たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

高千穂の大量殺人事件と天岩戸神話の接点

 

人生のあらすじ

 

何故か家族や親戚からも医者からも、悪いところも直されず注意もされず放置され、駄目なほう駄目なほうばかりトコトン進んで常に失敗を繰り返したりして、何故か瞬時に完全な悪者とであると周知が行き届いていて、知らない大勢から膨大な嘲笑と嫌がらせを連日食らう日常が当たり前で、これら一連の流れがどんな時でも常に固定化されていて、傷つけられては牙をむいてきたような人生の低学歴でした。

きょうも隣のおばさんが玄関ドアでドッカン!ドッカン!嫌がらせ。飛んでくる騒音を俺が出してると決めつけ、一々キチガイ風に暴れるおばさんなのでイライラする・・・とはいえ気になる出来事があったので、腐った脳みそで考えを巡らせてみました。 

 

 

 善悪二元論と善悪同源

 

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ルシファー - Wikipedia

  

ところでこの世界は、善悪二元論が幅を利かせてたりするのです。

ネット見てると「悪は滅ぶ」と、書いてるブログを頻繁に見ますけど。・・・無理なんじゃないかと。

なにしろ、人間は誰しも、僅かでも悪心を抱くことがあるのだから。

正義と悪の根底にあるのが、「善悪同源」「正悪同源」なのではないかと、思ったりするので。

結局の所、正義と悪は同じ泉からこんこんと湧いて出ているんではないかと。

 

分かりやすくいえば、「アンパンマンバイキンマン」という正悪の対立構造。昔から当たり前に描かれてきたじゃないですか、桃太郎に対する鬼、坂上田村麻呂に対する阿弖流為戦勝国に対する敗戦国みたいな。

しかしこれはみかん箱の、綺麗なみかんと腐ったみかんの違いを見ているに過ぎない話ではないかと。

これをもっと俯瞰的に見ると、世界が変わってきたりするのですが、それは、

「正悪の対立構造は作者から湧いて出る」という発想ですよ。

 

みかん1個どころか、みかん畑の雑草からダンボール箱まで一括管理し、腐れ具合も自在と操れる感じで、作者が世界を支配しているのです。

作中のヒーローこと正常なみかんと、悪の親玉こと腐ったみかんは、作者の手のひらの上で踊らされてるだけです。作者が正悪の両面を持っているから、正悪の二面が対立し続ける。

だからこの世界という巨大な作品の中で、よく目立つ悪の親玉的な組織を滅ぼしたところで、そんなに代わり映えもしないんではないかと。政財軍の集合体という巨大な正悪混成の作者が君臨する限り。

正悪の対立や悪という概念そのものは不滅であり、善悪の割合の変動や、天を動かし地を揺るがす事象すらも自在に操られているんではないかと。

 

 

そもそも古代の神様も善悪両面を備えた

 

「神様は正しい」とかいうけれど、この言葉は「神が勝利者」と言い換えることができてしまうんですよね。

旧約聖書」を見れば神がどれだけ正義の名の元に圧倒的な力を駆使して悪を滅ぼしている(大量殺戮を行っている)様子がはっきりと描かれてます。

殺しはもっとも重い罪だと断罪される世の中でありつつ、正義の殺しは正当化されちゃう。戦争の殺しは正当化されちゃう。これは古来から信仰が続けられた神様の正体であり、いまも戦争の絶対的な基準だったりしますね。

じつは日本神話でも、「気持ち悪い」という理由で、月読命が善良な保食神をぶち殺してたりしてるんですよね。

イタズラ目的でスサノオが巫女をぶち殺してたり。新天地に出向くと根こそぎ先住民を土人扱いして殺戮するのが当たり前だったりするのですよね。

強いものや勝利者こそが正義だという発想は、古代から日本でもどこでも一緒でした。

もっとも尊いとされる三貴士(みはしらのうずのみこ)すら、記紀神話を読めばむちゃくちゃなことをしていたりしました。まさに神様の世界からも善悪同源は読み取ることができたんですね。

 

・・・低学歴の独り言が長くなってきましたが、今回の主題が、高千穂の大量殺人と天岩戸神話のことだった件を思い出したので、本題に入ろうかと。

 

 

高千穂の6人殺人事件

 

事件の内容は適当にネット検索すればわかります。この大量殺人の背後に見えてくる神さまの存在には、最初からピンときていました。

なにしろ「高千穂」というのは、日本神話の世界に登場して、重視されている土地なわけなので。調べていくとかなり興味深いものが見えてきました。

 

電子書籍の「封印された叡智の回復(1)」では、前方後円墳に秘められた被葬者情報について取り上げていました。

それで高千穂のこの大量殺戮についても、「並んでいるのではないか」という同じ発想ができました。

 

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(1)一家6人殺人事件の現場は高千穂峡の南西の山奥

(2)天安河原天岩戸神社を、殺害現場と結びつける

(3)神話に登場したり名高い神社など重要な地名がずらりと並ぶ

これは全然偶然じゃなかったです。その理由を取り上げます。

 

 

天の岩戸神話の舞台

 

そもそも記紀神話に伝えられる、天の岩戸神話は以下のような話です。

・神代の高天原にて、天照大神スサノオに激しい攻撃をされた

・怒った天照大神は、天香具山のそばの岩戸にこもって世界が暗闇に包まれた

八百万の神が相談して、主要な神々が天岩戸前に集結した

・神々の手により天照大神を岩戸の中から引き出すと、世界に再び光が戻った

・悪役のスサノオを天界から追放した(直後に八岐大蛇を退治して一転ヒーローになっている)

 

この時に天岩戸神話の登場する舞台の名は、簡単に言えば以下の場所でした。

(1)天岩戸・・・・天照大神が引きこもった場所

(2)天安河原・・・八百万神が相談した場所

(3)香久山・・・・八百万神が祭祀具を用意した場所

 

地図を見ての通り、この3要素が高千穂町には揃っているのですね。

それだけじゃなく、なぜか一直線に並んでいたりするのは、全国的に見てもここだけではないかと。。

 

香久山より南西には櫛触神社と櫛触峰があるのですが、ここは天孫降臨神話の舞台となったところ。

荒立神社は創造神で艮の金神でもある国常立尊を祀っている神社だったりします。

その延長線上をたどっていくと、国の名勝として有名な高千穂峡があり、さらに山を挟んで谷あいの棚田が見られる農村地帯に、一家惨殺の殺人事件現場があったというわけです。

 

 

神話の舞台の線上に大量殺戮現場の意味とは

 

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天岩戸神社 - Wikipedia

 

そもそも6人殺害の容疑者と見られる人も亡くなっているらしいので、真相はわかんなくなっていますね。

メディアでは容疑者が一家と険悪度が増して、乱心した結果的な解釈で幕を引きそうですが。実際のところは目撃情報もなし、証拠もないのでわからないのに。

かなり山奥のことだし、実際にはどこかの暗殺部隊が暗躍し、全員を殺して容疑者を仕立て上げて「こつが犯人だった」と決めつけることだって自在にできちゃうのではないかと。

 

しかしこの事件の場合は、天岩戸神話の舞台に関連づいているという毛色が違った部分があったのですね。

だから個人的には容疑者とされている人の犯行とは、断定して見てないです。

八百万の神が相談したという天安河原」とい象徴的な土地も関連づいているので、何らかの組織的な計画の末、何者かが何らかの方法で大量殺戮を起こしたという線で見てしまいますが。

 

作者連中が、これから日本に起こることの暗示として機能させていたり、あるいはそれを起こすための生贄を伴う呪術に関係している気がしますが。

 

 この事件によって表されているところは、

天安河原・・・一連の出来事は計画的である

・天岩戸・・・いったん闇に閉ざされ混迷を極め、後に光が復活する

・荒立神社・・・国常立尊を祭神とする。「大本神論」や「日月神示」で言われるところの艮の金神と同一であり、大峠、世の建て替えをする神という。

・櫛触峰・・・天孫降臨神話の舞台。神が降りてきて天皇家となった

  

 要するに良く言われる世界の破滅的な出来事が、暗示されているのではないかと。妄想するばかりですが。

 

 

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