たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

ハツクニシラススメラミコトの極秘情報

 

 以前に公開したブログ記事で、こんなのありました。

ハツクニシラススメラミコトの謎

 

3年ぶりにハツクニシラススメラミコトの答え合わせしようかと。と言っても想像を膨らませた当てずっぽうですが。いつもどおり。 

ところで隣のおばさんが化け物に取り憑かれたように、深夜も朝も構わず壁や床を数時間も連打することがあるんですが。

屋外で鳴る爆発音から飛行機の音まで、全部俺のせいにしてぶっ叩きまくるおばさんには、何を言っても叩き返しても、話が通じません・・・。

4日も夕方16:00~24:00まで、猛烈にゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴンと叩きまくられて精神的にちょっとイラッときているし、仕事が止まってしまったり心臓に悪いという悪影響があるので、対策を考えています。

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ハツクニシラススメラミコト2名様

 

この呪文のような言葉は、神武天皇崇神天皇に共通している称号でした。しかし漢字が違っています。

神武天皇 始馭天下之(ハツクニシラス)天皇(スメラミコト)

崇神天皇 御肇國(ハツクニシラス)天皇(スメラミコト)

見ればむちゃくちゃな当て字です。非力彬でフィリピンだとか、氷島アイスランドとか、浮渚在之平地(うきじまりたいら)みたいなもんですね。

漢字の意味が通れば音はなんでも良いみたいな。しかしフィリピンに非力彬を使っているのは何か悪意があるような・・・。 

 

ところで、

ハツクニシラススメラミコトについては幾つかの謎が横たわっていました。

・なぜ倭国にハツクニシラススメラミコトは神武と崇神の2人いるのか

・なぜハツクニシラススメラミコトの漢字が違うのか

・なぜ応神天皇はハツクニシラススメラミコトじゃないのか

 

日本列島の倭国という1つの地域にあって、初めて国を建国した主が、神武天皇崇神天皇、2人いるのはおかしいじゃないかと。昔から言われてたらしいです。

結局は神武・崇神の同一人物説や、それぞれの単なる称号説で良いじゃないかと落ち着くのですが。

ところがなんか、思いついた発想と異なっていたので、これ以外の別の意味があるのだろうと勘ぐりました。

 

 

大移動をした天皇

 

漢風諡号に神が付く天皇は、「渡海を含む大移動」をしている天皇であると考えられます。 これは私見ではありますが。

・神武 神武東征

崇神 対馬海峡を移動して九州へ(*1)

・神功 対馬海峡を移動して新羅

・応神 対馬海峡を移動して新羅

 こんなふうに。

(*1)について

崇神天皇は古典三書での記録上は渡海してないですが、和風諡号の「御間城」を任那と解釈すれば、海を渡っていることになるので。

 すると崇神天皇以前の神武天皇も、大陸で東征をしていた可能性が出てくるわけで、それで当ブログでは神武天皇烏孫の昆莫を同一視しているのですが。

 すると海を渡った天皇で神がつく、神功皇后(元天皇扱い)と、その皇子の誉田別命応神天皇)が、何故ハツクニシラススメラミコトじゃないのかという疑問に当たりました。強大な統治者だったら、みんなハツクニシラススメラミコトになれるってわけでもなかったようですね。

 

 

崇神天皇のハツクニシラススメラミコトは不可解

 

記紀伝承にある通りだとすると、崇神天皇のハツクニシラススメラミコトは不可解でした。

ハツクニシラススメラミコト=「建国者」が、同じ倭国王朝の中で、2名出てきてしまうのだから。

記紀伝承では

奈良盆地神武天皇が王朝をたてた

奈良盆地崇神天皇が王朝を継承した

これが書いてあることなので、つまり「崇神天皇は建国者ではない」のに。

それなのに崇神天皇には、称号としてハツクニシラススメラミコト=建国者が与えられているのだから。これは崇神天皇というよりは、神武天皇の立ち位置がオカシイと考えるのは当然でした。

 それで筆者は変な方向性に向かうのが得意なので、変なことを考えました。なにしろ神武天皇とは、満州の「朱蒙の東征」とあまりにも似ていたのだから。

それでブログ内で一時期、神武天皇烏孫の昆莫説で盛り上がってたわけなのですが。電子書籍もまだまとまっていません。

 

 

ハツクニシラスから導かれる邪馬台国と女王

 

大陸移動どうこうは兎も角、始馭天下と御肇國の2つの間には共通点がありました。

それは始(はじめ)と肇(はじめ)という発音と意味の共通性意外にも。

 

始馭天下之天皇のほうは、倭国の支配者である、そのへんを意図した意味が込められているようでした。漢字を編と旁に分解してみると分かってくることがあります。

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筆者の想像にすぎないですが、「始馭」の2字を分解すると、「女台馬又」となり、これは誰が見ても「邪馬台国の女王」のアナグラムとして機能してますよ。情報を意識的に含めていることが明らかです。

「女・又馬台(ゆまたい・ゆまと)になるわけなので。これは恐らく西の九州から東方を支配権に置いた卑弥呼と、神武天皇をかけ合わせているのです。偶然と言って切り捨てればそれ迄ですが。

 

ちなみに「学研漢和大辞典」によれば、「始」の一字だけで、「女性が胎児を始めて孕んだ様子」を意味しているのですね。

やっぱり奈良時代天武天皇の頃の天皇家は、神武天皇卑弥呼を関連付けていたようです。行動の面で。しかし本来の両者は別人同士だと思いますが。

あと「始」の一字は、古訓に「セム」とあって、神武天皇セムというのはやっぱりアレだなと思いました。分かる人にはわかるはなしで・・・。 

 

 

次に崇神天皇の方を見れば、

 

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こちらは漢字は抜きにして、発音の「おじょうこく」のアナグラムとして「じょおうこく」つまり「女王国」と掛け合わせてあることがわかります。

「おじょう」というのは「お嬢様」とも言うので、やはり高貴な女性を意味しますね。女王とお嬢様が、崇神天皇の称号として名付けられているんではないかと。

これは神武天皇のハツクニシラススメラミコトのほうで「女」が含まれているのとリンクしているようです。

これまで筆者が「崇神天皇卑弥呼」といっていた情報が、「御肇國天皇」からも導かれたというわけでした。

 まあこれも偶然と言われたらそれまでですが。

 

崇神天皇に封印された卑弥呼のアナグラム

 

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