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たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

古墳石室の壁画には文字か含まれる

中国 古墳

古墳石室には色々な絵が描いてある。

装飾古墳データベースから引用すると、同心円文。これが最も多く見られるとか。

40_35_5

 

そんな中で

茨城県虎塚古墳(七世紀前半)の石室は模様がシンプルで、はっきりしています。

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所在地:茨城県ひたちなか市中根

中央になにか目立つ絵があります。砂時計のような形。

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三角を上下に組み合わせた文様です(案内板より)

砂時計のようなものは三角文を合わせたもので、これは特殊器台だとすると「うてな」とよばれたと想像できます。

なんでこれを石室の最も目立つ場所に配置するのか、意味不明。

しかしこれを文字として解するとどうだろう。

 

古代中国の金文。古代中国にヒントがあるようです。

ファイル:JinwenShisongding.jpg

亀甲獣骨文字(きっこうじゅうこつもじ)とは、中国・殷(商)の時代に行われた漢字書体の一つで、知られる限り最古の漢字。甲骨文字、甲骨文とも。亀の甲羅(腹甲)や牛や鹿の骨(肩胛骨)に刻まれた。

 

金文(きんぶん)とは、青銅器の表面に鋳込まれた、あるいは刻まれた文字のこと(「金」はこの場合青銅の意味)。中国の殷・周のものが有名。年代的には甲骨文字の後にあたる。

 

篆書体(てんしょたい)は漢字の書体の一種。「篆書」「篆文」ともいう。広義には秦代より前に使用されていた書体全てを指すが、一般的には周末の金文を起源として、戦国時代に発達して整理され、公式書体とされた小篆とそれに関係する書体を指す。公式書体としての歴史は極めて短かったが、現在でも印章などに用いられることが多く、「古代文字」に分類される書体の中では最も息が長い。

(以上ウィキペディアより。)

 

中国の基本漢数字書体一覧が下記

名付け(名づけ)・命名の辞典&字典☆[画数・字画別分類編]より

 

つまり虎塚古墳石室の砂時計は、漢数字の「五」の旧字体ということになるんでは。

学研漢和大字典によれば、上古音・中古音・漢音・呉音でもいずれも「ゴ」だった。

「現代中国人が五をウーと読む」のは中世以降のことです。

つまりこの古墳の砂時計状記号の読み方は「呉(ゴ)」で、被葬者が呉を出身とするか、祖先を呉人とする人物がこの場所に葬られたので、石室の最も目立つ中心部に「五=呉」を表したということかもしれませんよ。

旧字体が用いられているのは、倭人が漢字の旧字体を僅かに知っていたからとなりそうです。七世紀前半といえば古事記の成立より昔。

 

その下の輪っか2つは意味不明でしたが、輪っかが2つで「輪2→わに→和邇氏」かもしれないと思ったので、和邇氏が茨城県にいたかどうか調べてみました。

すると

和邇氏の本拠地の一つが、茨城県鹿嶋市鰐川流域であると判明。むむむ・・・。

つまり虎塚古墳は呉を始祖とし、和邇氏の系統の被葬者かもしれないという想像ができました。

 

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この記事で、虎塚古墳の被葬者は大陸系であるというと、ちょっと訝しい感じで見る人もいるかもしれません。だからもう少し被葬者が大陸系であることの理由を述べます。

「虎塚」という名前を考えてみます。この古墳は昔から虎塚と呼ばれたのです。御存知の通り、虎というのは日本列島の自然界には存在しない肉食動物。いま虎が生息している、日本から最も近い場所は、ロシア極東のアムール川のあたり、ここにアムールトラがいたりします。この種は、昔は朝鮮半島にも生息していました。中国南方にもインドシナトラがいますね。

だから昔の日本では「虎といえば大陸」でした。これ念頭におきます。

そして「虎(とら)」という発音は「渡来(とらい)」に通じます。渡来という言葉が昔からあったか、江戸末期~明治期の造語かどうか知りませんが。

虎は大陸にいる生物であり、倭国内に虎がいるとなれば渡来人に通じること、そして古墳の絵文字が「呉」の旧字体である。

こうして虎塚古墳の被葬者が大陸系(呉系)の倭人であることを表しているのではないか、そういう風に考えることができてしまったというわけでした。(2014年12月5日追記)

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全国の装飾古墳には同様に、現時点では絵として認識されている文字が、他にもあるかもしれませんよ。

おわり

 

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