たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

倭と韓。2

素人の持論展開、続きまして、すみません。

現代の韓国の人が、日本人と日本文化の全ての起源は韓国であるようなことを言っているのを、時々見聞きします。
国粋主義皇国史観的とまでいかなくとも、愛国心に理解を示す日本人からすると、日本の文化が全部外国起源のものだと評されて、苛立ちを覚える人も少なくないようです。

しかし韓国人の言っていることに、全く根拠がないわけでもないみたいです。
日本各地の遺跡から出土する土器や青銅器、鉄器に至るまで、その形式の起源がどうやら古代三韓地域にあったと見られるような遺物が、日本各地から多く出ることは事実です。

また、日本書紀古事記を見ても、三韓地域からの渡来人が、日本人の祖先の一端に組み込まれたということを知ることができます。最たる例は、加羅国の都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと、別名、天日槍あめのひぼこ)の帰化の伝承の中からも窺い知れます。垂仁天皇のために、非時香果(ときじくのかぐのみ)を求めて常世の国へ奔走した田道間守(たじまもり)は、都怒我阿羅斯等の子孫に当たる人物でした。

ただ、日本の全ての文化的素材は韓国に由来するのだというのは、半ば曲解に近いかもしれません。記紀には、明らかに三韓に関わる以前から、日本人の祖先としての神代の伝承が存在しているためです。それに日本書紀では、都怒我阿羅斯等のいた加羅は別名が任那となっています。これは崇神天皇の和風諡号・御間城入彦の御間城の名でもあり、倭人の国であったと記されるのです。後漢書魏志の弁辰伝を見ても、弁韓は倭文化圏で、倭人の多い、倭に近い風習の国だったとあって、日本書紀魏志を客観的に判断すれば、加羅倭人国と言って差し支え無いんだと思いますけど。
ともかく日本人と日本の文化の起源は倭人にあり、その一部は韓国にもあったと認識できると、話の筋は通ってくると思われます。人の認識がそれぞれで如何に違えども、古代史の共通認識は絶対に必要かと思いますが、ある物的証拠が古代史の真実だと一素人が主張した所で、それが社会的通念として絶対的に罷り通るわけはなく、当然ながら全ての人の支持を得られるわけでもないです。倭と韓に対する解釈は、現代の日韓の研究者の間でも、自国に都合の良い説へ靡いてしまいがちなんだと思われます。

そこで重要なのが、日本・韓国、両国の主観的目線を離れた、第三者の視点です。
中でも古代の文書、とくに三国志魏書東夷伝(魏志)と後漢書の記述こそは、倭と韓の真相に迫った、3世紀以前の中国人の見識を元にした客観的資料なので、倭人や韓人が残した資料より、信用に値すると思うのです。

話題を元に戻しますが、魏志馬韓伝と、弁辰伝(弁韓伝)には、馬韓辰韓弁韓を構成する小国計79ヶ国(実数はもっと多かったみたいです)が記されています。その中に、倭国と関係があるのではないかと思える国名が多く記されているのです。

まず倭国の名を列挙していき、その中で三韓の国名に似た名を注視していきたいと思います。
倭の30国は次のとおりです。
狗邪韓国・対馬国一支国・末盧国・伊都国・奴国・不弥国・投馬国・邪馬台国・斯馬国・已百支国・伊邪国・都支国・彌奴国・好古都国・不呼国・姐奴国・対蘇国・蘇奴国・呼邑国・華奴蘇奴国・鬼国・為吾国・鬼奴国・邪馬国・躬臣国・巴利国・支惟国・烏奴国・奴国・狗奴国

実際には、邪馬台国に従わない狗奴国を加えて31国あります。
また、狗邪韓国を韓国という名詞が含まれているからと、倭国から除外する見方もあるらしいです。けれどそれは間違いで、何故かというと魏志倭人伝には、倭国の北岸が狗邪韓国だと書かれているためです。3世紀当時の韓国という概念は、現代の韓国には当て嵌まらないのだと思います。ともかく狗邪韓国は、倭国に属してたということです。

3に続く