たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

<烏孫起源説>中国二十四史ではどうして倭だけ「倭人」と表記するのか

視線を感じて、ふと背後を見ると部屋に虫がいるみたいな、第六感の日常。

6月21日は豪雨。

今日は雨がスゴイなと思って、窓の外を見れば、ちょうど地面に何かモソモソと動く気配が。

今回はまさかのカニ・・・。

f:id:kl117cr233:20170621131318j:plain

キャッチして撮影。まるで歩く宝石みたいでかわいい。そしてリリース。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりに、天皇大和民族烏孫起源説で展開します。

 

三国志」は創作された物語のほうは漫画ではよく見てました。

一方で歴史書のほうの「三国志」、こちらは「魏志倭人伝」が含まれている、陳寿による書物のことです。

魏志倭人伝 - Wikipedia

日本人の歴史研究は、倭人伝ばっかりに囚われる傾向にあるとか。でもこれはあんまり良くない傾向で、何故かと言うと倭人シルクロード民族の吹き溜まり、ごった煮みたいなものだから。

 

魏志倭人伝」と言われるものは、正確には「三国志魏書烏丸鮮卑東夷伝倭人条」というらしいのですが、ここには倭=日本だけじゃなく、多数の国と民族が紹介されています。

烏丸、鮮卑、夫餘、高句麗、東沃沮、挹婁、濊、韓、倭人

というふうに、3世紀頃の東アジア諸国・諸民族がいました。

 

原文をみると、なぜか倭だけ「人」がくっついて倭人になっているのですね。

鮮卑人、高句麗人、韓人というふうには表記しないのに、なんで倭だけ倭人なのかは疑問に思うしか無いことでした。

 

さらに「三国志」に含まれる西域の諸国を見ればこんな感じ。

西域南道鄯善国(構成国:且志国、小宛国、精絶国、楼蘭国)
于寘国(構成国:戎盧国、拘弥国、渠勒国、穴山国、皮山国)
西域北道高昌国
焉耆国(構成国:尉梨国、危須国、山王国)
亀茲国(構成国:姑墨国、温宿国、尉頭国)
疏勒国(構成国:楨中国、莎車国、竭石国、渠沙国、西夜国、依耐国、満犁国、億若国、榆令国、損毒国、休脩国、琴国)
ジュンガル盆地からイリ地方車師後部王(構成国:東且弥国、西且弥国、単桓国、畢陸国、蒲陸国、烏貪国)
烏孫
ソグディアナからインド康居国
大宛国
月氏国(構成国:罽賓国、大夏国、高附国、天竺国)
臨児国
車離国(礼惟特、沛隸王)
盤越国(漢越王)
西アジアからヨーロッパ安息国(構成国:羅国)
條支国
烏弋国(排特)
大秦国(犁靬)(構成国:澤散王領、驢分王領、且蘭王領、賢督王領、汜復王領、于羅王領)

 

さらに「後漢書」を見るとこんな感じ。

巻85 東夷列伝 夫餘・挹婁・高句驪・東沃沮・濊・三韓・倭
巻86 南蛮西南夷列伝 南蛮・巴郡南郡蛮・板楯蛮夷・西南夷西南夷夜郎・滇・哀牢・邛都・莋都・冉駹・白馬氐
巻87 西羌伝 羌無弋爰劒・滇良・東號子麻奴・湟中月氏
巻88 西域伝 拘彌・於窴・西夜・子合・德若・條支・安息・大秦・大月氏・高附・天竺・東離・栗弋・厳・奄蔡・莎車・疏勒・焉耆・蒲類・移支・東且彌・車師
巻89 南匈奴列伝 南匈奴
巻90 烏桓鮮卑列伝 烏桓鮮卑

 

中国の歴史書二十四史を調べてみると、やはり「魏志倭人伝」の「倭人」という

ふうに「人」をくっつけている国名は他にないですね。「倭人」は特殊であるみたいです。

 

倭人に「人」が付く理由は? 

 

極めて短絡的にいえば、中国人は倭人を人間扱いしたんじゃないかって想像は、出てくるんじゃないかと。

中国は古来より四方八方の異民族を蛮夷として害獣扱いし、人間として見なかったわけなのです。そんな中で、陳寿から見て、唯一人間として見られたのが、倭人だったと。

だからあえて、人を付けて目立つようにしたのかもしれないです。

そもそも「倭」という文字には人編が付いているので、「人委人」みたいに、人に人を重ねてより人間らしいことが強調されているかの如く。

陳寿が殊更に倭人に対する傾倒した思いを抱いていたと、これも考えられることです。実は陳寿が倭系の人物なのではないか、という疑惑はあったのです。

実際「魏志」の記録をよむと、倭人伝はすごく丁寧に、全国の地名と地方の首長と副長の名前を、一人ひとり取り上げていたりします。こういった倭人伝の傾向は、他の東夷の諸国では見られない特徴でもありました。

 

倭人烏孫との関係

 

陳寿は魏呉蜀という三国の西側にあった、西域と呼ばれる中央アジア地域のことも、東夷の倭人のことも、同様に見識を深めている人でした。

魏の国の都だった洛陽の皇帝の宮殿には、しばしば倭人朝貢しに訪れていたし、地理志編纂者の陳寿は、東西南北の蛮夷と接する機会もあり、実際倭へ赴いていなくても、洛陽で倭人から話を聞く機会はありました。だからこそ魏志倭人伝も完成させることができたのだと想像します。

だから陳寿は、東西の民族の違いを見分ける目を持っていたので、倭人のなかに西域人が入り込んでいれば、きっとそれも気づいたに違いないです。

 

そこで陳寿は気づいてしまったのではないですかね。

倭人の中に烏孫の王族と民が入り込んでいることに。

その証拠が、「倭人」なnおかもしれないのですよ。これも勝手な想像ですが。

倭人 wa-zin

烏孫 wu-zon

こんなふうな感じで、名称を烏孫に合わせているがために、倭に「人」をくっつけて発音を似せて、倭の正体の示唆を与えてみたのではないかと。

 

倭人伝に登場してくる人物には、難升米をはじめとして、中央アジアに関係するのではないかと見られる人物が多数出てきます。

 

塞曹掾士張政

魏の帯方郡の武官です。塞曹掾士(さいそうえんし)張政(ちょうせい)という人が、倭の担当をしていました。

塞というのは中央アジアのサカの中国表記なのですよ。

なんで倭人との対応に、サカ人担当者が当てられたのかは、従来の考えではまったく説明できないことです。この人は塞(サカ)の言語を駆使できたと思われます。

倭人にサカ人担当官が当てられたのは、それなりに意味があったと考えたほうがいいです。

 

・難升米

難升米はナンショウマイとかナシメというのですが、最近気づいたのですが、この人は烏孫の末裔でした。なぜかというと、烏孫の昆莫の父親の名が「難兜靡」というからなのです。

難升米 nan-sho-mai
難兜靡 nan -tou-mi

 

・都市牛利

シギュウリ、トシゴリなんて読まれます。従来は倭人は変な名前を持ってたのだと言って、それでオシマイでした。でも中央アジアに関連付けて考えてみれば分かりまs。

これはタジグリと読みます。タジキスタンの都市、塔什庫爾干(タジュクルガン)のことです。タジクというのは中央アジアに、漢の時代からある地名でした

都-市-牛-利
塔-什-庫-爾(ru)

も~完全に一致。

 

・伊声耆

ここまで中央アジアが揃っているのだから、この人も中央アジア関係です。イセイキと読んで、お伊勢参りの伊勢行きなのかとおもいきや、これも烏孫でした。烏孫のあったキルギスには、この地域を代表する大きな湖「Issyk Kul」があるのですが、つまりこういうこと。

伊-声-耆
 i-ssy-k

 

魏志倭人伝に登場する倭人の出身は中央アジアだった  より

 

神武天皇綏靖天皇については。

(1)神武=昆莫、神=昆莫

 これは名前を比較すれば分かってくることですが。

昆莫 kun-mo(kuen-mo)

神武 kan-mu(神武をカンムと読んだ場合)

神  ka-mu(神武天皇諡号「神日本磐余彦(かむやまといわれびこ」)

 

 

第2代天皇綏靖天皇

諱(本名)は「日本書紀」によると「神渟名川耳」っていうのですよ。

古事記」では「神沼河耳」で、「かんぬなかわみみ」、「かむぬなかはみみ」。

 

この名前、烏孫の昆靡名(王名)にありました。

烏孫の3代目は「軍須靡(クンシュミ)」というんですが、名前比べてみたら、

神渟名 kan-jou-mei日本書紀

神沼  kan-sho古事記

軍須靡 kun-shu-mie(秦・漢時代の音)

神渟名をカンジョウメイと音読みした場合、なんでこんなに似てるんですかね。。

「渟」は音読でジョウ。

 

さらに軍須靡には別名があって、「岑陬(ジンゾー・またはジンス/ジンシュ)」っていうのですが、これも神渟名川耳の中にちゃんとありました。

神渟 jin-jou

神沼 jin-sho

岑陬 jin -zou(jin-su/jin-shu)

神渟でも神沼でも、岑陬と一致させることができるんです。こんな偶然は無いんじゃないかと。つまり必然なんじゃないかと。

 

日本の神武朝は「中央アジアの烏孫の昆莫王朝」と同一視できることのまとめ

 

こうした天皇大和民族と、烏孫の間に見られる明らかな一致については、膨大に見つけていきました。過去記事で取り上げていたので、それを見ればよく分かると思います。

 

最近の烏孫の関連記事はこち

かつて奈良盆地にあった大和湖の本来の名はイシク湖だったりして

神武天皇を救ったのは狼だったのか。狼の語源は大神で元はWolfだったのか。

倭と中央アジアに確認できる長脛と安日

第2代綏靖天皇と、烏孫の軍須靡の名が似すぎている件

 

だから中央アジアの西域と、東アジアの東夷を知り尽くした陳寿が、倭人という国名により烏孫が関連付けていたとして、不思議はないです。自分の中では。

 

にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
にほんブログ村

↑ クリックお願いしますm(_ _)m。