以前から申し上げてますが、俺は引きこもりが基本な世捨て人です。こんな絶望的な世界で高原に住んでいますが、近頃体調悪い・・・。
べつにいるみなていとか、ふりいめいそんとか、新興宗教の信者でもないし、中国人や韓国人でもないです。イニシャルはE・Tなので、宇宙人かもしれませんが(^o^)・・・。
このブログは思いつきや想像をまとめてる、そんな感じです。今回は日ユ同祖論の話ではよく知られている、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)で気づいた話。
○いつも助かっております
八尺瓊勾玉とマナの壺
勾玉(まがたま)が壺なのかと、ずっと考え続けてました。
あ、これは日ユ同祖論でいうところの、天皇の三種神器と古代イスラエルの契約の箱の神器の比較に関する話です。
三種神器 契約の箱
草薙剣 アロンの杖
八尺瓊勾玉 マナの壺
こんな対応。
草薙剣とは、スサノオが八岐大蛇のしっぽから取り出した神器。契約の箱に納められたアロンの杖に特徴が似てる話は以前しました。
アロンの杖=草薙剣
アロンの杖が神による十の災いを起こすスイッチであるなら、草薙剣と同じ場所に納められた八尺瓊勾玉も、人知を超越した存在として記録に留められておかしくないですね。
その勾玉の正体が、日ユ同祖論では、マナの壺であると囁かれていました。ほんとかと。
マナの壺というのは、「旧約聖書」の出エジプトに登場する神から授かったアイテムです。普段は契約の箱に納められたと記録にあります。
このマナの壺、日ユ同祖論では日本に渡来していたと真しやかに言われます。
飛鳥昭雄・三神たけるの著書によれば、それは「日本書紀通釈」なる書物に関係しているとか。5世紀に実在した雄略天皇にまつわる伝承が、その核心でした。簡潔に言えば、
天下に朕が開き見られざるものなしと宣(のたま)いて、この黄金のつるべ、すなわち甕(かめ)の口を開かせ給いたるに、中より白い煙が出でたるより、畏みてこれをもとのごとく密閉しめたり
そう記してあるとか。簡単に言えば
金の壺の中を見たらけむりが出てきたので驚いて閉めちゃった
歴史上でこんな記録が残ってたというから驚きます。
浦島太郎は雄略天皇の頃の人でしたが、浦島太郎といえば玉手箱です。この二人、どうやら面識があるようでした。
・浦島太郎が竜宮城から頂いた玉手箱
・雄略天皇が覗き見た箱の中の金の甕。
・どっちもけむりを出す
・浦島太郎と雄略天皇は同じ時代の人物
つまり浦島太郎の玉手箱の謎の煙は、金の甕から発生したもので、玉手箱と金の甕は同じものであろうと判断されています。
玉手箱の玉手とは、玉に取っ手が付いた形を想起させますが、まさに壺のことではないですか。
煙を出す箱と言えば、雲を発生させる古代イスラエルの契約の箱。エジプトから脱出したモーセが、神から授かった神器を入れた聖なる箱でした。
その中にはアロンの杖、十戒石板と一緒に、マナの壺という金の壺(甕)があったと、旧約聖書に伝えられます。
だからまったく同じ、あるいは同種のものが、天皇家には三種神器として伝えられてると見れますね。それが八尺瓊勾玉という名前になったのは、なんでなのですかね。
勾玉は呪玉だったか
勾玉というのは読んで字の如く、ぐにゃりと曲がった不思議な玉。古代遺跡から見つかる勾玉は、陰陽のオタマジャクシみたいな形でした。縄文時代から古墳時代にかけての、装飾品と捉えられます。
日本神話にも、勾玉が登場します。それは天照大神が岩屋に引きこもった時、天照を外に出すため八尺瓊勾玉を榊(さかき)にかけた逸話からもわかったりします。
天の岩屋
(前略)布刀玉命は天香山の沢山の榊を掘り、上の枝には八尺瓊の五百箇の御統をかけ、中の枝には八咫鏡をかけ、下の枝には青や白の麻のぬさをかけて皆でご祈祷した
勾玉は縄文時代からの装飾品でしたが、魔力霊力の根元とか、霊験あらたかな御守り、象徴的な意味でも用いられたと見られます。
というのは通説ですが、別の意味合いを見いだしました。
「まが」は呪い(まじない)である
お呪い(おまじない)というのは古語で、神の力で人を幸福に導く人知を超越した不思議な力でした。
「日本書紀」を見ると、おまじないの言葉が載ってます。
彦火火出見尊が海神とであった時に釣り鉤(はり)を渡された時、
鉤(ち)を以て汝(いまし)の兄(このかみ)に与へたまはむ時には、詛(とご)ひ言はまく『貧窮(まぢ)の本、飢饉(うゑ)の始、困苦(くるしみ)の根』といひて、後に与へたまへ。(p170)
「此の鉤(ち)を以て汝(いまし)の兄(このかみ)に与へたまはむ時に、即ち貧鉤(まじち)、滅鉤(ほろびち)、落薄鉤(おとろへち)と称(のたま)へ」(p176)
(鉤とは釣り針のこと)
と呪いの言葉を伝授され、同時に潮満玉と潮干玉をわたされました。
この潮満玉と潮干玉は、願えば潮が満ち、潮が引くという洪水を自在に起こす不思議な玉。
「まぢ、まぢち」から始まるこの呪いの言葉は、まさに魔法的な現象を引き起こしたのでした。貧鉤という当て字はあまり意味がなく、「まぢ、まじち」という音そのものに、まじない、呪いの意味を見いだしました。
禍々しい(まがまがしい)とか魔が差すみたいな、恐ろしさをあらわす「まが」の表現と同じような。
根底ではネガティブな呪詛、呪いの方面に関係しています。
英語のマジックに対応する言葉で、中東のマギと関連が強いようです。
マギ
マギ(古代ペルシア語: 𐎶𐎦𐎢𐏁 - maguš、ラテン語: magi 複数形、単数形はマグス (magus))は、本来、メディア王国で宗教儀礼をつかさどっていたペルシア系祭司階級の呼称。
本来のマギと意味の変遷 ヘロドトスの『歴史』には、「マギには、死体を鳥や犬に食いちぎらせたり、アリや蛇をはじめその他の爬虫類などを無差別に殺す特異な習慣があった」と記されている。
これらの習慣はアヴェスターに記された宗教法と一致しており、彼らはゾロアスター教と同系の信仰を持っていたと考えられる。
アケメネス朝ペルシア史上では、王位簒奪者のマギであったガウマータを、ダレイオス1世が倒して王位に就いたとされている。
一方、キリスト教世界では新約聖書、福音書の『マタイによる福音書』にあらわれる東方(ギリシア語で anatole、当時はペルシャのみならずエジプト北部などその範囲は広い)の三博士を指して言う場合が多い。三人の王とも訳される。直訳すれば星見、すなわち占星術師であるが、マタイ福音書の文脈では天文学者と推測される。
やがて、マギという言葉は人知を超える知恵や力を持つ存在を指す言葉となり、英語の magic などの語源となった。これはマギが行った奇跡や魔術が、現代的な意味での奇術、手品に相当するものだったと推定されるからである。
何処かの段階で、中東のマギの概念や言葉が、古代日本にマギれ込んでいるかもしれないです。
だから勾玉(まがたま)の本来の意味としては、呪玉、呪詛玉なのではなかろうかと。元々「まがたま」と呼んだものに、呪玉ではなく勾玉と漢字の名付けをしたのだろうなと。
八尺は八呪である?
単純に八尺とは大きさを表すとか、繁栄を祈る「弥栄(いやさか)」に語源があるとかいいますね。しかし八尺には別の意味合いが元々あったと見られます。
まず、尺という字、これは異字体で「呎(しゃく)」と書くので、呪とよくにてる
呪
呎(尺)
八呎が「八の呪い」なら、なんだか「旧約聖書」の十の災いみたいな語感があったりします。十の災い、あれは契約の箱にはいってた、アロンの杖がスイッチになってました。
つまり八呪瓊呪玉。
契約の箱みたいな恐ろしい呪力を有したやさかにのまがたま。と解釈すれば、外れてもないような。縄文遺跡から見つかる、オタマジャクシ形の勾玉とは、まるで別物なのは確かです。
ヨシュアカナン呪い玉
日ユ同祖論的に解釈できるこの不思議な玉、じつは名前自体も、そんな歴史的な経緯を表す予感がしました。
やさかにのまがたま
yasakanino-magatama
八は「ヤー」で、ヤハウェを短縮したものとしても、おかしくないようです。日ユ同祖論が真実なら、日本の神の多くが八からはじまっているのも、その神の影響かと。
最初の八尺は「ヤシャク」とも読めるので、ヤシャはヨシュアかもしれないですね。
「旧約聖書」によると、神(ヤー)によりモーセの後継者とされたヨシュアは、紀元前1200年、マナの壺が入った契約の箱と一団を率い、カナンの地を攻略しました。
カナンとは今のイスラエルになっている土地です。
もし八尺瓊勾玉が、ヨシュアが契約の箱によりカナンを呪力で攻略した、記念の玉だとしたら。
↓
ヤサカニノマガ玉
↓
ヤシャカニノ呪(まが)玉
↓
ヨシュカナン呪玉
↓
ヨシュアカナン呪玉
・ヨシュア→ヨシュ→ヤシャ→ヤサ
・カナン→kanan→kanin→カニノ
・ヤー(神)→八
・まが(まじない・神憑り)→呪→勾
ヨシュアが契約の箱(マナの壺)の呪力によりカナンを攻略した、その出来事を言い当てる名前が、ヤサカニノマガタマかと。
ヨシュアカナンが訛って漢字の当て字して、今の呼び名があるのかと。
まぁ想像するばかりです。
関連記事