たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

前方後円墳矢印説

 前方後円墳は矢印ではないかと思い付いたのは何年前だったか、奈良県の佐紀盾列古墳群を見て、全部同じ方向を向いているのだなと不思議に思ったのがきっかけでした。
 佐紀古墳群の中には神功皇后陵に比定される、五社神(ごさし)古墳があります。神功皇后の父は気長宿禰王(おきながのすくねのおほきみ)、母は葛城高顙媛(かづらきのたかぬかひめ)といい、この母葛城高顙の葛城は佐木古墳群の南方にあり、前方後円墳は前方部が矢印ではないか、しかも母親の出身地か、或いは生まれ故郷を示しているのではないか、などという発想に至りました。 
 そうすると全国に数万基もある前方後円墳、前方後方墳などは全て矢印ということになり、全ての矢印の方角=前方部は、母親か父親の出身地か、被葬者の出身地・故郷を示しているのではないかということになりますが。
 他に例を挙げると、兵庫県の五色塚古墳は、淡路島の五色浜の名が由来になっており、五色塚古墳の前方部は、やはり淡路島の方向を向いているのです。

 ただし全ての古墳に矢印説が当て嵌まるかどうかは、調べていないので不明です。全く当てはまらない場合も出てくるケースもあるかもしれません。
 ひとつひとつの古墳の由来や名称、被葬者の遺骨のDNAを丹念に調べていけば、この「前方後円墳矢印説」の真偽が明らかになると思いますが。どうでしょう。