たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

ユーラシア大陸から東漸した大和民族

 

 私はかねてより、大和民族とはユーラシア大陸の奥地の天皇氏に始まり、天皇を中心として民族の融合と東漸、首都の東遷を繰り返し、大陸から数百年の年月をかけて徐々に日本列島へと移住した、天皇氏族と付き従う氏族の集合体であると考えてきました。

 でも天皇が大陸にいたと言っても、日本の天皇氏と豪族が、渡来人だったとか外国人だったという意味ではないんです。

 ヤマトという民族集合体は、元々ユーラシア大陸にあり、国と民族ごとそっくり大陸を転々と移動してきた、「移動式国家」だったと考えているのです。

 ですから1世紀の段階でヤマトの本拠地は大陸にありましたが、九州にはヤマトの先遣部隊の国が同時に存在していたと捉えています。2世紀から5世紀頃にかけて、大陸の全てのヤマトに従属する人々が徐々に日本列島に渡来していたと見られるのです。

 日本神話は大陸と日本列島が同時に舞台であり、大陸の出来事が日本列島の各地に当て嵌められ、一方で日本列島発の神話も生まれ、両者は融合していったとすると、『日本書紀』や『古事記』の中に、異様なまでに中東地域やギリシャの神話にそっくりな神話が存在することを、無理なく説明できるように思っていますのでして。

 ・・・などと言うと、何を寝ぼけているかと思われるに違いないです。正統派の歴史学からは、完全に乖離した異説なのですから。相手にされないかもしれません。

 しかし明確にこれを証明することの出来る、古代の記録が実在してたんです、しかも日本人にとっては、かなり身近と言ってもいい所に。このあたりが、これからの本題になりそうです。