たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

天孫降臨から神武東征直前まで179万2470年

 179万2470年。

 日本書紀を読んだことがある人なら、この数字が何を意味するのか、気づいたかもしれませんが、これは初代天皇である神武天皇が、東征する直前に述べた言葉に含まれる年数です。

 神武天皇の発言を要約すると次のようなものでした。

「(前略)・・・天孫が(日向の高千穂)に降臨してから百七十九万二千四百七十余年になる・・・」

 天孫降臨というのは、高天原の神によって葦原の中つ国が平定され、日向の地に神の子孫である天津彦彦火瓊瓊杵尊(ニニギ)が高天原より降臨し、天皇の系譜に続く礎を築いたという出来事です。

 つまりニニギの降臨から彦火火出見尊(ホホデミ)、鵜葺草葺不合尊(ウガヤフキアエズ)の3代を経て神武天皇東征直前までの年数が179万2470年というふうに解釈できるということです。しかし179万年というのは、かなり長すぎるふうに思いませんか。僅か3代だとすると、一人あたり60万年余りということになって、「万」という単位が場違いで、ちゃんちゃらおかしいのは明らかです。 

 最初の人類が誕生したのが、今から200万年ほど前ということで、この天孫降臨とは、人類誕生の瞬間を示唆するのかと脳裏をよぎるものがありましたが、そんな大昔の原始人類から西暦720年まで口承が継続したとは思えないので、まず無いかと思いますけど。

 ちなみに現在確認されている最も最初期の人類は「ホモ・ハビリス」とかいう種族の方々だったらしいです。ウィキペディアの情報を抜粋してみると、次のようなヒト属だったらしい。

 ホモ・ハビリス(Homo habilis)は、230万年前から140万年前まで存在していたヒト属の一種。 "handy man"(器用な人)の意。中国語では「能人」という。

1964年、タンザニアのオルドヴァイでルイス・リーキーによって発見された。現在分かっている限り最も初期のヒト属である。容姿はヒト属の中では現生人類から最もかけ離れており、身長は130cmと低く、不釣合いに長い腕を持っていた。ヒト科のアウストラロピテクスから枝分かれしたと考えられている。脳容量は現生人類の半分ほどである。

 普通に見て、言葉も「ウホホ」な段階でしたでしょう。ホモ・ハビリス出現が天孫降臨なわけが無いですが、仮にホモ・ハビリスのことだとしたら恐るべき日本書紀です。日本人の先祖のみならず、人類が猿人から進化したとする進化論さえも、取り込んでいたことになるからです。古代人は人類が猿人から進化したとの認識を持っていたんですかね。

 ちなみにホモというのは同性愛者(ゲイ)の意味合いではないです。現生人類は「ホモ・サピエンス」の一種で、ここでのホモとは「Hominidae(ホミニド)」の略称で、ホミニドは「ヒト科」という意味らしいです。

 それにしても日本書紀古事記を読んでると、驚かされる記録が相次いで登場してきたりするので、なんか歴史書という括りを超越した書物なのではないかと、神秘思想をひしひしと覚えてしまいます。

  古事記の方を見てみると、日本書紀とはかなり差異が激しいことが分かります。古事記の方で天孫降臨を果たしたニニギの子ホホデミは、日向の高千穂宮に580年間住んだとあるのです。人間が580歳というのはまず不可能なことですので、このホホデミは複数の世代を習合した存在で有りそうな気がします。

 「竹内文書」や「宮下文書」といった、通説からは外れて学会では認められていない古文献では、鵜葺草葺不合とはウガヤ朝という数十世代の天皇が治めた時代であり、鵜葺草葺不合は複数の天皇が集合された存在であると書かれてるのです。このウガヤ朝の情報が、古事記ではホホデミの580年間の中に、摩り替わっているかもしれません。

 ホホデミとウガヤフキアエズは父と子の存在であると記・紀にはあります。宮下文書竹内文書などは偽書であるとの見方のほうが根強いらしいですが、記・紀編纂時に採用されなかった未知の記録を、これらの書物に治めた可能性もあります。

 でもウガヤ朝を含めるにしても、179万年は異常に長すぎますので、2470年だけを掻い摘んでいくと、整合する可能性が出てきますが、続きはまたいずれ。