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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

神武東征で誰が見てもおかしい矛盾点

日本書紀 記紀

この内容は電子書籍「日本の地名の真の由来と神武東征のカラクリ仕掛け(下巻)」に入る内容です。電子書籍のほうではもう少し詳しく解説してますので。

記紀の神武東征伝説の記録上で、おかしい所は幾つか見つけているのですが、そのなかでも、「誰が見てもおかしい」と思うであろう神武東征の矛盾点を指摘してます。

 

神武天皇皇軍は東征の最中、幾つもの土着の武装集団と対戦しました。

敵勢力の頭領の名を列挙すると以下の通り。(日本書紀より)

大阪府 長髄彦(ながすねひこ・1回目)
和歌山県 名草戸畔(なぐさとべ)
三重県 丹敷戸畔(にしきとべ)
奈良県 兄猾(えうかし)
奈良県 兄磯城(えしき)
奈良県 赤胴の八十梟師(あかがねのやそたける)
奈良県 長髄彦(ながすねひこ・2回目)
奈良県 饒速日命(にぎはやひのみこと)
奈良県 新城戸畔(にいきとべ)
10奈良県 居勢祝(こせのはふり)
11奈良県 猪祝(いのはふり)
12奈良県 高尾張邑の土蜘蛛(つちぐも)

これらの頭領の名が登場します。いずれも少なからず兵力を備えていたと、記紀からは読み取れます。

 

日本書紀の神武東征経路上で、敵対した頭領の数を、府県別に表すと、

<出発地>宮崎県0、大分県0、福岡県0、山口県0、広島県0、岡山県0、兵庫県0、大阪府1、和歌山県1、三重県1、奈良県9<到達地>

となります。奈良県は敵対勢力の傑出する地域だったと言えます。

 

神武天皇の勢力は皇軍でしたが、「軍」とは古代中国の兵制度で12,500人と決まっていたらしく、もしかすると皇軍とは12,500人規模かもしれないと想像できたのですが。まぁこれが多いと見るか少ないと見るか、実際はもっと多かったかもしれないし、少なかったかもしれない。その点は記紀に実数が記録されないのでわかりませんが。長髄彦軍と2度目の対戦の時には、「何度戦っても勝負がつかない」とあるので、長髄彦軍も、皇軍と相応の規模と見ることができるのですね。

 

ここまでで、神武東征とは、後半、終盤へ行くほど、敵との戦闘場面が増えていく、これはわかりました。

 

初代天皇神武天皇による東征が、事実ならばいつ起きたかというと、日本書紀の干支からすれば紀元前667年となるのですが、これが本当だとは思えませんね。

何故かと言うと・・・

第十代崇神天皇の事績は、ほとんど『魏志』の出来事と同じであると見られることは拙著で説明しました。

魏志倭人伝倭国大乱は、崇神天皇の御宇の倭国大乱と同様

卑弥呼と狗奴国の卑弥弓呼との対立は、崇神天皇と武埴安彦との対立、

卑弥呼の死と径百歩の墓は、崇神紀で倭迹迹日百襲姫命の死と箸墓築造に反映

上記は一部の一致を示しました。

こうした「魏志倭人伝」の記録と、出来事の一致が見られるのは、日本書紀では崇神天皇の時代だけなのですね。

さらに『古事記』で崇神天皇の崩年は戊寅(つちのえとら)で、258年か318年かというところです(私見では卑弥呼逝去247年に近い前者と思う)。

すると崇神天皇の在位年代は、間違いなく3世紀ということになってきますよね。

 神武東征中、赤胴八十梟師(あかがねのやそたける)が登場します。名の「赤胴」とは金属の銅のことで、日本列島各地の遺跡で鉄器や銅器が本格的に確認されるのが、紀元前3世紀より後だとのことです。

 

神武天皇が実在するなら、3世紀の崇神天皇より以前に実在したとかんがえることはできます。神武天皇の実在年代は、弥生時代の範囲から抜け出すことは無いと思われます。実在したなら、だいたい紀元前2世紀から後2世紀の間となりそうです。

 いずれにしても日本書紀にデタラメが含まれると言えます。

 

では、神武東征の戦闘場面は、当然ながら、弥生時代の武器出土数に反映されているだろうと。そう思いますね。

つまり神武東征経路では、戦闘場面が登場する大阪府和歌山県三重県の武器出土数が上昇し、奈良県が全国的に見ても、武器出土数が突出しているであろうと。

 

次のデータは、安本美典氏の『「邪馬台国畿内説」徹底批判』のデータですが、これを簡略化したものを用います。同書で用いられるデータの大元は、『弥生時代鉄器総覧』(川越哲志著)になります。

    鉄鏃 鉄製武器計 敵頭領数

宮崎県 100  013    0 <出発地>
大分県 241  033    0
福岡県 398  312    0
山口県 097  033    0
広島県 079  031    0
岡山県 104  030    0
兵庫県 092  045    0
大阪府 040  010    1
和歌山県005  001    1
三重県 003  002    1
奈良県 004  001    9 <終着地>

進めば進むほど、戦闘場面が増えるはずなのに、

進めば進むほど、遺跡からの武器出土数が減少し、戦闘の痕跡が無くなっていく、という調査結果が、もう何年も前に出ているのでした。 

これは要するに、東京に行けば仕事があると言われて、オラこんな村いやだ~と言って東京に行ったのに、仕事が無い!みたいな状況ではないですか。

 

こうして、神武東征が現在地で起きていたと、信用するのは難しいとの見方に傾いていったのです。

 

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