たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

巨大組織が描く図章はぜんぶ同じだが、これが意味するものはフラットアースの形かもしれないと想像する

ますます何もかも上手くいかなくて、駄目になってるこの頃。

人間不信も加速する。同時に、地球が球形であるとの話も信じられなくなってきた昨今・・・。

 

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フラットアースの全体像を考える

 

フラットアースの証拠となるものは、暇があれば探していますが、例えばこんなサイトありました。

 

参考

フラットアース(地球平面説)を真面目に考えてみる | ツイッター『平和を愛する世界人』BOT、中の人(韓国在住36万双)が成功哲学・スピリチュアルを斬る

てっきり地球は丸いから、船は水平線の下に沈むもんだと思ったら。遠く離れても見えるとか。いう話なのですが。ほんとだろうか?

あるいはフラット地球がコップの水の表面張力のように、ゆるやかに湾曲しているならば、水平線の物体が沈んで見えるのは必然ともなるけども。

地球は「トゥルーマン・ショー」のように、人工的に作られた世界なのだろうかというのは、早く知りたいところ。

 

 

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これが一般的に普及している、フェイクかもしれない世界地図です。

日本に通る北緯35度のラインを真東にたどれば、アメリカ合衆国の西海岸。

しかしフラットアース説では、緯度経度線に合わせた東西南北という概念は崩壊します。フラット世界の中心にある北極の磁力だけが正しく、常識的な東・西・南の方角はぜんぶ出鱈目。

国連のロゴが示すフラットアースが事実に近いと仮定した場合、アメリカのニューヨークの場所は、日本の真北になる。

そして地球の形状は円盤型のまっ平ら、もしくは水の表面張力のような円盤型で半円形。その果ては、南極の氷の壁が360度に取り巻く形であるとか。

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自分で適当に作ってみました。

ではフラットな地面の下部は、どうなっているのか。

多くの想像図では、逆三角形の形状です。凸凹しているもの、なめらかなものなど、統一感はない。

北欧のユグドラシルは全体が樹木で、下部は木の根っこと円盤の形になっている。

古代インドのフラットアースは、半円形の地球の下に、巨大な像と亀が支えているという構造。古代エジプトでは大地の神ゲブが横になった姿(凸凹とした形状で山岳と低地や海をあらわす)。仏教における須弥山もまたフラットアースですが、これはほぼ円筒形といってよい形状。

ユグドラシル - Wikipedia

こうしたフラットアース的地球が、ホントなのだと仮定しますね。

その場合に真横からの形状を確かめるには、ロケットなどで宇宙に飛び出し、できるだけ遠くから地球を見るしかないです。たとえば月面などから。

国際宇宙ステーションから見た南極の写真や映像は見れるとしても、ホントかどうか自身のお目目で確かめようがない。以前に紹介したとおり、地球の写真というのはCGによる捏造されたものが多くなってると考えられるので。

 

 

巨大組織が描く特徴的な図章

 

こうして考えていると、本来の地球の形状を探すのは不可能かと思ってしまいました。しかし昔の平面な地図などを見漁っていると、ちょっと気づくことがあり。

実は21世紀で幅を利かせてる世界の企業、宗教、団体など巨大な組織は、ある1つのデザインに囚われているんではないか?と考えられるからです。

それは簡略化すると、クラゲやキノコのようなもの。

これが秘密の核心を示すものだから、昔から組織はみんな同じ図章を選んで使っているのかと想像するのですが。ではそれが何なのか、以下で紹介します。

 

・ルシファーのシジル(紋章)

最近まで知らなかったですが、サタニストが使うルシファーのシジル(紋章の意味)は、何故かこんな形らしいです。

上が真っ平らの三角形で、下に飾りがついた形状。上部の横線をフラットな地面とすると、全体像をあらわすのか。そもそもルシファーは地上に落とされた堕天使。ルシファーは大地を象徴するから、大地の姿を紋章にしているのは不思議ではないことですね。

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有神論的サタニズム - Wikipedia

 

・未来の宇宙船のデザイン

宇宙船をググってみると、こんな感じの未来の宇宙船が数多くデザインされていることがわかりました。

多くは平面の円形の下に、構造物がくっついてる。

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写真ACの画像

清水建設が描く近未来の宇宙ホテルも、まったく似たようなデザイン。

宇宙ホテル | 事業トピックス | 清水建設

何故この形にこだわるのか。

 

NASAロゴマーク

これ見たことあるかと思いますが。これも実は上記と同じコンセプトのように感じる。

NASA logo.svg

赤いV字をフラットアースの中心軸として、楕円形がフラットアースの地上というわけです。そして全体がルシファーのシジルに共通する形状です。

 

天空の城ラピュタ

有名なアニメ映画、天空の城ラピュタのお城は、ユグドラシル的なものだと見られます。

そもそもジョナサン・スウィフトガリバー旅行記の挿絵に登場したラピュタも、フラットアースをモデルにしたような形状。

 

エヴァンゲリオンの黒き月

映画のエヴァは全然見てないですが、黒き月というものがあるようです。高さが数万mもある物体。

これも何故か上記に取り上げた要素に似てるのは、偶然じゃない気がする。

 

デンバー国際空港の謎の壁画

オカルト界で謎と言われて、知る人ぞ知る存在な、デンバー国際空港の壁画。幾つもある壁画には、コロナ禍を予告するようなマスクだらけの絵まで含まれていたんですよ。

これらは未来予言の壁画とされている。その中に、奇妙過ぎる壁画があるのですが。

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なんかユグドラシルのフラットアースや、ルシファーのシジル、黒き月と同じものに見える。

上に付いた「エジプトの太陽の船」みたいな部分が、フラットアースにおける人類の住む世界、地面を示しているんではないだろうか。あるいは中央の山脈が地面なのかもしれない。

その上にあるのは、太陽と月。

中央の山脈は、地底の世界だろうか。山脈の下の部分は、地球を動かすシステムの根源かもしれない。やはりユグドラシルの巨大な世界樹と、構造的に似通う。

これがフラットアースを表すのなら、イルミナティとかの皆さんは、宇宙と地球のシステムを隅々まで熟知してるということですけども。

 

てなわけで、地球が球体ではない可能性は、或と思います。証拠がほかにないか、探してみよう。

 

関連記事

フラットアース の検索結果 - たっちゃんの古代史とか

 

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「あっ・・・」と思った動画。未来の予言、運命の操作

思わず「あっ・・・」と思ってしまう理由は、確かにある。

 

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何かを暗示するようなタロットカードと猫ちゃん。

 

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SF映画の頂点に君臨する不朽の名作「2001年宇宙の旅」(1968年)

 

これが1960年代に撮影されたとは。

 

 

 ステイウィズミー真夜中のドア (1979年)

 

これは1979年に発売され、昨年世界的にヒットした松原みきの1曲。

 

 

Toto Africa(1982年)

 

1982年に発売されたアルバム「聖なる剣」の世界的ヒット曲。

 

 

MISIA-BELIEVE(2000年)

 

ミーシャによる2000年のヒット曲。

 

 

the brilliant green - Hello Another Way -それぞれの場所-(2001年)

 

 

 

桑田佳祐 白い恋人達(2001年)

 

その翌年にでた、サザンおじさんのヒット曲。

 

 

ほんとにあった怖い話 赤い爪(2012年)

 

 ほん怖の2012年放送の、赤い爪。

 

 

世にも奇妙な物語 0.03フレームの女(2013年) 

youtu.be

 

 2013年の世にも~で放送された、オムニバスの1話。

 

 

 

TOTO 節水シャワーヘッド(メッキ) TH770

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ここに取り上げた映像が、なんか個人的に意味深なのですよ。未来予知、運命の操作に関連しているような。

分かる人は分かるかもしれません。ではー。

 

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生まれる前からの運命操作の痕跡探し

totoのAfricaを見てたら気づいた不思議な既視感

 

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地球を画像解析するとフラットアース説を信じたくなる

このブログの内容を、引用したいとのお話がコメントにありました。どうぞどうぞ。

さて、以前は難しかったギンプも、最近は使いこなせるようになりました。

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常々イライラ妨害をされつつ。

そんな時にふと、ギンプの高度な機能を使って、この地球の目に見えない部分が見えるかもしれないと思いました。今回はフラットアースの話メインで進めます。

 

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宇宙の探査機からみた地球とCG疑惑

 

過去に宇宙へ向かった探査機は、地球の映像を映し出していました。

古くは1966年のルナーオービター、1977年のボイジャーが撮影した、地球の写真が有名です。地球の姿を映した探査機はアポロなど他にも無数にありました。

日本でも2003年の小惑星探査機はやぶさ、2007年の月探査機かぐや、2010年の金星探査機あかつき、2018年のベピコロンボなどが、地球の全景を撮影していたようです。

その写真を見れば、地球は球体にみえる。これらの写真が地球球体説の明確な証拠と言われていまして、教科書にも地球は生まれた時からまん丸だと書いてあります。

たとえば2008年のディープインパクトや2015年のディスカバーは、地球の自転と月の公転を映し出していました。

 

ディープインパクト

 

ディスカバー

 

しかし世界の古代史とか研究者のわたくし個人的には、こうした宇宙探査機から撮影した最近の地球の写真は、コンピューターグラフィックスが多いと思っております。

 

特に近年は科学、歴史、医学まで、イルミナティの偉い人の意向を反映したフェイクばっかり。テレビのニュースから教科書まで、ほとんど信じてません。

俺の妄想のほうが、よっぽど信じられるかと思う(かどうかはあなた次第)。

人々はホントのことを、何にも知らされてない。バカにさせられてる。

というのはウイルスだのワクだのに関する、一連の世界的な出来事を見ても事実かと思われます。。

地球がまんまるだという話も、フェイクな可能性があるかと思います。

地球の写真といわれるものは、NASAなどでかい組織が見せてくれますが。

実はこんなふうに、何故か出鱈目なことしてるCGなのが明らかなんですよ。なんでなのか。

 

 

昔の写真を解析すると不可思議な構造が見える?

 

とはいえCGではなくて、期待できる本物の地球の写真も含まれているようです。それらを探して、ギンプで見えない部分を解析してみます。

 

サーベイヤー計画によるサーベイヤー7号

Earth from Surveyor 7 | The Planetary Society

まずこのサーベイヤーさんの高解像度な写真。

じっと未加工の写真を見ると、地球の影の部分に日照があるようです。しかしなんかいびつな形で、地球は球体ではないような印象。

そこでギンプの高度な色ツールを使います。「色相-クロマ」は、弱い色を強調する効果があるので解析に使えるので、これでちょっと見えない部分を見てみることにする。

すると、

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なんか変な形状が浮かんできました。明らかに球体じゃないです。クラゲやキノコみたいな。

地球はフラットアースというか、上半分は湾曲した半円形で、下側には何か巨大な未知なる巨大構造物がくっついているとでも言うのか。

 

つぎにアポロ8号から撮影された、高解像度の写真。

Photos: 50 Years Since Apollo 8 Showed Us 'Earthrise' - The Atlantic

ギンプのクロマツールをかけてみると。

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これはクロマの%を低めにしてるのに、地球の不思議構造がよく見える。なんか半円の地球のしたに、巨大構造物が並んでいるような。

これはクラゲで言うと、足が並んでるような感じだろうか。やはり影のところに球形が見えないし、球体には見えませんね。

 

 

クラゲ地球構造を表す絵

 

上に示したクラゲ地球の形状には、なにか見覚えがないだろうか。なんか古代インド、イスラエル、北欧などに伝わる、フラットアースの形状に似てるではないか。

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World Elephant - Wikipedia

古代インドでは上に半球状の大地があり、下部に大地を支える構造があるという。フラットアースは基本的にクラゲ地球の形だった。

 

あと思い出したのは、惑星探査機パイオニアの金属板の絵柄。

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パイオニア計画 - Wikipedia

この金属板は宇宙人が発見した時、地球人はこんなやつだ、ここから来たみたいな自己紹介が読めるという無料の特典です。

なんかヌーディストな男女が描かれている。いい年のおっさんが股間を見せつつ真顔で手を振ってるので、地球人はいつも裸のフレンドリーな変態だと勘違いされるのは確実だ。

それでおっさんの後ろに、なんか奇妙な図柄があるんですよ。ヨットを真横に倒したみたいな。これが探査機パイオニア10号のサイズだというのですが。

サーベイヤーが撮影した写真から導かれた、クラゲなフラットアースみたいですね。

そもそも金属板には太陽系が描かれているので、クラゲみたいな地球の形状をこれで表していてもおかしくないです。

 

あと国連やWHOのロゴマーク

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国際連合 - Wikipedia

これは上から見たカップラーメンみたいですが、国連のマークです。

地球が正距方位図法で、平面な円盤に描かれてます。それを取り巻く氷の大陸が麦穂の形で表されてるんですかね。

これがほんとの地球なら、人類はずいぶん巧妙に騙されてるわけですが・・・。

 

というわけで、地球の画像を解析してみると、ちょっとフラットアースを信じたくなってしまいます。こんな構造がもしホントだったら、地球とは神と呼ばれるような知的生命が作った人工世界ですよ。

フラットアース説については、そろそろ決定的な証拠が出て欲しいところです。

 

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南極点が撮影できない謎・・・に秘められたフラットアース説の答え

シュメール文明が記録した地球は「潰れた形」なのは何故か

 

 

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灰色猫が話題になってる

あのー、昔から灰色猫のキャラクター、使ってますが。

灰色は白黒の中間で、曇り空の色。

んで宇宙人の色で、俺じつはetなのでぴったし。

ちなみに灰や炭は、汚れた液体や気体の浄化作用があります。

なかなか有用じゃないですか、グレーゾーンだと言って悩むこともなかった。

さて最近はなぜか、灰色猫が目につくようになりました。

 

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カップヌードルのフタが灰色猫。

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カップヌードルを制覇した猫。ちなみに犬バージョンもある。

フタで飾りができました。

 

 

NURO光の灰色猫

光の猫がなぜ灰色なのだろうか。

 

 

球場猫

記事によると勝利の猫のようで。

 

 

木から落ちそうな猫に救出の手を差し伸べる男性、だけど…(動画) らばQ2021年10月26日 23:26

木から落ちそうな猫に救出の手を差し伸べる男性、だけど…(動画)

茶色?灰色?助けられた猫。

 

 

殺処分をまぬがれた猫

その2日後、助けられた灰色猫のニュース。

これは意味深・・・

 

 

子ネコ救出 2021年10月29日

 

その翌日には灰白猫が助けられた。

なんか連鎖してる。まるで超常現象のよう。

 

 

ついでにアライグマの救出 カナダのトロント2021年5月

 

 

 

といったふうに、灰色猫が話題になり、何故か助けられるニュースが多いです。

今後も灰色猫から目が離せません。

 

 

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古代人の遺伝子から21世紀のデータが出てくるのか。輪廻転生旅行ガチャの妄想

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人に発想できない想像妄想を発揮するのは、割と得意だったりするのですが。

仕事にならないですかね。俺の想像妄想を元に何かが作られるんなら、立派な仕事じゃないか。

しかし俺なんか嘲笑軍団に仕事妨害されたり、まともに相手にされなかったりで、駄目なんですけど。

今回の内容は、小説的な読み物として、見て貰えたら良いかも知れません。

 

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輪廻転生は旅行ガチャ

 

なんか先日どっかの旅行会社が、旅行ガチャっていう商品をやってました。

なんでも行き先がどこになるんだか、分からないみたいなのが、旅行ガチャらしい。

滅茶苦茶なご時世に、行き先不明な旅行ガチャができるんだなーなんて思っていました。

そういえば魂の旅行といえば、輪廻転生。

死後の魂はあの世にお出かけして天国地獄を経てから、別の肉体を介してこの世に舞い戻るなんていう話です。

輪廻転生は日本は元より、世界の国や宗教を問わず信じられている概念だったりするんですが。

その輪廻転生の行き先は、曖昧に現世とは言うけれども、時代は決められてないようです。

いつの時代に生まれ変わるのかは、わからない。輪廻転生とは、いわゆる霊魂の旅行ガチャ。

たとえば2021年に死ぬとして、近未来の2022年に新たに生まれ変わるというわけでもないです。西暦2500年代に生まれ変わったり、紀元前3世紀に生まれ変わったりする。

要するに人の霊魂は、タイムマシンで旅するように、過去にも転生する。

最近、時間は過去から未来へ流れるだけでなく、未来から過去へ流れるなんていう話を目にしました。時計は過去から未来へ一方通行なのに。

もしかして宇宙の時空間には、クラインの壺的な循環性があるのは当たり前なのかも。

 

 

ジャンクDNAとコロワクと人類デジタル化

 

以前に記事にしてたのですが。

人間の遺伝子のジャンクDNAというのは、霊魂についての情報が含まれるという話。

それなら幽霊とか幽体離脱みたいな現象が報告されているのは、そのジャンク遺伝子が関わっているからとして説明がつきそうなところ。

さらに妄想すると人間の遺伝情報には、輪廻転生前の前世のデータなんかも含まれているのかも。

そこで20世紀から強化されてる電磁波や5Gなどの電波や、人類に接種がすすむコロワクが怪しいんですよ。

表向きコロワクはコロナを治す、重症化や死を防ぐとか言われてますが、なんかそれだけの効果ではないようです。

ネガティブな効果としては、無駄飯食いを間引き、人口削減とまことしやかに語られてます。これが反ワク運動が活発化してる理由の1つですが。

そしてもう1つの効果は、人のデジタル化に関与することですよ。これ自分的には、パラドックス的な事実として受け止めてますが。

その人間デジタル化、じつは「人の霊魂の領域までカバーしてる」と想像するわけです。これは人間の間引きと共存する、電波やコロワクの役割なのではないかと。

 

俺はコロワクはうってないけども。じつはすでに、自分の霊魂精神までデジタル化してる想像はしています。

それは子供の頃から、思考の搾取をふくむ五感盗撮など色々酷いことを延々やられちゃっていることで、説明がつくわけですが。

まぁこれについては別の機会に詳しく述べます。

 

 

古代人の遺伝子から21世紀のデータが出る?

 

そうすると、これから世界では、こんな奇妙なことまでも起こってしまうんではないかと妄想しています。

 

現世のデジタル化した人間も、いずれ何らかの理由で死ぬ。死ぬと、輪廻転生をすると仮定します。

輪廻転生は未来にも過去にも、人工的な異世界にも転生するものと考えています。

例えば21世紀人が、西暦3世紀の卑弥呼の時代に輪廻転生すると仮定しますね。

すると電波やコロワクでデジタル化された人のDNAの人工的データが、西暦3世紀の転生先の肉体にも、刻まれたまんまになってるわけですよ。

それを見つけ出すと、こいつは21世紀から3世紀に旅行ガチャしたんだと分かるということです。

それによって輪廻転生が事実であると、証明されます。

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しかしそれだけではないんですよ。

まず21世紀の人間の霊魂と合わせ、精神や思想や文化技術に至るまで、超古代を含む過去に影響した可能性がでてくる。すると古代遺跡から出てるオーパーツを作り出してたのは、未来を体験した人間だった、ということで説明がついてしまう。

しかも、本来なかった遺伝子情報が、過去の人々にまで付けられていく。遺伝していくことになる。

つまり21世紀の人間(イルミナティ関係の偉い人と学者)が実質的に、古代から20世紀までのあらゆる故人に印を付けていた。未来が過去に、莫大な干渉をしてたことになる。

21世紀の人類デジタル化が、人類の過去の全てを塗り替えてしまうわけなんです。

 

あと、遺伝子には人の記憶だとかまで、含まれていると考えられるのですよ。人の記憶が遺伝するというのは、臓器移植をした人が元のドナー(提供者)の記憶を保持しはじめたり、性格や趣向までもドナーに似てくるという事例からも事実と想像できますが。

それを見ていくと、古代の出来事が実際はどんなだったか、観察できるんです、おそらくクロノスコープみたいな技術をつかって。

とんでもないプライバシーの侵害ですが。これは多分、平気で極悪キ○害になれてしまう人類ならやっちゃう、すでにやってるだろうなと。

20世紀にフィラデルフィア実験が起きた頃から、すでに空飛ぶ円盤やタイムマシンと共に、霊魂の輪廻転生などは研究が進んでいるのだろうか。

ともかく昔の人々の骨から、21世紀の情報が出てくるなんて奇妙すぎるではないですか、俺の妄想だけど。

人類デジタル化により、歴史の全てにマンデラ現象みたいなものが起きてしまうのは確実。科学的なイノベーションどころの話がじゃなかった。

これから過去の死人の骨から、21世紀のジャンクデータを抽出し、読み取る作業に没頭する研究が進むのかもしれない。

 

 

転生先は幾つもある

 

妄想ついでに、人間の転生先を紹介しておきます。

・地球の未来か過去のどこか

・地球以外のどこか

・人が生み出した仮想現実世界のどこか

・地獄的な場所(人工地獄をふくむ)

 

ちなみに、どんな姿で転生するかわかりません。人間かもしれないし、犬や猫や、架空世界の化け物かもしれない。

まぁ人間悪いことばっかりしてると地獄でずっと苦しむというのは、仏教の経典やヨハネの黙示録などに書いてあるようです。そうしたヨハネの黙示録的な架空と見られる出来事も、実は21世紀以降の人間が介入して起きる事実の反映だとしたら?

死後に天国のような場所に行くのか、地獄に落とされるのか、選別されてるのが今な気がしています。まぁ気をつけたいところです。

 

以上、全部妄想でした。

 

関連記事

既にシムシティと化した地球と、人類のシム化+仮想現実キャラ化がすすむ今

 

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隋書に登場する秦王国の場所解っちゃったんですけど

日本史上でずっと謎の土地といえば、秦王国が知られてたりします。

 

「隋書」で隋国が倭に派遣した官吏(使者)の裴世清(はいせいせい)が言うには、「其人同於華夏(その人(秦王国)は中国文化とまったく同じであった」と。

当時は遣隋使、遣唐使が中国と往来した影響で、大和朝廷を中心として日本には中国文化が浸透していました。「日本書紀」や奈良の神社仏閣などの建築物からも見てとれますが。全国の主要都市の施設は、この頃から唐風になってたとか。

・・・それはともかく、果たして秦王国とは、どこなのかと。

 

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秦王国

 

 秦王国(しんおうこく)は、『隋書』に倭の地域にあったとして現れる国または土地の名称。

概要

秦王國は『隋書』の「列傳第四十六 東夷 俀國」に現れる。遣隋使が持参した俀国(倭国)多利思比孤(『隋書』では多利思北孤)から隋の煬帝へ宛てた国書に現れる「日出處天子(日出る處の天子)」の文章の直後に記述されている。主に、中国地方西部[1]に比定されている。

 

明年 上遣文林郎裴清使於俀國 度百濟 行至竹嶋 南望聃羅國 經都斯麻國 迥在大海中 又東至一支國 又至竹斯國 又東至秦王國 其人同於華夏 以爲夷州疑不能明也 — 隋書 列傳第四十六 東夷 俀國[2]

 

不詳であるが、松下見林は厳島とし、山田安栄は周防の音を秦王に写したとする。山陽道西部にあった秦氏の居住地とも関係あるまいか。『新訂 魏志倭人伝後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝 中国正史日本伝(1) 石原道博編訳 岩波文庫』P72

秦王国 - Wikipedia

隋書では「倭国」ではなく、「俀(タイ)国」となっているんですよ。不思議ではないですか。

これは古田武彦説によると、大倭を「大(タ)倭(イ)」と読んで、俀(タイ)の一字で表しているということです。そうなんだろうか。

個人的な見解ですが、遣隋使として有名な小野妹子(蘇因高)が、隋皇帝に「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」と発言した件がありましたが。これが影響しています。

隋の皇帝が不快感をあらわにし、「大きな倭」とは書かせず、わざと俀という間違った漢字にされちゃったの鴨・・・。

 

日本書紀」を見れば、

日本書紀」原文[推古十五年=607]、秋七月戊申朔、庚戌、大礼小野妹子を大唐に遣わし、鞍作福利をもって通事となす。・・・・・十六年(=608)夏四月、小野妹子、大唐に至る。・・・即ち大唐使人裴世清・下客十二人、妹子に従い筑紫に至る。・・・・六月壬寅、丙辰、客等難波津に泊す。・・・・・秋八月辛丑朔、癸卯、唐客入京す。壬子、唐客を朝廷に召して、使旨を奏せしむ。・・・・時に使主裴世清、親書を持し両度再拝し、使旨を言上して之に立つ。その書に曰く「皇帝、倭皇を問う。・・・・朕、宝命を欽承し、区宇に臨御す。・・・・皇、海表に介居して、民庶を撫寧し、境内安楽、風俗融和、深気至誠、遠く朝貢を脩むるを知る。丹款の美、朕嘉する有り。・・・・故に鴻臚寺掌客裴世清等を遣わして稍く往意を宣す。并て物を送ること、別のごとし。」・・・・九月・・・則ち復た小野妹子を大使となし・・・唐客に副して之を遣わす。爰に天皇、唐帝を聘う。その辞に曰く「東の天皇、敬みて西の皇帝に白す。使人鴻臚寺掌客裴世清等至りて、久しき憶い、まさに解けぬ。・・・」と。

隋書タイ国伝

ここにある「唐客入京す」を見れば、裴世清らが日本の首都(京)に入ったとわかるんですが。

隋書にでてきた秦王国というのは、日本書紀にはどこにもないですね。裴世清はどこを指して秦王国と言ってるのか、まったくわかりません。

 

 

順路を比較してみる

 

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飛鳥浄御原宮 - Wikipedia

 

小野妹子や裴世清の頃、日本の都は大和国(奈良)の、飛鳥京でした。飛鳥京といえば飛鳥寺、亀型石造物、石舞台古墳など見どころありますけども。

すなわち唐客こと裴世清がたどり着いた場所は、飛鳥京のあった奈良と見ていいと思うのですが。

しかしどうも歴史研究者は、山口や広島の方面を想定したようです。果たしてどうだったか。「隋書」と「日本書紀」の順路を比較してみます。

 

隋書を見れば裴世清は、

 經都斯麻國(対馬) 迥在大海中 又東至一支國(壱岐) 又至竹斯國(筑紫) 又東至秦王國

というふうに、西からどんどん東へ向かってます。

一方で日本書紀を見れば、

即ち大唐使人裴世清・下客十二人、妹子に従い筑紫に至る。・・・・六月壬寅、丙辰、客等難波津に泊す。・・・・・秋八月辛丑朔、癸卯、唐客入京す。

とあり、同じく西から東へ。筑紫を経て、大阪の難波津を経て、大和の飛鳥京へ至ってます。

6月に筑紫、8月に入京と、2ヶ月をかけて移動しているようです。これは近畿の大和までの、陸路か水路での日数と考えると違和感はないです。

ルートはまったく同じですが、日本書紀のほうには秦王国は出てこないわけですね。

しかしこの秦王国の場所を紐解くには、大倭が「タイ」と呼ばれたのとおんなじようなカラクリを考えてみるとよいです。

 

 

秦王国は大和国だった

 

まず秦という字は、訓読をすると

はた、たい

などです。秦=たいは、大倭が俀(タイ)になってるのと整合した読み方です。

秦 たい

俀 たい

歴史的に秦に「たい」という読みがあるのは、俀の字が影響していそう。

 

王は

おう、わう

中国では、わん

現代人は「おう」読むのですが、昔の人は「わう」とか言ってました。これは古代から大陸では王をワンと読んだ影響が残った読み方。

 

つまり秦王とは読み方を変えると「たいわう」なんですけども。

一方で大和は読み方を変えると「たいわ」なんですよ。もうわかりましたね。

 

秦王国 たいわうこく

大和国 たいわこく

発音がほとんど一緒になる。これは無視できないところ。

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秦王国とはおそらく大和国の発音や意味から捩(もじ)ったものである、というのは感じ取れました。

裴世清はたぶん、

「ここは大和だな・・・まるで秦のような国だな・・・大和はダイワ、タイワだな・・・秦はタイの読みがあるな・・・大和(タイワ)を秦王(タイワ)として表してやろうw」と考えていたのかと。

この名称のせいで、混乱が生じることを知ってかしらずか・・・。

当時、倭王天皇)が居る場所といえば奈良の大和の飛鳥京であり、中国文化の影響が色濃く秦人がいるような場所の最たるものは、大和の飛鳥京ではなかったですか。

それも含めて考えると、秦王国とは大和国であり、漢字を入れ替えてあるだけだったと。

いうことで、しっくり来る感じです。

 

 

他の仮説も

 

ただ、バカなりに考慮を重ねると、別の仮説も用意しています。

それは当時の秦王国こと大和は、九州の福岡の筑後平野にあったんではないか、というものです。これは安本美典説ですが、あの付近は奈良とまったく同じ地名が揃っているので、邪馬台国があったと推定されています。

だから秦王国は、その付近馬台国の付近かとも考えたりもします。当時は邪馬台国筑後平野の第1から奈良平野の第2に遷都したと考えられます。しかし九州のほうの邪馬台国跡地は、飛鳥京平城京の時代も離宮みたいな形で存続していた可能性があります。

邪馬台国が2ヶ所あったので、2つの土地までの日数と行程を融合してしまったようす。その結果現代に至るまで、魏志倭人伝邪馬台国の場所特定の難しさに繋がってるようです。

そしてもしかすると秦王国は、九州の大分中津の、宇佐神宮の前身となる薦(こも)神社のあたりかとも考えます。あそこは大陸から渡ってきた秦氏が、最初に拠点をもったところ。秦氏の拠点だから秦王国、というのは外れてない発想です。

まぁ、いまのとこ、本命は奈良の大和国で良いと思っております。

 

秦王国の場所の推定

◎ 奈良の大和国飛鳥京

△ 福岡朝倉の邪馬台国

△ 大分中津の薦神社

 

 

天乃屋 歌舞伎揚瑞夢えび味 8枚入×12袋

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それにしても最近は疲れがひどく、隣の居ないと言いながら居るオバケ一家の盗撮叩き妨害も酷く、集中力もない。仕事に応募しても受からないし、収入が途絶えてる。もうとっくに普通の人生を諦めた。

この魔物にいいようにおもちゃにされる地獄みたいな人生、どうにかならないものか。せめてブログと芸術活動は続けて、仕事になればいいとは思ってるけども。

 

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壱与(壹與)の名は女王の生き様と正体をあらわす

壱与について思いついた話。

ほんとは自分のアホみたいな人生の真相究明について書こうかと思ってたのだが、それはまたこんど。

 

○いつも助かっております

 

 

 

 

女王卑弥呼を受け継いだ壱与(台与)

 

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ウィクショナリー 

 

いわゆる「魏志倭人伝」では、壹與の文字が使われていました。

また後に登場する「梁書」の倭人伝を見れば、臺與(台与)の字が使われていました。

 

・壹與(壱与) 魏志倭人伝

・臺與(台与) 梁書倭人

 

壱与(壹與/いよ)から受ける印象

・壱与だけに、いよいよ新たな女王が始まるみたいな期待感

・イヨーッ!とかいう、意味不明な盛り上げ用の掛け声の元祖

・四国の伊予国愛媛県

・太陽の女神(太陽→タイヨウ→イヨウ→壱与)

 

台与(臺與/とよ)から受ける印象

・九州の豊国(大分県

・太陽の女神(太陽→タイヨウ→台与)

 

古代の人物は、名前に出身地などが入ってる感じもあるのですが。これは崇神天皇を始めとする、古代の皇族でも同様の特徴。

壱与なら四国の伊予国。台与なら九州の豊国です。

そして伊予の壱与が、いよいよ女王に担がれるみたいな、期待感を感じられる壱与という名。あるいは太陽信仰の女神ということで、タイヨウと掛け合わせた名が、イヨ・台与(タイヨウ)だったのかもしれないと思ったりします。

考えてみれば、現代でも使われる「イヨーッ!待ってました」みたいな、イヨーッ!という意味不明な掛け声も、壱与が擁立されたときに始まってたらどうしますか。

 

そしてどうして壱与が、卑弥呼の後継者として選ばれたかを考えてみるのですが。卑弥呼との名前の一致は、たしかに無視できないポイントです。

卑弥呼

弥=いよいよ、呼=よぶ

弥=い、呼=よ

壱与=いよ

こういうことでした。壱与は卑弥呼の「弥呼」の部分の音が似通っていることから、後継者として重視されているようです。あるいは似せて命名しているのか。

するといずれにしても、台与ではなく、壱与のほうが正解ということに。

 

 


女王の生き様を表す漢字

 

漢字を詳しく調べると、壱与の生き様が示されているような印象です。

 

・壹(壱)

壺中にあるものが発酵して、中にみちる状態をいう。

意義

ひとつもっぱら(一つの事に集中する。一つの事を主とする。)数字「一」の大字。

 

音読み 呉音 : イチ 漢音 : イツ

訓読み ひとつ、い

壹 - ウィクショナリー日本語版

 

・臺(台)

字源

会意。高の省形と、至とに従う。高上に標木として木を樹てた形である。土+高+至。

意義

土を高く積んで人が来るのを見張るための物見台。

 

音読み 呉音 : ダイ 漢音 : タイ

訓読み うてな、しもべ、つかさ、ゆろこぶ、われ

人名読み だい、もと

臺 - ウィクショナリー日本語版

 

・與(与)

字源

会意形声。「与」+音符「舁」、「与」はものがかみ合っている姿を意味し「牙」の原字に共通。「舁」は四方から手を差し伸べものを担ぐ様。

1.(漢文)助字。 接続詞。~と 方今天下所苦、軍事與造作也。停此兩事、百姓安之。(今、天下の人々が苦しんでいるのは、蝦夷平定と平安京建設です。この二つを止めれば皆安心します。『日本後紀』卷第十三) 文末に置いて疑問文を作る。乎などと同義。 2.(漢文) ともに。→ 例文

3.あたえる。

 

音読み 呉音 : ヨ 漢音 : ヨ

訓読み あた-える、あずか-る、くみ-する、ともに

與 - ウィクショナリー日本語版

 

壱(壹)」は壺の中に発酵したものが満ちている状態だそうで。もしかすると食べ物や酒などを納める壺を、神器としたのかと。

壱与の中には只者ならぬ、霊力、神通力が蓄えられていたのかと。

それにしても、壺の中に何かが満ちているのは、開けてびっくり玉手箱を想起しますね。

第三代の安寧天皇は、その諡号磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみのみこと)と言いました。玉手箱を見た天皇だったようで、竜宮城へ行って玉手箱をもらった浦島太郎は、安寧天皇と同一だった説があります。

もしかすると壱与は、玉手箱ことマナの壺を、受け継いだかもしれないと想像していますが。それが壱与の壱の字で、表されているであろうと。

その壺の形は不明ですが、箸墓古墳などの前方後円墳で形状を表しているのかもしれないです。

古墳がもともと、イスラエル三種の神器マナの壺を模したという話は、ムーの本にもありました。マナの壺とは、マナという天から神が降らす食べ物を入れる容器なんだとか。ひょっとして、壱与の壺はマナの壺だったのか・・・?

 

台(臺)」は壹と似てますが、これは高く積み上げた物見台だそうで。邪馬台国にもあったらしい、櫓(やぐら)と言って差し支えないかと。字源を見ると、土+高+至とあるので、これは地面の平民から女王という高御座に至った、壱与の生き様を表すよう。

 

与(與)」はものがかみ合っている姿で、四方から手を差し伸べものを担ぐ様だそう。これにより、あたえる、くみするといった意味になってました。女王壱与は、卑弥呼の死後、倭の諸国が満場一致で担ぎ上げられた、そんな想像ができる存在です。

 

壱と組み合わせると、「神輿に担がれる壺」が壱与であると。そんなイメージと重なってきました。

 

 

崇神天皇に封印された卑弥呼と壱与

 

個人的に卑弥呼と壱与の習合が、男装した崇神天皇と考えています。その理由は幾つかありますが、

日本書紀天照大神は男装しており、卑弥呼と壱与も男装したと見られる

神功皇后には、卑弥呼と壱与の事績が合わせられている

日本書紀を見れば、なぜか神功皇后の事績のなかに、卑弥呼と壱与の名が入っている。すると飛鳥時代の頃は、神功皇后こそ、卑弥呼と壱与の習合と考えられていたようだ。しかし神功皇后条に登場する新羅王などは、4世紀の人物であるから間違っている。モデルになった天皇が、神功皇后に近い時代にいたのでは)

崇神天皇太安万侶編纂の古事記で「后」と女性あつかいである

崇神天皇の子供の名を見れば、市や豊の字。イチ、トヨを受け継いでいる

 

と色々あるのですが、詳しくは過去記事で。

 

崇神天皇諡号は、御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりひこいにえ)、御眞木入日子印恵命、御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)、美萬貴天皇などがあります。

この中から卑弥呼の要素を導き出すと、

御間城 mi-ma-ki

美萬貴 bi-ma-ki

卑弥呼 hi-mi-ko

というふうに母音、子音の一致が見られます。さらに美萬貴を濁音で読んだ場合のビマキは、妙にビミコっぽくて、ヒミコに似てくるではないですか。

 

さらに御眞木入日子印恵命を見れば

日子印→日印子

(印・弥=古代の公用印の意味)

日-印-子

卑-印-呼

hi-mi-ko

卑弥呼の弥は古代の公用印のこと。卑弥呼が魏の皇帝から金印紫綬をもらったことの、反映かと見られます。卑弥呼を書き換えれば、卑印呼。

御眞木入日子印恵命には、日子印が含まれ、並び替えると日印子。一致してるではないですか。

 

このへんでヒントが与えられてます。

しかし飛鳥時代の当時、皇族や豪族の間では、崇神天皇卑弥呼と断言できるだけの情報源がなかった。だから漢字で卑弥呼に音を似せたり、后の字で表すだけに、留めたと考えられるんですよ。想像ですけども。

上記は電子書籍のほうにも書いてあるので、読んでみてください。

 

 

壱与の名を崇神天皇から導き出す

 

そしてもう1つの、新しい発見。

崇神天皇諡号には、卑弥呼だけでなく壱与まで隠されてるというものです。崇神天皇諡号から導き出してみます。

重要なのは、昔の倭人は漢字の字源をふくむ意味と、発音を重視したこと。だから音や意味が壱与(iyo)と合っていれば、それは意図的と見ていいかもしれません。

名   訓読  別の読み   意味の一致

御肇國 ハツクニシラス mi-jo    肇(はじめ)=壱番

印恵  イニヱ イイェ i-ye  恵=与える与えられる

壱与  イヨ  i-yo    

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御肇の場合、御はmiと読むと壱与のイの音が出てくる。

さらに肇(はじめ)は壱番のことではないですか。漢字の意味あわせているんです。

印恵は印=イ、恵=イェ(iye)でイヨ(iyo)に似てくる。

(恵=ヱの音は、ウェというよりはイェ。ya-yi-yu-ye-yoのye)

恵というものは、あわれみ、なさけをかける、恩恵などの意味。そして天の恵みは人に与えたり、与えられたりするもの。

そんな意味でも、壱与の与えると掛け合わせてます。こうした一致点は無視できないかと。壱与で妄想が膨らみました。

 

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箸にまつわるペルシアと箸墓のはなし

どうも、いつものアホです。

 

○いつも助かっております

 

 

 

 

箸墓は壱与の墓だと考えていましたが

 

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ネコ - Wikipedia箸墓古墳 - Wikipedia

 

先日箸墓古墳についてのヌースが出てました。

奈良県箸墓古墳は全長280mにも達する巨大古墳で、日本でも歴史的にも規模としても指折りの遺跡です。

倭迹迹日百襲姫命大市墓という名がついてたりする通り、百襲姫命の墓所説が本命視されてます。それは日本書紀に箸墓についての記述があり、倭迹迹日百襲姫命が葬られたと書いてあるから。

百襲姫命は「魏志倭人伝」に登場する女王卑弥呼と同一人物説が根強いこともあって、箸墓は卑弥呼の墓としても有力視されてます。ということで事実上は、埋葬者の確定に至ってません。

とは言え築造の年代は、西暦280年ころだとの調査が出ているとか。というわけで西暦250年以前に没した卑弥呼の墓にしては、ちょっと時間が空き杉。

というわけで、箸墓古墳卑弥呼の後継者である、女王壱与の墓所なのではないかという説もあります。

 

ところで以前に「封印された叡智の回復」を書きました。あれ、執筆が止まってしまいましたが、やる気と命が続けば続きを書くとは思いますけども・・・。

あの本では、壱与の墓所箸墓古墳であることを前提として、はなしを進めていました。

その根拠は前方後円墳には出身や出自や名前を示す矢印の役割があり、前方後円墳の中心軸線や造出しの中心線の先に、壱与の関連地名が並んでいていることが最大の要素です。

また大市墓の市が、女王壱与の壱と音が同じであること、築造年代が壱与の時代であることなどを根拠にしました。詳しくは拙著で。

 

 

箸墓の箸とは

 

この古墳は昔から箸墓と呼ばれていたらしく、「日本書紀」を開けば崇神天皇条にその名が見つかります。

名の由来は倭迹迹日百襲姫命が蛇に驚き、箸がアソコに刺さって死んだことにあるとか・・・。普通そんな死に方はないと思うので、殺された説も考えられます。

それはともかくとして、この時代にはすでに箸という食事の道具が倭国には存在してたらしい。

箸の起源は古く、中国では紀元前10世紀以前の殷王朝から始まっていたとか。当初は麺を食べるために始まったらしい。殷の王様はラーメン大好きだったのか。

竹冠の箸という漢字が登場したのは、中国の紀元前5世紀頃の戦国時代のコロだとか。竹冠に者が付いていて、竹が箸の素材をあらわす形声文字で、者と発音したことが元になっていました。

箸の音は日本語ではハシですが、元の漢字の音はまったく違います。

 

訓読:はし

古訓:ふぁし

呉音 : ジョ(ヂョ)、ジャク(ヂャク)

漢音 : チョ(表外)、チャク(表外)

 

箸 - ウィクショナリー日本語版

はし - ウィクショナリー日本語版

上古の大陸では「チョ、ジョ」みたいな名で呼ばれたようです。正確にはちょっと違っているかもですが。

そういえば日本語は、上古のころは50音どころか80音もあり、破裂音や拗音がもっと豊富だったとか。

ふぁの音は破裂音の「ぱ」に転訛しやすかったらしいです。だから平安時代のコロまでは、大和言葉(訓読)の箸ははしではなく、「ふぁし」であり、「ぱし」でありました。江戸時代になって、はしで定着していたようです。

日本では箸は弥生時代から使われだしたらしく、大陸から渡来した人々がもたらした利器でした。

つまり箸を「ふぁし」と呼び出したのは弥生時代です。

 

 

箸はなぜハシ?

 

ところでこのはし、同音異義語が幾つかあるのですが。橋、端、走、階、梯、犇、梁、赱など。なんか関係するのだろうか?

箸はなんでハシなのか?と考えれば唸りますけども。

そういえば、手に掴む時の擬音に、「パシッ」というものがある。なんか手に箸を持つ時に、パシッとした感じがするし、古代式に言えばファシッとした感じで、しっくりと来ていたのかもしれないです。

または、あれです、箸で食べ物を掴むことは、言い換えれば「挟む」ではないですか。挟むのハサと、ハシ。この類似する音感は無視できないところ。つまり箸は挟む用法だから、ハシと呼ばれたのであると。妄想が膨らみます。

 

 

ハシ墓はペルシア墓なのか

 

この他に箸の同音異義語に、「波斯(はし)」という古語があります。これは古代の中国で、ペルシアを表している2文字です。今でも中国人は、イラン人を波斯人と呼んでるとか。なんでこれがペルシアなのかと言うと、

波=per

斯=si

ということで古代のパールサ、ペルシアという音に、漢字を当てて波斯なわけですが。これは3世紀の中国の三国時代から使われていたらしく、歴史が長い。

はし【波斯】(「波斯国」の略)中国の六朝・隋・唐時代におけるササン朝ペルシアの呼称。のちにペルシア地方の汎称。

「波斯」の検索結果 - 広辞苑無料検索 日本国語大辞典

いまのイランのファールサ地方が、ペルシアの語源になった土地だということで。ファールサというのはファが使われているので、むかし日本語でハシを、ファシと呼んだのと妙に一致してます。

 

世の中には、箸墓とは、波斯墓であったといった解釈をする人もいます。

要するに古代の箸墓古墳みたいな巨大古墳は、ペルシアとかあちらの技術を用いて築造されたものだと。

イラクのジッグラトや、エジプトのピラミッドみたいなものがありますが。東アジアの巨大な墳墓は、まさに中東の方面の方式であるとしたら、古代人は波斯墓だと呼んだかもしれないです。

すると箸の語源は倭迹迹日百襲姫命ではなく、古代ペルシアに起源があると言う感じになってしまうのですが。

もし箸墓が波斯墓だとすれば、箸の語源に関わっていないのだろうか?と考えてしまいます。

BC10世紀以前 殷で箸が登場する

BC9世紀頃 中東にペルシア人が登場する

BC?世紀 倭に箸が持ち込まれる

AD3世紀頃 中国で波斯が使われだす

AD3世紀頃 卑弥呼の時代に倭人の古墳技術が向上

AD247年頃 倭迹迹日百襲姫命が箸の事故で死亡

AD280年代 箸墓古墳の築造

(女王壱与の墓であるが、倭迹迹日百襲姫命=女王卑弥呼と混同された)

紀元前の箸の登場とペルシア人の登場が最初にあり、その後倭に箸が普及した。

注目したいのは、中国で波斯が一般名詞となった時期と、倭迹迹日百襲姫命が箸で死亡し、箸墓がつくられた時期は同じころであること。

ということで、箸がはし(ふぁし)と呼ばれるのと、倭迹迹日百襲姫命と箸墓は、無関係ではない気がしました。

 

そういえば箸墓古墳は上空から見ると前方後円墳で、150mの巨大な円がつくられてるわけですが。これ、適当に線を引いて積み上げたらひしゃげた楕円になってしまいますが、正確な円になってます。

要するに円墳を作るときは、コンパスの原理が使われてるのが真相です。

まずだだっぴろい土地を整地して、平らにするところからです。そしたら2本の棒と長い縄を用意する。古墳の計画地の中心に棒を立て、長い縄を結びつける。そこからまっすぐに縄を伸ばし、先端に棒を取り付ける。中心の棒を支点とし、縄の先端を作用点とする。縄をピンと張った状態で、人がぐるっと円を描く。このときに地面に棒で印を付けながら歩く。するとコンパスの原理によって、巨大な真円が描かれる。こうして地面に円墳の設計図を描けるというわけです。

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定規とコンパスという設計・建設のアイテムは、実は弥生時代にはすでに使われてました。そうじゃないと巨大古墳の真円、直線、直角、左右対称などは描けないわけで。

箸というのも2本の棒であり、手に持つとなにか古代の簡易なコンパスのようではないですか。

箸が波斯でペルシアの技術なら、きっとこうした設計と建設のアイテムもいっしょに導入されたような気がします。ちょうど卑弥呼の時代から、日本の古墳技術が向上しているわけで。

2本棒のコンパスが波斯人から伝わり、箸がコンパスに似てたから、はしになったのかも。それでもおかしくない感じがしました。

 

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日ユ同祖論を解くカギとなる古代筑紫の恪勒国 

どうも、人生酷い目にしか合ってないらしい、たっちゃんの古代史研究室の管理者です。レタッチ仕事決まったかと思ったら、まだでした無念。

それにしても世間では、イスラエルに関しての陰謀的お話が多いようです。しかしかの国にも政府に反発する人が大勢いるから、世界と同様に人々の思想が分裂してるような感じです。

まぁ闇が深いと言っても古代イスラエルの物語は魅力的。古代史の探索と妄想は悪いことじゃないです。

それにしても最近も俺に盗撮や嘲笑や拷問など、ネガティブを与える者がいるのは相変わらずな様子。しかし何か俺をイジメることを、自制する人が増えてるのは気の所為だろうか・・・。

 

○いつも助かっております

 

 

 

 

筑紫の謎の地名「恪勒国」を知ってるだろうか

 

筑紫にかつて恪勒国があったと聞いても、たぶん知る人は少ないです。

そもそも低学歴じゃ、読めなかった。かくろく国

いえこれは「恪勒国(いそろ国)」。いそろカツオがいそうです。

 

今やもう出回ってない「九州の山と伝説」は伝説的歴史本ですが、そこに以下のようにあり。

五十迩手(いとて)

釈日本紀』の第八仲哀天皇紀に曰く、天皇熊襲を討たんと筑紫に行幸の時、筑紫野伊都県主(あがたぬし)五十迩手は天皇行幸を知り、五百枝(いほえ)の賢木(さかき)を船の舳(とも)に立て、さきの枝に八尺瓊(やさかに)をかけ(中略)天皇征途を祝した。

天皇が五十迩手をほめ、伊蘇志とのべられたので時の人は五十迩手のもとの国を名付けて伊蘇志という。いま伊都というは訛(なまり)なり。(中略)

筑前国風土記』には、五十迩手は高麗国の意呂山から天降りし日桙(ひぼこ)の苗裔(子孫)なりと述べる。(中略)

次いで天皇、五十迩手をほめて、恪手(いそて)と宣う。五十迩手の本土を恪勒国というべし。

「九州の山と伝説」(著者天本孝志)p173

 

五十迩手。伊都県主、伊蘇志、恪手、恪勒国。新羅のヒボコの子孫。

いま糸島市になってるあたりが伊都国でしたが。本来は伊蘇志だったとか。伊都国の情報も見といたほうがいいです。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「伊都国」の解説

伊都国 いとこく

邪馬台国をはじめ 30ヵ国あまりからなる倭国連合の一つ。「魏志倭人伝」の記事に名が見え,この地には諸国を検察するための一大率(いちだいそつ)と呼ばれる地方官が置かれた。彼らは朝鮮半島諸国や魏の帯方郡との外交にもあたった。場所は福岡県糸島市の怡土にあたる。

伊都国とは - コトバンク

伊都国には、一大率が置かれてました。今で言うところの外交官や入管やkさつ、あるいは戦時中の憲兵をあわせたような組織だったのか、人々に畏れられたとか。

そういえば中部の三重県の伊勢のお隣は志摩ですが。糸島半島にも志摩町がありましたので。伊蘇志摩の地名が、三重の伊勢志摩に移されてるかと思われます。

これは天照大神が、大和から伊勢に移されたという日本書紀の話と整合するところ。そうするとやっぱり日本書紀崇神天皇条にでてくる大和は、北部九州であるようです。

 

 

恪勒と五十迩手と弥勒ミスラ

 

なんで恪なのか。こんな当て字的な漢字を、使う必要があったのかと考える。

すると漢字の意味を重視して、合わせたことは明らかです。

勒は弥勒(ミスラ、ミトラ、マイトレーヤ)をあらわす漢字。ミスラの起源は中東イランのほうです。

 

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ミスラ(Miθra)は、イラン神話に登場する英雄神として西アジアからギリシア・ローマに至る広い範囲で崇められた神。インド神話の神ミトラ(मित्र mitra)と起源を同じくする、インド・イラン共通時代にまで遡る古い神格である。その名は本来「契約」を意味する。

ゾロアスター教のミスラ

ミスラ(右側)ミスラは司法神であり、光明神であり、闇を打ち払う戦士・軍神であり、牧畜の守護神としても崇められた。古くはアフラ・マズダーと表裏一体を成す天則の神だったが、ゾロアスター教に於いてはアフラ・マズダー絶対神とされ、ミスラはヤザタの筆頭神に位置づけられた。このような変化があったものの、「ミトラはアフラ・マズダーと同等」であることが、経典の中に記され、初期の一体性が保存された。中世の神学では特に司法神としての性格が強調され、千の耳と万の目を以て世界を監視するとされる。また、死後の裁判を司るという。

ミスラ - Wikipedia

たぶん五十迩手や恪勒国が、あちら方面に関係することを表してるのでは、と想像します。

この契約の神ミスラが、記紀神話スサノオと契約する天照大神の大元であることも明らかです。

また、五十迩手が新羅のヒボコの後裔で、金官伽耶首露王の妃がインドのサータヴァーハナ朝から来た伝説があるのですが。こうした話を見ても、五十迩手が弥勒の本拠のほうに縁があるという話と、妙に整合してる。

 

じゃ「恪」てなんだろう、と調べてみると。

デジタル大辞泉「恪」の解説

[音]カク(漢) [訓]つつしむ きまじめに身を持する。「恪勤(かっきん・かくごん)・恪守」 [名のり]たか・つとむ・つむ

恪とは - コトバンク

つつしむ。きまじめ。2字あわせて恪勒。

これは五十迩手がきまじめだと褒められたことに、関係するかと。あとは弥勒ミスラが光明神であり、闇を打ち払う戦士・軍神であることと関係するだろうか。

 

 

磯野家の謎 Kindle版 東京サザエさん学会  (著)

 

 

 

古代中東・イスラエルとの関係

 

恪勒がイソロだと、あの国を思い浮かべました。

恪勒(isoro)

イスラエル(israel)

i-so-ro

i-s - rael

似てますね。福岡にこんなイスラエル的な地名があったのです。

偶然と言われてしまいそうですが、たぶん偶然じゃないです。恪勒とイスラエルを、古来より関連付けてる。関連すると言うには、根拠があります。

 

・ミスラがイラン発祥で古代ローマ帝国でも崇められたこと

古代イスラエルのあたりは、紀元前2世紀頃から7世紀に至るまで、ローマ帝国に統治されていました。つまり古代のイスラエルでも、日本同様にミスラ(弥勒)は崇められてたのです。日本とイスラエルはミスラ信仰でもつながってましたが、これはヨーロッパから日本まで全体なので、ミスラの人気が凄かったらしい。

 

・古来日本列島がユーラシア大陸の雛形であったこと

過去記事でも頻繁に取り上げてましたが、九州が中東で、近畿が中央アジア新疆で、関東が東アジアです。

これが古代における日本大陸雛形論の、じぶんなりの解釈でした。

筑紫       ツロの紫(フェニキアの色は紫)

筑紫(チクシ)  チグリス川(チグース→チクシ)

由布(ユフ)   ユーフラテス川(由布ラテス)

白日別(シラヒ) シリア(白日訳は福岡の古名)

白日       バビロン(白日ロン)

佐賀(サガ)   サカ、イッサカル

肥国(ヒノクニ) フェニキア(フェニキニ→ヒノクニ)

熊襲(クマソ)  ケモシュ(クマシュ→クマソ)

松浦(末羅)   アフラ・マズダー(マズラー→末羅)

想像すると、こんなかんじです。なかなか合ってるようではないですか。

筑紫がなんでフェニキアと関連するかと言えば、フェニキアを象徴する色が紫だったから。

カナン人は近東の広範な地域において、商人としての評判を獲得していた。メソポタミアの都市ヌジで発見された銘板では、赤あるいは紫の染料の同義語として "Kinahnu" の用語が使われ、有名なカナン人の輸出商品を指すと言われている。また、「ツロの紫」で知られるフェニキア人と関連付けることが可能である。染料は大抵の場合、その出身地にちなんだ名を付けられた。同様に、旧約聖書に時折例示されるように、「カナン人」は商人の同義語として用いられ、カナン人を熟知した者によってその容貌が示唆されたものと思われる。

カナン - Wikipedia

ほかにも関係する地名あるかと。詳しくは過去記事で。

 

・地名に含まれる神の意味

伊都、伊蘇志には、伊が入ってますね。これ、もともと神さまに関係する漢字です。

字源 会意形声 「人」+音符「尹」。

「尹」は、手で神杖を持った様を表わす象形文字。伊は神の意志を伝える聖職者。治める人の意を表す。

調和をさせる様、殷初期の伝説の宰相伊尹(いいん)に因み嘉字とされ、人名、地名に用いられる。

伊 - ウィクショナリー日本語版

ふだん全く意図しないですけど、こんな意味があったのですよ。伊都は神さまに仕える人の都ですかね。ここ伊豆は、神の意志を伝える人の、豆が為ったのだろうか。

 

そしてイスラエルも神さまに関係する地名だった。

東京都立図書館

イスラ・エル(Ysra-el)は、イスラエル12族の族祖ヤコブに授けられた名前で「神と闘う人」という意味がある。 以来、その子孫もイスラエル人と呼ばれた。

Weblio辞書

イスラエルヘブライ語で「神の支配」を意味する言葉である。ヤコブ古代イスラエルの王の祖先であり、伝統的にはユダヤ人の祖先と考えられている。

Google イスラエル 意味

神と闘う人、神の支配。解釈が違うようですけども。

神と闘う人がいて、神の支配する都イスラエル。良くも悪くも神さまに近いとこらしい。

五十迩手は漢字を替えると伊蘇手であり、「神の蘇る手」となるのでなんか神職だったようですね。

 

 

卜部氏と阿比留文字

 

古代に対馬にいた卜部氏が、筑紫の宗像神社に仕えたとか。

この卜部氏の特殊な文字として、神代文字に数えられる阿比留文字があったのですが。一説にはハングル文字の素だとかいいます。しかし神代文字自体は江戸時代以降に創作されたものが多いことは、念頭に置いて考えたほうがよいような。

阿比留文字(あひるもじ)は、神代文字の一種である。

対馬国の卜部氏・阿比留氏に伝わったといわれる文字で、阿比留家の文書に阿比留草文字や対馬文字と共に書かれている。江戸時代の国学者である平田篤胤が『神字日文伝』で「阿比留文字」として紹介し「日文四十七音」とも呼んだ。

阿比留文字 - Wikipedia

とは言え、イスラエルに縁のありそうな筑紫に、阿比留文字が伝わってたというのは無視できないところ。

なぜなら古代イスラエルの起源に、「アピル」が関わっていたから。

イスラエル民族の起源

前14世紀頃には「アピル」と呼ばれる集団がパレスチナ(カナン)で略奪行動を行っていたことがエジプトの文書で確認できる。このアピルは、シリアやメソポタミアの文書では「ハピル」ないしは「ハビル」とも呼ばれており、民族名を指すのではなく、奴隷や傭兵にもなった非土着系のアウトロー的な社会階層を指す言葉である。多くの学者がこのアピルとその後のヘブライ人(エジプト語でイブリー)のカナン進出に何らかの関係があったと考えている

ユダヤの神話 - Wikipedia

 

卜部氏 阿比留(アヒル、アピル、アビル)

カナン アピル

古代イスラエルとアピルの流れを受け継ぐ筑紫に、恪勒国と阿比留文字がある。これは関連してるんだゾと、アピールしてる感じがしました(^o^;)。

 

こんなふうに、地名や文化などからも古代の筑紫とイスラエルの繋がりが見えてくるのでした。真相は如何に。

 

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レタッチャーを始めた。狛犬、神さま、ねこ

 

人生がくだらないので、ライターやめました。

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○いつも助かっております

 

 

 

生活保護で趣味だけ没頭してダラダラ生きようかと思ったのですが、増々くだらない人生になりそう。

それで近頃は、毎日ギンプでレタッチの修行してました。

 

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わけが分からないほど難しいソフトも、使いこなせるようになってきた。

 

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壁画の復元など、いろんな絵に対応できるよう練習の日々。

もともと絵で生きていく夢は持ってたのだが、駄目すぎる人生だったので諦めてた。しかし、この歳になって始めるとは。

 

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これはいまの日本をイメージしてみたもの。カミナリは目についたもの、拝借しました。だめなら消します。商用で使いません。

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懸案だった歴史作品づくりも、少しづつやっております。神武天皇、神社、街の風景などコツコツ描いています。

やっとレタッチャーデビューしたところです。

 

フリーランスの在宅で、レタッチ、画像やイラスト作成、描くことに関係すること全般で、ぼちぼちやっていこうかと。

どうせバカみたいに喧嘩売ってくるバカとか、嘲笑や盗撮仕掛けてくるバカばっかりで、人生がバカみたいだからあんまりがんばらない感じでやろう。

 

 

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