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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

秩父三社に漲る力と伝説 そして知られざる配置の謎

古典 神社

(当初よりも少々追記しました。)

 

地球の生み出すエネルギー、特殊な地場、感動を生み出す力、アルファ波みたいなもの。それらを得られる場所がパワースポットと言われる場所。ということで、間違ってない感じがします。

そしてパワースポットでは、神様を拝むことで、なにかのご利益が得られるといわれます。これは、人は何か暗示にかけられ一つの物事を思い込み、「良くなる、良くなる」と念じることで心身に良い効果をもたらすというプラシーボ効果と言うべきか。それとも実際に神様のご利益でも良いです。プラシーボ効果の神様だろうし。

ともかく何かを見て感じて、体に良いパワーを得るには、自然だとか文化財に接して感動し、良い方向へ行くと思い込むことがいいとか。そういったプラシーボも良いけど、プライバシーもください。

 

以前のパワースポットを取り扱った記事

さきたま古墳群はパワースポットだと言える理由 

埼玉県東部=ちょっと凄目のパワースポット説

 

延喜式神社というのは古来より『延喜式』という書物に名のある、格付けされた由緒ある神社のこと。記載されていると、昔は立派な神社の証明になったりしていました。まぁ最近は延喜式内社かどうかは、別に重視されなくなってきたような気配です。記載されてない神社でも立派なものもありますし。

延喜式神社の調査」というサイトがあります。

全国の延喜式神社の情報を紹介しているところ。なかなか調べるのが難儀な情報を、全部調べあげて取り上げている凄いサイトです。埼玉県の延喜式神社調べるのには助かります。

またウィキペディア武蔵国式内社一覧も参考になります。 

武蔵国は埼玉県、東京都、神奈川県の北東部を合わせた領域。武蔵国のうち、埼玉県域内には12郡32座(32神社)。論社(候補となる神社・比定社)はかなりあります。

では秩父三社の伝説と概要を見ていきます。

 

秩父三社

秩父地方でも特に古来より崇敬を集めたのが、秩父三社の神社でした。秩父神社宝登山神社三峯神社のことです。

古墳時代には知々夫国造の支配地のなかでも、政治と神道の中心的、象徴的な施設として、影響力を保持してました。

 

秩父神社 

秩父神社秩父郡式内社です。秩父三社のうち延喜式神社はこの神社。

主祭神八意思兼命(やいおもいかね)、知知夫彦命天之御中主神秩父宮雍仁(やすひと)親王

創建年:崇神天皇10年

 八意思兼命は瓊々杵命の降臨の時に降った五伴緒の1柱。知恵と思慮の神という。知知夫彦命は初代の知々夫国造崇神天皇のときに任命されたとか。思兼命を祖とする。天之御中主神は原初の神。秩父宮雍仁親王昭和天皇の弟君であった。秩父の名がつくことから秩父神社祭神となる。

元は秩父神社の南方の武甲山秩父嶽)をご神体とするとか。つまり武甲山秩父嶽)こそが秩父神社の本体だった。秩父神社では思兼命により知識の向上を得られる気がするが、「子宝子育ての虎」「お元気三猿」という彫刻があったりするので、ご利益的には子宝子育て、元気になる場所と言えそうです。

秩父神社 - Wikipedia

 

ところでこの武甲山石灰岩の採掘場になってるので、こんな話が。

秩父のシンボル『武甲山』。素晴らしい山です。将来はなくなってしまう運命だと聞きました。

話によると、北側斜面は全部削り取られ、南側斜面は残されるらしいです。

 

宝登山(ほどさん)神社

日本武尊が訪れたエピソードのある神社です。ダイダラボッチ伝説もアリ。

主祭神神日本磐余彦尊大山祗神火産霊神 

創建年:景行天皇41年

 神日本磐余彦尊(かんやまといわれびこ)は、彦火火出見尊こと神武天皇大山祗神は神代に登場する、軻遇突智(かぐつち)の子。火産霊神軻遇突智のこと。つまり宝登山神社祭神は三者とも「火」の神様。

宝登山とは「火止山」といって、宝登山神社のご由緒物語などによると、景行天皇の時代に日本武尊がこの地を訪れたとき、山火事に遭って危機に直面するも、そこへ大山祗神の犬の群れがやってきて山火事を消して去ったという。そこで「火止山」の名がついたが、後に宝登山になった。つまり神社のご利益的には、火災除け、厄除けといった意味がありそうです。

寶登山神社〜ご由緒物語〜

宝登山神社 - Wikipedia

あぁ、それで火は熱いので、英語で熱いはhotだから、火の山は「hot山」で宝登山(ほどさん)なのか、と妙に納得してみたり・・・。

 

そして宝登山_秩父願い石巡礼によると、

ダイダラボッチ」という巨人が、大きな天秤棒に宝登山と蓑山(美の山)をモッコに入れて担いでやってきた…という伝説も残ります。

とあるのですが、出典不明。

 

三峯(みつみね)神社

日本武尊が創建した、狼信仰の神社。

主祭神伊弉諾尊伊弉册尊 

創建年:景行天皇年間

 伊弉諾尊伊弉册尊は日本のあらゆる島と神を生んだ神様。景行天皇の頃に日本武尊が訪れ、伊弉諾尊伊弉册尊を祀ったのが最初という。この神社の近隣では御眷属信仰といって、狼(山犬)を守護としてご利益を得る習わしが残っているとか。

ニホンオオカミは絶滅してしまいましたが。参拝のご利益としては、宝登山神社同様に、厄除けになるということです。また、ごもっともさまという節分追儺の神事があり、これに参加すると五穀豊穣、大漁満足、夫婦円満、開運長寿、子授けとなんでもありだとか。ともかくプラシーボ効果で、そう願うことが重要ということになります。

三峯神社 - Wikipedia

 

 という秩父三社でしたが、秩父三社の位置を調べるとこんな感じ。

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秩父盆地を守護するように、秩父神社秩父盆地に、宝登山神社は盆地の北に、三峯神社は盆地の西に位置します。この配置は知々夫国造が、古代の街道を抑え、秩父盆地を守護していく目的があった気がします。

秩父神社関東平野へ続く街道の要所を抑え、三峯神社甲府盆地へ続く要所であり、宝登山神社は毛野氏の支配地との境界を眺める位置にありました。

しかも秩父三社は、荒川の源流域に建っていました。

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荒川のそばに重要な拠点があることは、利点がありました。

たとえば日本列島の西方の出来事が、秩父地方に最初に伝えられる拠点が三峯神社です。三峯神社からすぐに船で川をくだって、秩父神社の行政の中心に情報を伝達できましたので。山間部では特に山道と共に、川が連絡路として重用されました。

今は「長瀞ライン下り」というような観光の目玉になってますけど、あれも元は通信使の役割も果たしたんではと思います。

 

そして秩父神社の本体は武甲山秩父嶽)なので、これを含めて三社を結びつけると、次のような知られざる図形が見えてきます。

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やっぱり二等辺三角形

武甲山三峯神社間15.4km

武甲山宝登山神社間15.8km

日本の古代は、国常立命の葦牙=三角形を始めとし、大和三山、熊野三山秩父三社と、いずれも三角形がキーワードだった。

考えてみれば三峯神社は三つの峰=秩父三社=三角形であるし、三峯神社の三ツ鳥居も三角形の示唆を与えているようではないですか。この鳥居様式は全国的にも珍しい。

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画像はウィキペディアより。

 これらの三角が意味する所は、おそらく国常立命との関連が伺い知れます。

国常立尊とエジプトのピラミッド・・・「超古代のある物体」を表現している?

 

筆者はソーメン組織やらラーメンで組織はありませんが、こうして古代の日本人が原初の神を三角形としたこと、三角にこだわりをみせた意味を考えると、ちょっと古代日本はアチラの方面と関係している、と考えざるをえませんが。まぁそういうことで。

 

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