たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

弥生時代の倭人は既に帆船を使ってたの鴨しれん

従来まであった「弥生時代に帆船なかった説」は、近々終わるかもしれんです。そんな話。

 

 

弥生~古墳時代には帆船がなかった説

 

長い間、「むかしの倭人の船はみんな丸木舟や準構造船だった」「帆船なかった」みたいに考えられてたそうです。

なにしろ帆船の現物はもちろん、帆船ぽい線刻画やら埴輪も、僅かしか見つかってなかったので。わたすも以前は無いんだと思ってました。

人類が1万年前から使ってた丸木舟は、大木をくりぬいた単純な小型のパドルボートで、日本では4000年前の縄文時代からあったそうな。

 

そして倭人の準構造船は弥生時代からあり、丸木舟に船体構造を付け、操作性や乗り心地を向上させたタイプ。

大阪歴史博物館 - Wikipedia 準構造船

古墳時代の巨大な船の埴輪は、準構造船の種類が幾つかあります。

そして帆で風を受けて動く、帆船が日本に初めて登場したのは、古墳時代の頃だったとか言われています。

 

 

しかし倭人古墳時代以前から帆船も使った説

 

そんな中で資料を漁ってたところ、倭人の船のなかに帆船ぽいもの見つけた。

 

上は広島県埋蔵文化財調査室の画像ですが、まぁこれは帆が描いてあるかもしれませんね。

帆とマストが風で変形した姿を描いていておかしくないですし。

https://www.harc.or.jp/gyouji/pdf/y2015/26kataru_shiryo.pdf

しかし公式には、帆船であるという説明はないです。

 

御陵遺跡の船の絵は、「旗」であるとの説明があったりしますし。やはり弥生時代に帆船は無いという認識みたい。

 

 

他の資料探してると、こんなのありました。

古墳時代の大型船に帆はあったのか」

https://researchmap.jp/read0156269/published_papers/1430394/attachment_file.pdf

 

この論文では過去の学者による「帆船があった説」を提示してます。

古墳時代前期から帆船があった可能性はあるけれども、証拠が乏しいので断言できない、という結論になってます。

 

威杖はマストとセイルである

 

あと三重県の宝塚1号墳(5世紀初頭)の船形埴輪を見ると、「王のもつ杖とされる威杖(いじょう)」というもの(¥形の物体)があるのですが。

https://x.com/t7a7t0o1/status/1866471533209940477

実はこれ、「小型のマストとセイル」だったりするかも知れんと思いました。

宝塚古墳 (松阪市) - Wikipedia

帆とするとサイズが小さい感じですが、船全体をデフォルメしているので、実際はもっと大きいのかもしれないし。

なにしろ「威杖」は「威」なので。

「威」で辞書ひくと、「人をおそれ従わせる勢い。勢力」とあり。

これは風の威力を受けて推進する杖状の設備だから、威杖と名付けたんではないかと。

たぶん杖とあるから木で作られた風受けで、軸を回転させて風向きに合わせ使ったみたいです。

まぁ威杖がマストと木製セイルの構造であるとは、専門家は誰も言ってませんけども、可能性はありそうです。

 

 

帆船の絵がある場所と年代まとめ

 

上の論文に登場した、2~6世紀の帆船らしき線刻画や壁画や埴輪、古文書の記録などをまとめると、以下のようになってました。

広島 御領遺跡 絵画土器(旗とされる) 2~3世紀

奈良 東殿塚古墳 線刻埴輪 3世紀末~4世紀初頭

岐阜 荒尾南遺跡 絵画土器 弥生時代古墳時代前期

京都 カラネガ岳Z号 4世紀前半

大阪 長原高廻り2号墳 船形埴輪(マストの穴付き説)5世紀前半

大阪 新池埴輪窯 円筒埴輪 5世紀中頃

熊本 ヤンボシ塚古墳 石室壁画 5世紀前半

大阪 今城塚古墳 円筒埴輪 6世紀前半

熊本 珍敷塚古墳 装飾壁画 6世紀

熊本 桂原1号2号墳 石室壁画 6世紀

日本書紀 神功皇后摂政前紀冬十月「則ち大きなる風順に吹きて帆舶波に随う」4世紀

 

日本書紀」の神功皇后は、私見では350~390年頃の統治だったと思われますので、古墳時代前期の帆船の記録です。

ここに三重の宝塚1号墳(5世紀初頭)船形埴輪などの、「威杖」はマストとセイル説も、付け加えたいところ。

 

結論としては「弥生時代に帆船あったかも」

帆船ぽい線刻土器があった東殿塚古墳古墳時代初期なので、弥生時代末期にはすでに帆船はあったかもしれんですね。まぁ今後の調査で、弥生時代の帆船の線刻画はみつかる可能性あると思いますし、今後に期待。

 

 

ぽちされたすかりまs

 

 

 

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