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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

「4000年前の地図発見」と話題になった古地図について

地名 中国

こんばんは。

なんか2012年に、「4000年前の地図発見」と、話題になったんですが・・・。

シャーロットの地図とかいう。

 

コロンブスより先に中国人がアメリカ大陸を発見した?4000年前にさかのぼる世界地図の秘密
2012年10月22日

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古代研究者のシャーロット・ハリス・リースは、父親が集めていた古地図コレクションから、古いアジア製の地図を見つけた。この地図は中国のものと思われ、そこには4000年前の世界が描かれており、アメリカ大陸の海岸線がはっきり描かれている。

シャーロットは、古代の中国人は、1492年にコロンブスがアメリカ大陸に到達するよりも、はるか前に船でアメリカに到達していたと確信している。その証拠として、アジア人とネイティブアメリカンしか持ちえない遺伝標識を引き合いに出した。

シャーロットの亡き父、ヘンドン・ハリス・ジュニア博士は、コロンブスより遥か前に、中国人がアメリカ大陸に渡っていたという説を唱えていた。1981年に父親が亡くなってからしばらく、地図のコレクションは、シャーロット息子のベッド下の箱の中に入ったまま忘れ去れていたが、最近その存在を発見。

地図に描かれたアメリカ大陸の精巧さに、ジュニアの説を確信したシャーロットは、その正当性を実証しようと、シャーロットは、2003年に弟と共にそれらの地図を米国議会図書館に持ち込み、数年調査した。

彼女の著書『古代世界への秘密の地図』には、アメリカ大陸中国人発見説を裏づける、DNA検査を含む圧倒的な証拠の数々を列挙している。シャーロットは、DNAのサンプルが移民の歴史全体を示していると説明し、これだけたくさんの証拠があるにもかかわらず、こんな大事なことがまったく論じられていない現実が不思議でならないと映像では語っている。

画像はこのサイトから拝借。

ほぇ~すごいな。と思って、普通の人はオシマイにするんですが、、

「じゃこの古地図に用いられてる文字は、甲骨文字なのかな~?」と疑問に思ったので、高解像度の画像は無いかな?と思って探したのですが、なかなか見つからなかったので、肩がこりました。

ところで漢字というのは時代によって、変遷したのはまぁ、中国人や日本人なら知ってるでせう。

「山(Mountain)」という文字は、以下のように変遷した。

甲骨(前17~前11世紀)殷代の漢字

金文(前13~前3世紀)殷代・周代頃の漢字

篆書(てんしょ)、戦国時代~秦代頃の漢字

楷書(漢代以降)

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というふうに漢字は変遷した。画像はウィキペディアにある。

だから4000年前頃というので、シャーロットの地図には甲骨文字が用いられているはずだと思った。

縄文時代の世界の地名が書いてあると思うと、ワクワクし過ぎました。

高解像度の画像がないかと探したら、こちらの英語サイトにあった。

拡大してみたところ、右上に

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あら、楷書で、繁字体・・・・・・。

これは、「天下全域總圖(天下全域総図)」と書いてる。

この時点でこの地図は、紀元前2世紀から現代にかけての地図であることがわかった。

 

他の文字はなかなか、ぼやけてよめませんが。でも読めるところがチラホラあり、

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真ん中のあたりを拡大すると、高麗がなんとなく読める。高麗は10世紀から14世紀の朝鮮半島の国家。

で、下の方に「大明海」とある。これは中国が明代(Ming dynasty)だったころの東シナ海の呼称。ちなみに日本でも当時、大明海の名が使われたことはあった。

明代は1368~1662年のことで、高麗の字があるということは、この地図の製作年は14世紀後半なのだろうか?

 

もう一つ仮説があり、「大清海」と書いてあるかもしれない。

その場合、清代(Qing dynasty)は1644~1912年だ。この時代は朝鮮半島李氏朝鮮時代なのだが。高麗の字を書いているのは、中国人にとっては朝鮮でも高麗でもどっちでも良かったということか。東方の日本列島の字は判読不能でした。

で、判読可能な文字はまだあった。

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これは上の方にあったのだが、「北」の文字とわかる。

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で、これは「南極(極南)」と「南」とあるのがわかった。

南極が確認された時代は、ウィキペディア南極大陸によると

かつて、「南の地」を意味するメガラニカ (Terra Australis) という大陸が空想されていた南極域に、公式に大陸が存在する事が確認されたのは1820年にロシアの探検家ファビアン・ゴットリープ・フォン・ベリングスハウゼン(英語版)とミハイル・ラザレフがボストーク号とミールヌイ号で行った遠征に端を発する。しかし、厳しい自然環境や、当時は資源が見つからなかった事、そして孤立的な地理条件から、19世紀中はほとんど歯牙にかけられなかった。

 

というわけで、やはりこの古地図は、清代の製作ということになって、海域の名称は「大清海」で、大正解でせう。

文字の形体が楷書であり、大清海であり、南極の文字があり、人類の南極到達年が1820年。

今から190年ほど前に作られた地図ということになるのでは。まあ清代の人が南極を知っていたなら、清代(1644~1912年)の製作ねんとなるでしょう。

他にもヨーロッパの海域が「地中海(海中地)」ぽく書いてあるとわかりました。

 

ということで、4000年前の地図の正体は、ふつうの古地図でした。4000年前という年代は、どういう根拠だったのか。なんか、がっかりした人のほうが多かったかもしれません。すみませんが。

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