たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

本来は「翼ある蛇」だった斐陀国は、金印の委奴国と同一の民。のちに匈奴の攣鞮氏が入り込み飛騨になったかも

名は体を表すとか。

 

古今東西漢字文化圏では、漢字の持っている意味や成り立ちを重視し、人の子や土地に命名してきたのでした。21世紀でも同じ傾向があり。 最近、土地の開発の際に昔の地名を消してしまって、何の変哲もない「中央」だとか「東」「西」「南」「北」みたいなつまんない名前に変えてしまう傾向があるんですけど。なんなんすかね。

ココ数日、飛騨について考えていました。その結果。

 

斐陀と蛇神信仰

 

中部地方岐阜県は、飛騨の古名を持ってましたが、飛騨について最近気づいたこと。 

飛騨というのは、元は「斐陀」と書きました。斐陀国造、斐陀国。

飛騨と書くと「ひだ」としか読めないんですが、斐陀だと「いだ」の音もあると気づきますね。

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「ベーシックアトラス日本地図帳」より

 

「いだ」というのは蛇と関連付いている言葉だというのは知ってましたか。

【委蛇】いだ

①うねうねと這い回るようなさま。②なよなよとしたさま。③すなおにものに従うさま。④旗のひるがえるさま。

【委】[古訓]ウルハシ

(学研漢和大字典)

 ウルハシとは蛇の異名。倭をあらわす「委」がウルハシなのは意味深なんです。むかし倭国は「委奴国」という名前だったみたいなんですが。

「麗し(うるわし)」というのは美しいことを言うのですが、ヘビが美称に用いられてる理由は、古代倭国の蛇神信仰の名残りだからなんですね。

記紀を見てもわかりますが、神世七代の神にはけっこう蛇神が含まれてるんですよ。崇神天皇は蛇神大物主神を祀ったりしましたし。

 

同書で斐と陀についても調べてみると、

【斐】あや

[意味]左右対称になった模様。模様や飾りが美しい。

[解字]非は羽が左右の両側にそむいたさまを描いた象形文字。「文(もよう)」左と右と対象するもよう。

[古訓]ウルハシ

 ウルハシ

 

【陀】[解字] 蛇と同系のことば

【蛇】[古訓]ウルハシ 

 

つまり斐陀というのは古訓で「ウルハシ・ウルハシ」で、その意味は「蛇・蛇」なんすよね。

ここで忘れていけないのは、「斐」は左右対称の羽がついていること。

つまり斐陀とは本来は「翼ある2匹の蛇」を表してるのですよ。

 

話は戻って「いだ」ですけど。これは弥生時代後期の西暦57年に後漢からもたらされた金印の「委奴国」と関係してるんではないかと。「後漢書」では、

建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬

建武中元二年、倭奴国、貢を奉じて朝賀す、使人自ら大夫と称す、倭国の極南の界なり、光武、印綬を以て賜う」

ここに登場する「委奴国」は福岡市の付近で、倭の極南海(最南端)で、この当時は朝鮮半島南部~九州が倭国の領域だったと見られるんですが。とか言ったら韓国人は混乱してしまいそうですが、「後漢書」と「魏書」の倭人伝、韓伝、それに「日本書紀」を見る限りでは任那弁韓と呼ばれた地域が倭人居住域だったのは間違いないでせう。

 

委奴を「いだ」とするなら「斐陀」と同じになってきます。おそらく九州の委奴国は、のちに伊都国と奴国にわかれるんだと思います。伊都国は九州の福岡市付近です。

奴国は福岡市付近と、本州の中部地方にあったんじゃないかと思いますが。それが信濃国美濃国大野郡伊那郡、恵那郡など広域的な「奴=濃・野・那」の地域。

そして委奴=斐陀なので、斐陀国も。

 

この地域が「魏志倭人伝」に出てくる「狗奴国」に対応するとは、「崇神天皇に封印された卑弥呼と壱与」と電子書籍「日本の地名の真の由来と神武東征のカラクリ仕掛け」でも書いてますけど。

 

翼ある2匹の蛇?古代オリエントメソポタミア研究やアメリカ大陸の歴史を知ってる人なら、ピンと来ますけど。

「翼ある2匹の蛇」

 

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Ningishzida - Wikipedia, the free encyclopedia

ニンギシュジッダ

メソポタミアの冥界の神。

シュメール神話によれば、ニンギシュジッダは、世界をつくった天空神アヌの宇宙神殿を保護する者。翼のある蛇として描かれる。

ドラゴンといっても間違ってないような感じ。東洋の龍には羽がないのは気づくと思いますが。羽のあるドラゴンというのは中東~欧州方面なのですよ。つまり斐陀は西の方面からきていることが考えられますが。縄文時代なのか弥生時代なのか。

それはさておき。

 

飛騨と騎馬民族

 

斐陀のあとは飛騨。

飛騨とは「飛・馬・単」で、「一頭の馬が飛ぶ」んですよね。

日本列島に馬が入ってきたのは、3世紀~4世紀以降となっているんです。

つまり「翼ある蛇の斐陀」が何故か「一頭の馬が飛ぶ飛騨」に取って代わられた様子がわかるんですね~。これはつまり蛇信仰だったのが、馬を扱う文化の集団に変わっていることを意味するのかと。まぁこれが「名は体を表す」から導かれる答えなんですけど。

 

で、最初に奴国があった中部地方が、騎馬民族的な思想に変ったというのは理由あります。中部地方というのは「匈奴系地名」に変遷したからなんですね~。

以前の記事で

「騎馬民族の影響を完全否定するのはトンデモ(1)」 匈奴は来た

で書きましたとおり、

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中部地方を中心とした古地名は、「匈奴系地名」だったんすね。

飛騨はHi-Daで、匈奴Hiun-Doと子音の一致が見られますね。

おとなり信濃Shina-Noは、匈奴Xiong-Nuがションヌ、ショナヌ、シナノ ですよ。

京都も匈奴そのまんまですしね。

 

で、これを表すのが「一頭の馬が飛ぶ=飛騨」なんではないかと。

中国の故事「天高く馬肥ゆる秋」略して「天馬」なのですが、これは本来は匈奴の馬を意味していて、「天馬」は「飛騨」に対応してることがわかりますね。

飛=天

騨=馬

こうゆうことだったんではないかと。だから飛騨に騎馬民族が関係してるってことなんですよ。

 

ちなみに匈奴の神話で、「狼を始祖とする」っていうんですが、騎馬民族だった匈奴烏孫突厥などは、みんな狼を先祖としていましたね。

その狼はどこから来たか?

突厥の神話では「西の海からやってきた」って言っているので、地中海・黒海地方にいた民族が、東へ向かった、それが匈奴の祖先ってことなんですよ。

 

更に付け加えると、飛騨に入っているのは、匈奴単于を輩出する「攣鞮氏」ですよ。何故かと言うと。

【攣】レン①ひく

【鞮】テイ①平らな皮革。

攣(ひ)鞮(だ)

ですね?

 

ところで御嶽山(おんたけさん)ですが、これは匈奴のあと突厥が本拠を置いた「ウトケン山(都斤山・鬱督軍山)ですかね。ウトケン山、ウントケ山、オンタケ山なんちゃったりして?

 

 匈奴のルーツとしては、もう目星は付いてますが、ヒッタイトですかね。匈奴ヒッタイトの音写のように見えますし。匈奴は古くから製鉄もしてましたし。

彼らはシュメールの翼ある2匹の蛇の民の末裔なのかもです。なんらかの関係はありそうです。

それから気になるのは「委」と書いて「ユダ」ですよね。深い意味がありそう。こういうのは上古の日本語、古訓、漢字の音読み、訓読み、呉音、漢音を使いこなす日本人じゃないと、解読不能になってるみたいです。

 

地中海地方(ヒッタイト)→匈奴(攣鞮氏)→倭の委奴・斐陀に合流→飛騨→岐阜

ということが想像できますけど。

 

それで「飛騨の口碑」というところで、飛騨こそが高天原で倭の中心だと言っているのですが。おそらく元々は委奴=斐陀が日本列島を統治していた王族の民なのでした。そこに匈奴の攣鞮氏が乗っかってきて、騎馬民族なので飛騨に改称されていることで頷けますね。高天原匈奴の信仰したテングリと結びついていますし。

あらゆる大和民族が、大陸から移ってきて、土着の倭人と融合しているんじゃないか、と考えてよさ気ではないですか。

「名は体を表す」から導いた想像ですが。膨らんでしまいました。では。

 

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