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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

大和三山に対応する山を関東地方に発見した鴨(1)天香具山編

三輪山 地名 日本書紀 記紀

(1)関東の天香具山編

(2)関東の耳成山編

(3)関東の畝傍山編

(4)関東の大和三山の結論

 

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今週のお題「2014年のお別れ」〈2014年をふりかえる 3〉

 

2014年の最後の記事。

今年は研究は格段に進んだし、電子書籍も完成したりと良い面もあったとは言え、両親の不幸があったし、いい年ではなかった。

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大和三山と言えば奈良県の象徴的な3つの山。

天香具山(あめのかぐやま)は神代の舞台。高天原と地上界を結びつける山。

耳成山は天香具山と同じく万葉集にうたわれる山。

畝傍山は神武天皇が口にした山。そのかたわらに橿原宮が造営されたとか。

 

そんな大和三山ですが、実は、

「関東地方にも同じ大和三山があった」という話です。

全4回でお送りします。

 

ところで、俺みたいな駄目人間の権化と言われた臭い人が、最近になって日本の歴史上の知られざる遺物を、いろいろ発見して申し訳ございませんが・・・。書籍化したものやブログの内容が、全部ホントかどうかは別にして。

もしも、仮に、ひょっとして、万が一、のび太以下と形容されて世間に馬鹿にされ尽くした俺の頭脳には、「誰も知らない古代人の叡智を見つける特殊能力」が備わってたんだとすればですね、それ有効に効率的に利用して、世の中に役立てたほうがマシだと思われますので。お願い申し上げます。

 

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さて、関東の大和三山はどこなのか、それを解説する前に、

 

「大和三山を九州にも発見した」という話はこちら。

奈良盆地の大和三山と、北部九州の"元大和三山"

電子書籍のほうにも書いてますのでどうぞ。

九州にも大和三山はあったんだですよ。しかも私見によれば、九州の大和三山のほうが奈良より古いオリジナルです。

 

続いて、関東地方の三輪山を発見した話。

奈良の三輪山と、大物主神を祀る大神神社(おおみわじんじゃ)に対応するのが、関東地方の千葉県流山市の三輪野山と茂侶神社(三輪神社)である話も既にしました。こちら。

 奈良盆地の三輪山・大神神社に対応している、関東平野の三輪野山・三輪神社 

 

 関東地方の大和三山(天香具山、耳成山、畝傍山)のうち、まずは「関東地方の天香具山」の話をします。

 

関東地方に三輪山=三輪野山があったからには、大和三山もあると思い、グーグルマップ国土地理院地図、カシミール3Dなど利用して、香具山を調べたのですが、「かぐやま」という名称の山は、関東に存在しませんでした。

そこで「香」のつく山を調査したところ、3箇所判明しました。

 

1・花香月山(はなかりやま)

茨城県と栃木県の県境にある標高378メートルの小高い山。

頂上の西側は栃木県芳賀郡茂木町鮎田で、自動車の試験場が近くにあります。

東側は茨城県茨城郡城里町塩子で、すぐ近くに八瓶山。花香月山のすぐそばには、神社らしきものは見つかりません。

月が「り」という音なのは不思議。

この山の名前は、恐らく地名移植で説明がつくし、花香月は九州系地名です。

九州の福岡県、筑前国遠賀郡に「香月庄」があり、この名が花香月山の名に対応していると考えられました。

この山が関東における天香具山かどうかは、全く記録がないということですが、一応候補として数えておくことにする。

 

2・香山新田(かやま)

山武郡芝山町の北端に、「香山新田」がある。

読み方は郵便局の郵便番号検索を使用して調べると「かやましんでん」とあります。下総台地(しもうさだいち)の広がる土地で、香山新田の一部は成田空港の敷地内になっています。

この土地に「香山」という山があるのかと思い調査してみたところ、特に山らしき山もめぼしい神社も無いのでした。

 

3・香取神宮の亀甲山(かめがせやま)

千葉県香取市香取神宮は、東関東に分布する香取神社総本社

流山市の三輪野山のほぼ真東に位置しています。

香取神宮主祭神は、武神と崇められる経津主神(ふつぬし)で、高天原天照大神高皇産霊尊に命じられ、武甕槌神と共に出雲へ向かって、大国主の国譲りの一役を担った神。その後経津主神は、東国(関東地方)の香取神宮の地で祀られることになったと、日本書紀にあるんですが。

知らなかったんですけど、この神社のある場所は「亀甲山(かめがせやま)」という名があるようです。地図で確認すると小さな山です。

そもそも香取の「香」は香具山の一字を取ったものではないかとの想定は、外れてもいないことは、日本神話を見ればわかりますけど。

経津主神が、西の高天原や出雲から東の香取神宮の土地へ移ってきたから、香具山も、西から東へ移ってきて、香具山の一字を取って香取であると。

この香取神宮境内には、摂社大戸神社があって天手力男命を祭っております。大戸は岩戸開きの岩戸と同じ。景行天皇40年だという。創祀は私的な実年代にして、4世紀と見られます。奈良の天香具山に、も岩戸神社があるのです。

それから、奈良の天香具山の万葉の丘には、春日神社があり、主祭神経津主神であるのです。このことを考えれば、関東の香取神宮と奈良の天香具山の神社は、主祭神も一致していることになります。

香取神宮は、香具山の役割を完璧に兼ねていたんですよ。

 

そしてなぜ香取神宮のある場所が「亀甲山」なのかを考えると、

香→亀

具→甲

ということのようです。長い年月の間に、「香具(かぐ)山」という発音が「かが山」だか「きごう山」に転嫁し、亀甲山の字に置き換えられて、「かめがせ」と呼ばれたたんでせうか。

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私見としてはこの香取神宮・亀甲山が、関東地方における天香具山であると見ています。

 

まとめると、関東地方における天香具山候補地は、以下のように分布していました。

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この3つの候補地の中の3番め「香取神宮の亀甲山」が、関東地方における天香具山であると断言できる、他の理由とは・・・。

 

つづく。

 

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