たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

ヤマガタがマガダに見マガうモノガタリ

ふとした瞬間に考えること。

今年も墓参りも親戚づきあいもしないのだろうなと。俺みたいなバケモノがいれば迷惑だろうから、潔く身を引きたいわけなのですが。

さらに、これから自分が一人で人知れず死ぬ瞬間や、死んだ後朽ち果てて発見された後、どうなるのか。

なにかのサービスに事前に登録してお金を払って予約していれば、孤独死の直後に火葬や散骨などの処理まで対応してくれるのだろうか。

探してみようかと。そんな孤独死対応な良心的サービスないですか。

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ヤマガタ

 

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羽黒山 (山形県) - Wikipedia

 

ヤマガタがマガダに見マガうモノガタリ

(山形がマガダに見紛う物語)

 

子供の頃、山形に頻繁に旅行に出かけてました。お盆の恒例でしたが、やがて引きこもりになってから行く機会もまるで無くなったのでした。

近頃、山形はなぜヤマガタなのかって、考えてました。

それは良く言われるように、山にかこまれた地形だから。山がちな地形だから。
みたいな安直な回答で、済ますこともできる。

ところがちょっと視点と発想を変えてみると、通説が違うふうにしか見えませんでした。

ヒントはヤマガタという名前と、人の横顔みたいに見える山形のイビツなかたち。

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古来の出羽国アイヌ蝦夷の土地だったとか。

古墳時代に奈良の大和王権の支配地となったらしく、かなり多くの前方後円墳が見つかっていたりします。

593年に蜂子皇子(はちこのみこ、はちのこのみこ)が大和の王権による暗殺の手から出羽の地に逃げ延び、三本足の霊鳥(八咫烏)の導きにより伊氐波神(いではのかみ)を祀る羽黒山を開山したとか。

さらに月読を祀る月山、大山祇神大己貴命少彦名命を祀る湯殿山も合わせて開山し、これらが出羽三山と呼ばれて崇敬されるようになったとか。

ちなみに神仏習合本地垂迹(ほんぢすいじゃく)思想では、次のように仏教の菩薩や如来にあてられたとか。

羽黒山 観音菩薩

・月山 阿弥陀如来

湯殿山 大日如来

 ・湯殿山神社 - Wikipedia

んでもって月山、羽黒山湯殿山出羽三山での仏教信仰が篤くなったようです。

7世紀になると呪術者の役小角が吉野の山中で修行中、蔵王権現が現れたので金峰山寺に祀り出したとか言います。蔵王権現は釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の3体の習合ということで、なにか出羽三山御神体とも通じているようです。

和銅元年(708年)、陸奥国日本海側に出羽(いでは)郡が置かれ、飛鳥時代には既には最上郡、飽海郡、村上郡など、いまと同様な郡郷の祖形は完成してたとか。

そのご出羽国羽前国羽後国に分かれ、近代には山形県秋田県になりました。

 

要するに山形が仏教に通じるようになったのは、593年の蜂子皇子が出羽に入った直後からのようでした。

それでこの蜂子皇子というのは仏教を信仰する蘇我氏で、その異国人的な容姿から、インド系のサカ族から出て、若い頃に天皇家帰化したのではないかと考えられます。

以前に記事書いてました。

すると山形の正体は、古代インドのマガダから導かれるんじゃないかと、そんな気がしてなりませんでした。

 

 

マガダ

 

紀元前に釈迦が生まれてから数百年のち、インドの東部に誕生したのがマガダ国でした。(紀元前413年 - 紀元前395年)

調べたところ、この国は仏教が早くから浸透し、世界最初の仏教寺院の竹林精舎、釈迦が過ごしたという霊鷲山(りょうじゅせん)が存在しました。

山形とは仏教で繋がってるわけなのですが、名前を最初見た時にもう理解しました。

「ヤマガタのヤを抜いたらマガタになって、まるっきりマガダだな」と。

でこのマガダ国の地形図を見てさらに「あ」と気づいてしまいました。

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マガダ国 - Wikipedia

 

 これを現代の地図に重ねて拡大してみたのが、以下の図。

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インド東部からバングラデシュにかけての広範囲が、当初のマガダの範囲となってました。中心と成るのはガンジス河の下流域で、西ベンガル、ジャールカンドといったところです。

ちなみにベンガルバングラデシュバングラは元は同じ意味で、中世まであったヴァンガ地方とガウル地方を組み合わせてベンガルにしたらしいです。

ベンガル地方 - Wikipedia

 

 

ヤマガタとマガダ

 

名前が似てるだけじゃなく、意外と国の形も似てるんではないかと、気づくことになりました。以下はヤマガタとマガダを比較した地図。

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なにか全体的に見れば「勾玉(まがたま)」的な形状の両者は、たしかに細部を見ても似ているところがあったりします。

たとえば地図の左側の地形は、全く同じ凹凸をしているし、北側の突起も似通った形状ではないですか。

これはたぶん蜂子皇子や役小角行基といった昔の天才連中が、こんなふうに山形の境界線をマガダ風に決定しているのではないかと、そんな気がするわけですが。

 

 

竹林精舎とベニバナ

 

山形といえばベニバナが有名だったりしました。県花にもなっているほど生産が盛んで、黄色や橙色が綺麗でベニバナ染めに使われたりもします。

この花は古代のエチオピア原産で、中国から5~6世紀に日本に入ってきた外来植物だとか。それはちょうど聖徳太子や蜂子皇子が存命した頃に重なっていました。

出羽国で栽培が盛んになったのは江戸時代らしいですが、西日本にいた蜂子皇子が出羽に入っているので、当時からヤマガタでも知られた花だったと思われました。

これがどうも、マガダとヤマガタが運命的にも繋がっていたことを証明してしまう要素になるのです。

マガダにあった天竺五精舎のひとつ、竹林精舎はサンスクリット語での名を「Venuvana-vihāra」と言ったとか。


Venuvana-vihāra・・・ベニバナ美原。

そうなのです。マガダの竹林精舎はベニバナで、ヤマガタの名物がベニバナ。名前と形と仏教の聖地、ベニバナでの運命的繋がりが現れてきていたと。

 

 

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 出羽や最上川の由来もインドかも

 

するってーと何かい?

蜂子皇子の仕業によって、古代インドのマガダに名前も形も由来させられたヤマガタは、他にもインド的な要素があるってことかい?

そうです、ありました。

山形の古名である、出羽、これもどうやらインドにちなむ名前かもしれないなと。

平安時代までは、出羽と書いて「いでは」と読むのが通常でした。これ、ひょっとしたらこんな真相が隠されていたかも。

Ide-ha 出羽

Ind-ia インディア

India(インディア)→イディア→イデハ→出羽

 こういうことで、出羽(いでは)とはインディアの音写だったのではないかと、思う次第なのです。

また出羽をデヴァとするなら、サンスクリット語の「神様」の意味になるので、仏教聖地出羽三山にはおあつらえ向きかと。

続いて最上川(もがみ)ですが、定説ではむかし最上川にあった「藻が湖」を由来とするとされていました。しかし全てがインドなことを踏まえると、最上川も本来はマガミ川だったのかと。

モガミ川

マガダ

マガダ川→マガ川→モガ川→モガミ川(毛賀美)

 こういうことかと。

 あと出羽は別名を両州と言ったらしいです。これは意味不明でしたが、マガダに関連していると考えると一目瞭然な感じでした。

「両」は訓読みすれば「ふた」であり、「ぶっだ」、仏陀の意味が密かに込められて「両州」と呼ばれたのかもしれないなと。

 

 

月山がある説明も付く

 

Induとは月のことで、インドと似てるなと発想できます。この発想じつは三蔵法師が発表したのが最初で、この方は「インドの名は月に由来するのだ」と語っていたとか。印度と漢字を当てたのも三蔵法師でした。

それで出羽三山の信仰では、月山の存在感がとても大きいです。この山は月読命を祀っているのでまさに月を象徴していました。

蜂子皇子が月山と名付けたのは、実は月山=インド山で、インドと関連付けてのことだったとすれば、これもまたマガダに由来するとして見てもおかしくないことでした。

 

 

・・・

といった具合にヤマガタはマガダと密接な関連があったという、誰も知らない真相に近づくことができたようです。

と言っても、ほんとのところは蜂子皇子に聞いてみないとわかりません。

 

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