たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

胆振のアイヌとヘブライとフルとイシンの関係

 

 胆振ヘブライ

 

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アイヌ - Wikipedia

 

胆振(いぶり)って変な地名だなと思ってました。燻り(いぶり)とか、燻り出し(いぶりだし)のいぶり。

胆振支庁というのは北海道の南部にある地域。

胆振の観光名所でいえば、洞爺湖だとか有珠山昭和新山だとか。都市で言えば苫小牧、登別、室蘭といったところ。あと気になる地名では、ホロホロ山、オロフレ山、ハッタオマナイ岳とか。変な山が多いです。

これらの地名は全部アイヌ語を元にしてるらしい

 

この前もブログに登場した飛鳥時代斉明天皇の頃、胆振鉏(いぶりさえ)という蝦夷が登場するのが最初で、後に胆振国(膽振國)となってますが、彼らは古墳時代以前からいたのではないかと。

 

この胆振というのが、イブリー(ヘブル・ヘブライ)の名を受け継いでいるのではないかと。これがネット検索で、2チャンネルの日ユ同祖論に出てくるのですが。

胆振

イブリー 

IVRY 

ヘブライ 

以前は「アイヌユダヤ起源説」とか言われて実しやかだったのですが。今は日ユ同祖論自体を全否定する風潮が強いらしいです。

遺伝子的に違うとか、あっちから来てるわけないという先入観が影響するので。

 

 

振から出てくるフル

 

胆振とIVRYという、表面的な発音だけが一致すれば偶然だけど。しかし複数も日ユ同祖論に符合していたなら、ちょっと無視できなくなるのです。

 

世界大百科事典 第2版の解説
カナン【Canaan

パレスティナおよび南シリアの古代の呼称。イスラエルの民は,エジプトを脱出した後シナイやネゲブの荒野を彷徨(ほうこう)していたころ,神から約束されていながらまだ手にしていない〈乳と蜜の流れる地〉としてあこがれた。前2千年紀の初めころから,エジプト人はこの地方をレテヌRetenu,そしてその住民を〈アジア人〉と呼んでいた。しかしトトメス3世の時代(前15世紀前半)には,エジプト語の文献は同じ地方に対しフルHurruという名称も使用するようになる。

カナンとは - コトバンク

 パレスチナ地方、いまのイスラエルだとかヨルダンの地域ですが、ここは古代イスラエルユダ王国ヘブライ王国と重なっています。

紀元前15世紀ころには、このへんはフル(huru)と呼ばれていたとか。

これが胆振の「振(フル)」だとすると。胆振がIVRYでヘブライなのと整合してますね。なんで胆振鉏のアイヌは、胆振の漢字を当てられたんですかね。

 

 

胆振から出てくるイシン

 

つぎに胆振という名全体でみますが。いぶりというのは訓読みですね。

じゃ音読みにすると、「イシン」なんですね。これで分かることも有りました。

イシンで古代ヘブライに関連する歴史的名称があったんですね。

 

イシン(シュメール語: I3-si-inki[1], Isin)は、紀元前20世紀に繁栄したメソポタミア南部の都市である。シュメール時代のイシン王については知られておらず、「イシン王朝」といえば、ウル第3王朝の衰退に乗じて独立を果たした南部メソポタミアのアムル人国家「イシン第1王朝」のことを指す。都市神はグラ(Gula。Nintinugga, ニンイシンナとも)。

紀元前2017年にイシン第1王朝

紀元前1157年にイシン第2王朝

ちょうどヘブライの時代ですね。

イシン王朝はシュメールのマルドゥク神を崇拝していたのですが。

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 マルドゥク

バビロニア - Wikipedia

 

 この胆振が音読みすれば「イシン(胆振)」であり、イシン王朝の名を意図するとすれば?

イシンは紀元前1,000年頃からアッシリアの一部となっていますね。アッシリアはカナンの地も支配下に置いていたので、フルの名を持っていることも、地理的・民族的にも整合しているようですね。

不思議じゃないですか。なんで胆振鉏のアイヌは、胆振の漢字を当てられたんですかね。

 

 

頭ごなしに否定できない低学歴

 

低学歴的な観点で、これは果たして、頭ごなしに否定しても良いものなのかという考えは、以前からあったのですが。

 

「遺伝子的に違うから古代のヘブライ人はアイヌと無関係だ」というのは、完璧な理論じゃないんですよね。

なぜかというと、

異民族のリーダーが、とある民族に自分たちの伝統文化を受け継がせること・・・これは、過去にずっと起こってきたことなのですよね。

日本人が洋服を着ているのだって、文明の利器を利用してるのだって、同じですからね。明治当時の西洋人の遺伝子は日本人に入ってなくても、当時の西洋文化は脈々とつながって今も日本人は西洋服にかぶれているのだから。

 

それがアイヌに起こっていたとすれば、

ヘブライ人がアイヌにIVRYの伝統を受け継がせた結果、胆振(IVRY、フル、イシン)の名が残っている」として、なんらおかしくないのだし。

当時の伝道者の遺伝子が残らなくても、記憶は受け継がれたことになるのだから。

これは日ユ同祖論全般に言えることですが。

全てを遺伝子だけで語ろうとする、遺伝子学の人はどうかしてましたね。

 

それに、何しろ一般ピーポーは、デタラメの歴史、科学技術、医学、天文学を、知らぬ間に世界の支配者から押し付けられ、それを世界の常識なのだと、疑いもなしに理解させられちゃっているのだから(想像)。

それを元にすればひょっとして、間違った遺伝子の解釈を押し付けられているというのも、滑稽じゃない気がしましたね。

なにしろ、医学や天文学と同じく、一般人じゃ遺伝子の本質を確かめようがないですからね。御用学者のやりたい放題じゃないですか。

気がしただけですけどね。

  

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