369でミロクと読む
369とか書くと、日本人は自動的に「ミロク」と読む。
これはよく知られた語呂合わせ、言葉遊びです。いつから369をミロクと読み出したのかは定かではありませんが、、6世紀の仏教伝来の頃かもしれないです。
何しろミロクとは、6世紀に日本で信仰され始めた弥勒菩薩のことなので。
元々紀元前にイランで信仰されたミスラ(ミトラ)が、仏教におけるマイトレーヤになったという流れが定説。ミスラは古代中国では弥勒菩薩と表記されました。
弥勒という存在が6世紀以降、聖徳太子の広隆寺を始めとして日本で信仰され、弥勒の読みがミロクであると世間に浸透したのは事実です。
そこで、どこかの誰かが「ロクは三六九と同じ発音だ」と気づくのは、あっておかしくないことでした。
多くの現代人が369を見てミロクだと認識できるように。
○いつも助かっております
弥勒の世の到達と567(コロナ)
6世紀の敏達天皇の治世に、百済から弥勒菩薩が伝来しました。敏達天皇は弥勒を迎えるための大法会を開き、蘇我馬子は仏殿を建てて祀ったのだとか。
それ以来より弥勒信仰は皇室に定着し、聖徳太子が広隆寺で本尊として祀り、7世紀には近江は大津の園城寺(三井寺)に、天武天皇が弥勒菩薩像を贈呈する出来事もありました。
ところで弥勒菩薩について調べると、56億7千万年という途方も無い数字が現れるの、知ってますか。
弥勒は現在仏であるゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の次にブッダとなることが約束された菩薩(修行者)で、ゴータマの入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされる。
これ、本来は5億6700年だったのが、いつしか56億7千万に変わったとか。・・・あるいは56億7千万というのは、途方も無い年月を表すだけだとも。
しかし大本の出口王仁三郎は、この弥勒の世、世の建て替えは億年を待たずして、まもなくやってくると予言してました。まぁ俺は新興宗教の信者ではないけれども、未来を語る予言みたいなものは、よく調べています。
岡本天明による「日月神示」の中でも、ミロクの世はすぐ来るものだとか書いてました。
ちなみにその弥勒の世に行ける人間は「御魂磨きをした者」に限られ、世の中の三分の一だけが行ける場所であるとか。
俺は自分が聖人君子とはまるで思わないので、死ぬやつに含まれてても別に良いや、と思うのですが・・・。
日月神示を信じるなら、普段から集ストで盗撮ハッキング三昧やってる頭のネジ飛んだ人には、弥勒の世はまるで縁のない話だったりするんじゃないかと。
この弥勒の世にもう入りつつあるというのを証明する出来事が、日本で色々起きてます。
世界を席巻するコロナ禍も、そのひとつだとか。
なにしろコロナは567(ころな)であり、弥勒菩薩が現れる567の年月に符合してるではないですか。
369は567の類語、共起語みたいなものなんですよ。
と思ったらこれ気づいてる人が他にもいたようなので、詳しくは書きませんが・・・。
皇居の不思議な予言
いまの東京の皇居が正式に誕生したのは、江戸城跡地が東京城と命名された1868年、あるいは明治天皇が初めて東京城に滞在した、1869年のこと。
この時に出口王仁三郎は生まれておらず、大本も日月神示もメートル法も存在しませんでした。
それより以前に明治天皇が住まいとしていたのが、京都市の上京区にある京都御所。今も京都御所は、東京の皇居と並んで正式な皇居と見なされることもあるとか。
で、なんで突然な感じで京都御所と皇居とメートル法が出てきて、タイトルのように369(弥勒菩薩)が関連してるのかと、謎は深まりますね。
じつは、日本の象徴である天皇陛下、あと皇居。
これにミロクが関係してると、気づいたからなのでした。全てはどっかの神様の導きによるところ、運命、宿命なのかと。
京都御所から、皇居までの距離を測ってみる。すると、
距離、369.00km
ミロクkmが出てきてしまうという、ことなんですけど。
不思議な感じなのは、日本がメートル法を導入する以前に、369kmという数字が既に確定してたことです。
・1868年(明治元年)皇居の誕生(この時に皇居間が369kmとなる)
東京の皇居ができるかどうかも定かでないのに、まるで決まってたかのように369kmだった。
弥勒菩薩は敏達天皇の頃に百済から日本に入って以来、敏達天皇、聖徳太子、天智天皇、天武天皇ら、歴代天皇と皇室が特に崇拝した様子が語り継がれています。
古来より天皇は現人神と呼ばれ日本の象徴と呼ばれる存在で、弥勒菩薩を信仰してました。
その後皇居が東京に移る際、369kmでミロクが現れたということで、なんか意味深?。
末法の世に現れるという、弥勒菩薩。2019年より「0」の時代が始まり、これが日月神示が言うところの、弥勒の世の始まりでもありました。
こういうのは全てが偶然として片付けてしまっても良いですが、不思議な縁や運命・宿命の存在を表すような気がしますね。
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