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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

倭の銅鏡から導き出した古代エジプト風味

最近はブログ閲覧者数が、1日あたり200を超える日も、見られるようになってきた。

開始時は1日50程度だったので格段の進歩。

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ちょっと銅鏡について考えてみる。 

いまや生活していると、どこに居ても鏡が目に付く時代になった日本ですが。

江戸時代以前、鏡は貴重品だったんですがね。

 

倭人は紀元前の時点から、大陸の銅鏡を導入し、弥生中期以降には倭人が自前で鋳造して、祭祀に用いていました。

既存の世界を反転させて映し出すことのできる鏡には、天の神の聖なる力が宿っていると考えられ、鏡は魂を映し込むものであるともされたのか。

外国でもドイツの民話でグリム童話の「白雪姫」に「王妃の魔法の鏡」が登場し、鏡とは悪魔や呪術にまつわる神秘的な道具と認識されたのは、洋の東西を問わないことでした。

ちなみに白雪姫の話は、俺の人生にも劣らぬほどにほんとに酷く卑劣で怖い要素が満載の話なのですね。ちょっとウィキペディア白雪姫のあらすじだけでも読んで見てください。子供の頃はもう少し子供向けな物語かと思い込んでいて、そうした白雪姫(に登場するイジワル王妃)のとてつもない暗黒面に気づかなかったですよ。

関係ない話が続きますですが、ホラー映画でミラーズなんていう作品があるんですが、廃墟を警備する警備員が、魔物が取り憑いた鏡に苦しめられ、最終的には鏡の中の反転した世界に閉じ込められたっぽい、というふうな話でした。

鏡は物を映すだけにして欲しいところです。

 

さて、銅鏡の用途とは、太陽信仰の祭祀の道具とされたとか、または加治木義博氏によれば方位を知るための道具としても利用したと言います。

巫女が多鈕細文鏡(たちゅうさいもんきょう)を用い、太陽光を反射させることにより、太陽神天照大神のちからを示し、民心を掌握したとか、そういうような話が小林行雄氏の『古鏡』(9頁)にあります。

多鈕細文鏡の形状は、鏡面の形状が中央部へと収束していく構造であることにより、太陽光を反射する効率を高めたものであると、小林氏は言います。

銅鏡の形状を見れば円形であります。円形は森羅万象のなかでもっとも基礎的なありふれた形で、たとえば太陽系、太陽、地球、月、原子、分子、、そうしたものはすべて円形なことで説明が付く通りです。

そのなかでも光を反射できる鏡は、太陽の円盤を象徴していると言えて、だからこそ古代エジプトや古代中国に始まる銅鏡は、太陽を模した円形だったと思われました。

 

話は変わって、実はかがみの「かが」とは、蛇の古語です。太陽を表す鏡という言葉のなかには、蛇がいる・・・。

これは日本の古代史にとって、とても重要な示唆を含んでます。

ところでところで、倭人古代エジプトに関係しているという話があります。例えば福岡県の筑紫平野南東部にある、珍敷塚(めずらしづか)古墳の石室の装飾壁画は、エジプトのセン・ネジェム古墳の壁画とそっくりだったりする。

ファラオと死者の書―古代エジプト人の死生観 (小学館ライブラリー)(1994/05)吉村 作治

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この比較図は、上記のエジプト考古学者の吉村先生のサイトより引用。上が福岡の珍敷塚古墳、下がエジプトのセン・ネジェム。

比較図を見ると、まずセン・ネジェムの壁画には鷹の頭をした太陽神ラー=ホルスと、上空に太陽円盤が描かれ、ホルス神はアンク(☥/象徴十字)を持って太陽の船に乗っていますね。追記しますが、ホルスと太陽円盤を習合して「太陽神ラー」だとか。

特徴的な櫂(かい/オール)の付いた太陽の船。その舳先には八咫烏のような道案内役なのか、小さな鳥がいる。進行方向は、ホルスと鳥が示す、くちばしの右方向で間違いないでせう。

次に珍敷塚古墳の壁画を見てみますと。上空には太陽が描かれ、その下に、櫂の付いた船に乗った人物がいて、船の舳先には右を向いた鳥がいる。

セン・ネジェムの絵を元にすれば、珍敷塚古墳の壁画の人物は、元々は太陽神ホルス(ラー)だったものと見ることができます。

倭とエジプトの壁画の構図が全く同じなのは、無関係とは言いがたいでせう。ということを吉村先生は仰っているわけでした。 

倭人のなかに、古代エジプト人を先祖とする人々が、それなりに入り込んでいるという仮説は、いずれ何らかの証拠が見つかるような気がします。

 

もう一度、セン・ネジェム壁画の、太陽円盤に目を通してみてください。

太陽円盤の縁取りが蛇である様子が、はっきりと見えます。

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※右の猫は関係ない。

太陽が蛇であるという発想は、不思議な感じがしますね。

要するに日本人が「鏡を見る」という行為の本質には、古代エジプト人同様に「太陽と蛇を認識する」ことも含まれているのですよ。ただ現代人が意図的に鏡は太陽と蛇の象徴だ~と思わない限り、そうした意味合いは見えてきませんけれど。

 

同時に次のことも言えることになりましたが。

「鏡=蛇=太陽」 

 

なんでこの3者が繋がっているのか、よくわかんないですけどね。

太陽光があってこそ、鏡に対象物が映り込むのは理解できるとしても、なんで蛇が関係しているのか。

太陽表面の黒点(磁気フィラメント)が、蛇のように長くうねった形になることが稀にある、という観測結果も得られたことがあるみたいですけど。

で、俺がなんかリツイートしたりリンクすると、何故か不愉快になるブロガーが時々いるので、リンクするのが躊躇われたのですが、今回の記事に関係するのでリンクしてしまいます。

歴史的な巨大黒点群 2192 の示した「行動」は「太陽はまだ地球を守ってくれている」ということなのか、それとも「太陽の異常性の増大を示唆しているだけ」なのか In Deep 2014年11月03日

上記のブログに、太陽表面の蛇のような磁気フィラメントの画像あり。

 

 また、太陽といえば日本では神武東征に登場する道案内の鳥「八咫烏」という存在があるので、蛇とカラスが太陽に居るんだとするとまた不思議ことに。

たぶん昔はこうした「太陽の中に生命体がいる」ことは何かの根拠があったと思われますが。 

そういえば鏡は英語でミラー(mirror)で、日本語の「見る(miru)」によく似ているので、無関係とはいえなさそう。古代にメソポタミア地域など、日本人の先祖がいた地域のどこかで、ヨーロッパ言語と祖語が一致しており、多少の意味は異なりつつも継承されてきたことはあったですかね。

 

鏡とは、日本書紀古事記などを代表とする歴史書の中で、神代の原初の伊邪那岐命の頃から登場する祭祀具です。人によっては神代の神は縄文人だなんて言います。

しかし「日本列島で銅鏡が発掘されるのは、弥生時代に入ってからのこと」で、「縄文時代には銅鏡は存在しない」のですよ。

この点は拙著(電子書籍)でくわしく解説しましたが。

そうすると、銅鏡やら鉄製品が頻繁に登場する日本書紀の神代の時代には、縄文人はあんまり関係してないという、縄文人を神代の神としたい方々にとっては残念な結果になってきますね。どうなのか。

 

ところで個人的に思うところですけど、近年は汚い発想を好む反日思想的な人々が増えて、日本語に汚い意味を付加するケースが増えましたね。知ってる人だけが気づいているという段階を既に越えてますが。

 

で、最後に結論なんですけど。

なんで日本語の鏡は、蛇と太陽の意味を持つのか。

古代エジプトの文字ヒエログリフを調べてみたところ、ホルス神が持っているアンク(☥/象徴十字)は、鏡の意味を持っているという事実を知ったことで、結論がでましたが。

古代エジプトでは、(A)太陽神が、(B)鏡を持って、(C)太陽は蛇と一体である

一方で日本の鏡は、(A)太陽の象徴で、(B)鏡であり、(C)蛇の名を持つ

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ここに太陽神ホルス(ラー)=鷹、太陽を象徴する八咫烏という、太陽と鳥の一致を加えることも可能なことに。要するに、

 

日本語の「鏡(かがみ)」という名前、そして古代倭の銅鏡の存在そのものが、古代エジプト起源である

との結論に至ったのでした。

 

鏡という名に、こんな深い意味があったとすれば、倭人の鏡の用法も古代エジプトの祭祀に則っているかもしれんです。

日本の銅鏡は、黎明期には古代中国から導入されたものでしたが、その秦鏡・漢鏡といわれた銅鏡は、実は古代エジプトの太陽円盤の代用品だったのではないか、と思うに至ったのでした。

崇神天皇のときの蛇神・大物主信仰、そして日本神話に頻繁に登場する「ミ=巳=蛇」や「ナガ・ナギ=蛇」の音を持つ神々。「卑弥呼=へみこ=蛇子」・・・これらとエジプトはどの程度関係しているのやら。どこまで迫れるか、知られざる、倭と古代エジプトの関係に。

それとも俺の妄想か・・・( ゚д゚)・・・

 

(2015年1月5日、太陽神ラーについて追記)

 

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