たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

淤能碁呂島、天御柱、八尋殿。1

今回は番外編です。ユダヤ教キリスト教の正典・旧約聖書と、古事記の記述の奇妙な符合点について、すこし触れています。

個人的に、日本神話には、古代のユーラシア大陸各地に居住した諸国家・諸民族・諸氏部族らの神話と伝承が形を変え、日本列島の先住縄文人の伝承と混ざり合っているのであると考えていました。それでシルクロードを通じて東西の文化交流が重ねられることで、西側の叡智はいつしか日本列島へたどり着き、聖書の記述が記紀に含まれてしまったとしても、決しておかしくはないと思ってました。
当然、それを事実であると示すためには、核心的ないくつかの納得するに十分な論拠、確証が必要不可欠です。

720年の日本書紀、712年の古事記が成立する以前、古代のユーラシア大陸各地に居住した諸国家・諸民族・諸氏部族らの神話と伝承を引用することで、根拠の1つであると提示、説明することが出来るかと思います。

古事記旧約聖書の記述が一致する点については、多くの研究者が出版しています。
最近読んだ秀逸な本は、「古事記に隠された聖書の暗号」というもので、古事記と聖書の記述の奇妙な一致点を解読するものでした。

それで、日本の神話と神は、日本列島に独自に生まれたものであって、縄文時代から土着に信仰されたものが主体であるとの考えが、正しいことを否定するものでもありません。大陸の伝承に絡めた説に拒絶反応を示す意見も多いことは、よくわかってます。仮に読み進めるとしても、参考程度に留めるとかで、よろしくおねがいします。

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今回の主役は、日本神話の原初の土地淤能碁呂島と、原初の建物です。古事記の中で、天地開闢、つまり世界の始まりの話として、次のようになっています。

まだ形の定まらない世界に現れたのが、天つ神と呼ばれる神々。
天つ神の中で、特に高貴とされるのが、神世七代の神々。
神世七代の中で最後に生まれたのが、伊邪那岐神伊邪那美神でした。
伊邪那岐伊邪那美は多くの土地と神を産み出します。
この二神が天浮橋に立って、天渟矛(あめのぬぼこ)で地上を掻き回すと、その矛の先から滴り落ちた塩が重なって、淤能碁呂島が出来ました。
二神は淤能碁呂島へ天降ると、高天原の象徴たる柱、天御柱と、八尋殿を建てたのです。
二神は天御柱の周囲をぐるりと周ってから、多くの国と神を産み始めます。

この話に登場するキーワードは以下の3つです。
最初の陸地・淤能碁呂島(おのごろしま)
高天原の象徴・天御柱(あめのみはしら)
最初の宮殿・八尋殿(やひろどの)

次に、旧約聖書の創世記を見ていきます。
神が天地を創造し、原初の人アダムと、あばらぼねから原初の女性エバを造り、彼らを住まわせたのがエデンの園でした。神は2人に智恵の果実を食べさせた蛇を呪い、食べた2人を追放したという下りがあります。
エデンの園の東には、ケルビムという神獣の像と、回転する炎の剣を置き、命の木の道を守ったと書かれています。これが旧約聖書の神が作った最初の構造物・建造物の記述であるかと思います。

古事記旧約聖書天地開闢の話は、何もない場所から天と地と水と生命と男女が生まれていったとする流れが、明らかにそっくりです。日本神話では生まれた自然物を、すべて個々の神と見なしたという違いだけです。

この古事記の最初の建物の話に関わるのではないかと思われる話が、旧約聖書イザヤ書、19章に書かれています。
口語訳旧約聖書 (日本聖書協会翻訳、1955年)より引用します。
「19:19その日エジプトの国の中に主をまつる一つの祭壇があり、その境に主をまつる一つの柱がある。」
「19:20これはエジプトの国で万軍の主に、しるしとなり、あかしとなる。彼らがしえたげる者のゆえに、主に叫び求めるとき、主は救う者をつかわして、彼らを守り助けられる。」

2に続く
2⇨http://tacchan.hatenablog.com/entry/20120221/1329811800

(ちなみにわたくしなんらかの宗教の信者ではありません~2014.7.29追記)


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