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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

中央アジアにあった、素戔嗚命と八岐大蛇退治の神話

古事記 大陸 大和民族 烏孫 記紀 起源

素戔嗚命(須佐之男/すさのお)は中央アジアで伝承されてたんではないか・・・。と思わせる神話がウイグル族にのこされていました。

それは何故かといえば大和民族の中枢に入った人々が、中央アジア出身だったからなのですが。

そもそも素戔嗚命とはsusanowoで、s usan no wo「烏孫の王」な気がするのは気のせいかどうか。

日本国内に実在した素戔嗚命と、習合(合体)してるんだと思いますけど。

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日本神話は、おおまかに言うと「日本列島の出来事・神話」と「ユーラシア大陸などの出来事・神話」が合わさっているのが正体なわけで。

「など」には欧州、エジプト、環太平洋」も含まれますが。

 

では中央アジアの素戔嗚命の伝承をちょっと。

素戔嗚命といえば「八岐大蛇」退治の神話が一番知られたもの。

天照大神に悪さをして、地に落ちた素戔嗚命が地上で英雄となった話。いわゆる堕天使として見れば、西洋ではルシファーのことですが。

これは実は、ウイグル族の中でも似たものが伝承されてました。ウイグルといえば新疆ウイグル自治区ウイグル族ですが、元々はトゥルク系民族であり、トルコ方面からやってきた人々でした。

そうするとギリシャ神話のヘラクレスヒュドラ退治だとかが入っていておかしくなかったわけなんですが。素戔嗚命は、中東ではバアルと共通点があったたりします。

 

ウイグル族の英雄によるドラゴン退治の神話は次のような話。

 ウイグル人の伝承によると、天山山脈にはドラゴンが住んでおり、人々の子供を食い殺したため、ウイグル族の英雄がドラゴンを8つに切り刻んだ。その8つの部分が火焔山となり、その山肌はドラゴンの血で真っ赤に染まった。

“The Flaming Mountains (Huo Yan Shan)”. travelchinaguide.com.

火焔山 - Wikipedia

 「古事記」を見ると、

出雲の鳥髪で、高志の八頭八尾の八俣大蛇(やまたのをろち)が毎年やってきて子供を食らうので、須佐之男命(すさのお)は八岐大蛇を酒に酔わせてばらばらに斬り殺した。肥河は血の水になって流れたという。

 共通点はもうすぐ分かりますが、舞台が天山山脈か出雲の鳥髪かという違いがあるだけです。

 

ウイグル      古事記

ドラゴン      八俣大蛇

人の子を食う    人の子を食う

ウイグルの英雄   須佐之男

八つに刻んだ    八頭八尾の八俣大蛇をばらばらに斬り殺した

山肌は血で染まった 肥河は血に染まった

 

比較神話学ではまったく同一ではないですか。

でも歴史学者は騎馬民族西アジアの民族と日本人の共通性は避けて通る傾向あるようで、こうした一致は無視されてしまいます。日本の神話は日本固有だと言いたい気持ちは分かるのですが・・・。

そもそも素戔嗚命とはsusanowoで、s usan no wo「烏孫の王」な気がするのは気のせいかどうか。

と言いましたけど。

天山山脈烏孫があった場所なんですね。つまり出雲がuzum=烏孫のことであり、鳥髪の「torika」は「turk」のことだとしたら?

やっぱり素戔嗚命の八岐大蛇退治の話は、トルコ人が伝えてきたものが天山山脈烏孫に持ち込まれ、それが出雲を舞台として再構築されたということに。

「鳥髪=トルコ」の名前が登場している以上、八岐の大蛇神話は「トルコ→日本」という伝播が想像されます

参考に、

むかしむかしあるところに大国主命が3人以上いました~烏孫と出雲に居た大国主命~ - たっちゃんの古代史とか

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火焔山(ウィキペディアより)

 

トゥルク系が中央アジアに到達したのはそれほど昔ではなく、3000年前ころの周の時代以降でした。で、素戔嗚命の伝承が仮に、元々は地中海地方の神話だったとしたら、日本に入ってきたのは弥生時代のことでせう。

日本列島における英雄素戔嗚命のモデルになった人物と、習合していると見られます。

拙著「崇神天皇に封印された卑弥呼と壱与」では、それは「魏志」の載斯烏越ではないかとしてます(載斯烏=さしのう、すさのお)。

 

 

ついでに

ウイグル族の神話としては気になるのがこれ。

アラー・ウッディーン・ジュヴァイニー世界征服者の歴史』(1260)

  • カラコルムから発するトグラ河セレンガ川が合流するカムランジュ( قملانجو Qamlānjū)に双樹があった。双樹の間の丘に天から光が降り注ぎ、日ごと丘は大きくなった。やがて丘陵が開き、天幕張りの5つの部屋が現れると各々に一人の子供が座っていた。5人の子供はこの土地の人々から王子と同じように尊敬され、長男はソンクル・テギン( سنقر تكين Sunqur Takīn /Sonqur Tegin),次男はクトル・テギン( قوتر تكين Qūtur Takīn/Qotur Tegin),三男はブカク・テギン( توكاك تكين Tūkāk Takīn/Tükel Tegin),四男はオル・テギン( اور تكين Ūr Takīn /Or Tegin),五男はブク・テギン( بوقو تكين Būqū Takīn/Buqu Tegin)と命名された。ウイグル人は彼らが天より降臨したものと信じ、彼ら3の一人を君主に戴くことにした。そこで、末子のブク・テギンが美貌と才智に最も秀で、あらゆる言語と文字に通じていたので、ウイグル人は彼を推戴してカン( خان Khān)とし、大祭を催して玉座に就かせ

    ウイグル - Wikipedia

 これ、天孫降臨神話です。

ウイグル族は、天からやってきたブク・テギンが美貌と才智に最も秀で、あらゆる言語と文字に通じていたので、彼を王に迎え入れているわけです。

 

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