以前にスサノオがケツァルコアトルだったことを明らかにしましたが。それについて続きですけども。

ケツァルコアトルは、古代ナワトル語で「羽毛ある蛇」(ケツァル=鳥、コアトル=蛇)なんだとか。
中米のメキシコに14世紀頃にあったアステカ神話では、文化神、農耕神、風の神、戦いの神、蛇神、火をもたらした神、創造神と多彩な面をもっており、マヤ文明ではククルカンと呼ばれてたらしい。
人々に人身供犠をやめさせた神としても知られており、それによりライバルの邪神テスカトリポカの恨みを買って、罠にはめられ、トゥーラ(又はアステカ)の地を追われたとか。
その時に金星に姿を変えて天に逃れたとかも言われるので、金星の神でもあるようです。

一方で素戔嗚尊は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、須佐之男とも呼ばれる英雄神で、嵐の神、戦いの神、創造神、出雲の祖神、農耕神、海原と冥界を治めた神。
巨大な八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治したり、三種の神器の1つ草薙剣(くさなぎのつるぎ)を手にして邪悪をなぎ倒す神であるので、各地の神社では厄除けや疫病除けの神でもあったりしますね。
八岐大蛇が財務省のごとくに人々を生贄にしてお楽しみだったところ、素戔嗚尊が現れ、ヤマタノオロチを退治したとのくだり。これなんかケツァルコアトルと似てますね。
素戔嗚尊は一説によると、金星を象徴する神ともされているようです。それは素戔嗚尊と金星はどちらも戦いの神や農耕神の性格があったりと共通点があるためだとか。この点も金星であるケツアルコアトルと一致。
素戔嗚尊は数々の神々を生み出した創造神でもありますが、これも世界を創造したケツァルコアトルとの一致するところ。素戔嗚尊は嵐の神ですが、ケツアルコアトルは風の神だったことも共通してる。
あと気になるのが、和歌山県南部の熊野本宮大社で祭神になってる、家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)です。この神さまが素戔嗚尊と同一であると言われたりするんですよ。
「ケツの意味はシリませんでした」が、毛(種)を蒔いて森を造った神、樹木の神、食物の神とかいわれるようです。
素戔嗚尊と同一な上に「けつ」でケツァルコアトルと一致するのはなかなか興味深いところ。
戦いの神 戦いの神
農耕神 農耕神
家津美御子大神 ケツ
追放された 追放された
生贄を止めさせた 生贄を止めさせた
金星の神 金星の神
というふうに、素戔嗚尊はケツァルコアトルとの共通点が多くて、似た種類の神だったみたいです。
これがどうも偶然じゃなかった、というのは、ケツァルコアトルとライバル関係だった邪神、テスカトリポカを見ると分かります。
ヤマタノオロチ=テスカトリポカ
素戔嗚尊の最大の敵といえば、八岐大蛇(やまたのおろち)でしたが。
この八岐大蛇が、テスカトリポカに似てるとの想像ができたので考えてみました。

テスカトリポカはアステカ文明の夜の空、夜の風、北の方角、大地、黒耀石、敵意、不和、支配、予言、誘惑、魔術、美、戦争や争いなどを象徴する神らしいです。
多数の生贄を求める神でもあり、邪悪な側面が強い神ながら、人々に崇拝されてました。神話の中では、常々ケツァルコアトルと世界の支配権を争ってたようです。
ナワトル語で tezcatl (鏡)、poca (煙る)であり、「煙を吐く鏡」という意味だそう。
アステカの絵を見ると、非常にメカニックな感じのものがありますが、ジャガーの姿で描かれてるものもあり。

一方で8つの頭をもつ八岐大蛇は、8つの谷にまたがると言われるほど巨大な怪物だったとか、目はほおずきのように赤く、胸は常に血で濡れてたとか伝わってます。
八岐大蛇は鳥髪の斐伊川の地で生贄を求めて人々を苦しめてました。そこに高天原を追放された素戔嗚尊がやってきて、退治されたというわけです。滅茶苦茶でかいはずの八岐大蛇を倒せる素戔嗚尊ってのも、相当巨大だったという説がありますが。
この八岐大蛇の、テスカポリトカと似てる点をいくつか取り上げてみます。
八岐大蛇が居た場所は出雲の鳥髪山のだったんですが、「鳥=トリ」なのでテスカトリポカの「トリ」に一致してます。
八岐大蛇 鳥髪山 トリ
テスカトリポカ トリ
テスカポリトカ=夜の空と言いますが、広大な空間そのものを指す点でも、八岐大蛇と似てました。
八岐大蛇は8つの谷にまたがる巨大さであるがゆえ、その影により闇で覆い尽くしたわけなので、これがテスカトリポカ=夜の空に通じるところ。
そして八岐大蛇は生贄を求めて人々を苦しめてたんですが。テスカトリポカも生贄を求めていたのでした。
テスカトリポカは、ケツァルコアトルに生贄儀式を止められた、という点でも、素戔嗚尊に生贄を止められた八岐大蛇と一致。このへんもとても興味深いところ。
テスカトリポカが敵意、不和、戦争などを象徴するところも被ってます。
あとテスカトリポカは「煙を吐く」特徴があったんですが。実はこれも八岐大蛇と一致するとこあります。
素戔嗚尊が八岐大蛇を斬り殺したあとに、尾から取り出した剣が天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)でした。これが別名「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」で、天皇の三種の神器として伝わるものでした。
記紀神話によると、素戔嗚尊が八岐大蛇から天叢雲剣を抜くときに、煙が出たと伝わっています。つまり八岐大蛇は煙を出す怪物だったんです。天村雲命の「雲」も煙を表すようですし。この点でも「テスカトリポカ=煙を吐く鏡」に一致するところ。
またむかし名古屋の熱田神宮で草薙剣を祀る時に、剣から煙が出たとの伝承があるんですよ。どんな仕組みで煙が出るのかは不明ですが、化学反応を起こして煙が出る素材なのか、熱を発する素材なのか、機械的な仕組みがあるんですかね。
21世紀になっても天叢雲剣=草薙剣の正体はよくわかりませんが。個人的には「アロンの杖」と同じものじゃないかという説を出したりしてます。
この「テスカポリトカという名前、なんか日本語っぽいと思いました。
ナワトル語 煙を吐く=ポカ=poca
日本語 吐く=haku(ha音はpaになる)→pacu
ナワトル語 鏡=tezcatl
日本語 姿見(鏡)sugatami
te-z-ca-tol
su-ga-ta
日本語のhaはpaになる。kuはcuと書ける。すると吐く=hakuはpacu。
そうするとテスカトリポカの「煙を吐く=poca」と、日本語の「吐く=haku(pacu)」は語源は一緒ということになる。
日本語で雲など浮かぶものをpukapukaとオノマトペで言うのと、pocaは似たような感じもしますし。
それにナワトル語で鏡を意味する「tezcatol」は、なんか日本語の鏡の一種「姿見」と音が似てたりするし。
テスカポリトカ 煙を吐く=poca
八岐大蛇の「八岐」=吐き=haki(ha音はpa音になる)=paki
八岐大蛇の「八岐」って、もしかすると「八岐=吐き=haki=paki」とすると、名前も相当にテスカトリポカに似た要素があったことになるんですが。なんでこうなってるんだろ~か?
あと八岐大蛇は蛇ですが、「古事記」には「蛇(かがち)」という表現がある通り、鏡(かがみ)に通じますね。
そういえば古代エジプトでは、太陽神ラーの太陽円盤は蛇がぐるりと取り巻いている姿で、太陽円盤は蛇の鏡でありました。
だから「鏡=かがみ=かがち=蛇」は無関係じゃないんですよ。そういう意味でテスカトリポカが鏡だったことと、八岐大蛇が蛇であることは結びついてるなと思いました。
まとめるとこうなる。
八岐大蛇 テスカトリポカ
巨大、暗闇 巨大(夜の空)
邪悪、戦い、不和 邪悪、戦い、不和
鳥髪山(トリ) トリ
八岐=吐き=haki=paki 煙を吐く=poca
煙を出す天叢雲剣 煙を吐く鏡
蛇(かがち)=鏡(かがみ) 鏡
生贄儀式を主催 生贄儀式を主催
生贄儀式止められた 生贄儀式止められた
素戔嗚尊とケツァルコアトルの類似点も合わせると、かなり似てきました。
なんで似てるのか?
まァこうして比較すると、素戔嗚尊=ケツアルコアトルで、八岐大蛇=テスカポリトカな感じがしますよね。
比較神話学は詳しくないですが、世界中の神話には共通性があることは知ってます。
例えば日本に伝わってた、素戔嗚尊による八岐大蛇退治の神話。これは古代ギリシアのヘラクレスが、9つの頭をもつヒュドラを退治した神話と、そっくりなことが知られてます。
人類が一か所から世界に拡散していく過程で、神話も一緒に移動したことが、世界各地の神話が似てる理由の1つでした。
あとは時代ごとに、世界じゅうに外部からの渡来人が存在しており、現地と他所の神話が融合されたことも要因になってます。
縄文時代~弥生時代あたりに、日本列島から北米大陸に人の移動があった。その後もあったかもですが。その際に素戔嗚尊や八岐大蛇の神話も北米に移動したので、14世紀のアステカ文明でその神話が別の形を取りつつ定着したかもしれないです。
そういえばむかし、中米エクアドルで発掘されたバルビディア土器が、日本の縄文土器にそっくりで、縄文人がアメリカ大陸に移動した痕跡だとか言われるのも関係しそう。
あと南米の先住民の言語は、日本語に近いと言われたりしますし。
そういえば北米の古代の巨大遺跡って、日本の巨大古墳にそっくりなものがあったりしますし。神話、人種、言語、文化、建築様式あらゆるもので似てるところはあるのは当然かもしれんですね。
とはいえ日本独自進化した言語文化は、これ以上壊さないようにしてほしいもんですね。ちゃんちゃん。
ぽちされたすかり
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