読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

倭と韓。4

天孫降臨

神代の記述で、天つ神による出雲の国譲りが成立し、神によって葦原中国が平定された後、瓊瓊杵尊(ににぎ)の天孫降臨へと繋がっていきます。

日本書紀では天孫降臨の直前、瓊瓊杵尊を案内しようとする天鈿女命(あめのうずめ)らの前に、猿田彦大神が現れます。猿田彦は、「瓊瓊杵尊は、日向の高千穂のクシフル峯に向かう」と宣言し、瓊瓊杵尊はそのとおりに、天児屋根、天太玉ら諸々の神を率いて、高千穂のクシフル峯に降り立ちます。

ひむか神話街道というサイトによると、高千穂地域には瓊瓊杵尊に縁のある天香具山があるようです。
以前香具山は奈良と福岡にあると書いたんですが、宮崎にもあったみたいです。他にもあるのかも・・・。

この瓊瓊杵尊の天孫降臨とよく似た話が、韓国にも残されてました。13世紀の高麗の史書「三国遺事」で、要約すると、6つの卵が天から亀旨(クジ)峰に降り、首露王を含む6人の伽耶の王となったという話です。

瓊瓊杵の降臨地は古事記では久士布流多気で、首露王の降臨地が亀旨(クジ)峰であり、共に天から降臨することから分かる通り、両者は元は同じ神話だったのではないかといわれます。

竹取物語

 今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに 使ひけり。名をば、さぬきの造となむいひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋あ りける。怪しがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる 人、いとうつくしうてゐたり。翁、言ふやう、「我、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。子となり給ふべき人なめり。」とて、手にうち入れて、家へ持ちて 来ぬ。妻の嫗に預けて養はす。うつくしきこと限りなし。いと幼ければ籠に入れて養ふ。・・・以下略

この話を要約すると、竹取りの讃岐爺さんが、光る竹の中に女の子を見つけて、連れて帰って育てて、大きくなったら男に求婚されるも全部お断り、やがて自分は月の出身だとか言い始めて、月から雲に乗った人が迎えにきて、空飛ぶ車に乗って行っちゃった。という話です。

『三国史記』新羅本紀・脱解尼師今紀によれば、首都金城の西のほうで鶏が鳴き、瓠公が調べると、金色の小箱が木の枝にかかっていて、小箱を開くと中から男の子が現れた。これが金氏の祖先、閼智(アルチ)の逸話でした。
別の条では金城は月城となっていますので、月というキーワードも一致してます。

竹取物語では、竹林での中で、光り輝く竹から女の子が見つかり、その子は月から来た設定になっており、
三国史記では、月城の西の林の中で、木に掛かった金色の小箱から、男の子が見つかったとなっています。
2つの話は話の骨格が共通しており、同じところにルーツを持つのではないかと思われます。

古事記の大年神の系譜のところには、香用比売(かぐよひめ)の名が見られます。大年神の系譜では、韓神、曽冨理神、白日神と、古代朝鮮半島にちなんだ神が連続して登場しています。
倭と新羅で共通にかぐや姫に似た話が伝承されてきているのと、大年神の系譜の古代朝鮮半島に関わる系譜のなかの香用比売とは、なにか関係があるかもしれないです。
ちなみに瓠公というのは新羅王に仕えた重臣で、元々は倭人だったということです。

ところで、中国四川省のアバ・チベット族に伝わる「斑竹姑娘」はこの竹取物語とよく似てるらしいです。伊藤清司氏は『かぐや姫の誕生 ― 古代説話の起源』(講談社、1973年)で、原説話が日本とアバ・チベット族に別個に伝播翻案され「竹取物語」と「斑竹姑娘」になったと推測した。(ウィキペディアより)

DNA

日本人のDNAには世界的にも特殊な、男系遺伝子が含まれてるそうです。その日本固有のY染色体のD系統の多い地域は、日本列島のほかにもあって、それはチベットだそうです。参考、Y染色体地図
朝鮮半島にはDが殆ど無いことから見て、竹取物語チベット由来の伝承であるとも考えられますけど、果たしてどうなのでしょう。