たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

崇神天皇=卑弥呼説の検証、狗奴国編

 本が出てから、あちこちの通販サイトをチェックしたんですが、確かに自分が書いて、出版社に出版していただいた本が並んでました。多くの本が並んでる中に自分の本があって、何故か子供の頃に、描いた絵が廊下に貼られた時のことを思い出しました。もちろん子供の頃の絵と出版した本は、まったく存在価値も意義も比べ物にならない程なのですけども。他人ごとのようでもあり、奇妙な感じです。

 先週、出版社のほうから連絡をいただきまして、「図書新聞」という新刊紹介の新聞のほうに、拙著の書評が書かれ、新聞は今週発売であるとのことで驚きました。なんか凄いことになったなと・・・実際の所、自分の本の評価は殆ど聞いて無いに等しいので、先行きどうなるのかと思った矢先の出来事でした。

 はっきり言うと、本が完成した時、「もうこれは別に売れなくても良い思い出作りになった」とか、「冥土の土産になった」と達観してたもので、新聞に書評が出ると聞いて、嬉しいという感情より先に「(いろんな意味で)俺みたいなのが、良いんだろうか」という不安な思いと淡い期待が交錯しましたけど。ともかく有り難く感謝申し上げます。 

 2年前までは未来には絶望だけしかなくて、死ぬことばかりが頭をよぎってたもので、なんか運命が変わったんだなと思ってるところでs。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 崇神天皇=卑弥呼+壱与について、最近新たに気づいたことがあるので、それを合わせて再検証します。

 拙著の中では、狗奴国の卑弥弓呼と武埴安彦は同一人物と捉えてるんです。魏志倭人伝内の狗奴国と卑弥弓呼に纏わる情報は大変少ないです。拙著の中では、集中力の欠如と意識の分散により、どうしても執筆時に記紀の内容の見落としがあり、ここ数カ月でその点に、新たに気づくことになったというワケです。。

f:id:kl117cr233:20121113042830j:plain

 表を見ると、なんで匈奴が関係するのかと思われると思いますが。狗奴国は、匈奴を意識した名前ではないかと思ってました。そのワケはいずれ書くとして・・・。

 匈奴を基準として、卑弥弓呼、武埴安彦(建波迩安王)の名前を比較しました。さらに狗古智卑狗と玖賀耳之御笠、出来事の比較、年代の比較をしてますが、魏志記紀の内容が、殆ど同一なことは明らかです。日本書紀の干支は、表の通り、普通に解釈すると合わないのですが、魏志古事記崇神天皇・卑弥呼の崩御年は、古事記が10年の誤差を見せるだけです。

 これが事実ならば、狗奴国は山城国=京都ということになりますが。拙著の中では、この前後の出来事もよく比較してますが、ここでは割愛しました。

 

 ところで、なんで匈奴か?それはいずれわかるかもです。