでたいこと。
② めでたいことを祝うこと。また,祝いの言葉や儀式。ことほぎ。 「すこし聞かせよや。われ-せむ/源氏 初音」
③ いのち。また,いのちの長いこと。長命。長寿。 〔名義抄〕
 
こと ほぎ [4] 【言寿▽ぎ・言祝▽ぎ・寿▽】
言葉によって祝福すること。ことぶき。ことほがい。 「ことごとしきわざはえものせず,-をぞさまざまにしたる/蜻蛉 下」

【 樹 】 [音] ジュ 
① 立っている木。木。 「 樹陰 ・樹脂 ・樹皮 ・樹木 ・樹林 ・果樹 ・植樹 ・大樹 ・街路樹 ・広葉樹 ・常緑樹 ・針葉樹 ・落葉樹 ・娑羅(さら)双樹 」
② うちたてる。 「 樹立 」

【 豎▼ 】 [音] ジュ 
① たつ。まっすぐたてる。たて。 「 豎立 」

https://www.weblio.jp/content/%E5%AF%BF

めでたい、命、長寿、 立っている木。なんかしっくり来ました。

この土器の樹木の実物は、祭祀で目出度いことや、五穀豊穣、生命の誕生や長寿を祝うための樹木である。そんな想像ができました。

 

あと、木の実だっていうのがヒントなようだから、「実」も調べてみると、 

 さ ね [1] 【実▽・核▽】
〔真根(さね)の意〕
① 果実のたね。核(かく)。
② 物事の中核となるもの。 「文稍くに異(け)なりといへども,その-一なり/日本書紀 仁賢訓」 → ざね(実)
③ 〘建〙 板と板とをはぎ合わせるとき,一方の板の側面につける細長い突出部。他方の板に細長い溝を作ってこれとかみ合わせる。さねほぞ。 → さねはぎ
④ 陰核。ひなさき。
 
ざ ね 【実▽】
( 接尾 )
〔「さね(実)」の転〕
名詞に付く。
① 根本のもの,そのものとなるもとの意を表す。 「是の後に生(あ)れし五柱の男子は物-我が物によりて成れり/古事記 上訓」
② 本体・中心となるものの意を表す。 「ここに日本武尊,神-のなれる蛇といふことを知らずして/日本書紀 景行訓」
③ その中の主たるもの,重きをなすものの意を表す。 「左中弁藤原の良近といふをなむまらうど-にて/伊勢 101」
 
じち 【実▽】
事実。ほんとう。じつ。 「鬼の顔などのおどろおどろしく作りたる物は…-には似ざらめど/源氏 帚木」
 じつ [2] 【実】
一 ( 名 )
① ほんとう。真実。 ↔ 虚 「 -をいうと一銭もない」 「 -の親」
② まごころ。誠実。 「 -を尽くす」
③ 中身。内容。実質。 「形ばかりで-を伴わない」
④ 成果。実績。
二 ( 形動ナリ )
実意のあるさま。誠実なさま。 「 -なる筆のあゆみには自然と肝にこたへ/浮世草子・一代女 2」
三 ( 副 )
ほんとうに。まことに。 「 -何(ど)うしても出家は遂げられんか/真景累ヶ淵 円朝」 → 実に
[句]
実がある ・ 実を挙げる ・ 実を取る


ま こと [0] 【真▽・実▽・誠】
〔「ま(真)こと(事・言)」の意〕
一 ( 名 )
① うそやいつわりでないこと。本当。 「 -を言えば」 「 -の英雄」
② いつわりのない心。人に対してよかれと思う心。まごころ。誠意。真情。 「 -を尽くす」
③ 歌論用語。作品に表れた作者の真情。 「歌の様(さま)はえたれども,-すくなし/古今 仮名序」

https://www.weblio.jp/content/%E5%AE%9F

果実の種であり、事実・まことであり、中心、根本そのものであると。

これじゃまるで、どっかの1対の男女神さまのことですね。

2つの種は、アダムとイブ、イザナギイザナミ、伏義と女媧。

 

日本的に解釈すると、上にある枝分かれから、2つの種が生まれたのだから、これは神世七代から、イザナギイザナミが誕生していることを、表すのかもしれんですね。

榊みたいに、単純に棒きれや葉っぱなどで作り、神々のシンボルとして、祭りで目出度いことや、五穀豊穣、生命の誕生や長寿を祝う、そんな役割を持つ祭祀具である。

あと「この世界には真実が2つある。ただ一方は隠れて見えないのだ」

と、そんな想像ができました。

 

それでこれって、アレに似てますよね。メノラー。

 

 

メノラーってなんだ

 

 Menorah (Temple)

The menorah (/məˈnɔːrə/; Hebrew: מְנוֹרָה‬ [mənoːˈɾaː]) is described in the Bible as the seven-lamp (six branches) ancient Hebrew lampstand made of pure gold and used in the portable sanctuary set up by Moses in the wilderness and later in the Temple in Jerusalem. Fresh olive oil of the purest quality was burned daily to light its lamps. The menorah has been a symbol of Judaism since ancient times and is the emblem on the coat of arms of the modern state of Israel.

メノラ(/ヘブライ語:מְנוֹרָה[mənoːɾaː])は純粋な金で作られた古代のヘブライの燭台である7つの灯(6つの枝)として聖書に記述されており、荒野でモーセによって設立された携帯用聖域 後でエルサレムの寺院で。 純粋な品質の新鮮なオリーブオイルは、毎日そのランプを照らすために焼かれました。 メノラは古代からユダヤ教の象徴であり、近代イスラエルの紋章の紋章です。

https://en.wikipedia.org/wiki/Menorah_(Temple)

 

エルサレム神殿で用いられた、聖なる燭台で、知恵の象徴で、ユダヤ教の象徴だとか。

 

Construction

 The branches are often artistically depicted as semicircular, but Rashi,[5] (according to some contemporary readings) and Maimonides (according to his son Avraham),[6] held that they were straight;[7] 

枝はしばしば半円形で描かれていますが、Rashi(いくつかの現代の読書によると)とMaimonides(彼の息子のAvrahamによる)[6]は彼らがまっすぐであると主張しました。

https://en.wikipedia.org/wiki/Menorah_(Temple)

 

今は湾曲した枝分かれであるが、当初はまっすぐな枝だったとか。

f:id:kl117cr233:20180330002337j:plain

メノーラー - Wikipediaより。 

さらに、

 

Judaism

The menorah symbolized the ideal of universal enlightenment.[22] The idea that the Menorah symbolizes wisdom is noted in the Talmud, for example, in the following: "Rabbi Isaac said: He who desires to become wise should incline to the south [when praying]. The symbol [by which to remember this] is that… the Menorah was on the southern side [of the Temple]."[23]

The seven lamps allude to the branches of human knowledge, represented by the six lamps inclined inwards towards, and symbolically guided by, the light of God represented by the central lamp. The menorah also symbolizes the creation in seven days, with the center light representing the Sabbath.[13]

メノラは普遍的な啓蒙の理想を象徴していた[22]。 Menorahが知恵を象徴しているという考え方はTalmudに次のように書かれています: "Rabbi Isaac:賢明になることを望む者は[祈るときに]南に傾くべきである[これを覚えている] それは...メノラは南側にあった[テンプル]。 "[23]

7つのランプは、中央のランプによって表される神の光の方に向かって内側に傾けられ、象徴的に導かれる6つのランプによって表される、人間の知識の枝を暗示する。 メノラはまた、7日間で創造を象徴し、中央の光は安息日を表す。[13]

 

メノラーは7つの燭台で、この弥生土器の絵は9つの枝があるから、違うじゃんとか言いますね。

でも本来、エルサレム神殿のみが7つの枝分かれのメノラーを所有し、神殿外では、9つの枝分かれじゃないといけなかったとか、書いてますね。↓

Hanukkah menorah

Main article: Menorah (Hanukkah)

The Menorah is also a symbol closely associated with the Jewish holiday of Hanukkah (also spelled Chanukah). According to the Talmud, after the Seleucid desecration of the Jewish Temple in Jerusalem, there was only enough sealed (and therefore not desecrated) consecrated olive oil left to fuel the eternal flame in the Temple for one day. Miraculously, the oil burned for eight days, which was enough time to make new pure oil.

The Talmud (Menahot 28b) states that it is prohibited to use a seven-lamp menorah outside of the Temple. The Hanukkah menorah therefore has eight main branches, plus the raised ninth lamp set apart as the shamash (servant) light which is used to kindle the other lights. This type of menorah is called a hanukiah in Modern Hebrew.[13]

 

主な記事:メノラ(ハヌカ
メノラはまた、ユヌ族の休暇であるハヌカ(チャヌカの綴り)と密接に関連したシンボルです。 タルムードによると、エルサレムユダヤ人の寺院のセレクシードの冒涜の後、一日のために神殿の永遠の炎に燃え尽きるために残された封印された(したがって冒涜されていない)奉献されたオリーブオイルだけがあった。 奇跡的に、オイルは8日間燃えました。新しいオイルを作るのに十分な時間でした。

タルムード(Menahot 28b)は、テンプルの外に7つのランプのメノラを使用することは禁止されていると述べています。 したがって、ハヌカメノラには8つの主要な枝があります。さらに、第9の盛り上がった灯は、他の灯火を照らすために使用されるシャマー(召使)の光として離れています。 このタイプのメノラは近代ヘブライではハヌーキアと呼ばれています。

 

神殿の外側のメノラーは、9つの枝分かれじゃないといけなかったと。今はそうじゃなくなってるのは、時代の流れですね。

日本の鳥取の土器の枝分かれが9つなのは、神殿のはるか果てだから、ハヌカーメノラーなのですね。これはエルサレム神殿が起源と考えても、整合してるんではないかと。

まぁ一つの解釈として。

 

 

アメリカンコーヒーカップソーサー 流砂丘 美濃焼

 

 

2匹の魚の可能性

 

木の下に吊り下がってるこれですが。・・・柿の木の実じゃないですね。

いくらデフォルメしたがる古代倭人が、柿の木の実をサカナの形に描くわけないで・・・。

これ、形そのままにサカナ、魚。

2匹の魚が、吊り下がってるんですよ。ってココまで言うと、もうキリスト教徒の人は、「あっ」と言ったままコーヒーカップを手にして固まっているわけですが。

 

魚が2匹いたからなんだ!と思うかもですが、2匹の魚というのは、実はイスラエルに居たイエス・キリストの象徴なんですよね。

何故かと言うとキリストが起こした奇跡のなかに、こんなのありました。

 

マタイによる福音書


14:16するとイエスは言われた、「彼らが出かけて行くには及ばない。あなたがたの手で食物をやりなさい」。

14:17弟子たちは言った、「わたしたちはここに、パン五つと魚二ひきしか持っていません」。

14:18イエスは言われた、「それをここに持ってきなさい」。

14:19そして群衆に命じて、草の上にすわらせ、五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福し、パンをさいて弟子たちに渡された。弟子たちはそれを群衆に与えた。

14:20みんなの者は食べて満腹した。パンくずの残りを集めると、十二のかごにいっぱいになった。

14:21食べた者は、女と子供とを除いて、おおよそ五千人であった。

口語訳聖書 - マタイによる福音書

この出来事によって、2匹の魚がキリストの象徴になったとか?

少ないパンや魚を無限に増やす能力とか、事実なら何やったんだという感じですが。

 

それで、これ

f:id:kl117cr233:20180329194504j:plain

これがどうも、

上はハヌカーメノラーで、下は2匹の魚を表すのだとすると?完全にユダヤ的思想の人が、鳥取に上陸しているという話ですが。

土器の年代は推定紀元前1世紀ですが、誤差の範囲であり、1世紀でもおかしくないですね。

 

 

メノラーの実り

 

最後に。

この線刻画は、メノラーの実りと書いた理由ですが。

メノラーにぶら下がる、魚の実り・・・つまり、実りがあることは明らかに伝えたい意図が感じられますね。絵文字として、言霊として。

この言葉の解釈はこうです。

 

メノラー menorah me-no-rah

みのり  minori  mi--no--ri

これ、子音は一致して、母音は変化しているだけなんですよね。ヘブル・アラム語の特徴とか、知らんけど。

実りを描くことで、メノラーという祭祀具の名称を伝えてるのですね。

そしてまとめると、こんな解釈が可能でした。

f:id:kl117cr233:20180330003227j:plain

中央の十字架を基礎としている形状なのです。そこにイスラエル的、キリスト的な象徴が込められてる、複合的なメッセージ。実り=メノラーだったと。

所変われば、形も変わる。

 

これが真実だとすると?歴史研究者の人が、2匹の魚やメノラーだの、祭祀は抜きにして、木の枝で柿の実だとか安直に言っちゃう気持ちもわかりますが。

やっぱりこの土器は、キリストの1世紀より以降の気配が濃厚なわけですが。

まぁ想像なので。

 

 

  人気ブログランキング

おかしい

 

最近もおかしいことが連日続くのですが、ブログでもこんなことが。

f:id:kl117cr233:20180323235123j:plain

 

毎日大量に、英文コメントが書き込まれるようになった。これが始まったのは、

ミッキーマウスが6に魅入られてるのは何故 - たっちゃんの古代史とか

3月12日に、この記事を書いた直後からだった。そういうことかと。

 

爆音と衝撃波が頻繁に飛んできて家にぶつかるとか、

俺が叩いてることにされて、隣に叩かれまくるとか、

俺が外に出るとサイレンが鳴るとか、行方不明者の放送が多いとか、

近隣の人がなぜかうちの前あたり通る時、ドアバンするとか、

俺が漫画の主人公として登場してるとか、

俺のあらゆる行動と妄想が、世界に波及するとか。

おかしいこと色々、信じなくて良いですが。

 

あと近ごろ、

f:id:kl117cr233:20180323235636j:plain

これ見ると分かるのですが。去年あたりから時々、1日1,000アクセスは届くようになってました。もう月間3万に届くのかと。

3年くらい前は、1日200前後だったのと比べると、かなり増えた感じ。

でも世界に波及してる割には少ないような。

 

ちなみに右側のカウンターはあんまり進まないらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

あと、おかしいと思ってることがあり、これは以前から考えていたこと。

 

○いつも助かっております

 

 

 

想像ですが・・・

  

犯罪者は、犯罪やらかしたから、責められる。

失敗者は、失敗やらかしたから、責められる。

社会的に制裁を受けるのは当たり前って、感じ。・・・・・・これは真理だと、思われてるかもしれない。

 

しかし、世の中の犯罪と呼ばれる事件は、じつはアレです。

「自殺の九割は他殺なんです」

っていう、一見して意味不明な有名なフレーズがありますけど。この表現に似てます。

これに倣って言えば、

「犯罪のほとんどは、本人が意図してない犯罪なんです」

と、一見してわけわかんない話をするしかないです。言い換えると、

「何者かにより何らかの方法で、犯罪者・失敗者に仕立てられた人、凄く多いです」

 

 

それは例えば、イライラさせて怒らせて、犯罪・失敗を誘発させる手法

 

俺がしょっちゅうやられる手口がこれ。

例えば、俺じゃないことを、「あの人がやってるのよ!」と執拗に騒ぎ立て、大勢で代わる代わる攻撃。

絶叫中学生みたいに、嫌がらせをネチネチ毎日繰り返すことによって、イライラを蓄積させていく。そんなふうなことされたら、普通はイライラします。切れます。

で、怒ると、

「怒った怒ったw」「やっぱりあの人おかしいわよ」「やっぱり危険人物よね!」「最低」みたいに散々悪く言って、報告するんですね、上に。「あいつがいけないことした」「ひどいことされた」みたいにして、悪人にしていく。

そして「もっとお仕置きしなきゃ」みたいに、お仕置きをする理由付けにしてますね。

これの繰り返し。

聞こえるように嫌味、罵声、嫌がらせして、切れさせたら既成事実化しこっちのモン的に、追い込みかけるっていう手法が、日本では広く普及してるようです。どこでも。

 

人間、イライラしたり、怒ったり、情緒不安定になると、目の前に用意された仕事の失敗率が、格段に跳ね上がりますので。

イライラした人の中には、暴力行為に及んだり、奇行に走って御用っていうパターンな人はかなりいます。

ニュースで、警察の調べに対して

「カッとなってやってしまった」とか「殺すつもりはなかった」とか「覚えてない」とか

なんていうのは典型的でした。イライラ、怒りにコントロールされること、これが失敗や犯罪に繋がってるようです。

「コインテルプロ」とか言われる、心理的に不安定にさせ、悪評流して個人を破滅させる手法だとか。これが駆使されるとか。気をつけてください。

 

 

 例えばそれは信じられないかもしれないけど電磁波人間リモコン

 

世の中、そんな事あるわけ無いじゃんと、否定されることばっかり。

でも実際のところ、今我々が目にして体験してる科学技術は、数十年前に完成した技術なんですよね。そういう話をしている人は、You Tubeを見ればいっぱいいます。

実は、人間はラジコンみたいに、電波でコントロールされて動いてしまう。これも悪用されているんじゃないかと。ドラえもんの話にもあった「人間リモコン」。米軍も持ってるとか。HAARPがそうだとか。各地の鉄塔は、そういう事ができるとか。

人間にこれを使うと、

「前に進め、踊れ、あっち向かえ」という単純動作や、「悪口を思い浮かべろ」という感情操作もできるとすれば、「ブレーキじゃなくてアクセル踏め」とか「こいつを殺したい」という欲求を電磁波で与えて、実際に突っ込ませたり。

殺人をさせることも可能なんですよね。想像ですが。

 

で、この手法は世界中で行われてるんですよ。もうあまりにも広まりすぎて一般化しているのだけど、世間では「そんなのあるワケ無いだろ」で済まされているという。

奇行種がでても、統合失調症だろとか、キ○害だろで済まされるんですが。証拠出せって言われても出せないです、想像だし。気をつけてください。

あと、他人の運命を自在に操作している人は、悪人として捕まらないですね。なぜかってそれは(ドドドーン!)

 

だから犯罪者ってほんとに犯罪者なのかなという疑問 

 

こういう世の中の仕組みがあると、やっぱり思いますね。

世の中で犯罪者と呼ばれて罵倒されてる人、失敗してネチネチ攻撃されてる人。

そういう人たちって、

「ほんとに本人の意思のみが、結果の全てを決定づけたのか?」

と。どっかの誰かに操作されて、やらかして、恨み憎しみ、蔑みや嘲笑の対象にされてしまってるんじゃないか?という。

 

こんな人は、何割くらいいるんだろうと。これがホントなら理不尽な感じがしますけど。この思いは抜けない。

 

俺のこともですが。過去の失敗て、作られたんでない?という。

あまりにも偶然の一致や、おかしい出来事だらけですよ、俺の人生。なんか病院で、虫歯の菌を植え付けたり、病原菌や体調おかしくする薬を投与したりっていう話もあるようだし。悪臭操作も、できるんではないかと。

俺の存在や人生を知ってしまった人は、みんなコイツは何なんだ?とバケモノを見る目で俺を見るんですよ。そレに加えてみんな嫌がらせ、嘲笑に突入してくわけだから。

悪をにくむ善良な市民の集スト・コインテルプロ活動って、道徳的で凄いなと思うばかり。

あ、全部想像で。 

 

 

人気ブログランキング

 

「立ち往生」調べりゃ行き着く国常立

最近よく聞く、立ち往生。実のところ、死に直結してる言葉ですね。

 

 

立ち往生とは

 

立ち往生

たち おうじょう -わうじやう [3] 【立(ち)往生】
( 名 ) スル

 ①立ったまま死ぬこと。立ち死に。 「弁慶の-」
②事故などで,電車や自動車が身動きのとれない状態になること。 「雪のため電車が-する」
③物事が行き詰まりの状態になって処置に困ること。 「演壇上で-する」

三省堂 大辞林

立ち往生とは - Weblio辞書

 

往生

読み方:オウジョウ(oujou)

この世を去って、他の世界に生まれ変わること

三省堂 大辞林

往生とは - 難読語辞典 Weblio辞書

 

 

○いつも助かっております

 

 

 

先日の記事

「龍・竜・辰」の出来事の氾濫は偶然じゃないかもしれない証明

 これに関係するのかと。

 

竜神と言えば、国常立命なのですが。

流海(霞ヶ浦)と龍ケ崎と常陸国から解ける龍神信仰の秘密

日本で唯一国常立尊を国名に刻む常陸国が、「国常立尊の龍神の顔」を証明するカモ

 

立ち往生は、国常立尊の「立」、竜神の「龍・竜」、達也の「達」なので。

創造と破壊の神という国常立尊が関係しているみたいじゃないですか。

 

 

淡路島 いま行くべき新店と島のごちそう 【リシェ別冊】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

最近の出来事から

 

 

f:id:kl117cr233:20180320005251j:plain

2018年3月18日 

神戸新聞NEXT|事件・事故|500人乗船のフェリー、明石沖で立ち往生 8トンのブイに接触

18日午後7時半過ぎ、兵庫県明石市の江井ケ島港南約6キロの海上で、大阪南港から新門司港に向かっていた名門大洋フェリー「フェリーふくおか2」(9774トン)が、ブイ(灯浮標)に接触した。乗員乗客計509人にけがはなかった。フェリーは同日午後11時半時点で、船体の損傷を確認するため、現場で停泊している。 神戸海上保安部によると、同日午後6時15分ごろ、同フェリーから「船内に急病人がいる」との通報を受け、姫路海上保安部の巡視艇が出動。急病人を巡視艇に移す作業中にフェリーが流され、右舷の船尾付近がブイと接触した。ブイは水面からの高さが5・6メートル(全長10・6メートル)、直径2・8メートルで、重さ8トンという。

神戸新聞NEXT

これ、なんか日本航空123便墜落事故の情報が、入ってるように感じられました。

 

   フェリー   123便

現場 明石海峡  御巣鷹山高天原山

乗員 509人    509人

異常発生18時   18時

結果 ブイに衝突 山体に衝突

排水量9774トン  製造年1974年

明=日月(ひふみ)  123(ひふみ)

日航機墜落事故日月神示、国常立命に関係すると密かに囁かれている事件です。

なにか、このフェリーの事故も、日月神示、国常立的なものを感じました。

こんな数字の一致は、偶然なわけないですが。

 

あと、最近は立ち往生が目白押しでしたが、こんな事件も。

 

2018年3月1日

スリップ相次ぎ車80台立ち往生 吹雪の北海道伊達市:朝日新聞デジタル

 

 北海道では1日朝から各地で強い吹雪となり、伊達市の山間部ではバスがスリップして国道をふさぐなどして、2カ所で計約80台の車が立ち往生した。

 警察や消防などによると、伊達市大滝区の国道453号で午後1時ごろ、バスが横向きになって道路をふさぎ、さらにスリップして動けなくなる大型車が相次いだ。同区内では千歳市倶知安町に向かう峠も通行止めとなり、多くの車が立ち往生することになった。現地には除雪車が入り、午後6時までに解消した。(三上修)

朝日新聞デジタル

立ち往生

伊達

立、達。

 

2018年3月9日

名鉄空港線、終日不通に 橋で列車立ち往生:社会:中日新聞(CHUNICHI Web)

  9日午前6時40分ごろ、愛知県常滑市名鉄空港線りんくう常滑中部国際空港間で、4両編成の回送列車が故障し、緊急停車した。現場は知多半島と空港島を結ぶ橋の上で、列車は立ち往生。名鉄は上下線で終日の運転見合わせを決めた。

 名鉄によると、故障した列車は新鵜沼発空港行きの特急「ミュースカイ」として運行。故障直前に空港をたち、回送列車として新鵜沼に向かっていた。列車のパンタグラフと、それに接する架線の両方が損傷しているが、原因は調査中。約20分前に先行列車が通過した際には異常はなかったという。

 常滑・・・国常立の常

知多半島・・・知多⇔多知

 

 2018年3月1日

瀬戸大橋で特急が5時間立ち往生 通過中に強風規制値超え: 山陽新聞デジタル|さんデジ

 1日午前11時ごろ、瀬戸大橋上でJR瀬戸大橋線岡山発高知行き特急南風5号(乗客約190人)が強風により停車。午後4時15分ごろに運転を再開するまで5時間余り、橋上で立ち往生した。

 JR四国によると、瀬戸大橋線は同日、橋上の風速計が規制値(風速25メートル)を超えたため、始発から児島―宇多津、坂出間で運転を見合わせた。風が弱まりいったん運転を再開したが、南風5号が橋上を通過中に再び規制値を超え、坂出市・与島付近で停車した。

 乗客にはおにぎりや毛布を差し入れ、体調を崩した人はいなかったという。JR四国は「安全運行を優先した結果、長時間、車内でお待たせすることになり申し訳ない」としている。

 瀬戸大橋線は夕方までに上下102本が運休・部分運休し、約1万7千人に影響が出た。

山陽新聞デジタル

宇田津・・・田津

田津、立

21時23分更新・・・123

 

 まぁ、こんなふうに散りばめられているようでした。 偶然じゃないような。

立ち往生 - Google 検索

 

 

 

人気ブログランキング

ミッキーマウスが6に魅入られてるのは何故

f:id:kl117cr233:20180312225328j:plain

 

べつにミッキーマウスにこれっぽちも恨みは無いです。妙なことに気づいてしまったので、取り上げることにしました。

俺の運命とつながっているような気がしないでもないので、調べました。

 

○いつも助かっております

 

 

 

ミッキーマウス

 

ウォルト・ディズニーが1928年11月18日に正式デビューさせた、ハツカネズミキャラです。 

これが、どうも一部では悪魔崇拝に関係するとか言われていたので、何のことなのかさっぱりでした。

 

話題は変わりますが、暗号は詳しくないし、別にイルミナティとか新興宗教団体に所属はしてないのですが、ユダヤカバラゲマトリア秘数術みたいなのは知ってました。

これはアルファベットや、ひらがなにも対応するのですが。

A 01 B 02 C 03 D 04 E 05

F 06 G 07 H 08 I  09 J 10

K 11 L 12 M 13 N 14 O 15

P 16 Q 17 R 18 S 19 T 20

U 21 V 22 W 23 X 24 Y 25 Z 26

 

あ 01 い 02 う 03 え 04 お 05

か 06 き 07 く 08 け 09 こ 10

・・・

・・・みたいな。

 

それで、いろいろ遊ぶわけなのです。いろんな名前には、何の意味が込められているのかと暗号解読みたいな感じで。

それでたまたま、ウォルト・ディズニーミッキーマウスに出くわしたのです。

・・・そしたら、これってなんだろう的なものが見えて来たんです。

 

MICKEYMOUSE これにカバラの秘数術的にアルファベットを対応させます。

M 13
I 9
C 3
K 11
E 5
Y 25
M 13
O 15
U 21
S 19
E 5

はい、できました。で、これが何ナノ?とわけわかんないかもしれませんね。

この数字は、ミッキーとマウスに分けます。

 

M13 I9 C3 K11 E5 Y25
M13 O15 U21 S19 E5

これがまず変なのは、シンメトリーが意識されてること。

MICKは、139311で、シンメトリー。イサクサイ・・・

EYは、525で、シンメトリー。 

MOは、131が含まれて、シンメトリー。

まぁ別にこんなのはどうでも良かったのですが。

 

変だと思ったのは、まずはMickeyのほうから。

M13 I9 C3 K11 E5 Y25

これを、全部足すのです。すると、

 

13+9+3+11+5+25=66

あー、66。

もうここでピーンと来る人はもう来てますね。

 

じゃあ、Mouseのほうはどうなのか?

 M13 O15 U21 S19 E5

これを足すと 13+15+21+19+5=73

73じゃ意味ないな、、、と、そう思ったんですが、

66+73で計算すると、合計の数字が

66+73=139

あれ、Mickey MouseのMiが139で、全体も139になるというのは、やはりシンメトリーが意識されているな、偶然なのか?と。

 

さらに、

1+3+9=13

13と9として分けると、それぞれ別の意味が出てくるんですけどね。

ユダヤ的にも、アメリカ合衆国的にも。

あと、Mickeyを66、Mouseの73を7+3=10として、続けて表記した場合ですね、

661

あー661ね。並び替えたら616ね。

 

さて、断食24時間したし、寝るか~と思ってたのですが、これだけじゃ終わりませんでした。

 

 

 Qtuo 2.4G ワイヤレスマウス 無線マウス 5DPIモード 2400DPI 高精度 ボタンを調整可能 コンパクト 省エネルギー 持ち運び便利 ホワイト                                           

 

 

モーティマーマウス

 

ミッキーマウスが1928年にデビューする前ですが、ミッキーマウスという名前じゃなかったらしいです。

元々の名前はモーティマーマウス。なんか言いづらく感じませんか。

モリトモ・マウス・・・。

考えに考えて作った名前みたいな、そんな印象受けますが。

ウォルト・ディズニーはどうやってこの名前を考えたのか?

それは、カバラゲマトリアを元にしてました。

 

モーティマーマウス

MORTIMER MOUSE

これもですね、さっきみたいにゲマトリアの数字に対応させて行くのです。

M 13
O 15
R 18
T 20
I 9
M 13
E 5
R 18

はいでてきました。これは、どうなってるのか?

ここで6がいっぱい出てきたら、もう確定です(なにが)。

13+15+18+20+9+13+5+18=111

なんか、111が出ました。しかし見事なゾロ目になってる。

ここでミッキーマウスのデビュー年をもう一度見ると、

1928年11月18日・・・

11.1=111

1+1+1+8=11

なんだ、デビューの日付を決めてたのかと。そんな疑惑も出てくるのですが。

 

しかし、これだけじゃなかったです。

ウィキペディアを見ると、

1112 = 12321 および 1113 = 1367631 もまた回文数である。

111 - Wikipedia

とあって、やはりここでもシンメトリーが関係していました。さらに、

6×6 の魔方陣の一列の和は 111 である。1から36 (= 62) までの数の和は 666 であり、それを6で割ると1列あたり 111 になる。

111 - Wikipedia

 とあって、111とは要するに魔法陣を利用すると、666になると、そういった具合で666が関係してました。

f:id:kl117cr233:20180312225402j:plain 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まとめると、

Mickey 66

Mickey Mouse 661 

Mortimer 111(魔法陣で666) 

デビューの月日 111(魔法陣で666)

イルミの13と数字の最後の9

 

ウォルト・ディズニーは、このへんを意図して、命名してたんではないかと。

ディズニーが神秘主義なのは事実と思いますが、悪魔崇拝なのか、終末思想なのか、わかりませんが。

もしかして俺の運命にも、関連してるのかと、思うところがあり。それは何かはまた別の話で。全部計算ずくで。もずくは酢で。

 

関連記事

気になる映画「予言」と俺にまつわる数字

 

 

人気ブログランキング

 

石の宝殿は出雲と聖徳太子の矢印だった

ホームレスになりたい。

世界の基準に自分が合わない。

 

f:id:kl117cr233:20180309003131j:plain

 

生石神社(おうしこじんじゃ)の、石の宝殿。

 

日本三奇と呼ばれる、昔からの謎めいた名所でした。

日本三奇

鹽竈神社塩竈(でかいおかま)

・生石神社の石の宝殿(てれび石)

霧島神宮の天の逆鉾(変なほこ)

日本三大一覧 - Wikipedia

確かに奇妙。 

 

○いつも助かっております

 

 

 

大国主物部氏が造ったとつたわる

 

これ、浮いてるように見えるので、昔は浮石と呼ばれたりしたそうです。1970年頃からのテレビ時代になってから、テレビ岩なんて洗脳された人が続出したとか。神社の社殿の裏手に廻ると、背面のほうが突き出した形状になっているので。

昔から、尖った屋根の建物を、横倒しにしているのだと言う話です。これは大国主と少彦名が造っていたが、完成間近で放棄したとか、聖徳太子の頃に、物部守屋が造ったとされているとか。

文献に登場する時期からみて、7世紀頃に製作されたと考えることができます。

生石神社 - Wikipedia

  

聖徳太子の縁地をつなぐモニュメント

 

パッと上空からの写真を見ると、これは矢印でしかなかったです。

前方後円墳の矢印、「前方向法則」が石の宝殿にも当てはまっているのではと。

 

 

f:id:kl117cr233:20180309012042j:plain

こんな感じかと。

つまり、「こっちの方向を見ろ」と言っているのですよ。

社殿の方角も同様。

 

 それで、図にしてみるとこうなった。

f:id:kl117cr233:20180310005326j:plain

この図からは、いろんなことが見えてきたのですが。

 

(1)聖徳太子関係

聖徳太子」という名前は、最近はなぜか厩戸皇子のほうに、強制的に変更されてますね。

聖徳太子は後の時代に名付けられた通称だから、とか言うらしいです。

それだと古代の「○○天皇」という漢風諡号も、後付だから禁止ではないですか。本来の「和風諡号」で呼ばないとおかしいのでは。 

 

それでこのライン、東の方を見れば、奈良県奈良盆地でした。

奈良盆地あたりには、かつて聖徳太子が建てた百済寺を中心として、北に斑鳩寺(法隆寺)、東に聖徳太子のいた飛鳥寺や、聖徳太子と縁のある入鹿神社、大阪府太子町の聖徳太子墓のある叡福寺。こんなふうな、聖徳太子関係の寺社がありました。

 

 西の方をみれば、兵庫県の太子町の斑鳩寺が完全に延長線上にあったので、「あ」と思いました。

生石神社と石の宝殿から伸びるラインが、東西の太子町と斑鳩寺を結びつけていたとは。

 

(2)大国主関係

 生石神社の石の宝殿は、伝説によれば大国主命少彦名命が作ったとか。

生石神社の主祭神も、大穴牟遅命大国主)と少毘古那命となっているので、出雲系の人々が建立した神社なのは、間違いないかと。

伝説に過ぎない話でしたが、このラインを見ると分かることがありました。線をたどると、西の出雲国に当たるのですね。ここは大国主少彦名命の本拠地で、出雲大社があります。かつての伝説は、この位置関係を知っている人がもたらしたのではとの疑問。

 

(3)建速須佐之男命の関係

 この石の宝殿からの延長線上には、やたら須佐之男命が幅を利かせてました。

西からスサノオの本拠地出雲、スサノオの拠点だったという須佐神社船通山はかつての鳥上山で、スサノオヤマタノオロチ退治をした場所。

石の宝殿近くでは須賀神社は、スサノオの拠点となった須賀宮の名。建速神社はスサノオの建速を持つ。おとなりに須佐男神社。

あと気になったのは、石の宝殿の反対側の奈良盆地の、飛鳥寺のあたりが鳥形山だったこと。西の鳥上山に対する東の鳥形山で対応してるのかと。

 

 

牛頭天王と蘇民将来伝説

 

生石(おうしこ)神社は牡牛子神社なのか

 

あと、これは想像ですが、生石神社は生石と書いて「おうしこ」と読むのは変だなと思ってたのですね。

しかしスサノオ本地垂迹牛頭天王であり、牛であるとすれば、なぜ神社の社殿と石の宝殿で、須佐之男の関連地を示すのかの答え、出ますね。

生石(おうしこ)は「牡牛」を含み、「王牛子」なのだとすれば、スサノオ牛頭天王を現しているわけで。

元々やはり出雲系の神社だったから、大国主スサノオをあわせてるのかと。

 

なんで出雲に聖徳太子が関係するのか

 

じゃ出雲系の人々が社殿を建てたのであれば、生石神社と石の宝殿はなんでやたら聖徳太子が関係つけられてるか?

というのはですね、これが実は、聖徳太子の思想とか、信仰に関係してたからなんじゃないかと。思われるわけですが・・・。

出雲っていうか、そもそも大国主の神話は大陸方面から来ていると考えられるので、そこに聖徳太子が感化されていると考えられるわけなんですね。

まぁ、コレ以降は大陸の話になってしまうので、話が長くなるのも面倒なので、おしまい。

  

人気ブログランキング