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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

太陽は単なる恒星なんかじゃない気がする件。中に入れる生命体?

宇宙

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太陽の塔 - Wikipedia より

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お天道さまはお見通し

 

体調が悪くて、あと何年間生きられるのかとう考えるこの頃です。

しばらく重曹水をやめていたら、各所の痛みが悪化。重曹水を本格的に再開してみたら、痛みも消えてきているので、やっぱり重曹水は効くんではないかと実感。生きている限り、ずっと毎日飲み続けようかと。

それにしても。

俺の人生にとっては、人間付きあいの大部分は、傷つくためにあるみたいなものでした。ただでさえダメな人なのに、集ストされて俺じゃないのに俺のせいにされたり罵声を浴びる日々。

差別やイジメが蔓延るこの世界で、人間関係でのデメリットを感じてしまう人は、少なからず居るのが実情になっているし。

攻撃的な人とは会わずに生活。人間関係は最小限に留める。好きなことをして生きていきたい。この本音を実現するというわけで、山奥の森の中に住むことになりました。

俺が死ぬときは、葬式・戒名不要で、遺骨は散骨だから墓も不要。。死ぬ前に個人葬(火葬式)を予め業者に依頼しよう。これは何年後か分かりませんが。

 

ひとまず2017年は、4月の引っ越し旅行は目前となってきました。俺と一緒に世界も様変わりすることは確実ですが。戦争が始まる、大災害が起きるなんて言われますが。

「おてんとう様は全部お見通し」なんて、悪人に対しては昔から言うらしいです。みんなが太陽を見ているように、人類の個々もずっと太陽に見られているんだろうか。人類の悪事や営みもすべて。

 

お天道様・・・太陽は意志を持ち、宇宙だけでなく個々の地球人を眺めているんですよ。昔のひとはそんなふうに認識していたみたいです。

太陽光線を浴びることで、見られてしまうなんて言う想像してみました。そもそもこの世界は光が存在しなかったら、真っ暗で何も見えないということを踏まえると、光こそが視覚の根源というのは当然なんですよね。「旧約聖書」の「創世記」神は最初に「光あれ」といって光が満ちましたが。光が、太陽という生命体の目や感覚の一部なのかもしれないってことで。

そのへんは古代エジプトのアテン神の姿でもわかりますね。太陽円盤から太陽光線が降り注いでいる姿。人間に腕を伸ばすかのようにして干渉する太陽の姿。

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アテンを崇拝するファラオアメンホテプ4世と彼の家族。アテン - Wikipediaより

 

プロミネンスがうねりを上げては大爆発したり、黒点やコロナホールを変化させて見せたり、地場の細胞分裂みたいな現象が起こるとか。ほんとにまるで生命体のように、変化にとんだ活動をするのが太陽です。

実際に太陽が生命体という見方は、大昔からあるらしいです。地球という惑星が1個の生命体であるという「ガイア理論」は、1960年代にはすでに提唱されていたそうです。地球の親分である太陽という恒星にも、ガイア理論と同じものが当てはまっていて当然かと。

古代エジプトでは太陽円盤は蛇で表現されていたし、日本では神武天皇の御宇以来、熊野の八咫烏は太陽の中のカラスで表されました。太陽は生命体であることを、太陽の蛇やカラスで表したのですかね。

 

イソップ童話の「北風と太陽」の物語は知られてますが、元々は「太陽神アポロンと北風の神ボレアスの話」で、紀元前のギリシャ神話だということなんです。

この物語では太陽が擬人化されて、顔が描かれてるのですが。やっぱり太陽は人に影響を与える存在として、古代から認識されていたんですね。

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北風と太陽 - Wikipedia より

 

太陽はおひさまで「日」の1字であらわされるけれど、これに「生きている」を加えたのが「星」。

だから、日=太陽は生きているのが古代中国人の宇宙観だったのですね。これも古代エジプトと一緒じゃないですか。

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そう言えば 筒井康隆の小説で「星は生きている」なんてのがあったと思い出しました。星が1個の生命だという題材の小説はいくつか覚えています。

 

太陽の塔の秘密

 

1970年に大阪府吹田市で開催された大阪万博

芸術は爆発だ」とか言って、奇抜な芸術作品を生み出すことでおなじみだった故・岡本太郎制作の「太陽の塔」が、この万博のシンボルになっていたとか。

太陽の塔は高さ70メートルと巨大で、太陽をあらわす顔が上、前、後、地下に4つあり、それぞれの太陽には意味が込められていました。

 

太陽の塔の顔の意味

黄金の太陽の顔 正面最上部 未来

・白い太陽の顔 正面中央 現在

・黒い太陽の顔 背面 過去

・地下の太陽の顔 地下 太古

 

こんな感じで1つの塔は時間をあらわすんだとか。太古の太陽の顔は、すでに失われてしまったらしいのは、何か意味深。

太陽の塔は翼を広げた鳥みたいですが、実際にモデルになっているのは岡本太郎が飼ってたカラスだそうです。太陽の中の八咫烏のイメージが、この塔に関連付けられて採用されているみたいです。

太陽の塔の内部には、高さ45メートルの「生命の樹」が下から上に伸びていて、エスカレーターが設置されて上に登れるとか(いまはどうかわからん)。内部では動物と自然の展示があるということです。

youtu.be

 

太陽の塔とは太陽そのものであり、いうなれば、

・太陽の内部に入ることが出来る

・太陽は生命を宿す生命体である

・太陽は時間を超越する

こんな驚天動地の示唆が、塔に込められているみたいな妄想をしてしまいますが。

 

あと、黄金とか生命の樹とか、なにか宗教的な思想が入っているようです。黄金の未来というのは日月神示生命の樹ユダヤ教ですかね。ペルーのインカ帝国時代の太陽神殿は、黄金によって埋め尽くされていたとか。日本では八咫烏と同一視もされる「金鶏」の伝説が「日本書紀」にありますし。

太陽の塔に顔が4つあったように、日本の太陽神は天照大神をはじめとして、蛭子(昼子)、大日孁貴(おおひるめのむち)だとか、太陽の名を持つ神は多くいました。 

ところで、日本人はとかく日本史ばっかり研究してる人は、日本を中心に見ていく傾向がありますね。

日本人はたとえば味噌や納豆や豆腐は日本固有の伝統食なんて言いますが、実際のところ味噌や納豆や納豆は東南アジアや中国にもあって、あちらのほうが原産地じゃないかって言われています。

だから物事を日本中心に見てる人は、本来最初にあった大陸のものを知らずに見過ごしたり、軽視しがちになったりするのではないかと。

神社の由来についても、日本発祥だとは言うけど、どうして神社では狛犬というライオンが守り神なのか?日本にはそもそもライオンが生息していなくて、ライオンがいたのは遠くアフリカなのに、なんで神社を守るのがアフリカのライオンなのか?という疑問点にすら届かなかったりするのですよ。

日本の神社は遠く大陸のはるか果ての文化を集合しているからこそ、ライオンが守り神になってるんですよ。

だから視点を自分視点から切り離して、遠い場所の第三者目線を拾っていくことは、重要ではないかと。まあ俺もなかなかできないことなんですが。

 

太陽の塔の中に入れる。このこともなんか「太陽の中に入れることの示唆」かと。内部に空洞でもあるのか、

それとも一部で言われてるように、恒星とは異次元ポータルとして機能をしていて、別世界へ行ける入り口だったりするのか。だから太陽の塔には太古、過去、現在、未来の4つの顔があるんだなんて考えると、自分で納得してたりしますが。

だから太陽の塔と太陽の存在を踏まえると、タイムマシンはあって然るべきだなんて思いますし。

 

太陽の塔が着工したのは1968年のこと。俺が太陽の塔のことを調べて妄想記事を書いたのが2017年。・・・岡本太郎は49年以上前に、太陽の凄さや本当の機能(生命体であることや異次元ポータルであること)を知っていたのですかね。まあここに書いてあることが事実とすればですが。

とにかく謎ばっかりの太陽は意外と好きです。

 

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