たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

かごめ歌とひふみ祝詞の日ユ同祖論

 

今回はかごめ歌について、気づいたことがあったので、それについて。

  

まだまだ謎の籠目歌 

 

かごめ歌とはこんな歌詞。

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった 後ろの正面だあれ

このかごめ歌、古来より伝わっているのは、

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 

ここまでだそうな。以下の、

鶴と亀がすべった 後ろの正面だあれ

この部分は江戸時代以降にくっつけられたと。

 

じつはこの籠目歌、もしかすると弥生時代から存在したかもしれないという話なのです。

何故かと言うと、天照大神が、天の岩戸に入って、その後に岩戸から出てくるという神話に似ているから。

 

f:id:kl117cr233:20180610010932j:plain

天岩戸 - Wikipedia

岩戸神話

素盞嗚命がまだら馬の皮をはいで、御殿の屋根を壊して、天照大神の部屋に投げ入れた。天照大神は機織り機で怪我をして、怒って岩屋に閉じこもって出てこなくなった。その結果国中が常闇となり、夜も昼もわからなくなった。

そこで八百万の神は天の安河のほとりで、天照大神をどうやって外に出すかを相談した。

思兼神は常世の長鳴き鶏を鳴かせ、天手力雄神を岩戸の脇に立たせ、天児屋命太玉命は天の香具山の榊を掘り、八尺瓊五百筒の御統と八咫の鏡とぬさをかけて祈祷をした。天細女命は岩戸の前で神がかりになって踊った。

天照大神はこれを聞いて、どうして天細女命はこんなに騒ぐのかと不思議に思って、岩戸を開けて外を見た。そのときに手力雄神天照大神を引き出し、八百万の神は、もう岩戸に入らないように言って注連縄を引き渡した。

 

この天の岩戸神話と、籠目歌を照らし合わせると、 

籠目歌の歌詞 (天の岩戸神話で解釈)

 

かごめかごめ (囲め囲め)・・・天照大神を囲む八百万の神

籠の中の鳥は (岩戸の中の天照大神は)

いついつ出やる (いついつ出やる)

夜明けの晩に (夜明け=太陽=太陽神=天照大神

 

という話になり、籠目歌は天の岩戸神話のシチュエーションになってくるいうことでした。

と書いてたら地震が・・・。

 

で、天の岩戸開きのとき、天児屋命は「ひふみ祝詞」と唱えたと伝わっていました。

 

ひふみ祝詞

一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ)

  

先代旧事本紀

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

大人の伊勢神宮

 

十種神宝との関連

 

天照大神が岩戸に入って闇に陥ったのは、一回死んだことを意味し、岩戸から出てくるのは蘇ったことを意味するという解釈もあります。

ということは蘇りの秘術みたいなものを使った、または表現している可能性があるのですね。日本には古来より、死人を蘇られる神宝が存在していたので。

 

石上神宮に、十種神宝(とくさのかんだから)と呼ばれるものが伝わってました。

 十種神宝(とくさのかんだから)とは、『先代旧事本紀』の天孫本紀(巻3)に登場する天璽瑞宝十種(あまつしるし-みずたから-とくさ)を指す。記述によると饒速日命(にぎはやひのみこと)が天降りする際に、天神御祖(あまつかみみおや)から授けられたとする。

 

布瑠の言(ふるのこと)とは、「ひふみ祓詞」・「ひふみ神言」ともいい、死者蘇生の言霊といわれる。

先代旧事本紀』の記述によれば、「一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ)」と唱える「ひふみの祓詞」や十種神宝の名前を唱えながらこれらの品々を振り動かせば、死人さえ生き返るほどの呪力を発揮するという。

  • 「ふるべ」は瑞宝を振り動かすこと。
  • 「ゆらゆら」は玉の鳴り響く音を表す。

十種神宝 - Wikipedia

 要するに天照大神が天の岩戸に閉じこもったとき、ひふみ祝詞を口にしたということは、天照大神が既に死んでいたので、十種神宝で蘇らせたという意味合いが出てくるのですね。

 

 そこで以前の記事でも取り上げた、日ユ同祖論のことなのですが。

 

「ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やあ、ここの、とうぉ」

は、若干のなまりを考慮するなら、つぎのようなヘブル語として解される。

「ひぃ、ふぁ、み、よお、つぃぁ、ま、なね、や、かへな、たゔぉ」 

・・・(中略)すなわちこれは、

「ハイアファ ミ ヨツィア マ ナーネ、ヤカヘナ タヴォ」

と発音され、

「誰がその美しいかた(女神)を出すのでしょう。彼女の出ていただくために、いかなる言葉をかけたらいいのでしょう」

の意味なのである。(中略)もともと完璧なヘブル語なのである。そしてその内容は、コヤネがアマテラスを洞窟から誘い出そうとして言った祝詞の場面に、まさにピッタリしている。

日本語の数詞「ひい、ふう、みい、よ、いつ、む、なな、や、ここの、とお・・・」得体の知れない何か - たっちゃんの古代史とか

 

八百万の神が、天照大神を導き出す時の状況と、ひふみ祝詞をヘブル語解釈した意味が、とても似通っているのですね。

 

これを籠目歌の歌詞とも比較してみると、

「ハイアファ ミ ヨツィア マ ナーネ、ヤカヘナ タヴォ」(誰がその美しいかた(女神)を出すのでしょう。彼女の出ていただくために、いかなる言葉をかけたらいいのでしょう)

 この部分が、「籠の中の鳥はいついつ出やる」に対応しているってことなのです。

 

まとめると、

・籠目歌(女神はいつ表に出るのか)

・天の岩戸神話(女神を表に出す出来事)

・ひふみ祝詞(女神を表に出すヘブル語)

この3者が実は同じものであった可能性を、改めて発想できました。 

 

 

 

にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
にほんブログ村

↑ クリックお願いしますm(_ _)m。