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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

トルコ語と日本語は似てるとか

 遠く離れた場所で用いられる2つの言語があって、それら2つの言語の中の、数十万もある語彙の中で数個~銃数個の一致が見られたとしても、それは単なる偶然の一致と認識されてしまうわけだけれど。

 例えば日本語とヘブライ語は良く似ているという、それは日ユ同祖論の中で語られる話ですが、一般的な認識としては「距離が遠すぎるし、顔も似てないし、文化も違うし、古代の日本に聖書はなかった。たまたま似てるだけだ」という一言で論破され、トンデモ扱いされてしまいます。

 もう一つ、遠方の言語と日本語が似てるとされる例には、トルコ語と日本語は似ているという説があるらしい。トルコと言うとイスラエルと同じく、直線距離にして8000キロも離れているので、一般的通念としては、「トルコ語と日本語が似てるのは常識的にありえないわよ、偶然の一致だ」という見解と思われます。

 しかし歴史的に見ると、トルコ系言語語を用いる民族は2世紀の段階で「東アジアまで到達していた」んでした。

 トルコ系言語を用いる国は、現在は中央アジアまでであると知られます。「突厥(テュルク)諸語」と呼ばれる同一言語を用いる諸国は、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギスなどにあり、モンゴルやシベリアのツングース族の言葉などひっくるめアルタイ語族ということです。

 

 2~3世紀の段階でアジアに存在した、トルコ系人種・トルコ系言語と見られる国は、その出自を示すためなのか、国名を「turk」っぽくしていたと思います。そのturkっぽい歴史的国家・部族名を調べると、以下の通りです。

トカラ(tochara)・・・中央アジア、ウズベキスタン
丁零(teirei)tu-rk→tei-rei・・・シベリアのバイカル湖の南と、アラル海東北。
弁辰(弁韓)の瀆盧國(duklo)・・・韓国の南部。
契丹の吐六部(toluk)・・・モンゴル・中国内蒙古自治区附近か。
匈奴の東胡(tunhag)・・・モンゴル・満州の平原・砂漠地帯
鮮卑の拓跋部(takbuat)・・・同様

※以上の漢字は上古(周・秦)音を基底としたもの

 

 ということで、トルコ系民族の流れは極東まで到達し、実は倭へも入っていたよう

 なのですが・・・。それは実は日本人のDNAや、記紀神話からも読み取ることが可能なのですけれど。

 ここでは、トルコ語と日本語は似てるかどうかということなので、言語を比較対象として考えてみます。言語学を専門に学んだ学者ではないので、あくまでも素人による見解なわけでして。

 

単語  発音    トルコ語
陵   misasagi  mezar 
岳(山) take    dağ
嶺   mine    mayın 
鐘   kane    çan
蟻   arinko   karınca
蛙   kaeru    kurbağa
蟋蟀  koorogi  kriket
疫   eyami   ayak
良い  ii     iyi  
嗅ぐ  kagu   koku
暗い  kurai   karanlık
生る  naru    null
得る  elu    almak
癒す  iyasu   iyileşmek
ぼやけるboyakeru  bulanıklık
切れ目 kireme  kırmak
勝ち  kachi   kazanmak
負け  make   
yenmek

 

また、意味は若干異なるが十分通じるものとして以下のものがあった。

単語  発音    トルコ語
被る(かつら)katsura katlanmak 
地(地面)chi(jimen)  zemin
逃げる  nigeru  kaçmak 

 

 地面はトルコ語で「ゼミン」という。日本語の地面という熟語はいつからあったのだろう。明治時代頃に近代熟語が日本で作られ、中国や韓国にも輸出されたのであるが、地面もその範疇かもしれない。その場合偶然似通ったことになる。

 日本語の「被る」はトルコ語で「カトランマク」で、「カトラ」が日本語の「カツラ」に対応している。カツラというのは「被る」ものだからだ。

 妙なのは「逃げる」で、トルコ語では「カチュマク」となり、日本語の「勝ち負け」に対応している風に思える所です。逃げると言う行動は、時に「逃げるが勝ち」であり、逆に「逃げるは負け・敗走」でもあり、このトルコ語の逃げる=カチュマクは面白い言葉であるなと思いますが・・・。

 (尚、僕チンは、正しいトルコ語の発音を知りません)

 また暇になったら調べてみます。

 

おわり