たっちゃんの古代史とか

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現存最古の神社建築とは

最古の木造建築とは、奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺西院の建物郡ということです。これは日本のみで最古ということでなく、世界的に見ても、建築当時の形をそのままに残す、現存最古の木造建物です。

法隆寺が創建されたのは、聖徳太子の生きていた時代(仮に聖徳太子が実在したとするなら。聖徳太子秦河勝説もある)、607年とされます。

法隆寺西院伽藍の中でも、木造建築で最も古い建物とされるのは、いづれも国宝に指定されている、金堂、中門、五重塔、東回廊、西回廊となります。
現存する法隆寺の建物群は、日本書紀にも記される670年の火災の後、680年から700年頃に再建されたものらしいです。これらの建物は、中国・唐様式の仏教建築ということになります。

では日本古来の建築法である神社建築で、現存する最古の建物は何かというところが気になってくるところです。
どうやら定説では、国宝に指定されている、京都府宇治市の「宇治上神社本殿覆屋」が最も古い神社建築といわれているようです。この神社の創建年ははっきりしませんが、御祭神応神天皇ということで、創建年は5世紀中葉以降と思われます。
この覆屋はその名の通り、本殿を覆い風雨から守るため、平安時代後期の1069年から1184年頃に建立されたものです。

ところが最古の神社建築には別の説もあって、奈良県桜井市大神神社摂社、「大直禰子神社」の内陣、別名「若宮社」が古いのではないかともされます。内陣は奈良時代後期、恐らく760年頃の建築とされてます。外陣のほうは鎌倉時代前期の、1185年から1274年のものです。この建物は国の重要文化財に指定されてます。

ちなみに神社の名前にもなっている大直禰子とは、大田田根子という巫女のことで、この人は崇神天皇の時代に三輪の大物主を祀るために大神神社にやってきた人物です。

神社建築は仏教建築に比べても、創建当時の建物が全く残っていないようでした。これは古代に台風や突風、地震による倒壊、洪水による消失、不審火による焼失などが重なった後、再建されなかった為であるようです。

延喜式神名帳の中でも特に格式の高い、名立たる神社は日本中に数多くありますが、それらの神社の社殿でさえも、現存する社殿の殆どが、江戸時代以降の再建であるのです。

以下に、これまでに調べてきた、古い木造神社建築のうちの一部を、挙げてみました。

神社名と現存する木造建物の建築年代
(社殿に限る)
大神神社摂社大直禰子神社内陣 奈良時代後期(760年頃) 重文 奈良県桜井市
宇治上神社本殿覆屋 平安時代後期(1069年-1184年)国宝 京都府宇治市
神谷神社本殿 1219年(建保四)国宝 香川県坂出市
石上神宮拝殿 鎌倉時代前期(1185年-1221年)国宝 奈良県天理市
宇治上神社拝殿 鎌倉時代前期(1185年-1221年)国宝 京都府宇治市
新宮熊野神社長床(拝殿)鎌倉時代前期(1185年-1221年)重文 福島県喜多方市
厳島神社本社本殿・拝殿・幣殿 1241年(仁治二)国宝 広島県廿日市市
厳島神社摂社客神社本殿・拝殿・幣殿 1241年(仁治二)国宝 広島県廿日市市
泉穴師神社摂社住吉神社本殿 1273年(文永十年)重文 大阪府泉大津市
白山神社拝殿 1277年(健治三)重文 京都府宇治市
大宝神社境内社追来神社本殿 1283年(弘安六)重文 滋賀県栗東市
志那神社本殿 1298年(永仁六)重文 滋賀県草津市
石上神宮摂社出雲建雄神社拝殿 1300年(正安二)国宝 奈良県天理市
石田神社境内社恵比寿神社本殿 1311年(延慶四)重文 京都府綾部市
荏柄天神社本殿 1316年(正和五)重文 神奈川県鎌倉市
春日神社本殿 1319年(元応元)重文 滋賀県大津市
宇太水分神社本殿 1320年(元応二)国宝 奈良県宇陀市

※重文=国の重要文化財
これらは国指定文化財等データベースで公開されてます。