たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

倭の諸国分析4

20番から10番までの解釈です。

20呼邑国…………長い解説が必要なので後回しにします。
19蘇奴国(ソヌ)……讃岐(サヌキ)の「サヌ」です。「岐」は、新羅城(新羅)、御間城(任那)、茨城等の「城」と同じ、「国」の意味を持ちます。
18対蘇国(ツサ)……対は対馬で分かる通り「ツ」と読むので、線上に並んでいるとすれば、蘇奴国(讃岐)の南方にある土佐国、土佐郡の土佐でしかありえません。
17姐奴国…………中部地方→近畿→瀬戸内海沿岸(中国・四国)と紹介が続いてきているように見えるということは、この辺りからは、九州に入るということになるのではないでしょうか。これも分かりにくいので後回しです。
16不呼国…………不呼も分かりにくいので後回しです。
15好古都国(コウコツ・コウコト)…好古(コウコ)で鹿児島の「鹿児(カコ)」ではないかと思っています。「都(ト)」は「島(トウ)」に置き換えられているのかもしれません。
14弥奴国(ミナ)………九州の地図を見ると、鹿児島の北西部は薩摩国の出水郡(イズミ)であり、水俣の名もあります。この付近に「水」が集中していることから、弥奴国がこのあたりであるのかもしれません。
13都支国(トキ)………当初は都城かと思ったのだけれど、どうやら都城は中世以降の呼び名であるとの説が有力らしいです。ということで、出水郡の南方に位置する高城郡に相当するのかもしれません。ただし一本の線上で繋がり交わらないとの原則は、この都支国を高城郡とした場合、破られることになってしまいます。
12伊邪国(イヤ・イジャ)……伊佐郡、或いは宇佐郡。伊佐郡は現伊佐市の付近で、出水郡の東隣に位置します。ここを伊邪国とするのか、または豊国(大分県)の宇佐郡、宇佐国造のあった付近を伊邪国と考えることもできます。
11已百支国(イハクキ)…線で繋がることを前提とするなら、葦北郡域のことのように思います。葦北国造があったこの地域は、別名を葦分(アシワキ)とも言いました。已(イ)は葦(イ)のことで、漢字の読み方を変えてあるようです。百支で「ハクキ」ですが、短縮して「ハキ」、ハがワに転訛して「ワキ」となり、合わせて「イワキ」です。已百支と葦分は共に、イワキと読むののかもしれないです。
10斯馬国(シマ)………杵島郡や、島原、鹿島の辺りに、「島」が付く大きな地名が集中していることから、この付近が斯馬国かもしれません。

 以上の解釈を元にすると、邪馬台国筑紫平野ということになってきますが・・・。私見に過ぎませんけれど。
 次のパート5では、この仮説を図で表します。後回しにした判別が難儀な国がいくつかありますが、それらが何処に当て嵌まるのかが、図にすることで分かってくると思います。

5に続く。