崇神天皇が卑弥呼とする明確な資料は無いんですが、なんとなく分かることはあります。
これは美萬貴と書いて「みまき」なのですが、なんか別の読み方ができるような漢字になってますね。美はbiの音があるので、これで卑弥呼と比較するとこうなるんです。
美萬貴 Bi-Ma-Ki
卑弥呼 Bi-Mi-Ko
卑もbiと読めることに注目。
子音を一致させて、母音を変化させるのが古代の倭の漢字の使い方としてあったと思うんですけど。あるいは母音を一致させて、子音を変化させても構わないとかですね。
たとえば
伊都(i-to)は仲哀紀では伊蘇(i-so)ですし。
末盧(matu-ro)国は松浦(matsu-ura)ですし。
月弓(tsuki-yumi)は月夜見(tsuki-yomi)など。
「日本書紀」で、玄界灘・対馬海峡を宗像三神に支配させたのは、天照大神でした。宗像三神とは天照大神と素戔嗚命のあいだに生まれた神。
「魏志倭人伝」で、玄界灘・対馬海峡を対海国(対馬)などに支配させたのは、卑弥呼でしたね。
つまり玄界灘・対馬海峡の支配者は、天照大神の末裔である天つ日嗣=天皇でなければいけないではありませんか。
このことは「日本書紀」でもちゃんと言われてるんですよ。「お前たち三柱の神よ、海路の途中に降り居て、天孫を助けまつり、天孫のためにお祀りをされよ」と(「日本書紀全現代語訳」より)。
普通に考えたら、玄界灘と対馬海峡の支配者で、大倭王である卑弥呼は、天皇であるべきなんですよね。
(゚∀゚)(ピコーン)!
美萬貴天皇(崇神天皇)と卑弥呼の発音を似せているのも、こうしたポイントを踏まえると、見えてきませんかね。崇神天皇の正体が、女王卑弥呼であることが。
「常陸国風土記」の編者は、こうした情報を知っていて美萬貴を用いたように見えます。
だから「古事記」序文で、崇神天皇を「后」と言って女性天皇を表してるんだと考えられるのですけど。
ま~これも偶然でも構いませんけどね。
○いつも助かっております
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