たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

崑崙山の西王母が日本と古代イスラエルを結びつける(日ユ同祖論)

 

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崑崙山脈 - Wikipedia より

 

西王母イザナミの中に生きている

 

古代から中国では西王母の信仰があり、当初の西王母は中国西方の崑崙と呼ばれる山岳に住む、半人半獣で人の死を司る鬼神でした。

やがて漢代になると道教と結びつき、三千年に一度の仙桃を持って不老長寿をもたらす、冥界の主というイメージで定着したそうです。

古代の倭では、伊弉諾命(イザナギ)が桃によって黄泉醜女を振り払っているし、桃太郎が鬼退治をするという伝承もありますよね。それに加え、倭では弥生時代から古墳時代にかけて、西王母が刻まれた銅鏡が流行しました。

これはまさに古代の西王母の信仰が倭に入り込み、桃が魔除けとなったことをあらわす典型みたいです。

 

奈良県葛城市の棚機(たなばた)神社。ここは七夕(たなばた)の名で分かるように、織姫と彦星に関係する神社です。中国の古典演劇である京劇では、織姫と彦星の仲を裂いたのは西王母になっているとか。

西王母は機織や織物の神となっているので、機織を職業とした倭人の女性が信仰対象としたのは当然のことでした。 

 

でもこんなふうに絶大な影響を誇った西王母が、日本神話には決して登場していないように見えるのは不思議でした。

たぶんその答えは、西王母の禍々しい姿と死を司る役割が、倭で死を司る黄泉の女神伊弉冊(イザナミ)の中に、習合されたからです。女神イザナミの対極にある男神イザナギが、桃を魔除けアイテムとして使っているのが、西王母信仰が歪んだ形で入ったことを表してますね。

 

ところで、現在のチベット高原の北方にある崑崙山脈アルティン山脈のあたりが、西王母の住まう場所とされました。ここは古代の倭に流入している、月氏突厥など中央アジアの遊牧騎馬民族が居住したところです。

とくにアルティン山脈はテングリ(天)の神が住まう場所として、遊牧騎馬民族の信仰対象となっていた山です。

テングリ - Wikipedia

すると西王母が、遊牧民のテングリに関係があるのかと考えたのですが、これがドンピシャで正解だったようでした。

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西王母の拠点が何故か古代イスラエル王国にあったとか

 

古来より中国では西王母の拠点は崑崙山で決まっていましたが、実はもう一か所、かなり遠方で、西王母が住まうのだと指摘される場所がありました。

これは「史記列伝」に記録があります。

 

史記列伝五大宛列伝第六十三

条枝は、安息の西数千里にございまして、西海(地中海)に臨んでおります。暑気と湿気がひどく、農耕をし、稲を植えます。巨大な鳥がいて、その卵は瓷ほどあります。人口はなはだ多く、ところどころに小首長があります。しかしながら、安息がこの国を支配下に置き、植民地としております。国民は奇術が上手です。安息の年寄りたちの伝承によりますと、条枝には弱水という川があり、西王母という仙女がいるとのことですが、まだ見たことはないそうです。

 

史記列伝 五 p79 岩波文庫より

 安息とはアルサケス朝パルティア(アルシャク朝パルティア)のことで、B.C(ビフォーキリスト)の247年からA.D(西暦)228年まで中東に存在した国です。

 条枝とはパルティアの西にあり、定説的には地中海に面しているシリアのことです。

 

ここで気になるのが「巨大な鳥」。

世界最大の鳥といえば、飛べない鳥のダチョウで、いまの生息区域はアフリカ大陸のエジプトより南側のみです。ここに登場する巨大な鳥というのは、ダチョウのことだと考えられます。卵の大きさは直径20センチ、重さ15キロにもなるとか。

キリストの頃、サハラ砂漠は今より乾燥しておらず、ダチョウの生息域も地中海に近い地方も含まれていました。

旧約聖書でも「イザヤ書」にダチョウが登場します。古代イスラエル南方のエドムに関する記述に登場するから、エドムがあるシナイ半島にも、ダチョウが生息していたかもしれません。

 

 条枝とは定説上はイスラム国でしっちゃかめっちゃかのシリアのことです。

しかしアルファベットで書くと「Jo-si」になります。ユダヤ人を表すジューイッシュ(Jewish)に漢字をあてて条枝としているように見えます。

jo-si

jew-ish

するとここに登場する条枝の弱水とは、ヨルダン川のことですね。

 

シリアや古代イスラエル西王母がいた、というのは不思議でしかないです。

これの回答ですが、西王母とそっくりな特徴をもつ神が崇められていたので、「史記」の編者である司馬遷は、その神に対して西王母の名を当てていると見られます。

 

イザナミ西王母=イシュタル

 

西王母は日本では原初の女神イザナミと書きましたが、イザナミによく似た性格の神が、中東でも崇められていました。

それはシュメール神話に登場する、愛と戦と豊穣の女神イシュタル(イナンナ)です。

『イシュタルの冥界下り』

天界の女王らしい華美な装いをして冥界に降りたイシュタルは、冥界の門番に門を開けるよう指示する。門番からイシュタルがやって来たことを聞いたエレシュキガルは激怒し、門番に「掟に従い彼女(イシュタル)をもてなせ」と命じた。「綺麗な着物を着てはならない」など冥界での禁忌を犯した出で立ちでやってきたイシュタルは、門番が開く7つの門をくぐるたび身に付けている物を剥ぎ取られる。エレシュキガルのもとに辿り着いたときには、彼女は既に全裸だった。イシュタルはエレシュキガルによって冥界に閉じ込められ、死神ナムタルから60の邪気(=病魔)を体に放たれた。冥界から帰れなくなったイシュタルの影響で、地上は不毛の地と化してしまった。生者たちの嘆きを聞いたエアは無常の人間アスシュナミルを創って生命の水を持たせ、冥界へ送り込んだ。エアの知恵が功を奏してイシュタルは冥界から解放されることとなり、門をくぐる過程で剥ぎ取られた着物や宝飾品なども全て、取り戻すことができた。

イシュタル - Wikipedia

 死して黄泉の世界で雷神をまとい化物となって、イザナギと再開するイザナミの話と似ているじゃないですか。これは比較神話学で取り上げることができます。

イシュタル(イナンナ)と、イザナミと、西王母は非常に性格が似通ってるんです。

西王母は女神で、冥界に君臨し、死を司る立場であるので、司馬遷が条枝のイシュタルに、西王母と名付けたことはしっくり来る気がします。

すると中央アジアの遊牧騎馬民族が信仰した、崑崙山やアルティン山脈に西王母がいたという意味合いが、当初よりちょっと違ってきました。

 

崑崙山の西王母とは、実は古代にシュメールから発祥したイシュタルのことであり、シュメールから東方崑崙山へ移住した中東の人々が信仰していた神だと考えられますし。

古代中国人は、イシュタルを西王母と改名して、道教の信仰にも取り入れたというわけです。司馬遷はこれを知ってて、崑崙山の西王母を、条枝(シリアかエルサレム)にも配置したのでは。

そのイシュタルこと西王母を、東方の倭人が信仰していたのも、倭人が西方にルーツを持つとわかっていてのことだったんじゃないかと。日ユ同祖論的には、そんな風に考えてみました。f:id:kl117cr233:20170817061849j:plain

グーグルマップで崑崙山と表示される場所から、条枝、倭国の両方に距離を計測すると、なぜか両方ともほぼ4200kmと同じ数字が表示されました。崑崙山はちょうど、条枝と倭国の中間地点にあったんですね。

この崑崙山の場所、歴史上ではチベットですが、崑崙山のすぐ北はタリム盆地で、西域とよばれる異民族の文化圏です。崑崙山の北東の敦煌烏孫の本拠であり、タリム盆地は元々全域が月氏の土地、その北の天山山脈がサカ(塞)の土地でした。

 

今回はここまでにして、次回、西王母がいる場所が、崑崙山な理由も明らかにします。

 

 

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