たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

倭の諸国分析1

 魏志倭人伝には倭の三十一国の名が記録されてます。
 三十一国のうち狗邪韓国は朝鮮半島南端部にあり、倭人伝の中に含まれる最初の倭人国で、その狗邪韓国から卑弥呼のいた邪馬台国までの行程は、方角と距離で示されていますが、邪馬台国以降に記録される諸国については、陳寿が耳にして漢字に当てはめた、当て字の地名が並んでるだけです。三十一国それぞれが、具体的に何処にあったのか、正確な発音がどのようなものであったか、共に不明瞭となっています。
 一説には全国各地の律令制時代の国名や国造の名に、対応してるとも言われますし、九州や西日本の各地に三十一国を当て嵌めるという解釈もあって、人の数だけ解釈も増えてしまい、判然としません。

 三十一国を魏志倭人伝に記載される順番通りに表すと、次のようになります。

(距離と方位から、位置がある程度特定できる諸国)
1狗邪韓国、2対馬国、3一支国、4末盧国、5伊都国、6奴国、7不弥国

(位置についての諸説入り乱れる国)
8投馬国、9邪馬台国

(名前だけが記され位置特定が難しい諸国)
10斯馬国、11已百支国、12伊邪国、13都支国、14弥奴国、
15好古都国、16不呼国、17姐奴国、18対蘇国、19蘇奴国、
20呼邑国、21華奴蘇奴国、22鬼国、23為吾国、24鬼奴国、
25邪馬国、26躬臣国、27巴利国、28支惟国、29烏奴国、
30奴国、

(奴国の南にあるという、女王卑弥呼に従属しない国)
31狗奴国

 邪馬台国畿内説だと、8番目の投馬国は出雲と捉えられたりするし、また邪馬台国九州説だと九州内各地に位置づけられます。9番目の邪馬台国は日本全国と海外も含めて100余りもの邪馬台国説比定地が存在しており、その中で最も提唱者が多いのが機内(奈良盆地)と九州(福岡・宮崎など各地)となってます。
 9番目の邪馬台国がどこにあったかを知るには魏志の方位距離を検証していくほかに、10番目以降の諸国の位置を明確にすることでも回答を導くことが出来るはずです。これら22の諸国が日本列島の何処にあったかを、自分なりに解釈していきます。いつも通り、あくまでも個人的見解です。

 魏志倭人伝に記録された邪馬台国までの道のりには、注目すべき特徴がありました。それは1番から9番まで、1本の曲線上に、一糸乱れず線が交わらずに、順番に並んでいるというところです。図を描いてみました。
[図1・狗邪韓国から邪馬台国まで]
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 どこか一国を基軸として放射状に諸国が散っていたとの説もありますが、そう考えない限りでは、このように、一本の線上に9番目の邪馬台国までの諸国の位置を表すことができます。1番から7番までを示す「ア線」に、各邪馬台国有力候補地へ繋がるa線・b線・c線いずれをつないでみても、この1本の線上で交わらないことに変わりありません。

 魏志倭人伝の国順は、10番目以降も、同じく順序通りに記録されている可能性があるのです。

2に続く。