たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

イライラの語源はイラ、アバヨの語源はアベオだった。古代日本語に古典ラテン語が含まれている件

 

古代の日本語には古典ラテン語が入ってる

 

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Classical Latin - Wikipedia

 

不思議の要素は日本の国土や俺の存在だけでなく、古代の世界にも詰まってる。そんなことを実感させるのは、古代の言語を眺めてるときです。

日本語はユーラシア語のごった煮が正解なのだと、低学歴的な直感で考えるのですが。以前にも色々と記事にしてました。

ラテン語を学んだことはないですが、どうやらイタリア語やフランス語など、南欧言語の古い形態だとか。古ラテン語は、英語の元になってる古ゲルマン語にも近く、印欧語の祖語に最も近いというレベルの、とにかく古いやつです。

「古典ラテン語」の範囲で言えば、紀元前1世紀から数世紀に限定的になってくる。

その古典ラテン語、じーっと見ていると、どうも日本語とのいろんな一致が見えてきたりして、面白かったりします。筆者なりの解釈で考えてみました。

 

古典ラテン語 日本語

 

audeo(あえて行う) aete(あえて)

 あえて申し上げるなら、あえては古典ラテン語のアウデオが起源だったとか。

ago(行う) okonau(行う)

 昔は「アゴなう」と言っていたのかもしれない。

ark(箱)   hako(箱)

 箱にはアークが入ってる。

abeo(立ち去る) abayo(あばよ/さよなら)

 古来より「あばよ」と言って立ち去るのが倭人の決まりだった。じつはこれ、古典ラテン語の「アベオ」が倭人間で流行った結果だった。

aqua(水)  waku(湧く)

 湧き水とはすなわちアクアなのだ。

bos(牛)  ushi(牛)

 ボシ(bos)→オシ(os)→usiという変遷をたどったのかもしれない。

caeruleus(青)  kaeru(蛙といえば青蛙)

 むかし古典ラテン語を使う人々が倭へ入ってきた時、青蛙をカエルレウス、カエルレウスと言っていたので、いつしか青い蛙はカエルになった。

femina(女)  omina(女)

 女の古語おみなは、ふぇみなと比べても違和感ない。

frater(兄弟)  harakara(はらから/兄弟)

 兄弟を意味するフラーテルは、倭へ入るとハラーテル→ハラーカラという古語になったのか。

fluctuat(揺られる) huru(振る)

 揺られることを振ると言ってこんにちに至る。

finis(終わり)  fui(駄目になる/fuinis不意にす)

 不意とは駄目になることで、不意にするは物事の終わりを意味する。だからフィニッシュとは意味として極めて近い印象だった。

ira(怒り)  iraira(イライラ)

 怒りが2度も募ってイライラなのは理にかなった用法だったのだ。

mico(輝く)  iko(威光/輝き)

 威光はミコーだったのか。

mergo(沈める)  shizumeru(沈める)、umeru(埋める)

  「める」とは沈む、埋める意味の怖い言葉だった。

nasus(鼻)  hanasuji(鼻筋)

 ナスジ(鼻筋)が通ってればラテン系かもしれない。

penna(羽根)  hanne(羽根)

 そのまんまで通用する。パネェ。

rus(田舎) rusu(人がいない)

 留守なのは人がいない田舎だから、といって間違ってなかった。

sol(太陽)  sora(空)

 古今東西、ソラといえば太陽なのだった。

subito(急に、ただちに)   subaya(素早)

 すばしっこい、素早いの「すば」は古典ラテン語につながったのか。

 

古典ラテン語の参考

 http://incunabula.sonnabakana.com/ratinapage.html

 

ちょっと自分流に探したのですが。たぶん、これは一部を見つけただけに過ぎないんですけども。

古語をもっと引っ張り出すとさらに一致率は上昇する気がします。

 

 


古典ラテン語文典 中山 恒夫 (著)

 

 

古典ラテン語がいつ日本語に入り込んだか

 

こうした一致は、もう偶然ではありえない量を確保できています。そこでいつの頃、この言葉の融合がどんなふうに起きたのだろうと考えてみます。

時代の候補のひとつは縄文時代以前。

縄文人の先祖が中東あたりにいたときのものであると、考えることもできますね。「旧約聖書」を頼るならばバベルの塔の崩壊以前に、世界の言語が1つだった頃のこと。

縄文人が東南アジアのスンダランド以前、中東にいたのは5万年前とか言います。

 

しかし古典ラテン語は、紀元前1世紀からせいぜい西暦4世紀くらいに流通した言語でした。だからもう一つの仮説では、このキリスト以後に日本に入ってきている可能性が浮かびます。

もし牛の語源がボス(ボス→オス→ウス→ウシ)なのだとすれば、牛が日本に入ってきた経緯も関係していそうです。

なぜなら牛が大陸から海を船で渡り、倭国でも一般的に見られるようになったのは、古墳時代の頃からだったので。

この時に全国的に牛という名前も普及したハズですが、その語源が何故か古典ラテン語由来で訛った名称、ウシだったわけです。

だから他の古典ラテン語も含めて倭に入り込み出したのは、弥生時代後期から古墳時代が一番当てはまるようです。

古典ラテン語を使う南欧系人種の、倭国までの移動ルートはこんなふうに検討しました。

彼らは欧州や中東に起源があって、当然ながら古典ラテン語を駆使するローマ帝国出身も含まれていました。

アレクサンドロス大王の遠征、遊牧騎馬民族の東征といった流れに乗って、ひとまず烏孫月氏など、中央アジアの西域諸国に入っています。

さらに遊牧民として東アジアへ進出して数世代も婚姻するうち、人種がそっくり東アジア系と融合したり入れ替わったりしました。

彼らがいわゆる渡来人(帰化人)として倭国流入していると考えるのですが。その渡来系が大挙として押し寄せたのは、紀元前の徐福の時代、倭国大乱の時代、秦氏渡来の時代などがありました。

 

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などと記事をしたためる間も、自宅の工事は進めて1週間が経過しました。

しかし思ったより屋根解体と再構築の工事は大変です。体力的な問題から1日3~4時間しか工事できないし。あんまり無理すると古典(コテン)と倒れそうですし。

それで2週間の工期の予定が、どうやら4週間になりそうです。ブログも今月も2記事が限界かもです。それではabeo(abayo)。

 

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