たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

袈裟襷文銅鐸の暗号解読すると出てくる神仙思想と易経の叡智

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

ビリビリビリ(袈裟が破れる音)

 

国宝で、香川県から出土した、袈裟襷文銅鐸というのがあるのです。

紀元前2世紀か、紀元前1世紀の頃のものだとか。

 

香川県の袈裟襷文銅鐸、絵が自由に使えればと思ったのですが、そんな絵がないようだったので。いつもの通り、ネットで見つけたものを模写しました。

弥生文化ってなぁ〜に?(14)男の仕事と女の仕事〜その1 ( 人類学と考古学 ) - 原始人の見聞 - Yahoo!ブログ

模写すれば一応、無断使用ってことにならないので。

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 これが香川県の袈裟襷文銅鐸の線刻を、自分で模写した絵。

兵庫県のほうの袈裟襷文銅鐸の絵とは、絵柄がちょっと似ているのです。だから当時は伝統的に技法を受け継いで、各地の絵師に繋がりがあったのかと。

 

袈裟襷文銅鐸 けさだすきもんどうたく

世界大百科事典内の袈裟襷文銅鐸の言及

…古段階を経て中段階にいたると部分部分によって飾る文様がかなり定まっている。身を飾る文様は銅鐸の文様を代表するものとしてとらえられ,身を横帯2帯以上によって区画したものを横帯文銅鐸(最古・古・新段階),横帯と縦帯とを交差させて田字形の4区(最古~中段階),用字形の6区(中~新段階)に身を分けたものを袈裟襷文(けさだすきもん)銅鐸,流水文を満たしたものを流水文銅鐸(古~新段階前半)と呼んでいる。なお,ほとんどすべての銅鐸の身の文様は,鋸歯文と3線以上の直線文とから成る下辺横帯によって下限を画されている。…

袈裟襷文銅鐸(けさだすきもんどうたく)とは - コトバンク

 

国宝、袈裟襷文銅鐸。

弥生時代の農耕社会や生活環境を知るうえで貴重な資料であるが、その解釈についてはさまざまな説があって、銅鐸の用途、埋納の理由とともに現在なお謎が多い。

袈裟襷文銅鐸 - e国宝

 

これについて、ずっと以前に気づいたこと。

今回はこれの左半分について。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

千鶴万亀

 

昔の人は目出度いことの象徴として、なぜかやたらと鶴と亀を使いたがった。

かごめかごめの「籠目歌」の中でも「鶴と亀がすべった(統べったか滑った)」と書いてる。

千鶴万亀(せんかくばんき)なんて書いたりしました。長寿を祝う時の、目出度い象徴だったりしますが。

実はこれ、古代の紀元前の中国から、すでに使われていたんですよ。それが、弥生時代中期の倭で用いられているんですよ。

 

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まずこの中央の青枠のところ。右側はサギじゃないかという説もあったのですが、どうも鶴みたいでした。サギとかいう詐欺でした。

なぜなら左側に亀がいるということは、相対するのは鶴しかないってことなので。首が長い鳥なので、鶴でもおかしくないです。

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右の鳥がどうしても鶴だというのは、この枠だけ2つの同じ動物が描かれていて、どうやらこれは「夫婦鶴」なようだから。

昔から鶴は、夫婦で一生を添い遂げると知られた鳥で、「夫婦鶴」も縁起物とされました。

あとこれも忘れてならないところですが、古代の中国では神仙の思想がありました。仙人が移動する時の動物として、鶴と亀が使われてたりしたそうなのです。

千鶴万亀とは、元々は「鶴歳千歳亀歳三千歳」と言ったのに、長いし面倒だからと簡略化したもの。

要するに真ん中は、全体としてお目出度い枠だったのです。

 

 

易経八卦

 

次ですが、日本に占いや風水に使われる易や八卦が入ったのは、飛鳥時代奈良時代だと思ったりしませんか。しかしどうも違っていたようです。

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この左下ですが、ここは2枡合わせて、倭の占いについて記してあるようです。

 

亀というのは、古来より甲羅が占卜(せんぼく)に使われた動物でした。

それで、じつは「未来を予知する動物」と、紀元前の中国で言われてたのです。

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あと左下のトカゲです。これも実は占いに関係してました。というのも、トカゲを漢字で書けば蜥蜴で、「蜴」は虫偏に「易」。易は古代の易経で占いのことだから、まさに亀と蜥蜴がセットなのは占いコーナーだったというわけです。

 

 

 易経八卦

 

次に一番下について。

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左側が易、占いコーナーだったので、右側もなんか関係してるのは明らかでした。

右の構図は、普通に見れば「犬を駆使して、いのしし猟をしてる場面」なようです。しかしこれはあくまでも普通の見方なんです。

 

絵に意味を持たせて漢字に関連付けている傾向は、これもおんなじでした。

犬と猪という組み合わせは、別の漢字で書けば「戌と亥」、「戌亥」。

戌亥は、八卦では北西の方角にあたり、日本では漢字一字で乾とも書いていました。

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左側が易・占いで、右側が戌亥=北西の方位

ということは、まさに古代の中国人がやってた易・八卦の要素を並べてるってことなんですよね。

ちなみに、方位はここだけなので、銅鐸をつくった集団が、北西方向からやってきた という意味合いが込められているかもです。讃岐(香川)の北西といえば大陸の、半島か東北平原あたりですね。

 

古代の中国人がもたらしている思想

 

弥生時代の紀元前2世紀~紀元前1世紀の時代です。

銅鐸に「千鶴万亀」「仙人」「夫婦鶴」「易」「八卦」が含まれていることの意味は、もうわかりましたね。

古代の中国人の思想が、明らかに袈裟襷文銅鐸を生み出した叡智に関与していること。

あと、袈裟襷文銅鐸は、明らかに漢字を元に絵文字化していますね。これを描いた人、または描かせた人は、漢字をよく理解してる人です。

というのも、例えば「狩り」の絵を見てみると、5匹の犬が猪を取り囲んで、右側に弓矢を持った人が立ってますね。

実は「狩」という文字の意味を「学研漢和大字典」で引くと、

「まわりを囲んで逃げないようにし、動物をつかまえる。▽火で囲むこともあり、人や犬で囲むこともある。」

と、あるじゃないですか。

解字を見ると、

「守は宀(やね)+寸(手)の会意文字で、枠の中に囲んで逃げられないようにすること。狩は「犬+音符守」の会意兼形声文字で、わくの中へ動物を追い込んで逃げられないようにすること」

とあって、まさに犬で獲物を囲うことが「狩」であるから、袈裟襷文銅鐸の狩りの絵がその漢字の意味や解字をそのまま書いてるのが明らかなんですよね。

 あとは蜥蜴の「易」で占いを現し、同じ枠に占いの意味がある亀を配置していたりしますね。もう袈裟襷文銅鐸の全体で、おそらく漢字の意味を元にした、絵文字を描いてるわけなんですね。

そういうことがなぜ起こるのかといえば、むかし倭人が漢字を知らなかった頃、秦やら漢の漢字を携えて倭へ入ってきて、帰化した人々が、倭の言葉をひとつひとつ、漢字に置き換える作業をしていったんですね。それで絵文字を漢字の代わりにしてるというわけなんですよ。

袈裟襷文銅鐸に関与した人には、明らかに漢字に詳しい人、バイリンガルだったんですね。

 

 

 コポー 湯のみカエル

 

帰る

 

 最後にちょっと不思議なところ。一番上にある枠について。

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 一番上は、なぜか昆虫枠だったのです。

左からとんぼ、かまきり、あめんぼ。

ちなみに、○があるのは、銅鐸に開けられてる穴。鋳造の時にできる穴なのか、音を変えるための穴なのかと。

 

昔の日本にもこんな虫がいたんだな、へー。それで普通の人はおしまい。しかしここまで、なぜか中国の「千鶴万亀」「仙人」「易」「八卦」が入ってたので、これら昆虫もなんか意味があるはずなのです。

虫は元々は蛇、まむしを表す漢字で、それがいろんな動物を指す漢字になったとか。虫はちゅうだから、「虫国人」とでも言うのだろうかと思ったのですが、違いました。

 

これは昆虫の古語が、ヒントを与えてくれました。f:id:kl117cr233:20180415214755j:plain

むかしの倭人は、1つの昆虫にいろんな名前を付けてました。おそらく縄文時代からの呼び方や、大陸人からもたらされた呼び方が元になってますが。

ここに共通点を見いだしました。

 

かまきりの古訓が「カへタムシ」というのは意味が不明ですが、これは「帰った虫」ということらしく、ますます意味がわかりません。

右側のあめんぼですが、これ別名を水蜘蛛というのですが、実際はカメムシの仲間だっていうから、昔の人も適当でした。それで、あめんぼは漢字で「水黽」と書くのです。

「黽」はかえる、あまがえるの意味なので、やっぱり昔の人は適当なんだなと思ったのですが、しかしこれに意味があることに気が付きました。

 

「かえるが鳴くから帰る」とは、おそらく古代の倭人も言ってた言葉です。f:id:kl117cr233:20180415214936j:plain

見てみれば、真ん中のかまきりが「帰った虫」で、右側のあめんぼが「帰る」なんですよね。じゃあ左側のとんぼも、帰るに関係するに違いないと思ったら、「かげろう」がなまって「帰ろう」なのではないかと。これで「帰三兄弟」の帰宅系が揃いました。

 

かげろう「帰ろう」

かまきり「帰った」

あめんぼ「帰る」

帰るの五段活用

帰らない、帰ります、帰る、帰れば、帰れ

 

一番上の枠で「帰る」を現しているのは、何の意味なのだろうと思って辞書を引くと、

 

1・回って戻る

2・あるべきところに落ち着く

解字

女性が嫁いで箒(ほうき)を持ち、家事に従事するのは、あるべきポストに落ち着いたこと(中略)あちこち回ったすえ、定位置にもどって落ち着くのを広く「キ」という。

古訓・・オモムク(赴く)、トツク(嫁ぐ)

学研漢和大字典より

 袈裟襷文銅鐸を作った神仙思想や易経の知識を持った人、人々は、大陸から嫁いできて、倭に落ち着きました。

そのことを、どうやら袈裟襷文銅鐸の絵に含めたようです。いわゆる「帰化」ですが、新天地に向かうことを「帰る」というのは一見矛盾しているようで、正しい用法でした。

とすると、絵文字の全体的に、中国の思想で溢れ返ってていることと、完全に整合しているではないですか。

 

従来から袈裟襷文銅鐸は倭人が、倭の生活や身近なものを描いてる」とか言われてましたが、違いましたね。

正確には「大陸から倭へやってきた人々が、倭での出来事や、出身地(中国)や、自分たちの神仙や易経についての叡智を示し、このたび倭へ帰化できてお目出度いことだ」と描き残している。

 

たとえば兵庫県の袈裟襷文銅鐸の線刻画みたいな、倭人の線刻画は全国にいっぱいありますが、他の絵も、これと似たような意味が入ってるかと。 

あと、ここに書いたのは表の意味だけであって、籠目歌的な「裏の意味」にも気づいているのですが。袈裟襷文銅鐸の裏側(右半分)の暗号解読発表もまだですが、そのへんは、生きてればまたいつか。

 

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