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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

奈良盆地の大和三山と、北部九州の"元大和三山"

父の他界から2ヶ月も経たぬ間に、母が他界しました。

顰蹙者で、鬱な俺が残されました。

悲しみに追い打ちをかけるように、路上から奇声を浴びせられるなど、ひどい仕打ちを受けていますが。まあ、俺は価値も無いし、邪魔者なので、いじめて当然と考えてるのかもしれませんが。

ノーベル物理学賞を受賞した中村さんが、研究の原動力は「怒り」だとか、「日本には自由がない」とか「日本から出て行けと言われてるようだった」と仰ってましたけど、なんか俺に関係するようで気になる発言ですね。

とくに「出て行け」なんてところは・・・。

ともかくもう少し自分なりに頑張っておこうかと思ってますので。

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以下は、拙著(電子書籍)の下巻で発表している仮説。

 

安本美典氏は、『天照大御神卑弥呼である』で、北部九州と奈良の地名は、奇妙な一致を見せると著書で指摘していました。

そこで、安本氏の指摘を拡大解釈したのが本書なのですが、

 

北部九州と奈良の地名が一致しているということは、「大和三山(やまとさんざん)」も北部九州にあるのではないかと思い立って、調べました。

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この図版は下巻にあるものです。

 

奈良の三輪山に対応するのが、筑紫平野北部の大三輪山であることは、当ブログで既出です。

奈良の耳成山に対応するのは、筑紫平野南東部の耳納山であろうと思われます。

奈良の天香具山に対応するのは、筑紫平野東部の香山で、これは安本氏の指摘によります。

 

北部九州の筑紫平野の、佐賀県東部に、雲野尾峠があります。

奈良県の畝傍山(うねびやま)は「雲根火山」とも表記するので、

佐賀の雲野尾が、奈良の雲根火(畝傍)に対応すると見ることができます。

 

つまり奈良の大和三山同様に、北部九州にも大和三山があったのではないかと考えられました。

筑紫平野には、奈良盆地の古地名と全く同一の地名が揃っていることによっても、この仮説は証明できます。例えば葛城、三輪、高田といった多くの地名が、奈良盆地筑紫平野では一致していること。この図上では簡略化するために、一部の地名のみ記載しました。

 

奈良盆地の大和三山の二等辺三角形の中心軸の延長線上に三輪山があるように、

筑紫平野の大和三山の二等辺三角形の中心軸の延長線上に大三輪山があります。

こうした一致は、完全に計算づくで、人為的なものとしか、思われないでせう。

 

結論として、

筑紫平野の大和三山が伝承されなくなったのは、東の奈良盆地へやまとの首都が移転したと同時に、地名やら伝承までもが全て、筑紫平野から東の奈良盆地へと、移転した結果だからかもしれないということです。

 

そうすると、神武天皇の東征伝説についても、同様に考えられました。

神武東征伝説も、元は西の九州にゴール地点があったものが、東へ移されて、奈良がゴール地点であるように創作されているのです。奈良盆地が幾多の戦闘の舞台であるのに、全く金属製武器が出土しないのはそのためです。

 

神武東征のゴール地点である橿原宮は、かつて北部九州の元大和三山の場所に存在していたとする仮説が導かれました。

奈良盆地の橿原宮は、畝傍山の東南にある」のが『日本書紀』の記録でしたが、

筑紫平野にもし橿原宮があるなら、雲野尾峠(畝傍山)の南東に、カシハラという地名があって然るべき」と思いついて調べた所、雲野尾峠の南東、久留米市に「櫛原(くしはら)」という地名がありました。櫛原が元は橿原だったのではないか?と思わずにいられませんでした。

図版参照。

 

いま奈良盆地に残っている大和三山は、首都東遷後の新しい大和三山であり、筑紫平野に隠蔽されていた大和三山は古い大和三山、「元大和三山」であろうと。

かつて確実に、ヤマトの首都は筑紫平野にあったこと、それは間違いなさそうです。

 

そうすると、神武東征の元々のゴール地点が九州にあったのならば、その九州の神武東征の経路は九州の西側にあって然るべきだと考えました。

そうして、神武東征における近畿の熊野・牟婁の土地は、元神武東征経路では、九州の熊本の球磨郡・宮崎の諸県郡に対応している、などの話を下巻で述べています。

 

まあ日本史を愛する方々にとっては、特に保守的な歴史観を持つ方にとっては、寝耳に水で、うざったいことこの上無しな内容です。詳しくは、売れ行きの良くない下巻を見てください。 

 

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