たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

原初の神「国常立・国狭槌」の正体がピラミッド+地下構造なことは豊斟渟(クヌム神)が証明する

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開(ひら)け、ゴマ(おめ)。

 

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久しぶりにサッと描いてみた。

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前回の記事

国常立・国狭槌・豊斟渟の三神が記録したピラミッド構造

 

これ、信じられない、デタラメと思われたかもしれません。

国常立尊(くにとこたち)と国狭槌尊(くにのさつち)が、「どこか」のピラミッドと地下構造を現しているだなんて。

 

でもこれは信憑性があるんではないかと思うわけですが。そのピラミッドがエジプトに今あるものなのか、それとも別の場所にあったものかは、別の話なのですが・・・。

ともかくこれからの話によって、国常立・国狭槌・豊斟渟(とよくむぬ)の三柱の神が、原初の創造神であったこと、これが分かってくる予定です。

ちなみに俺はイルミとか新興宗教みたいな、そういう関係ではないですが、日本史を調べていくと、何故だか結果的にアッチにつながってしまいます。

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 豊斟渟とは何の神か

 

 「日本書紀」を読むと豊斟渟は意外と記述が多いです。それはどうしてかと言えば、別名がやたら多いから。

 

古事記』では、神代七代の二番目、国之常立神の次に化生したとしている。国之常立神と同じく独神であり、すぐに身を隠したとある。

日本書紀』本文では、天地開闢の後、国常立尊国狭槌尊の次の三番目に豊斟渟尊が化生したとしており、これらの三柱の神は男神であると記している。

日本書紀』本文では、天地開闢の後、国常立尊国狭槌尊の次の三番目に豊斟渟尊が化生したとしており、これらの三柱の神は男神であると記している。

第一の一書では、国常立尊国狭槌尊の次の三番目に化生した神を豊国主尊(とよくにぬしのみこと)とし、別名がして豊組野尊(とよくむののみこと)、豊香節野尊(とよかぶののみこと)、浮経野豊買尊(うかぶののとよかふのみこと)、豊国野尊(とよくにののみこと)、豊齧野尊(とよかぶののみこと)、葉木国野尊(はこくにののみこと)、見野尊(みののみこと)であると記している。「豊」がつく名前が多く、豊雲野神豊斟渟尊と同一神格と考えられている。第二から第六の一書には、同一神とみられる神名は登場しない。

トヨクモノ - Wikipedia

古事記

豊雲野神

 

日本書紀本文

1・豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)

一書の別名

2・豊国主尊(とよくにぬしのみこと)

3・豊組野尊(とよくむののみこと)

4・豊香節野尊(とよかぶののみこと)

5・浮経野豊買尊(うかぶののとよかふのみこと)

6・豊国野尊(とよくにののみこと)

7・豊齧野尊(とよかぶののみこと)

8・葉木国野尊(はこくにののみこと)

9・見野尊(みののみこと)

 

雲の1字を重視するなら、この神は雲神というわけです。しかし「日本書紀」の別名の中には雲を使った名が1つだけしかなかったりします。従って雲神という従来の認識は、何だか可怪しいとしか思えません。

それに国常立は原初の神、国狭槌は槌の神、豊斟渟は雲の神という三者三様で関連性の無い並び方は、何か不自然に感じます。実際神世七代は建設者的な神ばかりが集まっているのに比べてみれば、そう思ってしまいます。

神世七代の正体は「建設者」だった1

神世七代の正体は「建設者」だった2

 

重要なのはクムヌ、クモノという音、それに漢字の意味です。

 くも 空気中の水分が細かい粒となり、もやもやとまとって宙に浮かんでいるもの。

解字:云は、たちのぼる湯気が一印につかえて、もやもやとこもった姿を描いた象形文字。雲は「雨+音符云」の会意兼形声文字で、もやもやとたちこめた水蒸気。魂と同系のことば。

 

 くむ、くみとる、分量を量りながら汲む

解字:甚は甘(うまい)+匹(女色)の会意文字で、食と女とに

深入りすることを示す。斟は斗(ひしゃく)+音符(甚)の会意形声文字で、深さや分量を量りながら汲むこと

 

 とどまる 

ひと所に水がじっととまって流れない「渟水」とどめる

 以上「学研漢和大字典」より。

 

「組(くみ)」は水を汲むに通じ、

「香節(かぶ)」は水に「浮かぶ」に通じ、

「浮」はそのまんま水に浮くこと、

葉木」は水がなければ存在できない樹木や葉っぱのこと、

「見野」は水・沼に通じます。

 

というふうに、豊斟渟は、全体的に水に関係していることがわかります。だから雲の神というより、水に関係している神と捉えられるのですよ。

豊齧野尊の「齧」については水には無関係ですが、ある理由から重要性が高いと思われるので、後に登場した時に大注目です。「浮経野」についても。

ではこれらの情報を踏まえて進みます。

 

 

 

エジプトのクヌム神と名前と神格が同一な不思議

 

エジプトにはラーよりも古くから信仰される、クヌムという創造神がいました。

クヌム神は大筋でいうと、以下のような神さまです。

 

クヌム(Khnum, Knum, Chnum, Khunemu)は、古代エジプトから伝えられている創造神の一人。 ナイル川を司る神ともされ、その起源はエジプト神話のラーよりも古いとされる。フヌムとも呼ばれる。

クヌム信仰ではこの神だけが創造神で[要出典]、粘土を捏ねて他の神々や人間などの万物を作り上げたとされる。 また、エレファンティネ(現在のアスワン)の守護神で、そこより南方から来る洪水の管理をしているという。 ナイルの水源には普段、結界が張られており、水位が抑えられているのだが、クヌム神がその結界を破ることによって水が溢れ出し、増水が発生すると信じられていた。 クヌムは人間を創造した神とされ、多産をつかさどるヘケトの配偶者とも言われる。

大ピラミッド建造で知られるクフ王の名前は、クヌム・クフウイ(クフム神は我を守りたまうという意味)である。

主に羊の頭をした人の姿で表される。この羊は角が水平に伸びる種で中王国時代には絶滅してしまっている。

参考文献
ステファヌ・ロッシーニ他『エジプトの神々辞典』矢島文夫・吉田春美訳、河出書房新社(1997年)

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クヌム - Wikipedia

 まあここで、わかったと思いますが。豊斟渟とクヌムの名がにていることが。まぁ指摘している方もいましたが、国常立・国狭槌・豊斟渟の3点セットがクヌムに関係しているとは思わなかったでしょう。豊を除いて、名前がにているものを取り上げてみると。

クヌム Khnum Knum Chnum Khunemu Hunum

斟渟 kumu nu

雲野 kumo no

国主 kuni nushi

組野 kumi no

クヌムがクムヌになってるのだから、ほとんど大差ない様子。

クムヌクムヌクムヌクムヌクムヌクムヌクヌムクムヌクムヌ

 ↑さてこの中で、クヌムはどこにいるでしょう?紛れてわかりませんね。

 

別の発音で記録が多いのも一致していました。まぁ名前が似てるだけ、それだったら偶然ですね。

でも名前だけじゃなく神さまとしての性格も似た感じがするのです。

・・・その前に気になるのは、クフ王との関係。

 

 大ピラミッドの主と言われるクフ王はクヌムの名を持つ

 

ギザの大ピラミッドを作った人はクフ王、そんなふうに習った時代がありました。

クフ王がどうして大ピラミッドの主かと言われるのかは、アラブ人の話が元になっていました。

アラブの伝承の中のクフ

642年、アラブ人がエジプトを征服し、ギーザのピラミッド群に到着すると、彼らも誰がこれを建造したのかという説明を求めた。この時期までにエジプトの住民は誰も古代エジプト語を話せなくなっており、エジプトのヒエログリフを翻訳することができる人間もいなくなっていた。結果、アラブの歴史家達は自分達の説と物語を用意した[13][55]。

クフと彼のピラミッドについて最も良く知られた話は、1430年にムハンマド・アル=マクリーズィー(1364-1442)によって書かれた『街区と遺跡の叙述による警告と省察の書』(Hitat 正式名はal-Mawāʿiẓ wa-’l-iʿtibār fī ḏikr al-ḫiṭaṭ wa-’l-ʾāṯār)に見られるものである。この本はクフについて集められたいくつかの説と神話、特に大ピラミッドについての物が載せられている。クフ自身については滅多に言及しないが、多くのアラブの作家達は大ピラミッド(及び他の物も)はヘルメス神(アラブ名:イドリース、Idris)によって建てられたと確信していた[13][55]。

アル=マクリーズィーは、クフを聖書のアマレク人からとって、サウリド(Saurid)、サルーク(Salhuk)、またはサルジャク(Sarjak)と名付けている。そしてアル=マクリーズィーは、クフは悪夢を繰り返し見た後、ピラミッドを建てたと書いている。悪夢の中で大地は逆さまになって星が堕ち、人々は恐怖で泣き叫んでいた。別の悪夢は、天国から星が堕ちて人々を攫い、二つの巨大な山の麓に連れて行く光景を見せた。クフは、預言者達から大洪水が来てエジプトを破壊するという警告を受け、彼の財宝と知恵の書物を守るために三つのピラミッドをギーザに建てたという[13][55]。

クフ - Wikipedia

ここ十数年の考古学や歴史学によると、今のギザの大ピラミッドは、どうもクフ王が作ったわけでもなく、クフ王の遺骨が見つかったわけでもないし、単なるお墓じゃないという認識が強まっているとか。まぁ表向き、発掘や探索がぜんぜん進まない、というか発表されないのは変なことですね。

しかし、エジプトの大ピラミッドとクフ王の関係を、完全に否定するのは早いんですけどね。何しろ古代エジプトに居た頃の天皇家の記録を残している「日本書紀」からは、大ピラミッドとクフ王を関連付けているような、そんな情報が出てきてしまったのだから。

 

日本のクムヌ神(豊斟渟)とエジプトのクヌム神との一致点

 

エジプトは、古代からエジプトと呼ばれたんじゃありませんでした。

紀元前後にはアイギュプトスであり、ミスルであり、それ以前の大ピラミッドの時代にはケムト、ケメトなんて呼ばれました。

エジプトを漢字変換すると「埃及」で「ホコリが及ぶ」で、まさに砂漠だから砂埃の舞い踊る国を現しているようです。

不思議なのはケムトを日本語解釈すれば「煙た」の「ケムリ」になってホコリとケムリだから、どっちも埃っぽい煙たい感じの関係性を持つこと。運命的なものが感じられました。それはさて置き。

 

豊斟渟尊とクムヌ神を比較すると次のようになります。

1 名前    豊斟渟(クムヌ) クヌム

2 国名    倭        エジプト

3 属性    水        水

4 順位    原初       原初

5 「クフ王」 齧(クフ/古訓)  クフ・クヌム

6 ピラミッド 国常立尊(△)  クフ王の大ピラミッド

7 地下構造  国狭槌尊( □)  大ピラミッドの地下構造

8 「3」   原初の3柱の神  原初の頃の3大ピラミッド

9 羊     豊は「羊羊」   羊頭の神

 上記の1、2、3、4については既述。

 

5「クフ王」 

エジプトのクヌム神が、クフ王の名の中に含まれ「クフ・クヌム」とあるから、クヌム神自体がギザのクフ王の大ピラミッドに関連付けられている、これは明らかです。

では倭の豊斟渟(クムヌ)のほうはどうかといえば、 「日本書紀」一書の豊斟渟の別名に「豊齧野尊(とよかぶののみこと)」が含まれていることがわかりますが、これが実はクフの名を残した名称だったようなのです。

「齧」これは「かぶ」でこの読みから濁点を抜けばクフに似てる(齧=かふ=kaf・クフ=khuf)わけなのです。しかも齧の古訓が「クフ」だったので、無関係というほうが可怪しいなと、自分的にはそう感じました。

 

6、7、についても上記の通り。

 

8「3」

倭の豊斟渟(クムヌ)は、「国常立尊国狭槌尊、豊斟渟」という3柱あわせて1つの存在なのです。「イーグル・シャーク・パンサー」の3体合わせて太陽戦隊サンバルカンみたいな話。

一方でエジプトのクヌム神ですが、ギザのクフ王に関連付けがされてるわけなので、ギザの三大ピラミッドの「3」で一致していました。

先程のアラブの伝承によると、「ギザの三大ピラミッドは知識を保存するために、全てクフ王(クフ・クヌム)が建てた」ことになってました。これは咄嗟に出たデタラメと言われているのですが、もしかするとギザの三大ピラミッドは「クヌムが造った」という話が根底にあったのかもしれません。

 ということは、ここでやっぱりクヌム神とは、知識の書=エメラルド・タブレットを隠すために大ピラミッドを建造したと言われている、ヘルメスやエノクと同一人物なのではないか?クヌムとクフは混同されて、ピラミッドはクフ王の墓と呼ばれたのではないか?クフ王はエメラルド・タブレットの秘密を全て見たのでは?という疑問が湧いてくるのですが。

この点まとめているブログが以下。

「ヘルメス思想」の謎

 『エメラルド・タブレット』によれば、“上なるものは下なるものに一致し、下なるものは上なるものに対応する”

「ヘルメス思想」の謎より

エメラルド・タブレット=知識の書については、またなんか湧いてくるものがあるので、記事にする機会がありそうですが。 

 

 最後、

 9 羊

 ひつじはシープ、メ~と鳴く動物で、古墳時代以前の日本にはいなかったそうです。クヌム神は羊の顔をしている、では豊斟渟(クムヌ)はどうか?と調べてみても、当初は豊斟渟(クムヌ)から羊の情報をまったく見つけられませんでした。

困ったときの漢字字典というわけで、「学研漢和大字典」を引いてみました。それで豊斟渟から、羊を見つけたときには驚きました。。

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豊の字は、篆書体(紀元前の戦国~秦代)では、「羊羊」の形状を含んでいたのですね。

 

これで豊斟渟(クムヌ)とクヌム神の一致点は全て取り上げました。国常立・国狭槌・豊斟渟の三柱が、なぜかエジプトのピラミッドに関係している、それはわかったのではないかと思います。

しかし国常立・国狭槌・豊斟渟という神々に隠されている真相は、ここに見せているのは一部だけであって、これだけでは留まらないのですけどね。

とりあえず長くなったので、今回はココまで。

 

まぁ想像するのは自由なのです。

 

 

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