たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅勤務の自営業。

古代天皇在位年代を示す未確認の紀年法みつけた鴨

 日本書紀には、記述中の出来事が、何時の時代に起こったかを示す紀年法が2種類あります。それは「干支」と、「天皇の年齢」から導き出される「皇紀」です。

 皇紀は初代天皇・神武天皇の干支「辛酉(かのととり)」を基準点としており、これを西暦で解釈すると紀元前660年が当てはまることになります。しかしここから導き出す皇紀と西暦は、実際に初期の天皇が存命中であった年代とは大きくかけ離れていると指摘されてきました。例えば実在が有力な第十代崇神天皇は、皇紀で計算すると紀元前1世紀から西暦1世紀の天皇ということになりますが、多くの歴史研究者によれば、崇神天皇の実際の在位年代は、まず3世紀~5世紀内であろうとの意見が圧倒的に多かったりします。個人的には崇神天皇は2世紀後半から3世紀中葉の人物で、卑弥呼の時代に完全に一致していると思ってますが。(その理由は近日発売の拙著参照)

 歴史的に在位年代がある程度判明するのは、倭の五王の時代からとなり、倭の五王が、第十五代応神天皇以降の諸天皇と合致することは明らかなことです。倭の五王のうち、最初の「倭王讃」が、応神天皇仁徳天皇ということにして考えることが出来ます。(個人的には讃王は応神天皇

 いずれにしても、神武天皇欠史八代、さらに初期の天皇の活躍した時代というのは、現時点で日本書紀皇紀と干支と、古事記の天皇崩年、日中両国の僅かな史書の記録から導き出される西暦に頼るばかりで、研究者によって回答がまちまちであって、正確に求めることが出来ていないとするのが実情です。

 

 ところが、去年のことでしたが。

 ワタクシは一見して世に見捨てられた、可哀想な引き篭もりと化していました。様々な打ちのめされる出来事があり、実際に精神的に完全に崩壊寸前だったし、人と喋ることすらできない時期もありました。しかしその一方では、あれこれと様々な本や文献を調べ、詮索と推測をするのがライフワークとなっていたのですが、引き篭って調べているうちに、

「古代の諸天皇の在位年代を示す、未確認の知られざる紀年法が存在する」

ということに、気づいたのでした。

 これによって、古代の天皇が西暦何年に実在したかが、完全に判明する可能性があるんではないかと思いました。奈良時代以前の古代日本人が残した、知られざる叡智だと思いました。

 

 続きは来年にでも。(来年も生きてたら続きますよ)