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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

倭と邪馬台国はキリストと12使徒の名が伝わった最果ての国だったのか

倭の国は、西のエジプトを含む中東や欧州から東アジアまで、あらゆる人種と宗教と文化を取り込んだ、混沌の国でした。

それは「古事記」で淤能碁呂島が混沌の海から天沼矛により生まれ出たとするところにも、現れているんですよ。

倭国とは混沌が基礎で、だから今の日本を見てもあらゆる宗教文化を冠婚葬祭や祭事催事に取り入れ、日本語は世界言語の集合体なことからも理解できてしまいますが。

 

そもそも倭の邪馬台国を見ていると、そこかしこにキリスト教的な要素が見え隠れするという話は、指摘している人もかなりいるようです。まとめました。

 

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(1)邪馬台国 邪馬台国はマタイ国なのか

魏志倭人伝」を成立させたのは陳寿という人物で、3世紀の後半には完成していたそうです。中身は2世紀末から3世紀後半までの倭国について詳しく、卑弥呼の時代を著した最たるものとして価値が高いです。ただ邪馬台国はどこかという国を巻き込んだ論争をを招く元にもなっていたりもします。

ところでマタイという人は、卑弥呼より200年も前、1世紀にキリストの十二使徒の1人だった実在の人物とのことです。「マタイによる福音書」はなんとなく知っていました。

マタイ

マタイ(英: Matthew the Evangelist)は新約聖書福音書に登場する人物でイエス・キリスト十二使徒の1人。ギリシア語表記はマタイオス (Μαθθαιος, Matthaios)。マテオ、マトフェイとも表記する。「マタイ」の意味は「神の賜物」。

新約聖書の最初におさめられた福音書(第一福音書)の本文には著者に関する言及はないが、古代以来伝統的にマタイによるものとされ、『マタイによる福音書』というタイトルがつけられている。

マタイ - Wikipedia

 

マタイによる福音書

エスこそが「モーセと預言者たちによって」予言され、約束されたイスラエルの救い主(キリスト)であると示すことにあり、イエスにおいて旧約聖書の預言が成就していることを示すことであった。

マタイによる福音書 - Wikipedia

マタイによる福音書は紀元85年までに完成していたようです。

邪馬台国というのが、もしかして使徒マタイの伝導が倭まで届いた結果として「ヤ・マタイ国」なのかもしれないなと。ヤというのはヤー(神)のことで、神マタイ国みたいな感じですね。

 

これがほんとなら、ほかにもキリスト教的な何かは、倭や邪馬台国に残ってる筈ですね。

 

(2)卑弥呼はフィリポ(ピリポ)なのか

 

卑弥呼という名前自体は、かつての漢字発音では「ぴみほ」だなんていう話もあります。

卑弥呼の名前がもし元々外国語だったらと考えたら、こんな人の名前が思い浮かびました。

フィリポ

フィリポは新約聖書に登場するイエスの弟子、十二使徒の一人。文語訳聖書、口語訳聖書、新改訳聖書の表記ではピリポ。日本ハリストス正教会での表記はフィリップ。伝統的教会すべてにおいて聖人とされる。『使徒行伝』に登場する福音宣教者フィリポとは別人。

フィリポという名前はギリシア語の男性名で、ユダヤ人としての名は別にあったと想定される。なおフィリポ、ピリポという表記は「馬を愛する者」を意味するピリッポス(フィリッポス)の、日本語聖書翻訳の新共同訳聖書における、格変化語尾をはずして名詞幹のみにした慣用表記である。

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フィリポ - Wikipedia

卑弥呼はフィリポの名を取ったのは考えられるかもです。音が似ていますし。そういえば、卑弥呼と同一人物だという倭迹迹日百襲姫命の出て来る「日本書紀」の逸話には、ギリシャ神話とまったく同じモチーフの話が挿入されているようですね。こうしたことが何故起きたのかといえば、卑弥呼天皇家の人)がアッチからの流れを組んでいる人だからで、説明がつくわけなのですが。

 

(3)卑弥呼の卑はイエスなのか

 

卑弥呼の漢字に注目してみると、「卑」は大和言葉で「いやしい」で、良くない意味が使われていると解釈される向きにあります。

でも「イヤシ」によってイエスの意味を込めていると、見ることもできますね。

卑し→イヤシ→イエス→癒し

だからあえて忌むべき「卑」という悪い意味の漢字を使ったのは、発音を重視してのことであり、卑弥呼自身なのではないかと。すると漢字に大和言葉を当てはめているのも卑弥呼ですね。

 

(4)持衰(じさい)はジーザスなのか

 

魏志倭人伝」に登場してくる、何だか理不尽な役割の生け贄。昔からこんな損な役割の人が居たようです。

持衰について調べていたら、こんな記事を発掘しました。

説話の共通点 2002年07月12日19:23

 古代日本には案外ユダヤ教キリスト教の説話が流入していたと思われるふしがある。
 魏志倭人伝に「持衰」という職業のことが出てくるが、航海にくっついていき、風呂に入らず髪をとかしたり爪を切ったりすることもなく、徹底的に禁欲して航海の無事を祈るだけの人のことである。無事に着けばあり余るほどの褒美をもらえるが、海が荒れ出すと殺されて犠牲にされる。こういった職業は中国にはなかったようで、魏志倭人伝の筆者は倭独特の職業と記述している。穢れを一身に負うところなど、大祓えの儀式を思わせる。また、成功すれば大歓迎、失敗すれば犠牲死というあたり、シャーマンの行く末のようである。そしてその名前、「持衰」。ジーザスは英語読みだが、なんとなくよく似ている。ジーザス=イエスヨシュア=ジョシュ、やっぱり似ている。

drecom_sylvieのブログ : 説話の共通点

 持衰については、以前からジーザスのことでは思っていたことですが、まさか2002年の段階でこの話を出している人がいたとは。負けました。

2002年といえば、おそらく実家で引きこもっていたり、自転車でふらついて各地を見て回って世の中の見聞をしたりで、先が見えない持衰みたいな人生の最中でした・・・。

なんでイエスとかイエズズとかヨシュアじゃなくて、ジーザスなのかは謎ですが、ジーザスを用いたアングロサクソン系の民族が、倭へ移住して持衰に影響したと考えることもできます。使徒の1人の熱心党のシモンは、ブリテン島(イギリス)に渡ったという話もあるということですし。そこから倭へ向かった人がいたかもです。

 

(5)投馬国はトマスなのか

 

邪馬台国のひとつ手前に、投馬国が登場するのですが、これは詳しい情報がまったくありません。

でも邪馬台国がマタイ、卑弥呼がイエス、フィリポの名を持つとなったら、お隣の投馬国も使徒トマスでもおかしくないんではという気がします。

イエス・キリストの使徒のひとりで、インドまで行ったというトマスは、インドではトマの名で知られました。

トマス (使徒) - Wikipedia

投馬国の「投」に注目すると、この漢字は手偏+右側の造りが「シュ」 というのですが、「学研漢和大字典」によれば、元々は「手でたてぼこ(立矛)を立てる」意味で、つまり「矛=槍」の意味があったと言い換えていいですね。

一方で使徒トマスの象徴物を見ると、双子、正方形と共に「槍」があるわけなんですよ。

投馬国はトマスの名を持ちながら、トマスの象徴「槍」の意味までも持っているということになるので、投馬国がトマス国であっておかしくなかったのでした。

 

(6)斯馬国はシモンなのか

 

使徒シモンという人がいました。1人はシモン・ペトロ、もう1人は熱心党のシモン

これまで倭の諸国に、キリストの使徒の名が含まれることがわかっているので、斯馬がシモンな可能性があると思いました。

斯馬というのは「斯(切る・裂く意味)+馬」とかくので、卑弥呼同様に良い意味じゃない言葉。でもこれにもキリスト教の意味がありました。「斯(キリ)」が「キリスト」を示唆しているように見えますし。キリサクとかけばさらにそんな感じが出ます。

個人的に斯馬国は島原半島のあたりと考えるのですが、火山活動が活発な雲仙の山は、むかし「温泉」と書いたらしいです。温泉といえば熱心党に繋がるな、と何か運命めいたものを感じさせてくれたのでした。

 

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というわけでキリストの使徒、マタイ、フィリポ、トマス、シモンまでは、偶然ではなく、事実として含まれる気がしました。倭にはあらゆる宗教と思想と文化が混ぜ込まれていることを考えると、あっておかしくなさそう。

 

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