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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

天皇と大和民族の烏孫起源論のあらまし1

地名 日本書紀 中国 烏孫

天皇と大和民族の烏孫起源論のあらまし1

天皇と大和民族の烏孫起源論のあらまし2

天皇と大和民族の烏孫起源論のあらまし3 まとめ

 

前略・・・

 

烏孫起源論は、出版社からぜひ本になってほしいと希望を持っているので、賛同されるかた、推薦お願いいたします(汗)。

 

天皇と大和民族の烏孫起源論を、ほんのちょっとだけ、紹介します。

2013年に一度、某出版社に見て頂いたのですが、いったんお蔵入りとなっていました。

 下の図は、九州と近畿の地名の一致を表したものです。この発端は安本美典氏の著書『天照大御神卑弥呼である』にあります。同書では、北部九州と奈良盆地の地名がよく似ていることが表されています。この発想を拡大解釈し、郡名の一致を比較したものが下図になります。

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九州と近畿全体で、地名がなんとなく似た位置に、同じような名前として配置されていることが理解できます。

この図は『日本の地名の真の由来と神武東征のカラクリ仕掛け(上)』という、売れない本にのっています。

「九州と近畿の古地名は、同じである」これを前提として、日本列島全体の地名が連鎖構造になっていると説いています。

そして地名が「西から東」へ東遷している根拠を並べて解説してます。つまりこれら一致する地名は「九州→近畿」という変遷を辿った証明をしてます。

 

まだ発売前ですが「下巻」の内容を言ってしまいますが、「下巻」では、

「神武東征が九州地方(島嶼部含む)にあてはめられていた」

ことを証明するものです。

 

つまり神武東征さえも、西にあったものが、東に移されているのです。「日本の地名の真の由来と神武東征のカラクリ仕掛け 上・下」はこのことの完全証明を果たす本で、売れてません。

 

で、いずれ何らかの形で発表する予定の『天皇と大和民族の烏孫起源論』は、以上の知識を前提として話が進みますので、『日本の地名の~』が先に世に出る必要がありました。

私は同書内で、九州、近畿、関東などにある、九州と同様の古い地名群を「九州系地名」と呼び表しました。これを覚えておいて下さい。

 

話は変わって・・・

 

漢書』(ちくま学芸文庫)とか、『史記列伝』(岩波文庫)を読んだことありますか。

漢書』7巻の「匈奴伝」、8巻の「西域伝」、

史記列伝』5巻の「大苑列伝」、

このあたりに西域(現在の新疆ウイグル自治区付近にあった諸国)の話がまとまっており、ここに烏孫の歴史が登場します。

実はこれらの書物に記録された烏孫の出来事は、

「日本の『古事記』『日本書紀』(記紀)の内容に、とても似ている、または瓜二つ」であったとすれば、どうしますか。

 

日本の歴史の中に、烏孫が封印されている。日本の歴史は実は烏孫の歴史だった・・・

とかいうことになると、日本の歴史がひっくり返るような、大変なことになってしまうのです。

烏孫騎馬民族国家でした。そこで江上波夫著『騎馬民族国家』の重要性が台頭してくることになります。

年月をかけ、つぶさに慎重に調べ上げ、検証を重ねてきました。

 

2につづく。

 

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